上 下
20 / 23
第2章

第20話・邑先あかねの覚悟

しおりを挟む
 セイトンはゴード・スーとともに、ルイ・ドゥマゲッティの警護にあたっていた。リム王国、リム・ウェルの腹心にして愛人、ルイ。リムがルイを見捨てたとあれば、リム王国全体の士気にも関わる、というのがセイトンとゴードの見立てだ。必ず救出に来る、来て欲しいとルイは願いつつも、内心セイトンやゴード、ウッドバルト王国での居心地の良さを心から慈しんでいた。

 剣聖リヒトに送り込んだジャンヌ。ゴードはいざとなれば精霊・炎狼がジャンヌを護ると踏んでいたものの、ジャンヌが瞬殺といっていいほどに即時無力化されるとは思っていなかった。リヒトが他人の経験値をこうも簡単に盗み取るとは、炎狼を通じてリヒトの邪悪さを確信できたことは大きな成果だった。

 満身創痍まんしんそういのジャンヌと、炎狼を通じての会話の途中、恐ろしい気配とあふれんばかりの魔力が近づいてくるのをセイトンは感じていた。砂煙とともに前進してくる、一歩も歩みを止めない確固たる信念のような、執着心のような殺気。セイトンは、リムが単身で乗り込んできたことを確信した。

「とんでもねぇことに、なってきたな」
 ゴードが両手に爪を装備する。ルイはリムの襲来に恐怖を感じていた。
「もしかしたら、私を殺しに来たのかもしれない。リム様が」
「そんなことないわよ。ルイを取り戻しに来たのね。悪いけど、タダじゃ、交換しない」
「そうさ、それ相応の代償を払ってもらわないとな」

 ゴードが爪に気を集中する。いつでも【阿吽呼吸シンクロニシティ】を発動できるようにと準備に余念がない。救護室を出た三人は、広場の先、旧ウッドバルト王国城でリムを待ち受ける。大地は赤土、粘土質の地面は水はけが悪く、踏み込むと足を取られる。肉弾戦向きとは言えない土地の特性を利用し、ウッバルト王国では武よりも魔を磨き続けてきた。

 四天王と呼ばれるゴードであってもこの赤土の上で戦うのは不利だ。子どものうちから、魔力を磨き魔法使い・僧侶への道を開く。そののちに戦士や武闘家のような直接戦闘型の技を磨く。魔をもって武を極め、魔武両道とするのがウッドバルト王国で生きるものたちの生きる道なのだ。

 邪悪な殺気が目前に近づいている。
「リム様!」
 ルイが迷い、はぐれた末に、母を見つけた子のように無防備に前へと出た。右手には【別格べっかく誓聖印プレージ】、左手には【破格はかく誓聖印プレージ】、間違いなくリムだった。リムは両手を広げ、ルイを迎え入れた。
 
 セイトンもゴードもリムの姿を見るのは久しぶりだった。リムの後ろにもう一人、懐かしい顔が。
「おーい、俺だ俺」
「バルス!」
 元四天王にして勇者、バルス・テイトがリムとともに近づいてきた。

「やっと、役者がそろってってことか」
 元四天王たちの前に現れたのは、【転移走術スクレプト】でガダルニア王国かあら瞬間移動してきたリグレットとガルフだった。

 バルスは【卑怯の大剣ゆうしゃのたいけん】を抜いた。背後にいるリグレットに向かって、剣をふるうと大気が揺れるのをセイトンとゴードは感じた。

 リグレットは【明鏡止水の槍】でバルスの渾身の攻撃をいなした。
「お、俺の攻撃を…」
 バルスは剣技とともに魔法【凍土襲来ヴィスターシャ】を放っていた。触れるものは、マイナス196度で瞬時に凍り付く。それを瞬時でいなしたのだ。
「タイミング合わせうまくなったね」
 ガルフはからかいながらリグレットに言った。

「あんな魔法、誰が実装させたんだよ。氷系って、サレンダーの【氷雨の凌ぎ】から出る特殊技しかなかったんじゃないのかよ」
「ベータ―版には炎系と雷系しか登録したなかったもんね、あかねちゃんも言ってた」

「なにブツブツ言ってるんだ!」
 ゴードが爪を交差させ、正面から今にも攻撃をしかけてきそうだった。セイトンがリグレットの左側、リムがセイトンの後方より魔法を詠唱中。完全詠唱だ。ガルフは上空へ飛び上がり、四天王たちの配置を確認。リグレットに位置情報を転送する。

