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第一一六話 シャルロッタ 一五歳 知恵ある者 〇六

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「く……かくなる上は肉弾戦……だがお前は一つ勘違いをしている、ターベンディッシュの眷属が魔法だけしか能がないわけではないぞ?」

 歪んだ笑みを浮かべた知恵ある者インテリジェンスは大きく口を開けると紫色の舌に包まれた何かを取り出す……それは巨大な骨と何かの頭蓋、そして複雑に絡み合った肋骨などを組み合わせて作られた一振りの槌矛メイスだった。
 彼はいまだに動こうともがく七国魔セヴンネイション道騎アーミーの上から飛び降りると、軽くガタガタと震えるゴーレムをそっと撫でてから、私へと向き直る。
 ヒキガエル面をした魔人はでっぷりと太ったずんぐりとした体型だが、その槌矛メイスを持った姿はなんというか、使い慣れた武器を持っているのか様になっているようにも見える。
「何かしらその武器……魔法の武器っていうには濃厚な死の気配を纏っている……ああ、なんだ神話時代ミソロジーの武器なのね」

「左様、神話時代ミソロジーにおいては神々が互いに争い、殺し合い……そして肉体を失っていった、これは歴史を紐解けば記述があることだ」

「そうね、わたくしもお勉強しましたわよ……今の時代に残っている記録はそれほど多くないけどね」
 わたくしの学園生活は本当に短かったけど、領地にいた時には家庭教師がついていて様々なことを勉強させられた……正直いうと「これって根拠ないよね」と思ってしまうようなでまかせ論文なども覚えさせられて閉口したものもあったけど、歴史の勉強はそれなりに楽しいものであった。
 剣と魔法、そして神々が実在する異世界の歴史なのだ、面白くないわけがない……イングウェイ王国は歴史が古いということもあって他の国に比べたらまだ書物の数が多く、まともな歴史が学べる国なのだと言われている。
「その歴史の中に埋もれた武具がこの世界には残っている……これはその中の一つ覇者の槌インペリウムだ」

「……覇者の槌インペリウム?」
 見てくれは骨を組み合わせて作られた粗雑な槌矛メイスだが纏う雰囲気が尋常のものではない、一度肉体が触れてしまったら普通の生命は砕け散るのではないか、と思わせるくらい底冷えをする不気味さを漂わせている。
 当たったらまずいな、防御結界も無事じゃ済まないかもしれないけど……わたくしは剣を構えると大きく深く息を吸い、そして吐き出す。
 その呼吸に呼応してか知恵ある者インテリジェンス覇者の槌インペリウムを両手で構えてほんの少しだけ腰を落とす……でっぷりとした肉体のあちこちに筋肉が鎧のように盛り上がっていく。
「お前はここで殺す……我が神と魔王様の名に賭けて」

「やれるもんならやってみなさい」
 一瞬の間をおいてわたくし達は他人には見えないであろう超高速の攻撃を叩きつけ合う……最初の一撃が武器同士で衝突するとグワキャーン! という甲高い音があたりに響き渡るが、その音が消えるまもなく右、左、斜め袈裟、下からの振り上げとほぼ同時に武器と武器がぶつかり合い、あたりに甲高い金属音を響かせていく。
 武器同士がぶつかるたびにわたくしの体に衝撃波のようなものが叩きつけられ、防御結界を震わせる……彼が持っている武器の特性なのか、普通の人間が浴びると全身の骨が砕けるくらいの衝撃がビリビリとわたくしの肌を震わせる。
「……防御結界……ッ! なるほどな、いくら攻撃しても効かないわけだ!」

「御名答……わたくしは常にこの結界を張り巡らせていて物理、魔法問わずあらゆる影響を無効化しているのよ」

「……だがそれは魔力で構成したものだな? であれば覇者の槌インペリウムの攻撃であれば十分破壊できるということだ」
 覇者の槌インペリウムと呼ばれる槌矛メイスを構えた魔人はその言葉と同時にドス黒い魔力、いやこれは混沌の力だろうか……不気味な瘴気を吹き出しつつ、わたくしめがけて武器を振り下ろしてきた。
 すんでのところでその攻撃を避けたわたくしが大きくジャンプして横へと飛ぶと、それまでわたくしがいた地面に覇者の槌インペリウムが叩き込まれ、地面を穿ち大きく土煙を巻き上げる。
 ゴアアアッ! という轟音と共に瘴気が煙の中から蛇を模した姿となって幾重にも別れてわたくしへと襲いかかってくる……だが、一つ一つの耐久度はそれほど高くないはずだ。
「シャアアアアッ!」

「こんな程度の攻撃で……ッ!」
 わたくしはそのまま剣を振るって瘴気の蛇を切り裂いていく……だが、そのほんの少しだけ生じた隙を突かれ、覇者の槌インペリウムを横薙ぎに振るってきた知恵ある者インテリジェンスの打撃に、わたくしは大きく横へと飛ばされていく。
 大きく飛ばされたわたくしは空中で猫のように体を回転させると、衝撃を殺すように滑りながら着地と同時に足を踏ん張って次なる攻撃を待ち受けるように剣を構え直す。
 だが覇者の槌インペリウムの一撃は展開している防御結界に綻びを作ることはできたものの、わたくしの肉体へと直接ダメージを与えることなどできようはずもない。
 それでも攻撃を受けた瞬間の衝撃波……これは防御結界を無視して中へと浸透してくるな……ビリビリと震える左腕をみて軽く舌打ちをしたわたくしをみて、知恵ある者インテリジェンスはぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべる。
「これは効果があるな……クヒヒッ! 四肢を叩き潰してからじっくりなぶり殺してやるぞ辺境の翡翠姫アルキオネ

