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10 教練
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「整列! 号令!」
グラウンドの隅で身体をほぐしている隊員たちのところへ歩みよると、リュウは真っ直ぐ眼差しを突き付けながら、声を張り上げた。
「1」
「2」
「…」
「12。以上12名、全員そろっています」
勢いに呑まれたように号令をかけ終わった隊員たちの視線が一斉にリュウに注がれた。
「よし。ランニングだ。ついてこい」
言うなり、リュウは先頭に立って走り出した。昨日までは指示を出すだけで自分から動こうとしなかったから隊員たちは驚いた。しぶしぶ後ろについて走りながら、陰口である。
「急にやる気をみせちゃって、士官候補のぼうや、どういう風の吹き回しだ」
「俺たちを先導するつもりらしいぜ。どっちが力があるかわかってんのか?」
交わされる言葉に刺がある。馬鹿にしたような響きがこもっていた。
誰もが、この2週間で、リュウを恐れるに足りない相手と見なしたのだ。
スペシャル・クラスの8人の中には、将来宇宙軍を背負って立つ将校への道を約束された男がいるのを、兵士たち誰もがわかっていた。しかも、リュウとルーインは1年飛ばしでスペシャル・クラスに編入されたのだから、かなりの腕と度胸があるのだろうと、みな興味津々でいたのだ。
ルーインについては、すでに情報が流れている。
ルーイン・アドラー。アドラー家といえば、宇宙軍で知らぬもののいない武家であった。父や兄が宇宙軍の中枢で働いていることも周知の事実だ。アドラー家の次男であるルーインは、兄に劣らぬ抜きんでた力を持っていたが、態度が悪くて二度目の士官訓練センター送りになったと、知るひとぞ知る裏情報まで流れていた。だから、兵士たちはルーインにはそれなりの敬意を払って接していたのである。
ルーインと同じく1年飛ばしでスペシャル・クラスに編入されたもうひとりの男は、と言うと。
がっしりした体格、ハンサムな顔立ち。爽やかで、ひとのよさそうな若者であった。宇宙軍でその風貌に意味があるとは思えないが…。
普通スクール出身で実戦経験は皆無。たかだか半年間、士官訓練センターで鍛えただけである。とても経験豊富な兵士たちを教練できる力などあるわけがないと判断された。
みなの前に立つときも、兵士たちを恐れているのか、関わりになりたくないのか、冷めた態度であった。少しも気迫が感じられなかった。
ところが。
今日はどうも趣が違うようである。全身から、力があふれているように見えた。
「なあ、あいつ、みなを引っ張っていくタイプだったか?」
後ろ姿を追いながら、隊のひとりがつぶやいた。
「俺たちと一緒にトレーニングするのは初めてだからな。わからん」
小声で交わされた会話に気づいたリュウは
「こらぁっ。なにをしゃべってる。余裕があるなら、スピードアップするぞ」
今でも、結構な速さだったのだが、メンバーが驚いている間に、ぐんとスピードがあがった。
「どうした、日課のランニングだろ。それとも、毎日、お散歩してたのか? 歴戦の兵士さんが、実践も知らない俺に遅れを取るなんて情けないじゃないか」
自分がどう見られているのか、よく知っての挑発である。さらに。
「おまえたち、先にゴールしたら、明日のランニングは免除してやるぞ」
言われて腹が立ったのだろう、メンバーのスピードが上がった。リュウは内心にやりと笑う。自分にとってもオーバーペースではあるが、最後まで走りきれるはずだ。誰にも抜かさせはしない。
まあ、レイのような男がいたら別だが。それはそれで、力のある隊員がいることを喜べばいいとリュウは割り切っていた。
隊のメンバーにとっては、いつもの15キロが、何倍にも長く感じられた。
だんだん足音が乱れてくる。半分を過ぎても、少しも落ちないスピードに脱落していくものが増えてきた。
最後尾を走っていた軍曹のエヴァは、我慢の限度であった。
ちっ! あのぼうや、最後までこのスピードで走りきるつもりか。体力のあるダンカンでさえ遅れがちだ。自分までが遅れを取ったら、それこそ下士官として恥である。
エヴァは隊員たちを追い抜きながら、
「意地でも遅れるな。頑張れ」
と励ましているが、そのエヴァにも簡単に追い付けそうにないほどのスピードを、リュウは保っていた。
あと、もう少し。軍基地への最後は急な登りである。
ここで、さらにスピードがアップした。
『まだスピードがあがるのかよ。どんなカラダしてやがる』
エヴァは口の中で文句を吐いたが、そんなことではリュウのスピードは落ちない。
今日一日の訓練メニューを考えると、朝から力を出し尽くすわけにはいかないのだ。だが、エヴァは何とかしてリュウを抜いてやろうと意地になって後を追った。それなのに、わずかに追いつけず、ゴール地点に到達してしまったのである。
エヴァは息を切らし、膝に両腕を突いてあえいでいた。
「さすがだな、軍曹。追い抜かれるかと思った。ほかのメンバーもそこそこついてきてくれてるようだ」
息も絶え絶えで走ってくる兵士たちを眺めながらのリュウの台詞に、エヴァの怒りが大きくなった。
士官候補の卵がえらそうに!