 リムの背後でさらに怪しい詠唱があった。
「やばい!【死の誘惑クライレイド】だ!全滅しちまう!」
リグレットはルイの声に集中した。確かに、詠唱している。「死者たちよ、壮大なる地の、かの地の盟約を。バルゴに葬られし、我が兄弟・姉妹、…」

リグレットはガルフに【ポーズボタン】の合図を送った。時間停止で、元四天王とルイの攻撃を回避する。

「ガルフ!急げ」
リグレットの声が響く。
「【ポーズボタン】」ガルフは時間停止を発動させた。リグレットとガルフ以外は時間の流れが停止している。

「ほんと、コレなかったら何度死んだかわかんないよね」
「まぁ、魁さんに感謝だな」
 リグレットは制止した時間のなかで、バルス・テイトの顔をまじまじと眺めた。どこかで見たことのある顔だと、既視感が襲う。そんなわけはない、これはゲームのNPCだ。バルス・テイトのモデルはあかねちゃんの好きなアメリカの俳優だった気がする。昔子役で売れて、そのままドラッグにも金銭トラブルにも関わることなく、あのまっとうに成長した、あの俳優。リグレットの中で現実とゲームの境目が薄らぎ、揺らいでいた。

 バルス以外にも、リム、ゴード、セイトン、即死魔法詠唱中のルイ、たちの動きが制止していることをガルフは確認した、はずだった。

 嫌な予感がする。こういう時に限ってガルフの予感は的中する。

「リグレット!油断するなよ」
「何言ってんの、【ポーズボタン】で動けるのは俺たち以外にいるわけ…」
 瞬殺だった。リグレットの肩が空を舞う。おびただしい血が噴き出る。
「おぉおおお」
 不思議と痛みはない。血の設定はオフでも良かったが、斬られたかどうかの判定が難しくなるため、魁がオンにするように二人に命じていた。
「右腕が吹き飛んじまった!ぐウッ!!」
「こ、これって、だれかがこの制止した時間で動いてるってこと。ログアウトだ。撤退、リグレット!」
「いや、これでいい。コレが正解。まんまと罠にかかってくれたってもんだ」
 リグレットは【次再生の栄光ル・ラク・マージュ】を詠唱した。肩から肉片がうごめき、一瞬で吹き飛んだ腕が再生した。リグレットはむき出しの生身の肩をグルグルと回した。

「俺が再生魔法使えるって、知らなかったのか?なぁ、ラルフォン・ガーディクス!」
 リグレットは【明鏡止水の槍】を構えた。身体を半身開いて、右脚を引く。親指に力を入れながら、左脚は自然体。
「ら、ラルフォン・ガーディクスって。ジャンヌの父親の!」
ガルフはリグレットの再生した肩に乗り、驚きを隠しきれない様子だった。

「よぉ、よくわかったな。やっぱり、一撃で仕留めきれないとダメだな」
 ラルフォンは【破骨の刀ボーン・ワイルド】を構えた。
「お前がラスボスだったなんてな」
 リグレットは【轟雷ジ・ライオ】を放った。ラルフォンといえども、まともに喰らえばダメージは大きい。ラルフォンは【破骨の刀】を避雷針のように空に掲げた。リグレットから放たれた魔力が吸収されていく。【轟雷】は魔法生成されることなく、消えた。消えたというよりも、ラルフォンに吸い取られたというべきだった。

「ガルフ、これはまずいな」
「今更気づいたの。ログアウトするよ」
「あぁ、その前に【ポーズボタン】を解消してくれ。バルスに渡すものがある」
リグレットの顔は、強い決意であふれていた。あらかじめ決めていた、こうなればこうする、といった具合で決めていたシナリオ。リグレットはその通りにシナリオを進めると決めていた。この場合、つまり黒幕が現れたら、バルスに大切な何かを渡すという具合に。

ガルフは【ポーズボタン】を解除した。ルイが【死の誘惑】を詠唱し終えそうだった。リム、セイトンが悪魔の形相をしたラルフォンに気づいた。「ラルフォン!」

 バルスがそこにラルフォンが現れることを知っていたように、【卑怯の大剣】を振り上げ巻き上げた砂ぼこりの中、地面と水平に剣を構えなおす。一刀両断を狙っていた。リグレットはバルスに体当たりし、バルスの動きを止めた。

「何をする!」
「バルス、いや、あかねちゃん。ここは引くんだ。ログアウトしろ」
「…」
 バルスはリグレットから目を逸らした。その先に見るもの、それは、ゴードやセイトン、リム、ルイだった。