「効果があるってのは相手の肉体を破壊した時に使うセリフよ? これは効果があるって言わない、ちょっと影響があったってのが正解ね」

「減らず口を……お前と同じように口の減らないクソ女が仲間にいてな……いつだってそいつのことを殺してやりたいって思っている」

「……あら、そう? 混沌の眷属よりもわたくしの方がマシだと思うけど?」

「変わらんよ、お前達のようなアバズレは皆同じ……だッ!」
 言い終わる前にその体型からは想像もできないくらいの速度で間合いを詰めてきた知恵ある者インテリジェンスの攻撃を不滅イモータルを使って受け流していく。
 攻撃を振るう合間にも、彼の口元から鞭のようにしなる紫色の舌が凄まじい速度でわたくしへと迫り来るが、なんとかその攻撃を回避し、槌矛メイスが肌スレスレを風を切って通過していくのを見て思わず口元が綻んでしまう。
 なんて素晴らしい! こんなギリギリまで相手の攻撃がわたくしに迫ってきたことなど転生してからあるだろうか? いいや、少なくとも悪魔デーモンごときではここまでの戦いなど味わえようもなかったのだから。
「ウフフッ! 骨があるわね……最高ですわ! 見た目は少し趣味じゃないけど……ねッ!」

「お褒めいただいて嬉しいぞ、だから死ねッ!」
 知恵ある者インテリジェンスはこれだけの連続攻撃を繰り出しても攻撃が直撃しない現状に苛立ちつつも、全く攻撃の手を緩めることなくわたくしへと襲いかかる。
 このターベンディッシュの訓戒者プリーチャーは混沌神の眷属たる悪魔デーモンと同じく、格闘戦も可能な脳筋魔法使いを堕落させたような隙のない攻撃力が特徴のようだな。
 遠距離や殲滅には強大な魔法を行使し、接近戦では鞭のようにしなる舌と、一撃必殺の破壊力を持つ覇者の槌インペリウムが襲いくるのだ。
 普通の人間では何が起きたかわからないうちに地面へと斃れるだろうね、普通の人なら。
「だけどわたくしの命には届かないわ!」

「……そうかな?」
 大ぶりとなった知恵ある者インテリジェンスの攻撃を躱し、反撃に転じようとした瞬間それまで予想もしていなかった方向から巨大なゴーレムの拳が視界の隅に飛び込んでくる。
 いつの間にか七国魔セヴンネイション道騎アーミーは人型形態へと姿を変えており、わたくしの意識が完全に訓戒者プリーチャーへと向くタイミングを狙って攻撃を仕掛けてきたのだ。
 まるでスローモーションを見ているかのように、わたくしの意識の外から繰り出された七国魔セヴンネイション道騎アーミーの一撃が防御結界へと衝突し、ゴリゴリゴリという耳障りな音を立ててめり込んでくる。
 次第にわたくしの肌に近づいていくゴーレムの拳を見て、再び槌矛メイスを振り上げた知恵ある者インテリジェンスの顔に恐ろしく歪んだ笑みが浮かぶ。
「慢心……ッ! もらったぞ辺境の翡翠姫アルキオネーッ!」

 ——油断、いや慢心? 違うね……この程度の攻撃であれば防御結界を失うようなことにはならないってわかっているのだ、だってわたくしは前世で魔王を倒した最強の勇者なんだから。

「……バカにするんじゃないわ……よッ!」
 体をコンパクトに回転させるようにゴーレムの拳を防御結界上で受け流すように滑らせると、そのままわたくしの脳天めがけて振り下ろされる槌矛メイスの一撃を剣で受け止める。
 キャアアアアアーン! というとても澄んだ甲高い音が辺りに響き渡る……間髪入れずわたくしは知恵ある者インテリジェンスの腹に前蹴りを叩き込み、彼は一〇メートル近く後方へと吹き飛ばされていく。
「グアアああっ!」

 そのままわたくしはゴーレムの拳に対して、左肘をコンパクトにまとめたままほぼ全力で拳を叩きつける……メキョメキョメキョッ! という硬質な素材が潰れていく音を立てて、七国魔セヴンネイション道騎アーミーの拳が一撃で粉砕された。
 砕けたゴーレムの腕が地面へと落ちていくのを見ながら、信じられないと言わんばかりに顔を歪める知恵ある者インテリジェンスの表情を見ながら、わたくしは首をゴキッと鳴らして不敵な笑みを浮かべてやる。

「……残念、この命には届かなかったわね? 貴方がどれだけ攻撃を繰り出そうとも、わたくしを殺すことなどあと一〇〇〇年経ってもできっこないわ」
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