「隊長、俺たちと一緒に走るなんて、今朝はどうしたんですか。それもこんなペースじゃ、後の訓練がガタガタですよ」
忠告めかして、しかめツラをするエヴァに、リュウはにこりと笑ってみせた。
「せっかくだから、俺のトレーニングも兼ねることにした。マイ・ペースで走らせてもらったよ。それより、この程度で後の訓練に響くのか。それは困ったな」
エヴァはぐっと言葉に詰まった。
ゴールした隊員たちは、みな、かなり苦しそうだ。最後のものは10分以上、遅れたのではないだろうか。
「まだ時間があるな。基礎トレでもするか、軍曹?」
やめてくれ~、というみなの縋りつくような視線を無視して、エヴァはさも当然というように「やりましょう」と応えた。強がりである。
「それじゃ、腕立て、腹筋、背筋、各50回を5セット」
うへぇ~、という兵士たちの恨めしげな声。
「終わったものから解散。朝食後は9時に体育館へ集合だ。格闘技訓練を行う」
そう告げると、リュウは黙々と腕立て伏せを始める。上官に先頭を切られてはやらざるを得ない。へたりながら、それでも各自がノルマをこなしていく。
リュウは早々と5セットを終わらせて、
「それじゃ、先にあがらせてもらう」
その姿を見送った隊員たちが、どっと脱力したのをリュウは知らなかった。
「あんのやろ~、急に張り切りやがって」
「朝からこれじゃ、もたねぇよ」
とあちらこちらから悲鳴である。
「軍曹、なんとかしてください」
たった一日、それも朝の訓練だけだというのに、みなの口から泣き言がもれた。
「こんな調子がいつまでも続くわけがない。すぐにボロが出るぜ」
ダンカンが憎々しげに言うのに、エヴァはそうだろうかと首を捻っていた。もしかしたら、あの男、とんでもないヤツかも…。
グラウンドの隅で身体をほぐしている隊員たちのところへ歩みよると、リュウは真っ直ぐ眼差しを突き付けながら、声を張り上げた。
「1」
「2」
「…」
「12。以上12名、全員そろっています」
勢いに呑まれたように号令をかけ終わった隊員たちの視線が一斉にリュウに注がれた。
「よし。ランニングだ。ついてこい」
言うなり、リュウは先頭に立って走り出した。昨日までは指示を出すだけで自分から動こうとしなかったから隊員たちは驚いた。しぶしぶ後ろについて走りながら、陰口である。
「急にやる気をみせちゃって、士官候補のぼうや、どういう風の吹き回しだ」
「俺たちを先導するつもりらしいぜ。どっちが力があるかわかってんのか?」
交わされる言葉に刺がある。馬鹿にしたような響きがこもっていた。
誰もが、この2週間で、リュウを恐れるに足りない相手と見なしたのだ。
スペシャル・クラスの8人の中には、将来宇宙軍を背負って立つ将校への道を約束された男がいるのを、兵士たち誰もがわかっていた。しかも、リュウとルーインは1年飛ばしでスペシャル・クラスに編入されたのだから、かなりの腕と度胸があるのだろうと、みな興味津々でいたのだ。
ルーインについては、すでに情報が流れている。
ルーイン・アドラー。アドラー家といえば、宇宙軍で知らぬもののいない武家であった。父や兄が宇宙軍の中枢で働いていることも周知の事実だ。アドラー家の次男であるルーインは、兄に劣らぬ抜きんでた力を持っていたが、態度が悪くて二度目の士官訓練センター送りになったと、知るひとぞ知る裏情報まで流れていた。だから、兵士たちはルーインにはそれなりの敬意を払って接していたのである。
ルーインと同じく1年飛ばしでスペシャル・クラスに編入されたもうひとりの男は、と言うと。
がっしりした体格、ハンサムな顔立ち。爽やかで、ひとのよさそうな若者であった。宇宙軍でその風貌に意味があるとは思えないが…。
普通スクール出身で実戦経験は皆無。たかだか半年間、士官訓練センターで鍛えただけである。とても経験豊富な兵士たちを教練できる力などあるわけがないと判断された。
みなの前に立つときも、兵士たちを恐れているのか、関わりになりたくないのか、冷めた態度であった。少しも気迫が感じられなかった。
ところが。
今日はどうも趣が違うようである。全身から、力があふれているように見えた。
「なあ、あいつ、みなを引っ張っていくタイプだったか?」
後ろ姿を追いながら、隊のひとりがつぶやいた。
