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7 夏休み
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クリスタル号の中。
リュウは操縦席についているレイの踊るような指先をじっと見つめていた。リュウの視線に気づいて
「なに。言いたいことでもあるの?」
コンピューターのモニターを横目で見ながら、それでも手を止めないままレイが聞く。
「どこへ行くつもりなんだ?」
「シラク星系の中心、惑星ティンだよ。せっかくの休みなんだ、たまには遠出もいいだろう?」
「なんで、そんなところへ行かなきゃならないんだよ」
リュウの機嫌はまだ直らない。
士官訓練センターを出てすぐに、レイのバイクの後ろに乗せられてクリスタル号に連れてこられたのだ。ずっと不機嫌だったため、レイには説明するチャンスがなかったのである。
「急に士官訓練センターを訪ねて、教官にまで会ったのは悪かったと思ってるよ。でも、成り行きで仕方なかったんだ」
「どうせ! 俺が操縦ルームのカプセルの話をしたときから、やってみたいと思ってたんだろっ!」
図星であった。
うっ、とレイは心の片隅でうなったが、そんなことをリュウに言える雰囲気ではなかった。
「違うよ。少しでも長くリュウと一緒にいたかったから迎えにいったんじゃないか。信じてもらえないなんて、心外だな」
真面目に言ったレイにリュウはむすっとして顔を背けた。
「いい加減に拗ねるのやめないと、今度は本気で怒るよ」
教官と仲間の前で叱りとばしてくれたじゃないか。あれは本気じゃなかったのか、とリュウの目が知らずきつくなる。
レイは心の中であれはリュウが教官に突っかかるから叱らざるを得なくなったんじゃないかと言い返しておいて、何を思ったのか操縦を放りだし、くるりとリュウに向き直った。
リュウの目が驚きに見開かれた。
「…レイ、宇宙船は? ほっておいて大丈夫なのか?」
大丈夫なわけがない。自動操縦になっていないのである。
「こんな静かな宙域には敵もいないし、近くには惑星もない。ほかの宇宙船だって…、なんか近寄ってきたらコンピュータが教えてくれる」
あまりに大胆なレイの応えである。
「それでも、航路を外したら元に戻るのが大変だって…」
リュウの言葉と前後して、コンピュータから「設定されたコースを外れています。すみやかにコースを修正してください。設定されたコースを外れています。すみやかにコースを修正してください…」と注意を呼びかけるメッセージが繰り返し流れ始める。
ほらっ、と言いかけたのを遮って。
「それは普通の操縦士の話。俺はすぐに戻ってみせるよ。戻れなくても、行きたい惑星へのコースなんて、何万通りもあるんだから。コンピュータには喚かせておけばいいさ。
コース修正より、俺にはリュウのふくれっ面のほうが緊急事態だ」
注意を促してもコース変更の処置をとらないためコンピュータの音声が急を告げる。しかし、レイはリュウを見つめたまま動こうともしない。
その上、うるさいなとつぶやくと、コンピュータの音声をパチンと切ってしまったのだ。
──えっ、なんてことを! 近くに障害物が現れたって、これじゃあ、わからないじゃないか!──
士官訓練センターでまがりなりにも操縦を学んでいるものにとって、レイの行動は無謀そのものであるのがわかった。
カプセルの操縦席でこんなことをしたら教官にどやされてペナルティーを科せられるのもいいところだ。しかも、バーチャルじゃなくてほんとうに宇宙を飛んでいるというのに!
