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5 新しい教育係

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 身体が快復し、新しい教育係に紹介された。
 クラーク中央艦隊司令官補佐。マリオンよりかなり年上の大柄な男。自分のことをクラーク補佐官と肩書き付きで呼ぶように言い渡された。自分を偉く見せたいタイプだろうか。

 クラークはマリオンほど厳しくなかった。病明けだから軽い訓練メニューから始まったのかもしれないけれど。
 自由時間の多さにも驚いた。
 今まで通り養成所に通い、基礎トレーニングはもちろん、射撃、格闘技、戦闘訓練、それに、操縦や砲撃、整備、航行などを学ぶ。これは以前と変わらなかったが、マリオンは部屋に戻るとすぐにトレーニングを指示したものだ。そして、下手をするとそれは夜中まで続いた。
 毎日ベッドに倒れ込むまで、ずっとマリオンと一緒だった。なのに、クラークの場合は言われたメニューをこなせば、後は自由である…。
 物足りないくらいのトレーニング。たっぷりと余裕があった。日が経つごとに、『違う』という思いが強くなる。

 俺はマリオンがいい。
 マリオンだから、心も身体も鍛えることができていたのに。
 クラークのもとでこんなことをしていても、俺は…。


 土曜日であった。
 午前中は射撃でしごかれた。それからクラークに言いつけられたメニューを早々に終える。マリオンに躾られた通りに、訓練終了の報告に行った。

「クラーク補佐官。トレーニングが終わりました」

 ピシッと姿勢を正して。

「そうか、ご苦労」

 客を相手に歓談していたクラークは、片手を振って俺を追い払った。一礼して、自分の部屋へと向かう途中、客の話が耳に入ってきた。

「あれが、レイモンドか。噂通りの美貌だな、うらやましい限りだ」
「ああ、目の保養になるだろう。躾も行き届いている。しかも、あいつの腕前には驚くぞ。そうは見えないが、操縦も射撃も抜群だ。さすがに総督が目を付けて、ゼクスターに育てさせただけのことはある」
「ほう、見た目じゃ信じられんな。それならゼクスターが手放したがらなかったのは美貌のせいだけじゃない、か」

 えっ。マリオンが手放したがらなかった。あの男、いま、そう言った…。

 どきどきしながら自分の部屋に入る。部屋のドアを少し開けたまま、気づかれないように二人の話に聞き耳を立てた。

「ゼクスターはレイモンドを手放したがらなかったのか?」
「もちろんだ。知らなかったのか」

 当然だと、相手が応える。

「ああ。命に関わるような無茶をさせたから、総督に教育係を降ろされたのだと聞いただけだ」
「精確さでは追随を許さないゼクスターらしくない痛いミスだったろうな」

 笑いを含んだ声でその男は話を続ける。

「そのミスで、ゼクスターは総督に厳しい懲罰を受けたそうだぞ。罪人のように鞭打たれたらしい。総督が重用しているマリオンでなければ、きっとなぶり殺しにされていたと世話係であるミゲルが言ってたよ」
「たかが養成所の生徒のことで総督も酷いことを」

 同情的なクラークの言葉に、男が反論する。

「そうは言っても、レイモンドは特別のようだ。激しいお怒りだったそうだぞ。『たった一人の生徒の健康状態もわからないなど、教育係失格だ!』と。ゼクスターは総督の叱責を眉ひとつ動かさずに聞いて、声を殺して罰を受けたそうだ」
「ほお~、そんな時にでも平静を保てるとは。あの男の精神力は鋼のようだと言われるだけあるな」
「ところがな、『おまえにはレイモンドを任せておけない。教育係はほかの人間にやらせる』とおっしゃった時、ゼクスターが総督に食ってかかったそうだ」
「ええっ、食ってかかった。あのゼクスターが…」
「驚きだろう? 『二度とこんなミスは犯しませんから、このままレイモンドをわたしに育てさせてください』と泣きながら懇願したそうだ」
「ゼクスターが泣く? おもしろおかしく脚色してるんだろう。信じられるか!」
「俺もほかのやつから聞いたならそう思ったろうが、ミゲルから直接聞いた話だ。あいつは嘘などつかない」
「馬鹿正直のミゲルか。ふ~む。それなのに、総督はゼクスターの願いを却下した…」
「そうだ。『おまえもそろそろ、兵隊を動かす仕事をする時期だ』と極東地区の司令官を命じられたんだよ。
 総督はよほどレイモンドを買ってらっしゃる。あんたはラッキーだ。労せずして、宝を手に入れたようなものだからな。レイモンドは次の幹部決定会議ではキャプテンに推されるという噂だ。艦隊で働いたこともないのにという声もあるが、養成所の教官も、演習で一緒に戦った戦闘員や幹部たちも、その力を認めているという。その若者を育てたのはあんたということになる。
 自分の育てた男が総督のお気に入りなら、影響力も増すしな…。いいとこ取りだ。ところで、レイモンドを可愛がってやってるのか」

 舌なめずりしながら放たれた、いやらしい台詞。

「とんでもない! 確かに俺もあの美貌には惹かれるがゼクスターに釘を刺されたぞ。『レイモンドをよろしくお願いします』と頼んでおきながら、『あの子を傷つけたり、ダメにしたらわたしが黙っていません』とな。
 冷たい目でひたと見つめられた。あれは真剣だった。下手に手を出してみろ、間違いなく殺される」
「ほう~」

 二人の雑談は続いていたが、俺はもう聞いてなどいなかった。マリオンは俺に愛想を尽かしたのではなかった。最後まで、面倒を見てくれるつもりだったのだ。
 それなら…。

 その日から、俺はクラークの命令に従うのをやめた。

「誰の命令も聞かない。マリオンと話がしたい」と傲然と言い放って。

 反抗するなと何度も殴られた。食事も抜かれた。でも、断固として引かなかった。
 トレーニングもせずに自分の部屋に引きこもったままの俺をどう扱っていいのか、クラークは困ったと思う。これまで素直に言われたとおりに動いていたのが豹変したのだから、首を捻ったに違いない。
 クラークに恨みはないが、どうしてももう一度、マリオンと話がしたかったのだ。
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