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第1'章 この世界に足されたもの④

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 空腹の学生で混み合った購買でいくつかパンを買って、人の波から抜け出す。あとは教室に戻れば解放されると思っていたけど、なぜか神崎はそのまま校舎の外に向かおうとしていた。
 このまま神崎が教室に戻らなければ、戻ってくるのを待っている女子たちに何を言われるかわからない。呑気に外へと向かおうとする神崎の腕を慌てて掴み、とどまらせる。

「教室に戻らないのか?」
「昼休みは気分転換に教室の外でって決めてるから」

 なんだよ、それ。それならそうと教室でそう言えば購買から外まで付き合ってくれた女子もいただろう。
 いや、もしかして。初めからこれが神崎の目的だったとしたら。
 もし神崎があの教室に息苦しさを感じるというのなら、少しだけシンパシーを感じる。といっても、何だこいつっていうのが99%で、残る1%くらいの共感にすぎないけど。

「ねえ、宮入君。外でどこか落ち着いてお昼食べられるところってある?」

 神崎の手を取っていたつもりが、いつの間にか神崎に腕を握られていた。とっさに振り払いかけるけど、購買の周りには多くの生徒が行き交っていて、ここであまり目立ちたくないという気持ちが上回る。
 いつのまにか、またこうやって退路を塞がれている。

「あるけど、あまり期待すんなよ」

 そう答えて手を引っ込めると意外とあっさり解放された。なんか、俺がどんな反応をするか神崎に読まれているような気がする。そんなにわかりやすい人間でもないと思うんだけど、やっぱり俺が覚えていないだけでどこかで会ったことがあるのか。
 とにかく校舎の外に出て、グラウンドを横切り敷地の端に向かう。この辺りは色々な木々が植えられているだけで休み時間も寄り付く生徒はほとんどいない。そんな校内でも一際閑散としたエリアだけど、一歩入り込んだところにちょっと上等なベンチが据えられている。

「わあ、秘密の場所みたい!」

 神崎は瞳をキラキラとさせて早速ベンチに腰を掛ける。帰る素振りを見せようものならまた退路を塞がれそうで、諦めて最初から神崎の隣に腰掛ける。雑然とした校内の音は遠く、聞こえるのは若葉が風で揺れる音。一人になりたいときに見つけた不思議な場所だった。

「やっぱり、ここに来てよかった」

 買ってきたばかりの焼きそばパンを頬張りながら神崎がポツリと零す。

「まあ、うちの学校では珍しく静かな場所だから」

 一学年400人いるから、校舎内はどこでも大体人の声がする。そういったものから遠ざかることが出来るこの場所を見つけたのは偶然だったけど、昼休みは時々ここで時間を過ごすようにしていた。
 だけど、神崎は少し不思議そうな顔で俺を見た後、パッとそこにイタズラっぽい笑みを重ねた。

「ううん、そうじゃなくて。この学校に転校してきてよかったなって」
「この半日だけで、そこまで言い切れるのか?」

 神崎の前の学校は都会にあって、一切自然がなかったとかそういうことだろうか。
 だけど、神崎はフルフルと首を横に振って、すっと顔を寄せてきた。

「言い切れるよ。宮入君、君がいるから」

 不意に覗かせた神崎の艶っぽい表情にドキッとしてしまい、慌ててこいつは今朝いきなりタイムトラベルがどうこう聞いてきた人物だと自分に言い聞かせる。それに、神崎とは今朝初めて会ったばかりのはずで、俺がいるからなんていう言葉の意味がわからなかった。

「あのさ。俺たちって会うのは今日が初めてだよな?」
「ううん。これまでに会ったことはないよ」

 ちょっとだけ変わった言い回し。まあ、気にするほどのことでもない。

「じゃあ、なんでこんなに俺に構うんだよ。それに、なんか俺のこと知ってる感じだし」
「君が、宮入君だから」

 神崎の答えはまるで答えになっていなかった。でも、神崎はいたって真面目な顔をしていて、これ以上質問を続けても埒が明かなさそうだ。
 仕方ない。本当に神崎とこれまで会ったことがないかは別に確かめるとして、今は紙袋の中のカラリと揚がったカレーパンに集中することにする。隣の神崎も食事に集中することに決めたようで、ニコニコとしながら次のメロンパンを手に取った。

「うん、そう。きっと私の選択は、間違ってない」

 神崎の不思議な独り言を聞きながら、スパイスの香るカレーパンを飲み込んだ。
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