「俺たちと一緒にトレーニングするのは初めてだからな。わからん」
小声で交わされた会話に気づいたリュウは
「こらぁっ。なにをしゃべってる。余裕があるなら、スピードアップするぞ」
今でも、結構な速さだったのだが、メンバーが驚いている間に、ぐんとスピードがあがった。
「どうした、日課のランニングだろ。それとも、毎日、お散歩してたのか? 歴戦の兵士さんが、実践も知らない俺に遅れを取るなんて情けないじゃないか」
自分がどう見られているのか、よく知っての挑発である。さらに。
「おまえたち、先にゴールしたら、明日のランニングは免除してやるぞ」
言われて腹が立ったのだろう、メンバーのスピードが上がった。リュウは内心にやりと笑う。自分にとってもオーバーペースではあるが、最後まで走りきれるはずだ。誰にも抜かさせはしない。
まあ、レイのような男がいたら別だが。それはそれで、力のある隊員がいることを喜べばいいとリュウは割り切っていた。
隊のメンバーにとっては、いつもの15キロが、何倍にも長く感じられた。
だんだん足音が乱れてくる。半分を過ぎても、少しも落ちないスピードに脱落していくものが増えてきた。
最後尾を走っていた軍曹のエヴァは、我慢の限度であった。
ちっ! あのぼうや、最後までこのスピードで走りきるつもりか。体力のあるダンカンでさえ遅れがちだ。自分までが遅れを取ったら、それこそ下士官として恥である。
エヴァは隊員たちを追い抜きながら、
「意地でも遅れるな。頑張れ」
と励ましているが、そのエヴァにも簡単に追い付けそうにないほどのスピードを、リュウは保っていた。
あと、もう少し。軍基地への最後は急な登りである。
ここで、さらにスピードがアップした。
『まだスピードがあがるのかよ。どんなカラダしてやがる』
エヴァは口の中で文句を吐いたが、そんなことではリュウのスピードは落ちない。
今日一日の訓練メニューを考えると、朝から力を出し尽くすわけにはいかないのだ。だが、エヴァは何とかしてリュウを抜いてやろうと意地になって後を追った。それなのに、わずかに追いつけず、ゴール地点に到達してしまったのである。
エヴァは息を切らし、膝に両腕を突いてあえいでいた。
「さすがだな、軍曹。追い抜かれるかと思った。ほかのメンバーもそこそこついてきてくれてるようだ」
息も絶え絶えで走ってくる兵士たちを眺めながらのリュウの台詞に、エヴァの怒りが大きくなった。
士官候補の卵がえらそうに!
「隊長、俺たちと一緒に走るなんて、今朝はどうしたんですか。それもこんなペースじゃ、後の訓練がガタガタですよ」
忠告めかして、しかめツラをするエヴァに、リュウはにこりと笑ってみせた。
「せっかくだから、俺のトレーニングも兼ねることにした。マイ・ペースで走らせてもらったよ。それより、この程度で後の訓練に響くのか。それは困ったな」
エヴァはぐっと言葉に詰まった。
ゴールした隊員たちは、みな、かなり苦しそうだ。最後のものは10分以上、遅れたのではないだろうか。
「まだ時間があるな。基礎トレでもするか、軍曹?」
やめてくれ~、というみなの縋りつくような視線を無視して、エヴァはさも当然というように「やりましょう」と応えた。強がりである。
「それじゃ、腕立て、腹筋、背筋、各50回を5セット」
うへぇ~、という兵士たちの恨めしげな声。
「終わったものから解散。朝食後は9時に体育館へ集合だ。格闘技訓練を行う」
そう告げると、リュウは黙々と腕立て伏せを始める。上官に先頭を切られてはやらざるを得ない。へたりながら、それでも各自がノルマをこなしていく。
リュウは早々と5セットを終わらせて、
「それじゃ、先にあがらせてもらう」
その姿を見送った隊員たちが、どっと脱力したのをリュウは知らなかった。
「あんのやろ~、急に張り切りやがって」
「朝からこれじゃ、もたねぇよ」
とあちらこちらから悲鳴である。
「軍曹、なんとかしてください」
たった一日、それも朝の訓練だけだというのに、みなの口から泣き言がもれた。
「こんな調子がいつまでも続くわけがない。すぐにボロが出るぜ」
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