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第三七話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 〇七

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「ほ、本日はお招きいただき有難うございますっ! ターヤ・メイヘムです、よろしくお願いします!」

「皆様ごきげんよう、わたくしは付き添いで参りました……シャルロッタ・インテリペリでございます」
 ガチガチに緊張したターヤから一歩引いた位置で、わたくしはお辞儀しつつ本日のお茶会に参加している令嬢たちの顔をチェックしていく。
 当然ド真ん中の主賓席にプリムローズ・ホワイトスネイク侯爵令嬢が座っており、その周りに数人の令嬢が取り巻きとして座っているが……大半が伯爵家以下のご令嬢が多いな。
 プリムローズ嬢はにっこりと笑顔を浮かべて、椅子から立ち上がると彼女も優雅に一礼する……それに倣い取り巻きの令嬢たちが一斉に立ち上がってお辞儀したのをみて、正直感心してしまう。
 もしかしたら彼女たち全員が、ホワイトスネイク侯爵家の寄子貴族なのかもしれないな……。
「ようこそターヤさん、それにインテリペリ辺境伯家のシャルロッタ様、愛称がありましたわね。ええと……なんでしたっけ?」

「過分ながら皆様からは辺境の翡翠姫アルキオネと呼ばれております」

「ああ、そうでした。辺境の翡翠姫アルキオネ……実物に会えてとても嬉しいですわ、どうぞお座りになって」
 優雅な笑みを浮かべるプリムローズ嬢だが、ああ、どうやらこの場はターヤを呼び出したのは口実で本来はわたくしを引っ張り出すためのお茶会なのか……とそこで気がついた。
 わたくしたちが席につくと、ホワイトスネイク侯爵家のメイドたちがテキパキとお茶の準備を進めていく……まあ大口叩いておきながら、わたくしはお茶会に参加した経験はあるが、数はそれほど多くない。
 知識としてこういうものだよ? とは理解しており、それを総動員してなんとかするしかないのだけど……横に座っているターヤは物珍しそうに目の前に積まれているお茶請けなどを眺めている。
「ターヤさんは学業が優秀と聞いていますが本当ですか? ご実家はどんなお仕事をされているの?」

「あ、はい……私の実家は冒険者向けの宿を経営していまして……」

「冒険者用の宿ですって……」
 そこで目の前に座っていた一人の令嬢がクスクス笑い出す……ターヤは何がおかしいのだろう? と言わんばかりの表情を浮かべているが、そのご令嬢は少し意地の悪そうな表情を浮かべながら何やらプリムローズ嬢に目配せをしている。
 それをみてプリムローズ嬢は口元を扇……恐ろしくド派手な羽飾りがついており、個人的にはあまり趣味ではないデザインのものだが、それを使って隠すような仕草を見せたのち、そのご令嬢は言葉を続ける。
「それはどんな女性たちが来る宿なのかしら? もしかしてたち?」

「えっと、冒険者には女性も多いので色々な人がいますね、あとは酒場も併設しているので……」

「あらやだ、そんないかがわしい店なの?」

「それはどういう……」

「冒険者相手の宿がいかがわしい店とはどういうことでしょうか? 先日も王都付近の森に出た魔物を退治してくれたのは、危険を顧みずに手を上げてくれた冒険者のおかげかと思います」

「シャル……」
 ご令嬢の話の方向が大体わかったので、わたくしはマナー違反だとは理解しているが横槍をいれる……そもそも冒険者をバカにできるほどここにいる令嬢は魔物の危険性をわかっていないだろうに。
 ターヤは援護射撃を始めたわたくしと、その令嬢の顔を交互に見てどう発言していいのか迷っている節があるが、今のうちにわたくしがこの令嬢を黙らせてしまおう。
 前世で散々冒険を重ねたわたくしとしては冒険者という自由かつ危険な仕事に就く人は貴重だと思っている、それにインテリペリ辺境伯領でも冒険者は非常に活躍してくれている。
 そんなことも知らずにたちなんて言い方はわたくしが許せない。
「彼らの英気を養うための場所を提供しているターヤ嬢のご両親は、素晴らしい仕事をしていると思いますよ?」

「……シャルロッタ様は随分と冒険者の肩を持ちますわね?」

「インテリペリ辺境伯領には多くの魔物が生息しています。わたくしの兄も討伐を行なっていますが……それでも日常において領民を守っているのは冒険者の方々です。この王国の貴族が治める領地は似たようなものではありませんか?」

「……そうね、それは一理あるわ。シャルロッタ様は博識でいらっしゃいますね」
 突然プリムローズ嬢が口を開いたことで、先ほどまで噛み付いていた令嬢は慌てて口を噤む。
 視線を動かしてプリムローズ嬢を見ると、あまり表情を変えずにわたくしをみて満足そうな笑みを浮かべている……この視線はなんだろうか?
 主賓であるプリムローズ嬢はじっとわたくしの目を見ていたが、すぐに別の令嬢へと視線を動かす……その令嬢は視線に気がつくと手元の紅茶を軽く啜り、わたくしを見ると話し始める。
「シャルロッタ様は殿下の婚約者となられましたが、王都で流行っている演劇はご覧になりましたか?」

