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9 仕事をなくしたワケ
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数時間前。
メタル・ラダー社の本社。
ランディが受付で名乗ると、うさんくさそうに上から下まで眺め回された。とても一流企業の専務と約束があるようには見えない身なりだったのだ。
それなのに、レイが近づいてにこりと笑うと、受付の女は魔法にでもかかったように専務に取り次いだ上に、最上階まで案内してくれた。
そもそも、その時点でランディはケチがついたと感じていた。
最上階で秘書の男が引き継ぎ、専務の部屋へ招き入れられた。
大企業のいかにもそれらしい調度がそろった部屋。専務は立ち上がってレイの手を取り、握手して、ソファに座るようにと促した。
レイは何度か来たことがあると言っていたが、ランディはまったく落ち着かなかった。
専務と一緒にいる独特の雰囲気を持つ男も気に入らない。その男は、自分たちと同じアウトローの臭いがした。
「久しぶりですね、阿刀野さん。いつも部下に任せきりで、お相手できなくて申し訳ないと思っていたんですよ」
「いえ。ビジネスですから、ご担当の方で十分です。
それよりも、今回は長期の休みでご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。おかげで、クリスタル号のオーバーホールも無事終えることができました。来週からはクーリエの仕事を再開しますので、また、よろしくお願いします」
レイにしては上出来の挨拶だった。ところが専務は
「半月以上、休まれましたね。突然だったので困りましたよ。お願いしたい荷物はたまる一方で、それなのに、阿刀野さんはつかまらない。担当にどうしたらいいんだと泣きつかれました。休まれるなら、一言くらい断りがあってもよかったでしょうに」
嫌味である。
「決めていた休みならお知らせできたんですが、クリスタル号に故障が出て、そのついでにオーバーホールもしてしまおうということになったもんですから」
ランディが弁解しようとするのを専務はピシャリと押さえた。
「私どもは、おたくの取引先でも大口だと自負していたんですが。そんな勝手な都合で動かれては、ビジネスになりませんね」
あからさまな非難にもレイの顔色は少しも変わらない。冷静な態度もそのままだ。
「俺たちはメタル・ラダー社と専属契約をしているわけじゃないですから。仕事がない月もありますし、先に違う仕事を受けていたらお断りすることもあります。できるときだけお引き受けするというのが、俺たちのスタイルです。それがお気に召さなければ…」
取引していただかなくても構わないと続きそうなレイの強気の発言に、相手は苦笑をもらし、なだめにかかる。
「いえ、阿刀野さん。責めているわけではありませんよ。実は大きなビジネスのご提案がありましてね」
専務はこれまでの話は、次の提案を有利に導くための単なる布石だと言っているのだ。
「私どもには、いつもお引き受けいただいている以上にたくさんの荷がありましてね。惑星開発チームの輸送船でも送らせていたんです。しかし、輸送船では採算が合わない。それで、もっと機動力に富んだ私設クーリエのようなものがほしいと考えておりました」
「俺に、メタル・ラダー社専属のクーリエになれと言うんですか」
「うん、それもいいですね。しかし、できれば私どもの私設クーリエを率いていただけないかと思っているんですが…。地位や待遇はご満足いただけるものを用意します。ランディさんとご一緒にメタル・ラダー社の一員として働いていただけないでしょうか」
レイは黙って考えていた。悪い話ではないとランディは思ったが、レイは、
「お断りします」
きっぱりと言い切った。
「条件も聞かずに、ですか?」
うなずいたレイは、くちびるを歪めただけの冷たい笑みを浮かべて
「俺は、誰かの紐付きになるのはごめんです。それが、メタル・ラダー社のような大手であっても。お話がそれだけなら、専務の大切なお時間をこれ以上無駄にするのは申し訳ないので失礼させていただきます」
すっと立ち上がるレイに
「あなたたちの仕事の約3分の1は、メタル・ラダー社から出ているのをご存じでしょう。うちの払いはいいから、売上になると半分くらいを占めるかな」と。
「俺たちの実情をよくご存じのようだ。それで、何か言いたいことでも?」
エメラルド・グリーンの瞳がギラリと冷たい輝きを帯びた。
「いえ、何とか、うちに来てもらえないかと…」
レイの身体から発する厳しい拒絶に、専務が思わず口ごもる。
これ以上、くだらない話など聞きたくないというようにいやそうに顔をしかめたレイは、それでも冷静な声で告げる。
「失礼します。ランディ、帰ろう」
言葉を差し挟むこともできずに見ていたランディを促し、扉に向かって歩みだしたところを目つきのきつい男が遮った。
