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第九六話 シャルロッタ 一五歳 王都脱出 〇六

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「……シャル、ここももう使っていないようですね」

「うーん……悪魔デーモンが使ってた場所だったからもしかして……って思ってたけどダメか」
 わたくしとユルは数年前に疫病の悪魔プラーグデーモンを倒した地下水路の部屋に立っている。
 あの時この場所にサルヨバドスを召喚し、潜伏させていたものがいたとしたらもう一度ここへ戻ってきてないかな、という淡い期待をしてきたのだけど……ダメか。
 あの後この場所には冒険者組合アドベンチャーギルドによる捜査が入ったと聞いているし、あちこちにその時のものなのか打ち捨てられた箱や、腐食したロープの残骸が転がっている。
「あの時は倒す方で満足しちゃってたけど、今から考えたら調査をやっておくべきだったわね……」

「まさか訓戒者プリーチャーなんてのが出て来るなんて思わないじゃないですか」

「そりゃそうね……」
 ため息まじりにユルの言葉に同調するけど……あの時ぶっ放した剣戦闘術ソードアーツ聖炎乃太刀ライジングフォース」のおかげなのか地下水路に流れる水は心なしか綺麗だし、不快な悪臭やジメジメとした空気は微塵もなくなっている。
 それのせいか不潔な動物なども寄りつかないらしく、王都の中でもちょっとだけ安全な場所のような状況になっているらしい。
 だが歩き回っていると案外目的のものに近いなにかは見つかるようだ……ふと視線を下ろした先に、すでに文字などは掠れきっていて判別も難しい状態だが、何かを呼び出したような魔法陣の痕跡が目に入った。
「随分古いわね……」

「混沌の紋様ですかね?」

「多分ね……」
 どういうわけだかその魔法陣は捜査時には見過ごされていたのか、荷物置き場のような状態なのか空き箱が置かれた場所の床面に書かれているのが見える。
 すでに表面は半分程度削れてしまっていて魔法陣としての効果はないに等しいけど……ほんの僅かだが魔力の残滓のようなものが残っていることに気がついた。
 しかしわたくしでさえ見つかるようなこの残滓を王国の魔法使いが見つけられないというのは理解がし難いのだけど……とあたりにある空き箱を動かして、その全てが見える状態へと片づける。
「……ええと……もう読めないけど、この魔法陣でサルヨバドスを呼び出した見たいね」

「人間が呼び出したということですか? 混沌の眷属であればこんなものを使わなくても……」

「人間が呼び出したていにしてたのかもね……ほら、生贄とか捧げたりとか儀式っぽいことすることでより結束が高まったり、信仰が強くなったりするじゃない」
 聖教に限らないが……例えば前世でもいた怪しい混沌教団では、魔法陣などを用いなくても悪魔デーモンを召喚できる能力があったにも関わらず態々面倒な儀式を行ってから呼び出すことが習慣化されていた。
 それは信者たちの祈りが通じてこの世に超常ならざる者が呼び出された、という奇跡を目の前で起こしてやることでより結束を高めることにつながっていたらしい。
 その教団の信者は死をも恐れぬ狂戦士としてわたくしへと襲いかかってきた……口々に混沌神への感謝を述べながら、笑顔のまま死んでいくのだ。
「……乾いた血液の後……何人殺しているのかしら……」

「一〇やそこらでは無さそうですね……」
 悪魔デーモンは生贄などで呼び出されたりしない、いや呼び出した後に生贄を要求するものもいるがそれは腹ごなしをしたいがためでありこの世界に顕現する前に生贄をうず高く積み上げるなどの行為は必要ない。
 必要なのは莫大な魔力と、出口に当たる場所……そして少しばかりの狂気と良心の欠如だけ、それ以外は必要なく……それ故に訓戒者プリーチャーであれば対価なしで自由に悪魔デーモンを呼び出し使役できてしまうのだろう。
 ここにはもう用はなさそうね……とわたくしが立ち上がったその瞬間、不意に魔法陣に鈍い光が灯る。
「……シャル!」

「わかっている、罠だったみたい……」
 わたくしが虚空から魔剣不滅イモータルを引き抜くのと同時に、魔法陣からずるりと光を飲み込む漆黒の球体が生み出されていく。
 大きさは人間の頭よりもはるかに大きい……直径二メートル近い漆黒の球体はまるで羽でも生えているかのように空中にふわりと浮き上がると、パックリと表面が割れ黄金の瞳が姿を表す。
 こいつはゲイザー……場所によってはアイボールとかって名前で呼ばれる場合もあるらしいが、混沌の魔物で漆黒の体に大きな一つ目を持つ凶悪な怪物だ。
「こいつは厄介な……」

「シャル! 我はゲイザーとの交戦経験がありません……」

「大丈夫よ、攻撃は単純に光線を放つだけ……絶対に当たらないでね」
 剣を構え直すわたくしと、尻尾に炎をまとわせて威嚇するユルを見て思考するようにその黄金の瞳が複雑な動きを見せる。
 さすが混沌の魔物……眼の構造や動きは悪魔デーモンと似ているどこか不安感や気色悪さを感じさせるものだ。
 ギョロギョロと瞳を動かすと、ゲイザーは少しニタリと笑みのような瞳の動きを見せる……次の瞬間瞳から凄まじい勢いで輝く光線が放たれる。
 地面を切り裂き、迫り来る光線……地面に傷をつけているということは特殊な効果はないッ!

