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3 子犬の群れ状態?
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「さ、気が済んだ? ほら、適当に座ってよ。誰かビール出してくれない? グラスも。それから、悪いけどリュウを手伝って、食いもんを運んできて。始めようよ、ね」
レイがお気に入りのソファに座る頃、ようやくみなが動きを取り戻した。
「レイさん。ワインでいいですか?」
ルーインが、赤ワインを注いだグラスをレイに手渡した。
「ありがとう。それじゃあ、いまを生きてることに、乾杯!」
レイがグラスを目の上に掲げ、パーティが始まった。
誰もがレイの周りに集まっていた。ひとことでも言葉をかわしたくて。少しでも近くにいたくて。飼い主に構ってほしくてしかたがない、子犬の群状態である。
レイはにこにこ笑いながら相手をしている。わかっていたことだけど、リュウにはレイに近寄る隙など、どこにもなかった。
そばに座って、髪をくしゃくしゃとかき回してほしい。見上げる瞳に、やさしい微笑を返してほしい。
久しぶりに、甘えたかったな! でも、隊員たちの前でレイにすり寄るなんてできないとリュウは甘えることをすっぱりと諦めた。
空になった皿を引いてキッチンに戻り、チーズとハム、クラッカーを盛りつけているリュウに、食いものを漁りに来たランディが声をかけた。
「どうしたんだ、やけにおとなしいじゃないか。向こうは盛り上がってるぜ」
「ああ…」
そっけない返事に、ランディがおやっという顔をする。
「おっ、どうかしたか? お兄さんは忙しそうだから、困ったことがあるならオジサンが相談に乗ってやろうか」
おどけた口調であるが、目は真剣であった。黙って促すランディが、リュウには頼りがいのある大人の男に見えた。
「あれから…、フェンネルで別れてからいろいろあったんだ。連合宇宙軍の本部、セントラルに連れて行かれてさ…」
「ほう。ミスを責められたのか? 宇宙軍を放り出されたとか」
リュウは頭を振る。
「俺はまだ宇宙軍に所属してない。訓練生だから、放り出されるとしたら士官訓練センターからだけど、簡単には放り出してくれなかった。以前に増して教官の当たりはきつくなったけど。いま、それで苦労してる」
ランディは、ははっと大きく笑った。
「そりゃあ、しゃーないな。それで難しい顔をしてるのか?」
「難しい顔?」
「おうっ」
「悩んでるんだ。もうすぐ士官訓練センターを卒業するからさ、どうしようかと思って。レイに相談したかったんだけど、あれだろ」
リュウはリビングをあごでさした。
「あいつら、ものすごくレイに会いたがってたから、離れそうにないよなぁ」
リュウも隊員たちのひとりだったら、間違いなくレイにまとわりついているから、気持ちはわかるのだが…。
「おまえはどうしたいんだ?」
ランディの率直な質問。
「俺はレイと一緒に働きたい。でも、レイは取りあってくれない…。ランディ、何か聞いてるか?」
「いや…。あいつはぜんぶ自分で決めちまうからな。俺はおまえがクリスタル号に乗るのは賛成だ。レイが無茶をしなくなると思う。なかなか取りあってくれないなら、一緒に働かせてくれって、正面からぶち当たってみろよ。……しかし、みんなの話を聞いてたんだが、あいつらはおまえが宇宙軍の士官になると信じてるようだったぜ」
「それも問題なんだ。あいつら、宇宙軍に居づらくならないようにって俺を庇って、罰を食らっちまって…。
迷惑かけたから、あいつらの期待に応えたいとは思う。それに、セントラルの兵士たちにも早く士官になってくれって、いっぱい声をかけられた。でも、俺が宇宙軍に入っても…。操縦も下手だし、敵に銃を向けられないような男なんだ。役立つとは思えない…」
「おまえにしては、弱気だな。宇宙軍でやっていく自信がないのか? そんな弱気のままレイにぶち当たったら粉々に砕けるぞ。ま、あんまり考えこんでもしょうがないぜ」
最後はランディらしい、鷹揚さである。
「隊長~!」
「おっ、呼んでるぜ。早く食いもんを持ってってやれよ」
手招きするエヴァに近づき、チーズの皿を渡す。
「隊長、ここに座ってください」
腰を下ろすとエヴァが、途切れた話を続ける。どうやら、フェンネルで別れた後の出来事を報告しているようだ。
「……阿刀野隊長は、自分たちの誰一人責めませんでした。セントラルに着いたら、起きたことを正直に報告しろと。責任はぜんぶ自分にあるからと。それから、危険な目に遭わせてすまなかったと謝ってもらった。
自分は、これまでいろんな上官の下で働きましたが、阿刀野隊長のような人は初めてでした。早く士官学校を卒業して、エリート士官として戻ってきてもらいたいと思っています」
臆面もなく吐かれる台詞を聞いて、レイはうれしそうに目を細めている。
リュウは誉められて、真っ赤になった。
「そう。そんな風に言ってもらえるなんて、リュウは幸せだね。俺もリュウはいい士官になると思うよ」
機嫌よくレイが言う。
だから! 俺はレイと一緒に働きたいんだと…、リュウはだんだん言いにくくなってくる。
「阿刀野さんはどうして宇宙軍に入られなかったんですか。あなたのような方がおられたら宇宙軍ももっとビシッとしていたと思います。兵士たちは喜んでついていきますよ」
「俺も、俺も!」とダンカンが言う。
「そう? ついてこられるかな。俺は結構、キツいんだけど…、知ってる?」
