上 下
10 / 394

第一〇話 シャルロッタ・インテリペリ 一〇歳 〇九

しおりを挟む
「さて、浄化しておかないとまた変なの湧きそうですわね……清浄なる風よ、浄化の力よ、我が元へ、浄化ピュリフィケーション

 廃村の空気はかなり澱んでおり、放っておくとまた死霊の類が集まってきそうな気がした。
 別にどうでもいいと思えば良いのだろうけど、ウォルフ兄様に苦労ばかりかけるのは申し訳ないし、別に姿を見られているわけでもないから、多少わたくしがここを浄化したところで問題ないだろう。
 わたくしは手に魔力を込めると地面に向かって神聖魔法の一つである浄化ピュリフィケーションを発動させる……眩く輝く光があたり一帯を清浄な空気へと浄化していくのをみて、ユルが感心した表情となっている。
「なんという神聖な……」

 この魔法、こう言う使い方がメインなのだが、汚れなども浄化できることもあってわたくしは服などにも使うことが多い……勇者として旅をしている頃、お風呂とかは無縁の生活を送っていた。
 その時に流石に女性はキツかろうと思って、旅の仲間にこいつを試しにかけてみたら驚くくらい綺麗に浄化されたので、それ以降は頻繁に使うようになった魔法だ。
 まあ、お風呂に入りたいって欲求は満たされないので、今はお風呂でのんびりするほうが好きだけどね。
「……神聖なる魔力も扱えるとは……シャルが元勇者というのも頷けますな」

「わたくしが使えない魔法はございませんよ、面倒だし使い勝手が悪くて使わないのも多々ありますけどね」
 これは自慢ではなく事実なのだから仕方ない……儀式を必要とするもの、呪いに関するもの、あとは使い所に困るものなどは使用頻度が恐ろしく低い。
 知識としても実際に試したりしたこともあるけど、やはり頼る魔法というのは結構少なかったりもするのだ。
 あたりの死臭が一掃されると、次第に暗い夜の森らしく虫の鳴き声などが響くようになってきて、この辺りが正常にもどっていることが理解できる。
「しかし……あの悪魔デーモンは何故こんな場所に……」

「澱みになっていたようですわ、村が何らかの理由で放棄されてそこに負の力が集中した。結果的にカトゥスはここを見つけて自分の小さな楽園を作った……ってところですわねえ」

「それでもあのレベルの悪魔デーモンが顕現するなど異常ですな……」
 ユルの言葉にわたくしも頷く……この世界にきて一〇年程度だが、歴史から見ても悪魔デーモンがほいほい顕現するということは相当に珍しいことなのだ。
 お兄様が騎士を引き連れて魔物退治に出かけているが、あれも昔はそこまでの頻度で出かける経験や記録はなかったそうだし、この世界では何かが起きている可能性があるのかもしれない。

 そう考えると女神がこの世界にわたくしを送り込んだ、というのはどうにかしてほしいという意味も込めてなのだろうけど……今回の転生前にはそういった説明がなかったので、積極的に何かをするというのは考えていない。
 面倒だし、あの女神様の思い通りに動くというのはわたくしとしてはちょっと抵抗感を感じるんだよな。まあ、本当に危なかったらなんか言ってくるだろうしさ。
 それでも多少はゴネてやろうと、心で決めてわたくしはユルに苦笑いで微笑む。
「……でもまあ、わたくしには今の所関係なさそうですけどね……帰りましょうか、人に見つかると面倒ですし……」



 インテリペリ辺境伯家長男にして、勇敢なる騎士ウォルフガング・インテリペリが率いる魔物討伐隊は領内に広がる巨大な森の中で隊列を組んで行軍している。
 討伐隊の騎士、従士は合わせて一〇〇名程度であり、その板金鎧プレートメイルや盾は激しい戦闘を物語るように傷と泥に塗れている……怪我しているものも多く、今回の討伐がかなり苦戦の連続であったことを物語っているのだ。

