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第五〇話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 二〇

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「やあロッテちゃんだっけ? 今日は同じ場所なんだね」

「あ、えっと……エルネットさんでしたっけ、お久しぶりです」
 王都の外れ、貧民街を超えた先にある小さな迷宮ダンジョンの入り口でいきなり声をかけられてわたくしが振り返ると、そこには見知った顔が並んでおりわたくしは内心驚く。
 まさかわたくしのことをちゃんと覚えているなんて思いもしなかったからだ……何で覚えてんだこの人。
 フードを下ろしたわたくしに話しかけてきた栗色の髪が魅力的な男性を見てから慌てたように軽く頭を下げ……彼の後ろにいる仲間リリーナさんに、デヴィットさんに、あとエミリオさんにも何度か頭を下げる。
 彼らは銀級冒険者パーティ「赤竜の息吹」だということを後で聞いた……この「赤竜の息吹」というパーティ、実はインテリペリ辺境伯領に来たこともあるし、なんなら彼らを表彰する式典にわたくしも出たことがあるらしい。
 全然知らねーけど……式典自体を思い出せなくてそんなのあったけなあ、と悩んでしまったくらいなんだけどさ。
「エルネットがごめんねー……あら? この間と剣が違うね?」

「リリーナさんこんにちは……はい実は依頼の中でこの剣を入手しまして……良い剣だったのでそのまま使っています」
 リリーナさんが目ざとくわたくしの腰に下げられている不滅イモータルに気が付き指を差す……まあ前に使ってた既製品とは装飾がまるで違うからな。
 不滅イモータルの装飾はさすが勇者様の使った魔剣だけあって柄だけでなく鍔の部分にも金で装飾が施されていて、しかもご丁寧にアンスラックス家の紋章だった五芒星、この世界にもこれあるんだなと感心した紋章が入っているのだけどね。
「珍しい装飾だね……元々は貴族の持ち物だったのかもね~」

「そうなんですかねえ……わたくしはそういうことには……」

……そういうことにしておくよ」
 リリーナさんが薄く笑ったのを見たけど、わたくしはあえてそれにはツッコミを入れることはしない……というかツッコんだら負け、そういう世界であることは確かなのだ。
 あー、こりゃ気がついてるな、わたくしがある程度地位のある貴族の令嬢であること……だがそれを問いただすことは彼らの疑惑を裏打ちしてしまうわけなのであえて黙ってフードの下でニコニコと笑顔を浮かべておく。
 というかエルネットさんは下位貴族の出身ぽかったけど、リリーナさんもそういった家柄もしくは知識を有しているのだろう……ぱっと見はそういう雰囲気をしてなかったので油断してた。
「……ロッテちゃん一人で迷宮ダンジョン探索は危ないよ?」

「あ、えっと……そんなに奥には潜る気は無いんですよ」
 割と普通に心配もされているようで、リリーナさんだけでなくてエルネットさんも心配そうな顔でわたくしを見ているが……正直いうのであれば事前にこの迷宮ダンジョンの情報は仕入れてあるので大した危険もないというのは理解している。
 まあ王都の付近にあるというだけで、今わたくしがいる「ビヘイビア」は散々探索し尽くされており、いわゆる枯れた迷宮ダンジョンに相当している場所に相当する。
 ただ迷宮ダンジョンの特性上魔物が定期的に出現するため枯れたとはいえ定期的に内部の探索と魔物の討伐が必要になるため、冒険者に人気の依頼が発生するのだ。
「ふーん……?」

「それにわたくしには味方もいますので……シャドウウルフを従属させているのでいざという時は助けてもらうつもりです」
 笑顔で答えるわたくしの顔を見て、エルネットさんとリリーナさんは何かに気がついたかのように驚いた表情を浮かべて、それからマジマジとわたくしを上から下までじっと見つめる。
 どうやら冒険者組合アドベンチャーギルドでの一件、女性冒険者が従属させていたシャドウウルフを使ってチンピラを鎮圧したという事件はそこそこ有名になっており、その対象が目の前に立っていたというのに驚いたようだった。
「ああ……ロッテちゃんがあの話の……」

「まあ……なので危ない時はすぐに脱出するつもりです」
 まあ本音を言うのであればユルを使う気は全然ない……この程度の迷宮ダンジョンであれば最深部まで鼻歌まじりで向かってなんなら無傷で帰って来られるくらいの自信はあるからだ。
 それにこのビヘイビアへきた理由は別にあるのでお願いだからわたくしに構ってくれるな、という内心の焦りをずっと隠しながら話している。
 エルネットさんは少し考えた後、とても爽やかな笑顔でにこりと笑うと……軽く手を振って歩き出す。
「そっか、でもまあ無理しないでね。中で会ったらまた話でもしようよ」

