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10 帰らぬ男

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 宇宙艦での実践演習も無事に終え、卒業を一週間後に控えた日。
 スペシャル・クラスのメンバーの中で、士官学校へのパスポートを与えられたのは3名だった。
 ルーインは当然だと思っていたが、その中に自分が含まれているのが、不思議な気がするリュウである。


 すべてのクラスが修了しているリュウたちには一週間のフリータイムが与えられた。

「ルーイン、家に帰るのか?」
「ああ。親父に報告しておかないと後がうるさい」

 セントラルへ行ったら、あの父はどんな干渉をしてくるだろうか。まあ、望みどおり操縦のスペシャリストをめざすつもりだから、文句はないだろう。

「キミはどうするんだ?」
「家に帰るに決まってる」
「そうじゃなくて! 士官学校のことだ!」

 途端に、リュウが言葉に詰まる。

「望んだからって、行けないんだぞ。僕だって一年前は落とされた。結局、士官学校へのパスポートを手に入れるのに、3年かかったんだ。それを。キミはたった一年で手に入れた。どれだけ期待されているか…、わかっているのか」

 今なら、自分に足りなかったものはたくさんあったとわかるが、あの時は、見る目のない教官たちを呪ったものだ。

「そんなこと、わかってるよ。だけど、士官学校に入るってことは、連合宇宙軍に所属することになるだろう。士官訓練センターとはわけが違う」

 士官訓練センターも同じだ。単に宇宙軍からサラリーが出るか出ないかの違い。
 ほかの違いといえば…、士官学校に所属しながら、任務につくこともあるかも知れないくらい。

「心配しなくても、辞めようと思ったらいつでも辞められる。士官学校で使い物になかなかったら、あっさり士官候補に落とされるしな」

 ルーインが軽くいなした。責任感の強いリュウに士官学校の意義など説いて、敬遠されてはかなわない。

「まあ、入校までは間がある。よく考えて決めればいいさ」
「そうするよ」
「修了の式典には出るんだろう」
「もちろん」

 自分の進路がどうなるにしても、士官訓練センターの修了資格だけはもらっておきたいと思う、小心なリュウである。

「じゃあな、レイさんによろしく伝えといてくれ」
「おう、またな」

 リュウが片手を挙げる。
 その後ろ姿を見送りながらルーインは考えていた。
 リュウと一緒にクーリエをするつもりはないとあの人は言い切った。宇宙軍に入ってくれたら嬉しいとも。
 レイさんの気持ちが変わっていないなら、阿刀野は士官学校に入ることになるだろう。レイさんに逆らうなんて、キミには無理だからな。僕もだけれど。
 レイさんと一緒にいられなくなったら、キミのことだ。きっと落ち込むだろうな。
 ま、落ち込むヒマがないほど、士官学校で鍛えてもらえばいいか。
 リュウが直面する出来事を知らずに、ルーインは楽観的なことを考えていた。


 久しぶりの自宅で、リュウはのんびりとベッドに寝ころんでいた。週末に帰ることはあっても、訓練生の間はゆっくりするヒマもなかった。
 今度はしばらく居られる。もしかしたら、ずっと家に居ることになるかも知れない。 
 苦しかった士官訓練センターでの一年間がようやく終わった開放感とともに、リュウは、ルーインと一緒の寮暮らしが懐かしく思えた。
 士官学校へ進まなかったら、ルーインと会うこともなくなるんだろうな。
 皮肉な笑みを浮かべるエヴァや何かにつけて対抗意識を燃やしてくれたダンカンなど、小隊の兵士たちとも…。
 そう思うとリュウは少し寂しかった。

「よっしゃ! レイの好きなもんを作ってやろう!」

 自分を励ますように気合いを入れて、リュウはキッチンへ向かった。
 金曜日である。基本的に『美貌のクーリエ』は土日に仕事を受けないから、今日は自宅に戻るだろう。
 自分が帰っているのを知らないから、遅くなるかも知れないが。
 まあ、準備だけしておいて、焼くのは帰ってきてからでいい。食べて帰ってきたら、明日に回せばいい。リュウの作るハンバーグなら、毎日続いても文句を言わないレイである。
 レイに早く会いたい。おいしいものを食わせてやりたい。なんて! 恋人を待つ女のようじゃないかと自分で自分に突っ込みを入れながら、鼻歌を歌いながら器用に手を動かす。
「ほんと、レイは俺のことをよく仕込んでくれたよな」

 ところが。レイは帰ってこなかった。
 当然だが、連絡はない。
 遅くまで起きて待っていたリュウは肩すかしをくらった気分だった。
 俺が帰るって言っときゃよかったな。後で悔やんでも仕方がない。
 仕事だろうか、それともどこで遊んでる?
 見も知らぬ女に、嫉妬すら感じる。
 
 だが、次の日の夕方になっても戻ってこないレイが、だんだん心配になる。
 連絡くらい入れろよ! 苛立ち混じりに文句を吐くが、見つめるのは時計と玄関のドア。


 チャ…、と小さい音がして。
 それから、ルルルルルと通話機が鳴り出した。リュウは無造作に掴んで文句を吐いた。

「もう! 何やってんだよ、レイ。待ってんだから、早く帰ってこいよ!」
『………』
「えっ!」
『………』
「うそ…、だろ」

 カチャリ…、リュウの手から受話器が滑り落ちた。

『もしもし、リュウ! 聞いてるか? リュウ、リュウ!』
 遠くでランディの声がリュウを呼ぶ。
 しかし、リュウの耳には、もう、どんな声も聞こえなかった。

「そんなこと、あってたまるか…。レイが死ぬなんて!」

 その場で膝を抱えたまま、リュウはいつまでもじっと玄関のドアを見つめていた。

 ドアが開くんじゃないか、
 レイが入ってくるんじゃないか、
 と思いながら…。
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