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11 凄い?訓練性
しおりを挟むすでに夜半になっていた。 リュウが尋問からようやく解放され、与えられた部屋に戻ると、ルーインが静かに座っていた。
「終わったのか?」
リュウは少し驚いた顔をした。
「どうしたんだ、ルーイン。なぜセントラルにいるんだ?」
阿刀野は、僕がどれほど心配したか少しもわかっていない。意地悪をしたくなって、
「キミの件で、ザハロフ教官がセントラルに呼ばれたんだ。宇宙艦『ダイモス』はセントラルに寄港するよう命令されたようだ。で、僕らは付き合わされたわけだ」
「そうか…、みんなに迷惑かけたんだなぁ」
「それで、何があったんだ?」
いろいろ噂が駆けめぐってるけれど、本当のところはどうなんだと訊くルーインは真顔である。
もしリュウにとって状況が不利なら、アドラー家の名を使ってでもこの男を弁護しようと思っていた。ルーインにとっては禁じ手であったが。
ところが、リュウはルーインの思いになど気づきもしない。他人の思惑に気づく余裕がないほど疲れていた。実際、リュウはくたくただった。
「なあ、ルーイン。俺は夕飯もまだなんだ。とにかく、何か腹に入れさせてくれ。お小言ならその後で聞くよ」
もう、事件の説明はうんざりだ。同じ事を何度、繰り返させられたことか。
ルーインは冷たい目でリュウを睨む。人がせっかく心配してやって…。しかし、その顔に濃い疲労の色を認めてしぶしぶ妥協する。
「わかった。じゃあ、食堂へ案内してやるよ。キミはセントラルに詳しくないだろう?」
「ああ、初めてだ」
もう二度と来ることはないかも知れない。
「ルーインは詳しいのか」
「小さい頃、時々、親父に連れてこられた」
うれしくもなさそうに言って立ち上がる。
「こいよ、腹が減ってるんだろう?」
「ああ」
家族の話に、急に不機嫌になったルーインの後ろから、黙って着いていく。
長い廊下をいくつも曲がる。ひとりで食堂を探すのは時間がかかっただろう。
廊下を歩いていると、出会う士官がチラチラと視線をくれるような気がする。どうしてだ? この時間だから、知らない顔が歩いているのが不思議なのか…。
ところが、食堂へ入った途端、中にいる兵士や士官たちの視線が一斉に巡ってきた。居心地が悪くなって、
「なあ、ルーイン。いやに視線を感じないか?」
「そりゃあ、そうさ。いまおまえは話題の男だからな。奇跡の生還を果たしたって、噂が飛び交ってる」
リュウたちの乗った宇宙艦が帰還してすぐに、ベルンの士官訓練センターには、もの凄い訓練生がいるという噂がセントラルの宇宙軍中にマッハの早さで伝わった。みな、それがどんな男なのか、興味津々なのだ。
「ええっ! でも俺は指揮演習を見事にしくじったんだぜ。訓練宇宙船を破損させ、セントラルの宇宙艦にフェンネルまで迎えに来てもらった。前代未聞だろう?
無事に返って来られたのはレイのおかげだ。レイのレーザー砲のテクニックが話題になるのは当然だけどな。しかし…、どうして俺が阿刀野リュウだってわかるんだろう」
リュウは不思議そうである。
漏れ聞いたところによると、確かにレイさんは凄かったようだ。でも阿刀野がいなかったら、そもそもレイさんに出会えるまで生きていられなかっただろう?
「キミは士官訓練センターの制服のままだ。いやでも気づく」
横に立つルーインはこざっぱりした恰好である。リュウは思わず自分の服に目をやり…、赤面した。数日前にベルン基地を出たときのままだ。くしゃくしゃで、いかにもくたびれている。いまのリュウの精神状態そのもののようだった。ため息を吐いて、夕食を選んだ。
疲れきっていたリュウはできるだけ喧噪から離れていたかったので、端の方に席を定めた。ところが、リュウの姿を目敏く見つけたダンカンが大声を張り上げる。
ずいぶん盛り上がっているようだ。
「隊長! いま、みんなと飲んでいるんだが、こっちに来ませんか?」
ダンカンにしては丁寧なお誘いだ。隊員たちは食堂の片隅で、生還の美酒を味わっていたのだ。冒険談を聞きたがる仲間の兵士たちに囲まれて。
「調べは終わったんでしょう。俺たちをよく連れて帰ってくれたって、ちゃんと誉めてもらいました?」
エヴァまでがそんなことを口走る。酔っているのかと思ったのに、周りからワーッと歓声が上がった。
リュウは知らなかったが、隊員たちはそれぞれ何も咎められることもなく、危機に際して、よく落ち着いて行動できたと誉められたのだ。よく生きて帰ってきたと。
生きて帰ってこられたのはもちろん、誰一人パニックをおこさず、この危機を乗り切れたのは、ひとえに隊長、いやキャプテンであるリュウのおかげだったとみなが確信していた。だから、兵士たちの間ではリュウがヒーローである。
リュウは助けを求めるようにルーインを見た。ルーインは知らん顔だ。
誉められるだと? 俺は故意に宇宙船を破損したのかとシモンズ少将に叱責されたんだぞ。チェイス少佐にも、厳しい質問をいくつも浴びせられた。処遇が決まったら知らせるから、連絡のつくところにいるようにと言われたのに。尋問が終わっただけなのに、嬉しそうに近寄ってくる隊員に何て言えばいいんだ。
「エヴァ。俺は士官訓練センターを放り出されるかどうかの瀬戸際なんだ。誉められるなんてとんでもない。何を勘違いしているんだ!」
リュウのそんな言葉も、隊員や周りを囲む兵士たちには通じないらしい。赤面するような激励の数々に、リュウは早々に退散することにした。
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