「隊長! この先に廃村の跡地があるようです……ですが……」
 馬上で少し疲れた表情を浮かべる栗色の髪に、整った顔立ちをした騎士へと偵察に出ていた鎖帷子チェインメイルを着用する比較的軽装の従士が話しかける。
 威風堂々とした若い騎士の名前はウォルフガング・インテリペリ、伯爵家の長男にして伯爵家継承権一位となっているシャルロッタの兄である……彼は領内で頻発している魔物の被害を最小限に抑えるべく、魔物討伐隊を組織し遠征に向かったが、今回領内に出現した魔物は強力で苦戦を強いられ、何とか倒してエスタデルへ帰還する途中だった。
「報告は正確に頼む、何かあったのか?」

「はっ……廃村となった場所には死霊が住み着いている、と噂になっていたのですが……その、何もいなくなっておりまして……」

「……どういうことだ? 案内してくれ」
 ウォルフガングは数名の供回りを連れて、その偵察を行なった従士を先頭に隊を離れて先行していく……次第に廃村が近づくにつれて、異常な光景が広がっていく。
 鬱蒼と茂る森の一部や地面がまるで何かに削ぎ落とされたように無くなっており、そこで激しい戦闘が行われたことが見て取れる。
 魔法? いや魔法でこれだけの威力を出すのであれば、相当な数の魔法使いがいなければ難しいだろう……ウォルフガングは困惑を隠しきれない表情で廃村へと入る。
「何だこれは……」

 廃村へと入った彼らを待ち受けていたのは、驚くほど神聖で、静謐な空間となった廃村だった。
 かなり前に放棄された場所である上、近年死霊が住み着いたということであまり人が立ち入っていない場所だったにも拘らず、まるで神殿にいるかのような印象すらある。
 地面には黒いシミや激しい戦闘の後、そして小さな靴跡や動物の足跡などが残されており、確かに何かが起きていたのだというのは理解できる。
「これは狼の足跡か? 激しく動き回っているな……こちらの爪痕は大きめの魔物の爪の跡にも見えますね」

「こちらはブーツですね、しかも子供用の小さなものだ、しかも地面に強く食い込んだのか、はっきりとした足跡になっていますね……」
 先行した従士やウォルフガングたちは混乱する……子供がここへ来るというのはあり得ない、森に一人で立ち入るような子供はエスタデルでは珍しい。
 しかも地面にこれだけはっきりとした足跡を残すような小さな足の子供? 子供の力で地面にこれだけの痕を残せるとは考えにくい。
 子供型の魔物……の線も考えられるが、魔物であったとしてもこの神聖な空気の中まともに活動できるだろうか?
「……どういうことだ……」

「ウォルフガング様! 鎧が……!」
 慌てて自らの鎧を見ると、この場所の空気に浄化されているのか彼の鎧に付着した汚れが次第に薄れていくのが見える。
 まるで神殿にて浄化ピュリフィケーションをかけたかのような状況に、思考が完全に混乱する。
 何だこれは……まるで神か何かが降臨した後のような、そんな状況になっているのだろうか……そしてウォルフガングが別の方向へと目をやると、そこはまるで何か巨大な物体が通過したかのように森と地面が抉られ、遠くまで広がっている光景が見える。
「神でも……降り立ったのか?」

「わかりません……でも、この場所は今の所魔物が近づけない場所になっていそうです、ここで野営をすることを進言します」

「……わかった、部隊をここへ呼んでくれ」

「承知いたしました!」
 従士が急いで魔物討伐隊を呼びに走り出すのを見ながらウォルフガングは馬から降りると、そっと地面に手を伸ばす……そこには浄化された土の中から、小さな植物の芽が姿を見せている。
 死霊が住んでいたのであればこんな植物が育つことはあり得ない……そうするとこの場所の浄化ピュリフィケーションは過去数日以内に行われたと推測できる。
「大規模な浄化ピュリフィケーション……巨大な物体で地面を抉る存在……エンシェントドラゴンか?」

