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第4'章 選択の刻⑥

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 深安山に自転車を漕いで向かう途中でついに雨が降り出してきた。最初はパラパラと降り出した雨は、すぐにバケツをひっくり返したような雨へと変わっていく。焦りばかりが募る中、どうにか麓までたどり着いた。入口の近くには見慣れた自転車が一台。やっぱり時乃はここにいるらしい。
 山頂の辺りは何やら靄のようなものがかかっている。何度か時乃には電話をかけているけど応答はなかった。無事でいてくれと祈りながら、登山道に踏み入れる。社に続く道はぬかるんでいたけど、どうにか進めそうだ。

「時乃……」

 小さく息を吸って、登山道を駆けあがる。
 呪いだかなんだか知らないけど、これ以上俺から大切なものを奪わないでくれ。
 祖父と父さんが亡くなって、何を言われても傍にいてくれた大切な存在なんだ。
 ちょっとだけ手が出てくるのが早かったりするけど、かけがえのない奴なんだ。
 行く手を阻む様に雨が強く降りすさぶ。一瞬空に気を取られて、ズルリと足を滑らせた。
 まともに受け身も取れなくて、体全身泥だらけの水たまりに突っ込んだ。口の中まで泥が入ってくる。
 だから、なんだ。
 寒さも痛みも感じない。ずっと走って登ってきているのに、不思議と息苦しさもない。ただ、焦りに背中を押されて山頂へと走り続ける。
 最後の坂道を駆け抜けて、視界が開ける――はずだった。

「なんだ、これ……」

 山頂につくと、一面は白い靄に覆われている。濃い霧のように視界が遮られる。これまでこの場所には何度も来ているけど、こんな状態見たことない。
 体が覚えている道順を頼りにほぼ手探りで進んでいくと、やがて扉が開かれた社が見えてきた。ただ雨宿りをしているだけであってくれ。「そんなに必死に走ってきてどうしたの」とか言って笑ってくれ。

「時乃ッ!」

 社の中に駆け込むとそこには時乃が倒れていた。
 胸元を抑えながらぜえぜえと苦しそうな荒い息。
 知っている。俺はこの症状を知っている。そうやって苦しむ人を二人見ている。
 嘘だ。嘘だろ。嘘だと言って、笑ってくれよ。

「……翔太?」

 時乃の目が薄らと開かれる。だけど、その焦点は合ってなかった。
 それでも俺の方に伸ばされる手をしっかりと握りしめる。雨に濡れているはずなのに、嘘みたいにその手が熱い。

「時乃! 今助けるから……!」
「ダメ、だよ。翔太。帰って。翔太まで、呪われる前に……」
「そんなことできるわけないだろ! 時乃まで、失いたくないんだよ……なあ、俺に何かあったらどこからでも駆けつけてくれるんだろ? こんなところで寝てる場合じゃ……」
「大丈夫。大丈夫だよ。これからは、香子ちゃんが翔太のこと、助けてくれるから……」

 息を切らせながら時乃は近くに置いてあった試料の採取キットを俺の方に押し出す。

「違うだろ。なあ。これ持って帰って、来週は遊びに行くんだろ? だからさ、一緒に帰るぞ」
「そう、だね……どこ、行こっかな……」

 微かに開かれていた時乃の目が閉じられていく。握りしめた手の力が抜ける。

「ダメだっ、時乃!」

 ぐったりとした時乃の身体を抱き寄せる。どうする、どうすればいい。どうすれば時乃を助けられる。呪いなんてないはずだとずっと調べてきたはずなのに、こんな時に俺は無力だ。ずっと傍にいてくれた女の子ひとり救うことが出来ない。
 何でもいい。誰でもいいから助けてくれよ。都合のいい奇跡でもなんでもいい。だから、頼むよ。このまま時乃失ったら、俺は――

「助けに来たよ。宮入君」

 ガタリという音がして社の中に入ってきたのは、制服をあちこち泥だらけにした神崎だった。
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