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4 新たな出会い
しおりを挟む「無理を言って、済まなかったね」
意志の強そうな顔、何ものをも見逃さない視線。それほど背は高くないが、がっしりした姿からは、威厳がにじみ出ている。
「いえ、どうせ社長にはお会いする必要があったから、構いません」
ミスター・ラダーの謝りの言葉をレイは簡単にやり過ごした。そして、その目をじっと見つめ返す…。
『どこか、ひっかかる。会ったことがあるだろうか』
いや、とレイは心の中で否定した。
『それならどうして。この男を身近に感じるのはなぜだ』
心の中を探っているうちに、レイは目の前の男を睨みつけていたようだ。
鋭い視線を真っ向から浴びて、珍しいことに、ミスター・ラダーが目を反らした。
「阿刀野くん。恐いね、キミの目は。わたしがいたずらをしたときに、親父がそんな目で睨んだよ。隠しておくつもりなのについイタズラを白状させられてしまったもんだ」
我に返ったレイが表情を変えずに、懐から書簡を取りだした。ミスター・ラダーが無言で受け取る。これで、仕事は終了した。
しかし、レイには聞いておかねばならないことがあった。
「どうして、こんなに手の込んだことをしたんですか。俺に会いたいなら、呼びつければいいはずだ」
率直な非難に、ミスター・ラダーがたじろいだ。
視線だけでなく、言葉も鋭い。きっと頭も切れるのだろう。そう考えついて、言い訳するのをやめた。この男には駆け引きなど通じない。きっと、気にくわない相手に分類され、切り捨てられると判断したのだ。
しかし。
わたしは、仕事相手になどいくら嫌われても構わないと思っていたのに。どんな相手でも、ねじ伏せて言うことをきかせるまでだと。それは簡単なことだと思っていた。
だが、この男は違う。力づくなど通じそうにないし、受け入れるはずもない。信頼を勝ち取らなければ、仕事の話どころか世間話すらできないだろう。ひとりで立っている、すべてを自分で判断して決める、他人の意向など気にもしない。
こんなに若いのに! 幼い頃から帝王学を学んできた男のようだ。
「以前、うちの専務がキミを怒らせたと聞いている。だから、こんな風にしなければ会ってもらえないかと思ったんだ。それに、クリスタル号を目の前にして、キミの操縦の腕を見たくなった」
悪びれずに社長が応えた。少し考えてから、レイが認める。
「見せ物ではないんですけどね。まあ、その話は置いておいて、そうですね、メタル・ラダー社の名を聞いただけで拒否したかもしれません。御社からの仕事だけでなく、関連会社からの仕事も、見事になくなった。もう俺は、メタル・ラダー社とは関係ないですからね」
恨み言ではなく単に事実を述べているだけであった。怒ってもいなければ、仕事がほしいと媚びる様子もない。
「仕事がなくなったのは了解済みだから構わないが…、騙すような形で、シエラなんて遠いところまで使いに出されたのは迷惑です」
「すまなかった。わたしが動けたら良かったんだが、シエラに釘付けになっていたからな」
「そうですか? どこかへお出かけのように見えますが」
レイの嫌味にミスター・ラダーは苦笑いを浮かべて、
「いや。しばらくシエラから離れるつもりはなかった。本当だ。急にセントラルの議会から呼び出しを受けて、仕方なく出向いているところだ。
せっかくキミが来てくれてるのに入れ違いになっては困るから、途中で出迎えようと思ったわけだ」
筋の通った説明だ。でも…、
「それほどまでして、俺に何の用ですか?」
ふむ。鋭い質問だ。
「キミに興味が涌いてね。うちで進めている仕事があって、適任の男を探していた。専務はぴったりの男がいるという。それならリクルートしろと指示を出したんだ。
ところが、その男は条件も聞かずにうちの仕事を蹴ったという。報酬も脅しも通じないと。わたしは、その傲慢な男に会ってみたくなったんだ」
「そうですか。では、目的は果たしたわけですね」
「うむ。美貌の男だと聞いていたが、想像していたよりキミはずっと美しいな」
「なっ、なん…。そんなことを確かめるために、極東くんだりまで呼び出されたんじゃあ…」
後が続かない。あきれ顔のレイに、社長はいやと首をふる。
「冗談だ。直接会って話したかった」