不機嫌でいるリュウの強がりも、限界であった。
「降参だよ、レイ。もう拗ねるのやめるから、ちゃんと座って操縦してくれよ」
リュウの顔を見つめていたレイのエメラルド・グリーンの瞳がきらりと光る。
「そう。わかってくれてよかった!」
──もしかして、完璧に脅しじゃないか──
コンソールに向き直って、操作を始めたレイを見てリュウはこっそり息をついた。
「リュウが操縦を習ってくれてて助かった。コレが大変なことだとわかってくれなかったら、どうしようかと思ったよ」
笑いながらの台詞にリュウは柳眉を逆立てた。
「レイッ!」
「はいはい。大変なこと、ってのはリュウたち訓練生にとってだよ」
確かにコース変更くらいレイにはなんてことない操作だった。ズレてしまったコースをあっさり捨てて、ろくに宙航図を見もせずに、すぐに新しいコースを設定し直した。
「あーあ。レイには勝てないや」
「ん、なんか言った?」
「なんでもないよ」
目をくるりと回してからリュウは気を取り直した。
楽しみにしていた3日間の休みである。それもレイと一緒の。
「それで? 惑星ティンで何をしようってわけ」
声に尖りがないのがわかったのだろう、レイが弾んだ声で説明を始めた。
「前から約束してただろ。リュウを酒場に連れて行くって。ティンにいい店があるんだ。しばらく行ってないけど…、たぶん、まだあると思う」
「星系を半分も飛んで、酒場へ行くって?」
リュウはがくっときた。いったい何を考えてるんだと思いながらも、うれしそうに操縦席に座っているレイを見てまあいいかと考え直す。二人でのんびり宇宙飛行を楽しんだことなどないから。
「クリスタル号に乗るなら、操縦の手ほどきをしてもらいたかったんだけどな」
リュウが言うのに、レイは即座に言い切った。
「いやだよ。俺は人に教えるのは向いてないって言ってるだろ。それに、キツいこと言ってリュウに恨まれるのも、叱りつけて怖がられるのもまっぴらだからね」
──それってもしかして、俺の操縦が下手くそで、ずっと叱りとばしてなきゃいけないってことか?──
「レイ。操縦、変わろうか?」
レイがとんでもないというように、ぶんぶんとかぶりをふっている。
「俺の腕って、そんなに信用ないわけ?」
「そんなこと、ないけどね。自分でやった方が落ち着くから…」
今まで適当にやっていたのに、レイはきちんとシートに座り直し、操縦に専念し始めた。
「あ~あ。やっぱりぜんぜん信用されてないや」
リュウは深い溜め息をついた。
リュウは操縦席についているレイの踊るような指先をじっと見つめていた。リュウの視線に気づいて
「なに。言いたいことでもあるの?」
コンピューターのモニターを横目で見ながら、それでも手を止めないままレイが聞く。
「どこへ行くつもりなんだ?」
「シラク星系の中心、惑星ティンだよ。せっかくの休みなんだ、たまには遠出もいいだろう?」
「なんで、そんなところへ行かなきゃならないんだよ」
リュウの機嫌はまだ直らない。
士官訓練センターを出てすぐに、レイのバイクの後ろに乗せられてクリスタル号に連れてこられたのだ。ずっと不機嫌だったため、レイには説明するチャンスがなかったのである。
「急に士官訓練センターを訪ねて、教官にまで会ったのは悪かったと思ってるよ。でも、成り行きで仕方なかったんだ」
「どうせ! 俺が操縦ルームのカプセルの話をしたときから、やってみたいと思ってたんだろっ!」
図星であった。
うっ、とレイは心の片隅でうなったが、そんなことをリュウに言える雰囲気ではなかった。
「違うよ。少しでも長くリュウと一緒にいたかったから迎えにいったんじゃないか。信じてもらえないなんて、心外だな」
真面目に言ったレイにリュウはむすっとして顔を背けた。
「いい加減に拗ねるのやめないと、今度は本気で怒るよ」
教官と仲間の前で叱りとばしてくれたじゃないか。あれは本気じゃなかったのか、とリュウの目が知らずきつくなる。
レイは心の中であれはリュウが教官に突っかかるから叱らざるを得なくなったんじゃないかと言い返しておいて、何を思ったのか操縦を放りだし、くるりとリュウに向き直った。
リュウの目が驚きに見開かれた。