「仲間がやられてしまう。このままでは」
「大丈夫、NPCは蘇生できる。あかねちゃんが一番知ってるだろ?」
 ガルフはバルスの肩にちょこんと乗り、バルスの匂いを嗅いだ。
「あ、これは、あかねちゃんだ」
「さぁ、ログアウトするぞ!」
 リグレット、ガルフ、バルスはゲーム内からログアウトした。三人は赤土の大地から忽然と姿を消した。まるで最初からいなかったように。

 ラルフォンは消えた三人の行方を追ったが、どこにも見つけられなかった。ゴードやセイトンたちに目もくれず、砂煙の向こうへと馬を走らせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ
ファンタジー
月舘萌知には、決して誰にも知られてならない秘密がある。 それは、魔術師の家系生まれであることと魔力を有する身でありながらも魔術師としての才覚がまったくないという、ちょっぴり残念な秘密。 特別な事情もあいまって学生生活という日常すらどこか危うく、周囲との交友関係を上手くきずけない。 そんな日々を悶々と過ごす彼女だが、ある事がきっかけで窮地に立たされてしまう。 間一髪のところで救ってくれたのは、現役の学生アイドルであり憧れのクラスメイト、小鳩篠。 そのことで夢見心地になる萌知に篠は自身の正体を打ち明かす。 【魔道具の天秤を使い、この世界の裏に存在する隠世に行って欲しい】 そう、仄めかす篠に萌知は首を横に振るう。 しかし、一度動きだした運命の輪は止まらず、篠を守ろうとした彼女は凶弾に倒れてしまう。 起動した天秤の力により隠世に飛ばされ、記憶の大半を失ってしまった萌知。 右も左も分からない絶望的な状況化であるも突如、魔法の開花に至る。 魔術師としてではなく魔導士としての覚醒。 記憶と帰路を探す為、少女の旅程冒険譚が今、開幕する。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

後宮の侍女、休職中に仇の家を焼く ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第二部

西川 旭
ファンタジー
埼玉生まれ、ガリ勉育ちの北原麗央那。 ひょんなことから見慣れぬ中華風の土地に放り出された彼女は、身を寄せていた邑を騎馬部族の暴徒に焼き尽くされ、復讐を決意する。 お金を貯め、知恵をつけるために後宮での仕事に就くも、その後宮も騎馬部族の襲撃を受けた。 なけなしの勇気を振り絞って賊徒の襲撃を跳ね返した麗央那だが、憎き首謀者の覇聖鳳には逃げられてしまう。 同じく邑の生き残りである軽螢、翔霏と三人で、今度こそは邑の仇を討ち果たすために、覇聖鳳たちが住んでいる草原へと旅立つのだが……? 中華風異世界転移ファンタジー、未だ終わらず。 広大な世界と深遠な精神の、果てしない旅の物語。 第一部↓ バイト先は後宮、胸に抱える目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~ https://www.alphapolis.co.jp/novel/195285185/437803662 の続きになります。 【登場人物】 北原麗央那(きたはら・れおな) 16歳女子。ガリ勉。 紺翔霏(こん・しょうひ)    武術が達者な女の子。 応軽螢(おう・けいけい)    楽天家の少年。 司午玄霧(しご・げんむ)    偉そうな軍人。 司午翠蝶(しご・すいちょう)  お転婆な貴妃。 環玉楊(かん・ぎょくよう)   国一番の美女と誉れ高い貴妃。琵琶と陶芸の名手。豪商の娘。 環椿珠(かん・ちんじゅ)    玉楊の腹違いの兄弟。 星荷(せいか)         天パ頭の小柄な僧侶。 巌力(がんりき)        筋肉な宦官。 銀月(ぎんげつ)        麻耶や巌力たちの上司の宦官。 除葛姜(じょかつ・きょう)   若白髪の軍師。 百憩(ひゃっけい)       都で学ぶ僧侶。 覇聖鳳(はせお)        騎馬部族の頭領。 邸瑠魅(てるみ)        覇聖鳳の妻。 緋瑠魅(ひるみ)        邸瑠魅の姉。 阿突羅(あつら)        戌族白髪部の首領。 突骨無(とごん)        阿突羅の末息子で星荷の甥。 斗羅畏(とらい)        阿突羅の孫。 ☆女性主人公が奮闘する作品ですが、特に男性向け女性向けということではありません。  若い読者のみなさんを元気付けたいと思って作り込んでいます。  感想、ご意見などあればお気軽にお寄せ下さい。

処理中です...