「……先に言っておきますが、俺は、メタル・ラダー社に雇われるのはお断りです。専務にも言いましたが、社長からの誘いでも変わりませんよ」
しっかり釘を刺す。ミスター・ラダーはレイの警戒を楽しそうに笑いとばして
「それは残念だ。どうやらわたしが口説いたからと言って、意志を変える男ではなさそうだね」
「それがわかっているなら、これ以上、俺に用はないでしょう?」
レイはさっさと会談を終わらせようとしていた。一緒にいると…、見知らぬ父とでもいるような心地良さに、負けてしまいそうだったからだ。
それを、ミスター・ラダーが手で制した。
「まあまあ…。せっかくだから、もう少し話をしないか」
「何の話を?」
「そう、例えば、キミの仕事のこととか」
「俺は単なるクーリエで、頼まれたモノを頼まれた場所に運ぶのが仕事です。…誰にどんなモノを頼まれてどこへ運んだかは、業務上話せません。物騒だと感じるときは、どんなモノかも聞かないことにしていますしね。御社にとっても都合がよかったんじゃないですか。それ以外に、話せることはありません」
立石に水のような説明である。
「それなら、わたしの仕事の話を聞いてくれるかね」
「申し訳ないけど、興味がない。俺もですが、社長はそれほどヒマではないでしょう?」
そっけない答えに、ミスター・ラダーは自嘲気味に笑った。
レイの言うことはもっともなのだ。無駄話などしているヒマはない。いつもなら自分がいちばん嫌うパターンなのに…、自分は…。ただ、この男をこのまま返したくなかった。
遠い昔に、人を当てにすることなどやめてしまった。自分以外のものなど、頼ったことはなかった。
それなのに。
手こずっている極東開発をこの男に任せたらどうなるだろうかと考えている。自分のスタッフに加わって、極東開発のトップに座ってくれと説得する自信はまるでないが…。
「キミはずっとクーリエをやっていくつもりかい」
レイは小首を傾けた。
「わかりません。でも、俺は飛ぶのが好きだから、いつまでも宇宙を飛んでいるでしょうね」
正直な応えが返された。
「筋金入りの操縦士、か。キミの腕はピカイチだと聞いていた。実際に見せてもらったしな。それでも、……ほかの仕事をやらせても面白そうだ。気が変わったら、メタル・ラダー社にいつでもポストを用意するよ」
断言である。
「どうしてですか。俺のことなど何ひとつ知らないのに」
「そう。だけどね、わたしの人を見る目は確かなんだ。キミなら正しい判断ができる。人が動かせる。大きな仕事でも難なくやり遂げるだろう」
ふっと笑んだレイは、さして気がなさそうに台詞を吐いた。
「あんまりうぬぼれさせないでください。もし社長がお望みなら…、これまでと同じ条件でしたら、メタル・ラダー社の仕事をお受けしましょう」
一度すべてを断ち切ったレイにしては、最大級の譲歩である。
「同じ条件とは?」
「専属契約ではなく、その回ごとに依頼いただく。時間とギャラが合えば受けるということでいかがですか。もちろん、危険度はチェックさせてもらいます」
ランディを盗み見ながら付け足された言葉に、ミスター・ラダーがにやりと笑う。
阿刀野レイは、ギャラは高いがただの一度も荷が期限通りに届かなかったことはないと聞いていた。どんなに困難な依頼であっても、だ。
「我が社の依頼は、そんなに危険だったかね?」
「ええ、飛び切りでした」
レイがあっさりと応える。あはは、そうか。と社長が笑う。
「わたしは酷いことをした覚えはないんだが、いろんなところで恨まれているようだ。競争相手やら海賊やら…、うちの荷を運ぶ時は、十分、気を付けてくれたまえ」
レイはミスター・ラダーと話すのが楽しかった。それでも。これ以上、とどまる意味はないと判断する。さあ、と心の中でかけ声をかけてレイが席を立った。
「わかりました。それじゃあ、俺たちはそろそろ失礼します」
今度はミスター・ラダーも引き止めることなく、手を差し出した。
「機会があったら、また話をしたい。いつでも、寄ってくれ」
レイはどこに? と思ったが、単なる社交辞令だろうと聞き流す。
「はい。では、また」
控えの間で待っていたジャックに先導されて、部屋を後にする。
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