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7 レイからの連絡
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その週も半ばになって。もうすぐ午後からのトレーニングが始まる時間だった。
「訓練生の阿刀野リュウさん。至急、受付まで来てください。訓練生の阿刀野リュウさん。至急、受付まで来てください」
リュウに呼び出しが入ったのである。
正面入口近くの受付まで走っていくと、女性がにこりと微笑んで通話機を渡してくれた。
「ご家族からですよ」
待ち望んでいたはずなのに、レイと話すのが恐かった。どきどきしながら、通話機を握りしめる。
「レイ、戻ってきたのか?」
声はうわずっていないよな。
「あ、リュウ。久しぶり。昨日の晩、ようやくたどり着いたよ。頑張ってるみたいだね」
いつもと変わらないやさしい声。ほっとすると、急に会いたくなった。
「うん。休暇明けにちゃんと戻ってこなかったからって教官にしごかれてるんだ。それに、家に帰ってもレイがいないんじゃ仕方ないだろっ」
「そう…。今すぐにでもリュウに会いたいけど、俺も仕事をほっぽり出してたからね。しばらくはめちゃくちゃ忙しそうだ。挨拶まわりってやつ。ランディに真面目にやれって叱られたしね。週末は帰れるの?」
今すぐ会いたい、というレイの言葉は涙が出そうなほどうれしかった。
レイにとってやっかいなお荷物でしかなかったのに。
「土曜日には帰るよ。日曜は一日家にいる。レイの好きな料理、食わせてやるよ」
何とか平静を装って、えらそうに言う。
「じゃあ、土曜日にね。ワインにあう料理を考えといて」
くすっというレイの笑い声を最後に、通話が切れた。
甘いレイの声を聞いてリュウの心がほっと温かくなった。目を閉じると、レイの笑顔が浮かぶ。俺の知っているレイだ。クールで近寄りがたかったレイではなく…。
通話機を握りしめたまま、リュウはしばらくぼおっとしていた。不審そうな受付の女性のまなざしに、ふと我にかえって。
「ありがとうございました」
通話機を返し、あわてて体育館へと急いだ。
もうすぐ午後のクラスが始まる時間である。なんとか滑り込むとルーインの探るような視線。
「何かあったのか?」
「レイから連絡があった」
「…そうか」
それ以上の会話を交わす前に教官が現れ、訓練が始まった。
疲れているにも関わらずリュウは元気いっぱいでその日のメニューを終えた。格闘技演習では、教官が文句の付けようもないほど群を抜いていた。
もうすぐレイに会える。鼻歌でも歌いたい気分だ。
「そのにやにや笑い、やめろよ。気持ち悪いぞ」
夕飯の時にルーインにあきれられる始末。
「週末に家に帰るのはいいとして、朝晩の訓練はどうするんだ?」と指摘された。
げっ。
リュウはそこまで考えていなかったのだ。
これからペナルティーを食らわないにしても、土曜日に帰って月曜日に士官訓練センターに戻るとすると、土曜の晩と月曜の朝の訓練ができなくなるのである。果たして教官が許してくれるかどうか。
すぐに無理だとリュウは結論を出した。
そんな甘いことを言い出したなら、よけいに厳しい訓練メニューになるに決まっている。
「ちょっと教官と話してくる」
あわてて席を立つリュウの背に、まあ頑張れよとルーインの嫌味な声援が届いた。
ルーインも無理だと踏んでいるのだ。
とんとん、と教官の部屋をノックする。
「阿刀野です」
「入れ」の声に従って、部屋に足を踏み入れた。教官の机の前に立って。
「阿刀野、入ります。教官。頼みがあるんですが…」おずおずと切り出すと、
「何だ? 訓練がツラいと泣き言か」
「いえ。そうではないんですが…」どう言えばいいだろう。
「実は…。できれば、この週末、家に帰りたいと思いまして」
「それで?」
うんざりしたような口調。
土曜の晩と月曜の朝の訓練を免除してくれと言い出すのを待っているような教官の誘いに乗るわけにはいかない。駄目だと拒否されるに決まっている。
「はい。土曜の晩と月曜の朝のトレーニングを先に済ませてしまってもいいですか」
スティーブは意外な言葉を聞いたというようにリュウを見つめた。
「毎日、めいっぱいだと思っていたが…」
教官は片眉をつり上げた。まだ余裕があるのかという暗黙の問いかけに、これ以上、トレーニングを増やされては大変だと、リュウは素早く言い返す。
「はい。毎日は無理ですが、2日の徹夜なら何とかなると思います」
「……、おまえが大丈夫だと言うなら、そうすればいい」
しぶい声で告げたのに、リュウの顔がパッと輝いた。
「ありがとうございます」
頭を下げるのに、釘をさしておく。
「ただし、無理をしているからと言って手抜きは許さないからな」
「はいっ、わかっています」
うれしそうに教官室を後にするがっしりした後ろ姿を、スティーブが複雑な思いで見つめていた。兄と一緒に週末を過ごしたいという阿刀野の気持ちが痛いほど伝わってくる、と思いながら。
阿刀野、おまえはそんなに苦労をしても、家に帰りたいのか。
どれほど俺が心をかけようとも、阿刀野は宇宙軍のものにはならない。あの美貌の男のものなのだろうか。どうすれば、阿刀野をあの男から引き離して、セントラルへ送れるのだ。
