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第一二話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 〇二

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「どっからでもいいですよ、お嬢様……打ち込んできてください」

「えっと……どこからでもよろしいのですか?」
 わたくしは長剣ロングソードを軽く握り直したり、軽く振ったりして重さを確かめているが……シドニーはめんどくさそうな顔でわたくしが剣を振っているのを見ているだけだ。
 まあ、インテリペリ家の中でもわたくしがまさか剣の達人であることは知られていないし、彼のように明らかに小娘の剣など大したものではない、と思ってる人も多いのではないだろうか。
 何せ普段のわたくしはご令嬢ムーヴの一環で他の貴族とのお茶会や、ダンス、あとは領内で行われる参加貴族との夜会などでしか人前に出てこないからな……一時期は辺境の翡翠姫アルキオネは病弱で人前にほぼ出れない、という謎の噂が流布していたくらいだ。
 実物はこんなに可愛くて元気なんだぞ? と声を大にしては……言えないけどちょっとだけ物申したい気分だ。
「……お嬢様、どのくらい剣振っているんです?」

「んー……木剣でお父様とお稽古したくらいですわねえ」
 わたくしが軽く首を傾げながら、ご令嬢らしく可愛く答えてやるとシドニーはバカにしたようにハッ、と軽く吹き出すのがわかる。
 結構剣には自信があるってことか……だがそのやりとりを見て、ユルがシドニーには聞こえないくらいの声で「うわ、真顔で嘘を吐いている……」と呟くのが聞こえる……あいつオヤツ抜きにしてやろ。
 木剣はお稽古程度しかやって無いだろ、それは嘘じゃないと思うのだけど……本当の意味での戦闘においては、シドニーが想像もつかないレベルで戦い慣れているだけだ。
 何度か握りを確かめたことで、だいたいこの練習用の鉄剣のバランスや重さを把握できた、これなら手加減もちゃんとできるな。
「じゃあ遠慮なくきてください」

「本当に遠慮しないでよろしいの?」

「いいですよ……ッ!」
 シドニーが余裕綽々の顔でそう答えると同時に、わたくしは手加減しつつも、いきなり横薙ぎの斬撃で切り掛かる。
 明らかに素人の動きではないわたくしの攻撃に、周りで見ていた騎士たちがおおっ! と感嘆の声を上げる。
 だが、奇襲を予想していたのか割と良い反応速度でシドニーは手に持った剣でその斬撃を防御すると、あたりに金属同士がぶつかり合う、ガキャーン! という甲高い音が響き渡る。
 普通に振り切ると、彼の体ごと粉砕してしまいそうな気がして咄嗟に握りを緩めるが、それでもわたくしの膂力は尋常ではないので、シドニーは軽く体ごと横に飛ばされてしまう。
「あ、いけね……」

「……お嬢様、見た目よりも強いっすね」
 流石にその一撃は、目の前の少女が普通の能力ではないということをまざまざと知らしめる結果になった……シドニーは着地すると、こめかみに汗を流しつつ先ほどとは違い剣をきちんと構え直す。
 目の前の相手がただ可愛いだけのお嬢様ではない、と認識をちゃんと改めたのだろう……よしよし、そういう警戒心を持たないと騎士はやっていけないからな。
 うん、目の前の青年は割といい腕と騎士として大事な心構えができている……かなり手加減しているとはいえ、あの一撃をちゃんと耐えているのだから合格と言ってもいいだろう。
 わたくしは彼に向かってニコリと微笑むと、かかってこいと軽く手招きをする。
「今度はシドニー様からどうぞ」

「うらああああっ!」
 シドニーはほぼ全力で、剣を叩きつけるように連続で振るう……金属同士がぶつかり合う音を立てながら、わたくしは的確にその攻撃を受け流していく。
 連続攻撃は鋭く、次第に相手を切り倒そうとする戦士の本能なのか、容赦がなく全力の斬撃へと移り変わってきているのがわかった。
 斬撃の速度が上がっても全く動じる様子もなく、斬撃を防御していくわたくしを見てシドニーの顔がどんどん険しさを増していく……腕は中の中、いやこの世界の標準から考えるなら中の上と言ったところか。

 確かに年齢の割に腕もよく、目端も利く……だけど、剣戦闘術ブレードアーツを極めたわたくしからすると剣術はかなり力任せで直感的に剣を振るっているのに等しく、いくら振るってもわたくしの体に届くことはない。
 正直いうなら彼の攻撃はかなり正直で、判りやすくて防御は容易いため、両手で剣を斬撃に対して置くように止めていく。
 全力で攻撃を繰り出しているのに、あまり焦った様子のないわたくしにイラついたのか、シドニーは大きくフェイントを交えた踏み込み、わたくしの死角に当たる位置から全力の斬撃を放つ。
「せええええいっ!」

