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第一六話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 〇六

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「シャルロッタ、ぜひ我が街を案内したいのです、行きませんか?」

「え? よろしいのですか?」
 夜会から数日経ったある日の朝、朝食を終えて宿で今日は何すっかなーとやることを考えていたわたくしの元に、リディルが訪ねてきたのだが……彼は少し緊張した面持ちで、どこかそわそわして落ち着かない様子ながらも懸命に笑顔を作っている。
 わたくしの前に出てきてその美貌にそわそわしているとか、緊張しているという人のする目ではない、これは明らかに何か後ろめたさを感じつつも事を為さねばならないという面持ちによく似ているのが気に掛かった。

 前世でこういう表情を浮かべる人を何人か知っている。
 本意ではないが目的のために人を殺めようという人の目、目の前にいる人間を騙さなければいけない、その罪悪感を覆い隠せないそんな後ろめたさ。
 勇者ラインの旅路は人に裏切られることの連続だった、旅の仲間が最終的に確定する間、わたくしは何度も騙され、罵られ、襲い掛かられた。
 転生してからこんな目した人を見るのは初めてだ……それくらいリディルの目は何か争いきれない恐怖の色を讃えている。
「では早速外出用のお洋服に着替えますわね、少しお時間をいただけますか?」

「え、あ、ああ……本当にいいの?」

「どうしてですか? 夜会でお友達になったリディルが案内してくれるんですもの。マーサ手伝ってくださいまし」
 わたくしは全力でリディルに笑顔を振り撒くと、侍女であるマーサに外出用に見繕ってもらっている服装へと着替えることにする。
 そんなわたくしの様子を見て、なぜかほっと息を吐くリディルだが、まあこの外出で何かしろと命じられているか、本人が動くのか……そんなところなのだろうな。
 彼が主導しているとは思えない、いや本音を言うなら思いたくないな……昨晩夜会で真摯な対応をしてもらっていることもあって、個人的には彼と戦うとかは想像したくないわけだし。
 リディルはボケっとその場に立ち尽くしているが、マーサが彼の前に仁王立ちをしたことで、ギョッとした顔になって彼女に話しかけた。
「あ、あの……何かな?」

「ご婦人の着替えを覗くおつもりですか?」

「あ! ……申し訳ありません! 今でます!」
 彼が慌てて部屋から出ていったことで、ほっと息を吐いてからわたくしは着替えを始める。
 外出用って言っても割と豪華な衣装しかなかったりして、一発で貴族の令嬢だってバレちゃうものしかないんだよね……マーサに言わせると「隠しきれない気品がそうさせるのです、何を着ても天使ですから」とかいうんだけど、こういう場合は割と隠密行動などできずに困ってしまいそうだ。
「ユル、護衛はあなたに任せますわ。でも相手の目的がわからないうちは手出ししちゃダメですわよ?」

「御意……マーサ殿、オヤツをいただけないでしょうか?」
 ずるり、と影からユルがその巨体を表すがマーサはもう慣れたもので、スカートについているポケットからユルに向かってポイッと干し肉を一切れ投げたことで、彼は尻尾を振りながらその肉を両手でキャッチすると、もちゃもちゃと満足そうな顔で食べ始める。
 マーサは最初ユルのことをあまり信用していなかった節もあるのだけど、すぐにこの幻獣がわたくしに完全に服従していることと、見た目は割と怖いがオヤツに弱いと気が付いてからは完全に犬のような扱いをしており、ユルはマーサの方に懐いているんじゃないかと思うこともある。
「ユル様は干し肉がお好きですねえ……今度は旦那様に頼んで骨を用意してもらいますよ」

「ほ、本当か! マーサ殿お願いします……我は骨が好物でして……」

「ユル……本当にわたくしと契約していらっしゃる幻獣様? ほぼ犬じゃございませんか……」

「はーい、肉ですよー」

「し、失礼な……我の忠誠心はシャルに捧げてお……ワンッ」
 だが言葉を言い終わらないうちにマーサがポイっと干し肉を放り投げたことでまるで飼い慣らされた犬のように、空中で干し肉をキャッチし着地すると、再び大真面目な顔でわたくしを見ながらもちゃもちゃと口を動かしている。
 こいつ、完全に飼い慣らされていやがる……ッ! なんだその幸せそうな顔は……マーサはそんなユルを見て、フッ……と笑っているがこの人扱いわかってるな。
 そんなこんなでわたくしの着替えが終わり、マーサはニコニコ笑いながらわたくしに微笑む。
「さあ、お嬢様出来上がりましたよ、今日もお綺麗ですわ」



「か、可憐だ。なんて、なんて美しい……」
 宿の入り口で外出用の少しシンプルなドレスを着用したわたくしが現れたのを見て、リディルがぼそっと呟くのが聞こえる。
 わたくしはリディルにそっと微笑むと、彼にエスコートをしてもらうためにそっと手を差し出す……一応ウゴリーノ兄様には「リディル様が街を案内してくれるらしいので行ってきます」とマーサを通じて伝えているが、わたくしの護衛にユルがついていることを知っている兄様は心配せずに快く送り出してくれた。