「……わたくしはあまり観劇をいたしませんので、どれのことか判りませんわ」

「英雄王子と翡翠の令嬢というお芝居ですわ……クリストフェル殿下と辺境の翡翠姫アルキオネとの文のやり取りを演劇にしたとか」
 ああ、例のわたくしと殿下の手紙のやり取りを演劇にしたっていうアレか……正直中身に全く関わっていないし、わたくし自身は見る気になれなくて王都に住み始めてからも全然興味が持てなかったんだよな。
 マーサは観に行ったとかで、「シャルロッタ様のことをあんまり解っていない人が台本書いてますねえ……」と少しがっかりした様子で戻ってきたのだけは覚えている。
「……殿下は確かに手紙を送ってくださいますが、定期連絡のようなものでして」

「……実物はそうではないと?」
 その令嬢は少し困惑したような表情を浮かべるが、わたくしは黙って頷く……ってか実物の殿下とのやり取りをこの人たちに見せてあげたいくらい、正直演劇にできるようなロマンチックなものではないのだ。
 本当の内容は殿下から来た手紙を流し見した後、わたくしが適当に「今日も領地は平和でした」とか「今日はお野菜を買いに行きました」とか、そういうどうでもいいことを返しているだけなのだから。
 会話に入れずお茶請けの菓子を黙って食べていたターヤがようやく口を開いた……ってか完全に彼女空気じゃん!
「私演劇観たけど、本当にロマンチックでしたよ? 後半のシーンで王子様が令嬢にお花をプレゼントして結婚してくれ! っていうシーンなんか感動しちゃった」

「シャルロッタ様はそういうことはないのですか?」

「……殿下より毎回頂いております花はとても美しいものですので、有り難く屋敷に飾らせていただいておりまして、皆で楽しんでいますよ」
 不意にバキッ! と何かを握りつぶすような音があたりに響き、あれ? と思って音の方向を見るが……プリムローズ嬢がその悪趣味だけど高価そうな扇を破壊してしまっていたところだった。
 な、なんか逆鱗に触れるような発言したかな……? わたくしが黙っていると、彼女は少しだけ目元をピクピクとさせながら破壊してしまった扇を無理やり閉じてメイドへと放り投げる。
「……殿下から貴女のために下賜された花を自室に置いていないですって? 大事なものではないの?」

「はい、あれだけ見事なお花は、わたくしだけが楽しむものではないと思いますので、玄関に飾っておりますわ」

「え? シャルのお家に行ったらそれ見られるの?」

「見られますよ、今度遊びに来てくださいな」
 呆れたような表情から一変してプリムローズ嬢はわなわなと体を震わせながら、わたくしを怒りの籠った目で睨みつけるが……うーん、沸点のポイントが全然わからないな……もしかして「あなたのために贈りました」的な何かだったろうか? いやいや、殿下も好きなように扱って欲しいって言ってたしなあ……怒りポイントがわからずキョトンとしているわたくしに向かってプリムローズ嬢は軽くため息をつく。
 だがすぐに表情を変え、新しい扇がメイドから手渡されると彼女は黙って口元を隠してしまう。
「……殿下との婚約おめでとうございます。ただ私から言いたいことがありますわ」

「……なんでしょうか?」

「貴女は殿下の婚約者に相応しくないわ……殿下がお可哀想よ。貴女婚約を辞退する気はないの? 私は殿下を愛する人が婚約者になるべきだと思ってるけど、貴女はどうも違うように思えるわ」
 プリムローズ嬢の言葉に取り巻きの令嬢も頷いている……うん、それは自覚しているので正直なんでわたくしが婚約者なのかなーとは思っているんだけどさ。
 ただそれをするにしても、このプリムローズ・ホワイトスネイク嬢はあまりにザ・ご令嬢しすぎていて殿下の趣味ではない気がするんだよな、見た目には合格だと思うんだが。
 まあ、いざとなったら殿下の精神を魔法で改造してベタ惚れさせるっててもあるっちゃあるんだけど……そこまで考えて不意に殿下の爽やかな笑顔を思い出し、わたくしの胸の辺りがチクリと痛んだ気がした。
 ん? なんでチクって……まあいいや、気のせいだろう。
「……プリムローズ様は殿下のことがお好きなんですか?」

「……な、う……急に横から話しかけないで頂戴……私は子供の頃から殿下を見てきてますっ!」
 ターヤの横槍にプリムローズ嬢は顔を真っ赤にして慌て始めるが……そこまできてわたくしはようやく目の前のご令嬢が、殿下にベタ惚れだったということに気がついた。
 そっか、そっか……なら魅了の魔法をこの人にかけても許されるかもなあ、わたくしが急に表情を変えてニマニマと笑い始めたのを見てプリムローズ嬢は真っ赤な顔のまま閉会を宣言する。

「ちょ、ちょっと今日はターヤさんの顔を立ててこの辺りでおしまいにしてあげるわ! それでもシャルロッタ様! 私の言葉をちゃんと覚えておくのですよ!」
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