「く……なんか喋ってから撃ちなさいよ!」
 わたくしは放たれた光線を不滅イモータルを使って受け止めるが、狙い通り今回放った光線は「重傷ウーンズ」で物理攻撃に近い当たったら肉体を引き裂かれる斬撃のような光線だった。
 光線は剣に当たるとそのまま消滅し、消え失せるがご自慢の光線が受け止められたということに疑問を感じたのかゲイザーの瞳が少し動く。
 このゲイザーという魔物は少し厄介なんだよな……その巨大な眼球から魔法的な効果を持つ光線を放つことができ、しかもその効果は受けてみないとわからない。
重傷ウーンズ」「石化ストーン」「分解デコイ」「催眠ヒュプノ」「恐怖フィアー」「即死デス」……だいたいこのあたりを放ってくるとされる。
「……女、引き裂くと悲鳴……悲鳴、心地よい……悲鳴聞きたい……」

「悪趣味ね!」
 どうやって発声しているのかわからないが、あまり感情を感じさせない不気味な声を響かせるとゲイザーは次なる光線を放つ……色も同じ速度も同じ、ついでに発している魔力すら同じなのでどれがどの効果なのか全くわからない。
 光線がわたくしへと伸びるが、咄嗟に光の盾ライトシールドを展開して光線を相殺する……見ると魔法が腐食したかのようにボロボロになって崩れ落ちていく。
 分解デコイか……当たったら衣服どころか肉体まで崩壊してしまいそうだ。
「ユルッ!」

火炎炸裂ファイアリィブラストッ!」
 ユルの口から炎の火線が伸びてゲイザーへと衝突すると大爆発を起こす……炎は地下水路に大きな爆音を響かせあたりに振動を起こし、壁に焦げ目を作って天井まで吹き上がるが、その炎の向こうに見えているゲイザー本体には傷一つ入っていない。
 さすがに自分の魔法が効果がないとみてユルの顔に唖然とした表情が浮かぶ……そりゃそうだ、火炎炸裂ファイアリィブラストはかなりの高火力魔法なんだからそこら辺の魔物なんか消し飛ぶくらいの威力は出せる。
「犬……いらない、犬……くるな」

「ユルッ!」

「い、いけませんシャル……!」
 ゲイザーの光線がわたくしではなくユルへと伸びる……まずい、ユルは驚きで回避行動に移れていない。
 これが即死デスだったら、とわたくしは思わず身を挺してユルと光線の間に割って入ったと同時にわたくしの体に光線が直撃する。
 凄まじい衝撃……防御結界が働いていない?! それと同時にわたくしの周りの景色が灰色がかったものへと変色していく……即死デスではない? そして目の前が光り輝きわたくしは思わず目を瞑る。
 一気に自分の体がどこかへと落ちていく感覚……強い浮遊感とそこ知れぬ不安と恐怖が巻き起こる……違う、これは……急激にわたくしは再び上昇するような感覚を覚えた。



「……ねえ、明日も一緒に遊べる?」
 懐かしい声……これはいつだったろうか、わたくしが転生する前勇者ラインとして魔王との決戦に挑んだ時の記憶だろうか。
 声の主である少女は素朴だが、純粋な笑顔でわたくしへと……いや農夫の子供ラインへと話しかけてきていることに気がつき、少し恥ずかしい気分になって軽く頭を掻いてから黙って頷く。
 その仕草に本当に嬉しそうな満面の笑みを浮かべてにっこりと笑う少女の笑顔……この少女の名前はなんだっけ……もう遠い昔のような気がして懐かしさすら覚えてくる。
「じゃあ約束ね、明日私迎えに行くから」

「……うん」
 わたくしが頷くと少女は笑顔のまま小走りに自分の家へと走っていく……この光景には覚えがある。
 この後わたくし……いやラインが住んでいた村は魔王軍の斥候部隊により蹂躙され、皆殺しの憂き目に遭うのだけどラインは勇者としての能力を発揮し、斥候部隊を蹴散らしそして絶望の中大陸を彷徨い歩くのだ。
 わたくしはその少女に手を伸ばそうとする……だめ! 家に戻ったあと夜になると魔王軍が攻めてくる……逃げて! わたくしは必死に声を張り上げようとするが声が出ない。

 急に空が曇り出していく……そして不気味な色合いをした影がゆっくりと村へと伸びていく。
 村の明かりが一つまた一つと消えていく中、不気味な装いの魔王軍斥候部隊が村を静かに包囲していくのが見える……ダメだ! ここでここで私が食い止めなきゃいけないのに!
 わたくしは不滅イモータルを抜き放とうとするが手には何も握っていない……なんで?! わたくしが驚いていると、悲鳴が上がる。
「ま、魔王軍だ!」

「助けてえええっ!」
 その声で村人たちが慌てて松明を片手に外へと飛び出していく……だがその村人たちへと容赦無く矢が突き刺さり、絶命していくのを目の前で見せられている。
 動かない体……だがここで動かなければ、わたくしは必死に走り出す……村人を助けなければ、早く……だが思うように足が動かない、足がもつれて転びわたくしは地面へと投げ出される。
 いてて……わたくしが顔を上げると、先程別れた少女が巨大なオーガを前に悲鳴を上げており、涙を流しながら必死に叫ぶ。
 その必死な眼差しを見てわたくしの心臓が大きく跳ね上がる……ダメだ! この子を殺させはしない……ッ! しかし少女の叫び声がわたくしの冷静な部分に凄まじい衝撃を与える。

「……違う……! 私じゃない! シャルロッタ・インテリペリ……ッ!」
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