「それだけの仕事がなくなったら、あんたたちも困るだろう。考え直した方がいいんじゃないか?」
こちらは最初から脅し口調である。
仕方がないというように立ち止まったレイは、相手に合わせて丁重な態度をかなぐり捨てた。
といっても乱暴になったわけではなく、部屋が凍りそうなほど瞳と口調が冷たくなっただけだが。
「俺を脅したって無駄だ。それに、そちらが俺たちの実情を知っているように、俺もメタル・ラダー社のことはわかっている。俺でなかったら届かない荷は多いだろうね。とびきり物騒なやつが。
俺たちはメタル・ラダー社の仕事がなくなっても困らない。だけど、そちらは困るはずだ。あんたの部下が少しくらい頑張っても、これまでのことを考えると半分も届かない。俺は宇宙船の操縦にかけては天才だからね。メタル・ラダー社にとっては、今までの関係を続けるのが賢明だよ」
傲然と言い放つレイに男が思わず身構える。その様子を面白そうに眺めながら
「俺はあんたの部下と違って、黙って殴られたりはしないよ」
あざ笑ったレイに、専務が「やめろ」と声をかけるより早く、男が飛びかかっていく。
が、レイにとってはかわすことなどわけもなかった。
さらりと身をかわしたかと思うと、逆に、男の腹を思い切り蹴り上げていた。
ドサッと音を立てて崩おれた男の向こうから、専務の声。わずかの間に落ち着きを取り戻している。さすがに、大企業の専務にまで登り詰めただけのことはある。
「ふ~む。一撃か。その男は惑星開発チームの警備部隊のチーフを勤めていて、なかなかやるんですがね。阿刀野さんが強いという噂は聞いていましたが、この目で見るまで、正直、信じていませんでしたよ。
…それで、私どもの提案を考えていただくことはできないのですか。関連企業からの仕事がなくなっても…」
メタル・ラダー社だけではなく、取引先すべてに圧力をかけると臭わせた専務をレイはじろりと睨みつけると、丁寧さのカケラもない言いようで、捨て台詞を吐いた。
「ああ、結構。あんたは俺たちの仕事のことを調べたのに、俺の性格は調べなかったのか。俺は脅されて仕事をするようなマネはしない。脅すようなクライアントはこっちから願い下げだ。今日限り、きっぱり手を切らせてもらう」
憤然と部屋を後にするのを、専務は声もなく見送った。
そして、腹を押さえながら立ち上がる男に声をかけた。
「阿刀野レイか。見かけによらず、骨のある男だな。そう思わないか」
「見かけ通り、ですよ。俺と対峙したときのあいつの目を専務に見せたかったですね。視線だけで人を震え上がらせる。あれは、簡単には手なずけられませんよ」
メタル・ラダー社の本社。
ランディが受付で名乗ると、うさんくさそうに上から下まで眺め回された。とても一流企業の専務と約束があるようには見えない身なりだったのだ。
それなのに、レイが近づいてにこりと笑うと、受付の女は魔法にでもかかったように専務に取り次いだ上に、最上階まで案内してくれた。
そもそも、その時点でランディはケチがついたと感じていた。
最上階で秘書の男が引き継ぎ、専務の部屋へ招き入れられた。
大企業のいかにもそれらしい調度がそろった部屋。専務は立ち上がってレイの手を取り、握手して、ソファに座るようにと促した。
レイは何度か来たことがあると言っていたが、ランディはまったく落ち着かなかった。
専務と一緒にいる独特の雰囲気を持つ男も気に入らない。その男は、自分たちと同じアウトローの臭いがした。
「久しぶりですね、阿刀野さん。いつも部下に任せきりで、お相手できなくて申し訳ないと思っていたんですよ」
「いえ。ビジネスですから、ご担当の方で十分です。
それよりも、今回は長期の休みでご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。おかげで、クリスタル号のオーバーホールも無事終えることができました。来週からはクーリエの仕事を再開しますので、また、よろしくお願いします」
レイにしては上出来の挨拶だった。ところが専務は
「半月以上、休まれましたね。突然だったので困りましたよ。お願いしたい荷物はたまる一方で、それなのに、阿刀野さんはつかまらない。担当にどうしたらいいんだと泣きつかれました。休まれるなら、一言くらい断りがあってもよかったでしょうに」
嫌味である。
「決めていた休みならお知らせできたんですが、クリスタル号に故障が出て、そのついでにオーバーホールもしてしまおうということになったもんですから」
ランディが弁解しようとするのを専務はピシャリと押さえた。
「私どもは、おたくの取引先でも大口だと自負していたんですが。そんな勝手な都合で動かれては、ビジネスになりませんね」
あからさまな非難にもレイの顔色は少しも変わらない。冷静な態度もそのままだ。
「俺たちはメタル・ラダー社と専属契約をしているわけじゃないですから。仕事がない月もありますし、先に違う仕事を受けていたらお断りすることもあります。できるときだけお引き受けするというのが、俺たちのスタイルです。それがお気に召さなければ…」