スティーブはその答えを、ずっと探しあぐねていた。
「訓練生の阿刀野リュウさん。至急、受付まで来てください。訓練生の阿刀野リュウさん。至急、受付まで来てください」
リュウに呼び出しが入ったのである。
正面入口近くの受付まで走っていくと、女性がにこりと微笑んで通話機を渡してくれた。
「ご家族からですよ」
待ち望んでいたはずなのに、レイと話すのが恐かった。どきどきしながら、通話機を握りしめる。
「レイ、戻ってきたのか?」
声はうわずっていないよな。
「あ、リュウ。久しぶり。昨日の晩、ようやくたどり着いたよ。頑張ってるみたいだね」
いつもと変わらないやさしい声。ほっとすると、急に会いたくなった。
「うん。休暇明けにちゃんと戻ってこなかったからって教官にしごかれてるんだ。それに、家に帰ってもレイがいないんじゃ仕方ないだろっ」
「そう…。今すぐにでもリュウに会いたいけど、俺も仕事をほっぽり出してたからね。しばらくはめちゃくちゃ忙しそうだ。挨拶まわりってやつ。ランディに真面目にやれって叱られたしね。週末は帰れるの?」
今すぐ会いたい、というレイの言葉は涙が出そうなほどうれしかった。
レイにとってやっかいなお荷物でしかなかったのに。
「土曜日には帰るよ。日曜は一日家にいる。レイの好きな料理、食わせてやるよ」
何とか平静を装って、えらそうに言う。
「じゃあ、土曜日にね。ワインにあう料理を考えといて」
くすっというレイの笑い声を最後に、通話が切れた。
甘いレイの声を聞いてリュウの心がほっと温かくなった。目を閉じると、レイの笑顔が浮かぶ。俺の知っているレイだ。クールで近寄りがたかったレイではなく…。
通話機を握りしめたまま、リュウはしばらくぼおっとしていた。不審そうな受付の女性のまなざしに、ふと我にかえって。
「ありがとうございました」
通話機を返し、あわてて体育館へと急いだ。
もうすぐ午後のクラスが始まる時間である。なんとか滑り込むとルーインの探るような視線。
「何かあったのか?」
「レイから連絡があった」
「…そうか」
それ以上の会話を交わす前に教官が現れ、訓練が始まった。
疲れているにも関わらずリュウは元気いっぱいでその日のメニューを終えた。格闘技演習では、教官が文句の付けようもないほど群を抜いていた。
もうすぐレイに会える。鼻歌でも歌いたい気分だ。
「そのにやにや笑い、やめろよ。気持ち悪いぞ」
夕飯の時にルーインにあきれられる始末。
「週末に家に帰るのはいいとして、朝晩の訓練はどうするんだ?」と指摘された。
げっ。
リュウはそこまで考えていなかったのだ。
これからペナルティーを食らわないにしても、土曜日に帰って月曜日に士官訓練センターに戻るとすると、土曜の晩と月曜の朝の訓練ができなくなるのである。果たして教官が許してくれるかどうか。
すぐに無理だとリュウは結論を出した。
そんな甘いことを言い出したなら、よけいに厳しい訓練メニューになるに決まっている。
「ちょっと教官と話してくる」
あわてて席を立つリュウの背に、まあ頑張れよとルーインの嫌味な声援が届いた。
ルーインも無理だと踏んでいるのだ。
とんとん、と教官の部屋をノックする。
「阿刀野です」
「入れ」の声に従って、部屋に足を踏み入れた。教官の机の前に立って。
「阿刀野、入ります。教官。頼みがあるんですが…」おずおずと切り出すと、
「何だ? 訓練がツラいと泣き言か」
「いえ。そうではないんですが…」どう言えばいいだろう。
「実は…。できれば、この週末、家に帰りたいと思いまして」
「それで?」
うんざりしたような口調。
土曜の晩と月曜の朝の訓練を免除してくれと言い出すのを待っているような教官の誘いに乗るわけにはいかない。駄目だと拒否されるに決まっている。
「はい。土曜の晩と月曜の朝のトレーニングを先に済ませてしまってもいいですか」
スティーブは意外な言葉を聞いたというようにリュウを見つめた。
「毎日、めいっぱいだと思っていたが…」
教官は片眉をつり上げた。まだ余裕があるのかという暗黙の問いかけに、これ以上、トレーニングを増やされては大変だと、リュウは素早く言い返す。
「はい。毎日は無理ですが、2日の徹夜なら何とかなると思います」
「……、おまえが大丈夫だと言うなら、そうすればいい」
しぶい声で告げたのに、リュウの顔がパッと輝いた。
「ありがとうございます」
頭を下げるのに、釘をさしておく。
「ただし、無理をしているからと言って手抜きは許さないからな」
「はいっ、わかっています」
うれしそうに教官室を後にするがっしりした後ろ姿を、スティーブが複雑な思いで見つめていた。兄と一緒に週末を過ごしたいという阿刀野の気持ちが痛いほど伝わってくる、と思いながら。
阿刀野、おまえはそんなに苦労をしても、家に帰りたいのか。
どれほど俺が心をかけようとも、阿刀野は宇宙軍のものにはならない。あの美貌の男のものなのだろうか。どうすれば、阿刀野をあの男から引き離して、セントラルへ送れるのだ。
スティーブはその答えを、ずっと探しあぐねていた。
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