 ウォルフガングは、次第に白んでいく空を見上げながらほっと息を吐く。
 もしエンシェントドラゴンがいたとしても人間は決して太刀打ちできないだろう……今回魔物討伐隊で討伐したグリフォンですら相当に苦労した相手だというのに。
 ふと、この神聖な場所であれば神への嘆願も受け入れられるのではないか、と考えウォルフガングは懐より小さな女神を模した木彫りの像を取り出し、地面へと置く。
 彼は膝をついてこの世界で最も崇められている女神にして主神ドリアーヌへと祈りを捧げる……どうかここでの休息に女神の恩寵在らんことを。

「……そして我がインテリペリ家の皆に祝福を、美しい私の妹に神の恩寵を……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。 完結済み!

「不吉な子」と罵られたので娘を連れて家を出ましたが、どうやら「幸運を呼ぶ子」だったようです。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
マリッサの額にはうっすらと痣がある。 その痣のせいで姑に嫌われ、生まれた娘にも同じ痣があったことで「気味が悪い!不吉な子に違いない」と言われてしまう。 自分のことは我慢できるが娘を傷つけるのは許せない。そう思ったマリッサは離婚して家を出て、新たな出会いを得て幸せになるが……

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

不死王はスローライフを希望します

小狐丸
ファンタジー
 気がついたら、暗い森の中に居た男。  深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。  そこで俺は気がつく。 「俺って透けてないか?」  そう、男はゴーストになっていた。  最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。  その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。  設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。

世界最速の『魔法陣使い』~ハズレ固有魔法【速記術】で追放された俺は、古代魔法として廃れゆく『魔法陣』を高速展開して魔導士街道を駆け上がる~

葵すもも
ファンタジー
 十五歳の誕生日、人々は神から『魔力』と『固有魔法』を授かる。  固有魔法【焔の魔法剣】の名家――レヴィストロース家の長男として生まれたジルベール・レヴィストロースには、世継ぎとして大きな期待がかかっていた。  しかし、【焔の魔法剣】に選ばれたのは長男のジルベールではなく、次男のセドリックだった。  ジルベールに授けられた固有魔法は――【速記術】――  明らかに戦闘向きではない固有魔法を与えられたジルベールは、一族の恥さらしとして、家を追放されてしまう。  一日にして富も地位も、そして「大魔導になる」という夢も失ったジルベールは、辿り着いた山小屋で、詠唱魔法が主流となり現在では失われつつあった古代魔法――『魔法陣』の魔導書を見つける。  ジルベールは無為な時間を浪費するのように【速記術】を用いて『魔法陣』の模写に勤しむ毎日を送るが、そんな生活も半年が過ぎた頃、森の中を少女の悲鳴が木霊した。  ジルベールは修道服に身を包んだ少女――レリア・シルメリアを助けるべく上級魔導士と相対するが、攻撃魔法を使えないジルベールは劣勢を強いられ、ついには相手の魔法詠唱が完成してしまう。  男の怒声にも似た詠唱が鳴り響き、全てを諦めたその瞬間、ジルベールの脳裏に浮かんだのは、失意の中、何千回、何万回と模写を繰り返した――『魔法陣』だった。  これは家を追われ絶望のどん底に突き落とされたジルベールが、ハズレ固有魔法と思われた【速記術】を駆使して、仲間と共に世界最速の『魔法陣』使いへと成り上がっていく、そんな物語。 -------- ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

ウラシマとして亀を助けたのに玉手箱で歳だけとらされたので逆襲始めていいですか?

猫川 輝
ファンタジー
ウラシマタロウというはた迷惑な名前をつけられた俺は水辺でとうとういじめられている亀を発見する。薄々予感していたこの大チャンス、ビッグウェーブにのるしかない! ってちょっと待て!オトヒメがなんか冷たいし、歓迎もされてないし、なんか歳だけとらされたんですけど!

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

処理中です...