首を傾げるレイからはキツさは微塵も感じられないが、この人が飛び切り恐いのはすでに証明済みである。エヴァもダンカンも、叱られたときのことを思い出して首をすくめた。
レイがお気に入りのソファに座る頃、ようやくみなが動きを取り戻した。
「レイさん。ワインでいいですか?」
ルーインが、赤ワインを注いだグラスをレイに手渡した。
「ありがとう。それじゃあ、いまを生きてることに、乾杯!」
レイがグラスを目の上に掲げ、パーティが始まった。
誰もがレイの周りに集まっていた。ひとことでも言葉をかわしたくて。少しでも近くにいたくて。飼い主に構ってほしくてしかたがない、子犬の群状態である。
レイはにこにこ笑いながら相手をしている。わかっていたことだけど、リュウにはレイに近寄る隙など、どこにもなかった。
そばに座って、髪をくしゃくしゃとかき回してほしい。見上げる瞳に、やさしい微笑を返してほしい。
久しぶりに、甘えたかったな! でも、隊員たちの前でレイにすり寄るなんてできないとリュウは甘えることをすっぱりと諦めた。
空になった皿を引いてキッチンに戻り、チーズとハム、クラッカーを盛りつけているリュウに、食いものを漁りに来たランディが声をかけた。
「どうしたんだ、やけにおとなしいじゃないか。向こうは盛り上がってるぜ」
「ああ…」
そっけない返事に、ランディがおやっという顔をする。
「おっ、どうかしたか? お兄さんは忙しそうだから、困ったことがあるならオジサンが相談に乗ってやろうか」
おどけた口調であるが、目は真剣であった。黙って促すランディが、リュウには頼りがいのある大人の男に見えた。
「あれから…、フェンネルで別れてからいろいろあったんだ。連合宇宙軍の本部、セントラルに連れて行かれてさ…」
「ほう。ミスを責められたのか? 宇宙軍を放り出されたとか」
リュウは頭を振る。
「俺はまだ宇宙軍に所属してない。訓練生だから、放り出されるとしたら士官訓練センターからだけど、簡単には放り出してくれなかった。以前に増して教官の当たりはきつくなったけど。いま、それで苦労してる」
ランディは、ははっと大きく笑った。
「そりゃあ、しゃーないな。それで難しい顔をしてるのか?」
「難しい顔?」
「おうっ」
「悩んでるんだ。もうすぐ士官訓練センターを卒業するからさ、どうしようかと思って。レイに相談したかったんだけど、あれだろ」
リュウはリビングをあごでさした。
「あいつら、ものすごくレイに会いたがってたから、離れそうにないよなぁ」
リュウも隊員たちのひとりだったら、間違いなくレイにまとわりついているから、気持ちはわかるのだが…。
「おまえはどうしたいんだ?」
ランディの率直な質問。
「俺はレイと一緒に働きたい。でも、レイは取りあってくれない…。ランディ、何か聞いてるか?」
「いや…。あいつはぜんぶ自分で決めちまうからな。俺はおまえがクリスタル号に乗るのは賛成だ。レイが無茶をしなくなると思う。なかなか取りあってくれないなら、一緒に働かせてくれって、正面からぶち当たってみろよ。……しかし、みんなの話を聞いてたんだが、あいつらはおまえが宇宙軍の士官になると信じてるようだったぜ」
「それも問題なんだ。あいつら、宇宙軍に居づらくならないようにって俺を庇って、罰を食らっちまって…。
迷惑かけたから、あいつらの期待に応えたいとは思う。それに、セントラルの兵士たちにも早く士官になってくれって、いっぱい声をかけられた。でも、俺が宇宙軍に入っても…。操縦も下手だし、敵に銃を向けられないような男なんだ。役立つとは思えない…」
「おまえにしては、弱気だな。宇宙軍でやっていく自信がないのか? そんな弱気のままレイにぶち当たったら粉々に砕けるぞ。ま、あんまり考えこんでもしょうがないぜ」
最後はランディらしい、鷹揚さである。
「隊長~!」
「おっ、呼んでるぜ。早く食いもんを持ってってやれよ」
手招きするエヴァに近づき、チーズの皿を渡す。
「隊長、ここに座ってください」
腰を下ろすとエヴァが、途切れた話を続ける。どうやら、フェンネルで別れた後の出来事を報告しているようだ。
「……阿刀野隊長は、自分たちの誰一人責めませんでした。セントラルに着いたら、起きたことを正直に報告しろと。責任はぜんぶ自分にあるからと。それから、危険な目に遭わせてすまなかったと謝ってもらった。
自分は、これまでいろんな上官の下で働きましたが、阿刀野隊長のような人は初めてでした。早く士官学校を卒業して、エリート士官として戻ってきてもらいたいと思っています」
臆面もなく吐かれる台詞を聞いて、レイはうれしそうに目を細めている。
リュウは誉められて、真っ赤になった。
「そう。そんな風に言ってもらえるなんて、リュウは幸せだね。俺もリュウはいい士官になると思うよ」
機嫌よくレイが言う。
だから! 俺はレイと一緒に働きたいんだと…、リュウはだんだん言いにくくなってくる。
「阿刀野さんはどうして宇宙軍に入られなかったんですか。あなたのような方がおられたら宇宙軍ももっとビシッとしていたと思います。兵士たちは喜んでついていきますよ」
「俺も、俺も!」とダンカンが言う。
「そう? ついてこられるかな。俺は結構、キツいんだけど…、知ってる?」
首を傾げるレイからはキツさは微塵も感じられないが、この人が飛び切り恐いのはすでに証明済みである。エヴァもダンカンも、叱られたときのことを思い出して首をすくめた。
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