「っと……」
 この攻撃は割と本気だな……あんまり全力を出されても仕方ないし、ここは彼に花を持たせるほうがいいかな……わたくしはその攻撃を受け止めようとして、わざと衝撃で剣を手放したように見せかける。
 クルクルと宙を舞って、近くの地面へと突き刺さる鉄剣に、それを見ていた侍女たちが悲鳴をあげる。
 苦笑しつつ軽く手をふらふらと振るわたくしと対照的に、肩で息をしながら呆然としているシドニー……彼はどうしてわたくしが剣を手放したのか理解ができないといった表情を浮かべている。
「あらら、シドニー様はとてもお強いですわねえ……」

「このバカ! シャルロッタ様怪我は無いですか?!」
 監督者であるリヴォルヴァー男爵が慌てて走ってきて、シドニーの頭を軽く小突くが、わたくしは問題ないと言わんばかりに笑顔を浮かべて笑って手を振る。
 当のシドニーは男爵に小突かれたことで、自分が何をしたのか理解したらしく、急に顔を青ざめさせながらわたくしに向かって頭を下げた。
 まあ、怪我するようなものではないな……彼自身も途中から熱くなりすぎたのは理解しており、相当にまずいことをした、と理解したようだ。
「し、失礼致しました……!」

「いえいえ、無理に訓練させてくれといったのはわたくしですし、気になさらないでください……最後の攻撃、すごかったですわ、シドニー様は良い騎士になられますわね」
 私はそっとシドニーの手をとり、両手で包んでからほんの少しだけ頭を傾げて優しく微笑む「シャルロッタちゃん小悪魔スマイル」を浮かべて彼をじっと見つめる。
 わたくしと目が合ったシドニーは最初きょとんとした顔で、そしてすぐに顔を真っ赤にすると恥ずかしそうに顔を下げて視線を逸らす。
 リヴォルヴァー男爵は全く……と軽くため息をつくと、わたくしに向き直って軽く傷がないかどうか、わたくしの全身を軽く見回し、改めて頭を下げた。
 その際、肩で息をしながら汗だくになっているシドニーと比べ、わたくしは汗ひとつかかずに涼しげな状態でいることに多少違和感を覚えたようだが……まあ、そこは多めに見てもらおう。
「申し訳ございません、姫様……こいつは女性の扱いに慣れておりませんで……」

「まあ、そうでしたの?」
 さも驚いた、と言わんばかりにわざとらしく驚くわたくしを見て、ユルが苦笑していたのが視界の隅に映り、わたくしは今日のユルのご飯を減らしてもらうことを心に決める。
 騎士たちへと軽くお辞儀して挨拶すると、鉄剣を置き場所へと戻しわたくしはさっさと引き上げることにする、まあいい暇つぶしになった。
 これ以上長居するとボロが出そうで怖かったからだ……それと途中から戦いを見ていた視線もあったしな……。
「……皆さまお邪魔しました、それでは、これからわたくしお茶会がありますので……ごきげんよう」



「シャルロッタ様の行動、どう思われます?」
 インテリペリ辺境伯家当主であるクレメント・インテリペリは、脇に控えるセバスチャン・ロウに問われて少し考え込む……たまたま訓練場を通りがかった際に、自分の娘であるシャルロッタと若き騎士シドニーの訓練を見て、衝撃を受けたからだ。
 シャルロッタに木剣での稽古をつけたことがあるのはクレメント本人だが、その時に見たシャルロッタの剣はかなり窮屈そうなもので、自分の娘があれほどの剣才を有しているとは思わなかったからだ。
「あれほどの剣が振るえるとは……気が付かなかった」

「私もです、シャルロッタ様は幻獣の使役の他、何らかの才をお隠しになっているようにも見受けられますな……この老骨の見立てでございますが、あの方は普通のご令嬢の枠には収まらない気がしております」
 セバスチャンの言葉に黙って頷くクレメントは、先ほどの戦いを思い起こす……シドニーの剣を受け続けたシャルロッタの動きは恐ろしく効率的で、寸分の隙がないものだった。
 しかもあれだけの連続攻撃に対して、まるで剣を置きに行っているかのような、流麗な剣にも見えたからだ。
 それはまるで……剣の達人が自らの弟子を教育するかのような、そんな雰囲気すら発していた。

 王都だけでなく様々な貴族家からシャルロッタの令嬢としての美しさに惹かれ婚姻の申し込みが来ているが、自分の娘は貴族の器に収まらないのではないか……と心配な気持ちになってしまうのだ。
 この世界にも勇者の伝説は数多く存在している。王国の始まりは勇者と共にあり、数多くの魔物を打ち倒し王国の礎を作り上げたとも言われる……シャルロッタという少女の未来はどうなるのか、本心から気がかりだ。
 申し込みの中には王族からのものもあったな……と深くため息をついたクレメントだが、気持ちを入れ替えて自分の娘に現状を伝える必要があると感じた。
 とはいえ、まだ可愛い盛りの娘に婚約者をつけるというのは父親としては複雑な気分になる……できれば手元に置いておきたいと思うのは親心なのだろう。

「……どちらにせよ、婚約者は近いうちに定めねばなるまいよ……あの子がどう思うとしても、な」
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