「よかった……無理な言い訳なんかできないからな」
「赤竜の息吹」が先にビヘイビアの中へと向かうのを見送ると、わたくしはそっとフードの下で大きなため息をつく。
 と言うのも今回この迷宮ダンジョンの駆除依頼を受けたのにはちょっとした理由があって、学園の図書室で過去の文献を漁っていて思いついたことを試したい、と言うことがあったからだ。
 普通迷宮ダンジョンは魔物の討伐と探索くらいしか使わないのでこんな使い方を思いつくのはわたくしだけではないだろうか。

 迷宮ダンジョンは何故定期的に魔物が湧き出すのか……と言うこの疑問、前世のレーヴェンティオラでわたくしはふと考えたことがある。
 現地の人たちは全然疑問に思ってなかった……と言うかこのマルヴァースの人も同じだと思うけど、自然に湧き出すためそう言うものなのだ、と言う常識が完全に刷り込まれているのだろう。
 この辺りユルにも聞いてみたが「よくわからない」と言う答えしか返ってこなかったので、本当にその辺りを研究したり知識として得ているものはいないのだろう。
 前世においても同じ作りであった迷宮ダンジョンであれば、わたくしのやりたいこと……異世界と繋がる場所にて、わたくしをこの世界へと送り込んだ女神様とコンタクトをとってみる。
 彼女の本音や目的を知りたい……とにかく一五年この世界で生きてても全く音沙汰がない、というのが不気味すぎるしどういう目的で私をこの世界へと送り込んだのか、真意を尋ねないといけないと考えているからだ。
 本音を言うならあまり会いたくない顔を見なきゃいけないかと思うと……今からとても気が重いのだけど、それは後回しにするか。
「さ、行きましょうか……魔物を狩りつつ最深部にある迷宮ダンジョンコアで目的を達成しましょう」



「心配だなあ……ぐへっ!」
 隣で心配そうな顔を浮かべるエルネットを見上げて、内心こいつ色ボケしてんじゃねえか? と呆れた表情を浮かべるリリーナは軽く彼の脇腹を肘で突く。
 ビヘイビアは探索され尽くした枯れた迷宮ダンジョンだが、出現する魔物はそれなりに強力なものが多い……この迷宮ダンジョンは七階層に別れており、その階層ごとに特徴的な魔物が湧くことになる。
 第一階層であればゴブリンやコボルトなどの低級冒険者でも対処可能な魔物が湧くが、第七階層まで潜るとこの世界でも強力な魔物として知られているオーガなどが出現するとても危険な迷宮ダンジョンへと変貌する。
「なんだよぉ……女の子だぞ? しかもどうみても貴族の令嬢で訳アリ……守りたくなるのは騎士として当たり前じゃないか」

「騎士ってもアンタの父上が、でしょ? それも世襲できない一代限りの騎士なんだからアンタは単なる冒険者でしかないわよ」

「えー……なんだよリリーナ、妬いてんのか?」

「あ?! 誰が子供相手に妬くってのよ?!」
 二人が言い争いを始めたことでデヴィットとエミリオはやれやれ……という表情を浮かべて肩をすくめて顔を見合わせている。
「赤竜の息吹」はこのビヘイビアの第六階層に湧き出す魔物の間引きを依頼として受けており、そのために迷宮ダンジョンを進んでいる。
 まだ第二階層のため出現している魔物も大したものではなく、彼らとしても緊張感などは感じることはない、何せ何度もこのビヘイビアで探索を繰り返していて地図も必要としないくらい全ての間取りは頭の中に入っている。

「おっと……油断するなよリリーナ」
 エルネットが抜く手も見せずに剣を抜くと斬撃を繰り出す……悲鳴とともに暗闇からこちらの様子を窺っていたホブゴブリンが両断され地面へと倒れ伏す。
 リリーナも短弓ショートボウを使ってこちらの様子を見ている別のホブゴブリンを射ると、軽く頬を膨らませて不満そうな表情を浮かべる。
 襲撃を考えていたホブゴブリンの集団はものの数分で全滅し、地面に屍を晒していく……それだけで「赤竜の息吹」が持つ実力の高さがよくわかる。
「油断なんかしないわよ! 全く……」

「しかし数が多いですな、こんな数が出る迷宮ダンジョンでしたか?」
 エミリオが短剣ダガーを片手に殴り倒したホブゴブリンの耳を切り取っている……これは間引きした魔物の証明として冒険者組合アドベンチャーギルドに提出される証明のようなもので、魔物によっては魔石や角、牙なども回収されることがある。
 死体は一定時間が経過すると迷宮ダンジョンから姿を消すため処理されることは少ない、これは迷宮ダンジョンならではの作法となり、野外ではきちんと処理をすることが冒険者組合アドベンチャーギルドでは推奨されている。
 ちなみになぜ魔物の死体が消滅するのか、は謎のまま放置されておりそれについて疑問を持つものはいないが……エルネットは少しだけ顎に手を当てると不安そうな顔をしている仲間たちへと疑念を伝える。

「もしかしたら大暴走スタンピードの可能性も視野に入れた方がいいかもなあ……なんか不安だよ」
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