「…レイ、宇宙船は? ほっておいて大丈夫なのか?」
大丈夫なわけがない。自動操縦になっていないのである。
「こんな静かな宙域には敵もいないし、近くには惑星もない。ほかの宇宙船だって…、なんか近寄ってきたらコンピュータが教えてくれる」
あまりに大胆なレイの応えである。
「それでも、航路を外したら元に戻るのが大変だって…」
リュウの言葉と前後して、コンピュータから「設定されたコースを外れています。すみやかにコースを修正してください。設定されたコースを外れています。すみやかにコースを修正してください…」と注意を呼びかけるメッセージが繰り返し流れ始める。
ほらっ、と言いかけたのを遮って。
「それは普通の操縦士の話。俺はすぐに戻ってみせるよ。戻れなくても、行きたい惑星へのコースなんて、何万通りもあるんだから。コンピュータには喚かせておけばいいさ。
コース修正より、俺にはリュウのふくれっ面のほうが緊急事態だ」
注意を促してもコース変更の処置をとらないためコンピュータの音声が急を告げる。しかし、レイはリュウを見つめたまま動こうともしない。
その上、うるさいなとつぶやくと、コンピュータの音声をパチンと切ってしまったのだ。
──えっ、なんてことを! 近くに障害物が現れたって、これじゃあ、わからないじゃないか!──
士官訓練センターでまがりなりにも操縦を学んでいるものにとって、レイの行動は無謀そのものであるのがわかった。
カプセルの操縦席でこんなことをしたら教官にどやされてペナルティーを科せられるのもいいところだ。しかも、バーチャルじゃなくてほんとうに宇宙を飛んでいるというのに!
不機嫌でいるリュウの強がりも、限界であった。
「降参だよ、レイ。もう拗ねるのやめるから、ちゃんと座って操縦してくれよ」
リュウの顔を見つめていたレイのエメラルド・グリーンの瞳がきらりと光る。
「そう。わかってくれてよかった!」
──もしかして、完璧に脅しじゃないか──
コンソールに向き直って、操作を始めたレイを見てリュウはこっそり息をついた。
「リュウが操縦を習ってくれてて助かった。コレが大変なことだとわかってくれなかったら、どうしようかと思ったよ」
笑いながらの台詞にリュウは柳眉を逆立てた。
「レイッ!」
「はいはい。大変なこと、ってのはリュウたち訓練生にとってだよ」
確かにコース変更くらいレイにはなんてことない操作だった。ズレてしまったコースをあっさり捨てて、ろくに宙航図を見もせずに、すぐに新しいコースを設定し直した。
「あーあ。レイには勝てないや」
「ん、なんか言った?」
「なんでもないよ」
目をくるりと回してからリュウは気を取り直した。
楽しみにしていた3日間の休みである。それもレイと一緒の。
「それで? 惑星ティンで何をしようってわけ」
声に尖りがないのがわかったのだろう、レイが弾んだ声で説明を始めた。
「前から約束してただろ。リュウを酒場に連れて行くって。ティンにいい店があるんだ。しばらく行ってないけど…、たぶん、まだあると思う」
「星系を半分も飛んで、酒場へ行くって?」
リュウはがくっときた。いったい何を考えてるんだと思いながらも、うれしそうに操縦席に座っているレイを見てまあいいかと考え直す。二人でのんびり宇宙飛行を楽しんだことなどないから。
「クリスタル号に乗るなら、操縦の手ほどきをしてもらいたかったんだけどな」
リュウが言うのに、レイは即座に言い切った。
「いやだよ。俺は人に教えるのは向いてないって言ってるだろ。それに、キツいこと言ってリュウに恨まれるのも、叱りつけて怖がられるのもまっぴらだからね」
──それってもしかして、俺の操縦が下手くそで、ずっと叱りとばしてなきゃいけないってことか?──
「レイ。操縦、変わろうか?」
レイがとんでもないというように、ぶんぶんとかぶりをふっている。
「俺の腕って、そんなに信用ないわけ?」
「そんなこと、ないけどね。自分でやった方が落ち着くから…」
今まで適当にやっていたのに、レイはきちんとシートに座り直し、操縦に専念し始めた。
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