 まあ、相手が何かをしてくるとしたらこう言う時だろうという彼なりの思惑もあるだろうが……念のためにセアードの街に潜入している騎士の一人が交代で監視してくれることになっていたが、多分いたほうがぶっちゃけ邪魔になりそうな気がしなくもないので「なんかあったら無理に助けに入らず、兄様にお伝えしてください」とだけ伝えてある。
 この街はそれほど大きな街ではないし、リディルも馬車よりは歩きでと説明してくれていたのでわたくしたちは宿から広場の方へとまずは歩き出す。
「随分と注目されますわね……」

「まあシャルロッタは美しいから……この街でも辺境の翡翠姫アルキオネの名前は有名だよ」
 領主の息子とそれにエスコートされているご令嬢……しかもそれが噂の辺境の翡翠姫アルキオネともなればそりゃあ色々な人が驚いた顔で見ているわけだが、これは珍獣パレードの珍獣に近い扱いのようにも思えるな……視線が痛い。
 男性はわたくしの顔を見て頬を赤らめており、女性も嫉妬混じりの視線はあるものの、一部は似たようなものだ……子供は割と好意的に手を振ってくれるな、と言うことでわたくしは営業用スマイルを浮かべ、にっこり笑って子供達に軽く手を振りかえす。
 それを見た子供がわああっ! と声を上げるのと対照的に、歓声に混じってわたくしの鋭敏な聴覚に不満の声も聞こえてくる。

「どうして領主の息子なんかと一緒に歩いているんだ?」
「もしかして婚約するとかか? リディル様はまだお優しいが、領主はな……」
「あの領主の元に辺境の翡翠姫アルキオネがきたとして、どうなってしまうんだ……」
辺境の翡翠姫アルキオネも所詮貴族側の人間なんだろうよ。また増税だって言うし……輿入れのための資金作りじゃねえの?」
盗賊組合シーブスギルドも分裂して抗争しているって言うしさ、この街も危ないかもな……」

 ふむ……すこぶる評判の悪い領主だな、おい。
 多かれ少なかれ貴族による統治は王国の屋台骨を支えている重要な政治機構だ。貴族の家に生まれつくと、政治を勉強していく中で民の不満をどのように収めていくか、と言うことを勉強させられる。
 何が不満で、何を解消するのか……結果的に衣食住の満足度を上げるための政策などを行使する、それができない場合は違うもので不満を抑えるなど、まあ一般的な帝王学に近いものを男爵以上の領地持ち貴族は勉強しなければならず、女性であってもそれは同じようなものだ。

 王国は長きにわたって安定し切った統治機構を成熟させてきている……それ故に支配下の領地で政治に不満を持つ領民の反乱が発生しました、と言うのは割と恥ずかしいこととされており数代に渡って「領民に反抗された恥ずかしい貴族」と言う汚名を被ることにもなり得る。
 インテリペリ辺境伯支配下の貴族がそれを起こしました、と言うのはお父様だけでなく兄様達の評価にもつながってしまうため、本音としてはなんとか食い止めたいところなのだ。
「……しかし、本当に評判悪いなあ、カーカス子爵家。困っちゃうわ……」



「リディル様が辺境の翡翠姫アルキオネを連れ出したぞ、仕事をやりやすくしてくれるとは、さすが領主の息子だけあるな」
 そして革新派盗賊はカーカス子爵を取り込み、外国からの輸入品(これは主に麻薬などの禁止薬物を含む)を辺境伯領、ひいては王国全土に広めようという目的のために動いている。
 カーカス子爵は用済みとなった段階で麻薬中毒にして廃棄する……そんな計画を立てて行動を行なっているが、現在のところ子爵にも利用価値があるため表向きは彼に従っている状況だ。
辺境の翡翠姫アルキオネってすげえ綺麗な娘なんだろ? 媚薬を使って好きにしていいって話だよな? 楽しみだぜ……」

「リディルに惚れさせなきゃいけねえんだぞ、輪姦まわすのは無しだバカが。侍女とかなら文句言わねえよ」
 革新派ビドアを指揮するマルセル・ヒエタラは部下を怒鳴りつけつつも、先日馬車でこの街へとやってきた辺境の翡翠姫アルキオネの姿を思い返して、リディルにくれてやるには少し勿体無い気分にはなっている。
 しかし仕事は仕事、気分を入れ替えて伝統派スンナの妨害を防ぐための作戦を部下へと伝え始める。

「いいか、今回はカーカス子爵から直接の命令だ、ミスや女に危害を与えた奴は魔物の餌にしてやるからな、覚悟しろよ?」
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