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第六三話 シャルロッタ 一五歳 肉欲の悪魔 〇三

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「殿下! 殿下はあの女狐に誑かされているだけなのです、目を覚ましてください!」

「……目を覚ますのは君の方だプリム! 君は人を傷つけて平気な娘じゃない、僕はちゃんとそれを知っている!」
 プリムローズの莫大な魔力がホールの地面を引き裂いて、巨大な畝る漆黒の触手を出現させると、触手はまるでクリストフェルを捕獲しようとしているかのように次々と彼へと迫っていく。
 だがクリストフェルは数年前まで病に伏せっていたとは考えられないくらいの身体能力で、次々とその触手による攻撃をかわしていく。
辺境の翡翠姫アルキオネなんて名前をいただいておいて、その実殿下のことなど歯牙にもかけていないではありませんか! 私は違います、私であれば殿下を愛して差し上げられるッ!」

「違う、シャルは状況の変化に戸惑っているだけだ! あの子は領地の空気や領民を愛する優しい娘……異質な部分があったとしても僕はそれを包み込んで愛する」
 クリストフェルは歪んだ笑みを浮かべながら触手を操るプリムローズに反論する……とはいえ彼はシャルロッタ・インテリペリが普通の令嬢ではないことは理解している。
 ユルと名付けた幻獣ガルムを使役する令嬢が普通なわけがない……そんなことは百も承知だ、むしろクリストフェルにとってシャルロッタが自分を愛するように自らが努力し続けること、彼女に並び立っても遜色のない人物になることは目標にもなりつつある。
 今この時点でもシャルが自分を本気で愛していないことくらいは理解している、だからあがくのではないか、愛する者に自分を見てもらえるように、ひたすらに己を磨くのではないか。
「違いませんわ殿下、その証拠に今もあの女狐はここにはいないではありませんか」

「僕がシャルを家に帰したからだ……それに僕はシャルが一目会っただけで僕に惚れるような女性なら婚約者になど選ばない!」
 クリストフェルが迫り来る黒い触手を交わしながら叫び続ける……だが触手を避け続けるのにも限界がある、次第に制服に触手が掠り、あちこちに血が滲んでいく。
 説得を考えて手放した剣だが、こうなってくるとそもそもプリムローズへと近づくためにも武器がないと……と普段より少し軽い腰に手を当てながら攻撃を躱わす。
 すでにプリムローズの攻撃……黒色の触手はクリストフェルを捉えるのではなく撃ち抜くくらいの勢いで迫っている、これは直撃したら死ぬな……と内心冷や汗をかきながらも彼は集中力を高めて、高速で迫りくる触手を回避していく。
「殿下っ!これを!」

「でかしたッ!」
 クリストフェルの背後から、回転しながら先ほどヴィクターへと渡した剣が投げ渡される……ヴィクターとマリアンがならず者たちを片付けてクリストフェルを守るように迫り来る触手を切り払っていく。
 受け取った剣を抜き放つと弾丸のように迫り来る触手を一刀の元に切り裂くクリストフェル、その剣技の見事さは思わず見惚れてしまうような流麗さを持っており、それを見ていたヴィクターが軽く口笛を鳴らして感嘆する。
「殿下に侍従の方々まで……剣を向ける相手が間違っていますわ」

「君を傷つけたくないプリム……僕は君のことだって大事に思っている、しかしそれは妹のような存在だからだ」

「私はお慕い申し上げているのです、殿下っ!」
 プリムローズの魔力が一気に膨れ上がる……莫大かつ無尽蔵に魔力を錬成可能と言われた稀代の天才が見せる圧倒的な能力……ホール全体が放出された魔力の波動でビリビリと震え学生たちが悲鳴をあげているが、そんなことはお構い無しとばかりに彼女は巨大な火球を頭上に錬成し始める。
 ホールの内部が凄まじい光量と熱気を持った火球の出現で煌々と明るく照らされていく……火球に近い天井部分などの石材が焼けこげ、ガラスが埋め込まれた窓枠が溶けて地面へと落ちていく。
「来たれ地獄の炎、我が前にありて敵を焼き滅ぼせ……くううっ……」