取引していただかなくても構わないと続きそうなレイの強気の発言に、相手は苦笑をもらし、なだめにかかる。
「いえ、阿刀野さん。責めているわけではありませんよ。実は大きなビジネスのご提案がありましてね」
専務はこれまでの話は、次の提案を有利に導くための単なる布石だと言っているのだ。
「私どもには、いつもお引き受けいただいている以上にたくさんの荷がありましてね。惑星開発チームの輸送船でも送らせていたんです。しかし、輸送船では採算が合わない。それで、もっと機動力に富んだ私設クーリエのようなものがほしいと考えておりました」
「俺に、メタル・ラダー社専属のクーリエになれと言うんですか」
「うん、それもいいですね。しかし、できれば私どもの私設クーリエを率いていただけないかと思っているんですが…。地位や待遇はご満足いただけるものを用意します。ランディさんとご一緒にメタル・ラダー社の一員として働いていただけないでしょうか」
レイは黙って考えていた。悪い話ではないとランディは思ったが、レイは、
「お断りします」
きっぱりと言い切った。
「条件も聞かずに、ですか?」
うなずいたレイは、くちびるを歪めただけの冷たい笑みを浮かべて
「俺は、誰かの紐付きになるのはごめんです。それが、メタル・ラダー社のような大手であっても。お話がそれだけなら、専務の大切なお時間をこれ以上無駄にするのは申し訳ないので失礼させていただきます」
すっと立ち上がるレイに
「あなたたちの仕事の約3分の1は、メタル・ラダー社から出ているのをご存じでしょう。うちの払いはいいから、売上になると半分くらいを占めるかな」と。
「俺たちの実情をよくご存じのようだ。それで、何か言いたいことでも?」
エメラルド・グリーンの瞳がギラリと冷たい輝きを帯びた。
「いえ、何とか、うちに来てもらえないかと…」
レイの身体から発する厳しい拒絶に、専務が思わず口ごもる。
これ以上、くだらない話など聞きたくないというようにいやそうに顔をしかめたレイは、それでも冷静な声で告げる。
「失礼します。ランディ、帰ろう」
言葉を差し挟むこともできずに見ていたランディを促し、扉に向かって歩みだしたところを目つきのきつい男が遮った。
「それだけの仕事がなくなったら、あんたたちも困るだろう。考え直した方がいいんじゃないか?」
こちらは最初から脅し口調である。
仕方がないというように立ち止まったレイは、相手に合わせて丁重な態度をかなぐり捨てた。
といっても乱暴になったわけではなく、部屋が凍りそうなほど瞳と口調が冷たくなっただけだが。
「俺を脅したって無駄だ。それに、そちらが俺たちの実情を知っているように、俺もメタル・ラダー社のことはわかっている。俺でなかったら届かない荷は多いだろうね。とびきり物騒なやつが。
俺たちはメタル・ラダー社の仕事がなくなっても困らない。だけど、そちらは困るはずだ。あんたの部下が少しくらい頑張っても、これまでのことを考えると半分も届かない。俺は宇宙船の操縦にかけては天才だからね。メタル・ラダー社にとっては、今までの関係を続けるのが賢明だよ」
傲然と言い放つレイに男が思わず身構える。その様子を面白そうに眺めながら
「俺はあんたの部下と違って、黙って殴られたりはしないよ」
あざ笑ったレイに、専務が「やめろ」と声をかけるより早く、男が飛びかかっていく。
が、レイにとってはかわすことなどわけもなかった。
さらりと身をかわしたかと思うと、逆に、男の腹を思い切り蹴り上げていた。
ドサッと音を立てて崩おれた男の向こうから、専務の声。わずかの間に落ち着きを取り戻している。さすがに、大企業の専務にまで登り詰めただけのことはある。
「ふ~む。一撃か。その男は惑星開発チームの警備部隊のチーフを勤めていて、なかなかやるんですがね。阿刀野さんが強いという噂は聞いていましたが、この目で見るまで、正直、信じていませんでしたよ。
…それで、私どもの提案を考えていただくことはできないのですか。関連企業からの仕事がなくなっても…」
メタル・ラダー社だけではなく、取引先すべてに圧力をかけると臭わせた専務をレイはじろりと睨みつけると、丁寧さのカケラもない言いようで、捨て台詞を吐いた。
「ああ、結構。あんたは俺たちの仕事のことを調べたのに、俺の性格は調べなかったのか。俺は脅されて仕事をするようなマネはしない。脅すようなクライアントはこっちから願い下げだ。今日限り、きっぱり手を切らせてもらう」
憤然と部屋を後にするのを、専務は声もなく見送った。
そして、腹を押さえながら立ち上がる男に声をかけた。
「阿刀野レイか。見かけによらず、骨のある男だな。そう思わないか」
「見かけ通り、ですよ。俺と対峙したときのあいつの目を専務に見せたかったですね。視線だけで人を震え上がらせる。あれは、簡単には手なずけられませんよ」
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