「な……」
 クリストフェルだけでなくヴィクターもマリアンもプリムローズの頭上に出現した超巨大な火球を前に唖然とした表情を隠せない。
 この魔法はホワイトスネイク侯爵家の一部に伝わる古代魔法エンシェント終末の炎嵐ストームオブドゥーム」……術者の周辺に存在する全てを爆炎で埋め尽くす炎属性最強とも謳われた魔法である。
 あまりの破壊力に普段は使用を禁じられていることと、コントロールが非常に難しく術者本人すら焼き尽くす可能性がある禁呪の一つとなっており、現代ではあまり知られていない魔法の一つに数えられる。
 プリムローズは歪んだ笑みを浮かべたまま魔法を錬成していく……だがその頬にスウッと一筋だけ涙が流れ落ちたのを見てクリストフェルは思わず彼女に手を伸ばして叫んだ。
「やめろプリム! 自分を犠牲にしてまでそんな魔法を使うんじゃないッ!」



「クフフッ……メイン会場は上々の仕上がり、そうでしょう?」
 肉欲の悪魔ラストデーモンであるオルインピアーダは学園の地下深くに張り巡らされた坑道の終端部、おそらく昔はここで何らかの作業が行われているであろう巨大な地下空洞の中で一人ほくそ笑んでいたが、その場所にやってきた来客に向かって声をかける。
 地下空洞はヒカリゴケに覆われており非常に明るい場所となっていてオルインピアーダの周りは神秘的に光り輝いているが、入り口付近の少し薄暗い場所から一人の女性が姿を表す。
 辺境の翡翠姫アルキオネ……いやシャルロッタ・インテリペリが魔剣を手に姿を現したことで悪魔デーモンは嬉しそうに笑顔を見せる。
「……逃げる気はないって感じね」

「逃げる必要などありませんよ、のでね……今の私は力が有り余っています」
 オルインピアーダは口元にはえた牙を剥き出しに凶暴な笑いを浮かべるが、それと同時に彼女の体が一回り大きく見えるくらい全身の筋肉が膨張を開始していく。
 肉欲の悪魔ラストデーモンは本来戦闘を得意とする種族ではなく、権謀術数など策を凝らして相手を退けるタイプなのだが今のオルインピアーダは契約者であるプリムローズの莫大な魔力を糧として強力な力を保有しており、ここでシャルロッタを相手にしても十分戦える、という判断だ。
「確か……悪魔デーモンの階位は四つだったわよね?」

「は?」

肉欲の悪魔ラストデーモンは最下層の第四階位に位置している、そんなクソザコナメクジがわたくしに勝てると思っているの? そっちの方がお笑いだわ」
 シャルロッタはまるで話にならないと言わんばかりの表情で笑うと、やれやれと肩をすくめている……その様子を見てオルインピアーダの顔に青筋が立つ。
 愚弄された怒りが彼女の体から魔力を噴出させていく……地下空洞だけでなくあたり一体がビリビリと震え、脆い岩や壁が崩れていくが、その状況下でもシャルロッタは余裕の表情を浮かべて笑っている。
 強く異質とはいえ単なる貴族の令嬢が本気で怒った悪魔デーモンを相手に舐めた態度を取り続けている、それは生まれ出て一〇〇年もの間この世の中に災厄を撒き散らしてきたオルインピアーダのプライドに傷をつけた。
「貴様ああっ! 人間ごときが……肉欲の悪魔ラストデーモン相手にたかが魔剣一本で勝てるとでも……バカにするにも程があるッ!!!!」

「喚くなよ、騒々しい……なら証明してやるからかかってきなさい」
 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングでオルインピアーダは地面を蹴りシャルロッタの眼前へと凄まじい速度で移動し彼女の顔面を狙って右腕を振るう。
 普通の人間であれば頭はザクロのように引き裂かれ、赤い鮮血と脳漿を撒き散らしながら地面へと倒れるだろう……オルインピアーダはその光景を想像して歓喜に打ち震えるが、手応えがない。
 それどころか瞬きの間に目の前に立っていたはずのシャルロッタは自分の後背へと移動していた。
「な……あ? があああッ!??」

「……忘れ物よ?」
 シャルロッタが何かを放ると、地面にドシャリと鈍い音を立てて落ちたものは……オルインピアーダの右腕だった。
 それに気がついた瞬間肩口の切断面から、ドス黒く青色をした血液が軽く噴き出す……慌てて傷口に左手を当てると、莫大な魔力が集中し切り裂かれた右腕が傷口から泡と血液を撒き散らしながら再び生えていく。
 追撃を防ぐためにシャルロッタから少し離れた場所へとバックステップして距離を取るオルインピアーダだが、シャルロッタは笑顔を浮かべたままその場から動こうとしない。
 肉欲の悪魔ラストデーモンの表情に怒りと驚愕が同居した色が浮かぶのを見て、口元を美しく歪めたシャルロッタが軽くため息をついてから話し始める。

「……遅いわ、もっと本気を出してもらわないと……わざわざユルを殿下のもとに送っているんだからつまらないじゃない」
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