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その言の葉に想いを乗せて
その言の葉に想いを乗せて4
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昼よりも激しく思考がグルグルと行き交う感覚を抱えながらバイクを走らせる。雪乃さんの言葉でスピーチを起きるかどうか大きく揺らいだ。揺らいだけれども結論を出すことはできなかった。
思えば、いつもこうやって先送りにしてばかりだったのかもしれない。弁当屋が本格的に再会したらバイトをどうするかとか、家族とのこととか。無意識のうちにアクセルを強く握りしめていてバイクがググっと加速する。風を切る感覚はモヤモヤとしたものを後ろに置いていけるような気がするけど、それでは何も解決にはなっていない。
スピードが上がり過ぎそうになってアクセルを緩める。弁当屋と言の葉デリバリーの二つの看板を背負っておいて、事故とか交通違反を起こすわけにいかない。
深呼吸をする。先送りかどうかはともかく、今はバイトに集中しなければ。今日は秋江さんのところへの配達だった。
「ん、あれって……」
前方からウィンドブレーカーを着た人が走ってくる。その人は僕に気づくと片手をあげた。アクセルを緩めるとその人――道尾さんも近くで足を止める。
「よお、今から仕事か?」
「はい。道尾さんは練習中ですか?」
「まあな。今日はオフ日だから、LSDっていう長くゆっくり走る練習中」
「オフなのに走るんですか?」
「体を全く動かさないより、この方が疲労が抜けるんだよ」
道尾さんは得意げに笑いながら軽く足を振ってみせる。それから急にソワソワと視線を辺りに動かし始めた。つられて周囲を見渡してみるけど、田畑の広がる田舎道にはポツリポツリと車が走っているくらいで僕ら以外には誰もいない。
「あのさ。ちゃんと伝えられてなかったけど……ありがとな」
「えっと……?」
「冬の駅伝、選手に内定したんだ。夏頃にはこんなこと絶対に考えられなかった。お前の朗読を聞いてから、エースとかそういうのいったん全部隅っこに投げ捨てて、昔みたいに好きに走ってみようと思って、それがしっかりハマったんだと思う。きっと、お前がいなかったら、俺はまだ思うように走れないままだったはずだ」
右手で頭の後ろを書きながら道尾さんが笑う。そういえば、恭太も冬の駅伝を走れることになったと言っていた。夏の駅伝の時の二人の約束はきちんと果たされたようで、昨日からずっと不安定だった意識がじんわりと温かくなった。
「御礼なら僕じゃなくて木下さんに伝えてあげてください。僕たちは木下さんからの依頼を受けただけですから」
「あー、それなんだけどさ」
道尾さんは照れくさそうに頬をかく。またキョロキョロと誰もいない周囲を見回した。
「お前は気づいてるだろうから言うけど、冬の駅伝が終わったら、ちゃんと照乃に全部伝えようと思う。昔からずっと気になってたのに、幼馴染だからってぼやぼやしてる間にあいつに彼氏ができちまって」
自分自身に向けたような呆れ顔を浮かべる道尾さんに僕は一つ頷きを返す。
「色々悩んで、幼馴染兼チームメイトでいいやって思って一度は割り切って。でも、照乃が陸上部を辞めるってなって自分でも驚くくらいダメージ受けて。あいつがどんどん離れていく感じが嫌でたまらなくなって」
道尾さんがふっと一つ息をつく。
「照乃が彼氏を別れた時、ちゃんと自分の気持ちを自覚したんだ。手を伸ばせばいいんじゃねえかって思ったけど、チームに迷惑をかけてる状態でそんなこと許されないって思うと何もできなくなって、ますます調子が悪くなる悪循環で。今回はお前らのおかげで好きにやろうと思えたけど」
道尾さんはもう一回息をついて、力の抜けて落ち着いた笑みを浮かべる。
「いつかまたそんな風になっちまうくらいなら、今蹴りをつけちまおうと思って。駅伝終わった後ならチームにもそんなに迷惑かけないだろうし。って、突然こんな話しちまって悪いな。誰かに伝えて安心したかったのかも」
「いえ、応援してます」
傍目から見れば木下さんと道尾さんの相性は抜群のように見えるけど、恋愛とかそういう話になれば外側からだけでは見えないものもあるだろう。だけど、二人は一緒にいればお互いに必要とするものを補い合えるんじゃないかと思う。
「もしダメだったら、今度はちゃんと俺から慰めろって依頼するからよろしくな」
道尾さんは困ったように笑う。そんなことにはならないと思うけど、断言までは出来なくて同意でも否定でもない曖昧な頷きを返す。
「物語がこんなに何かを変える力をもってるなんて思ってなかった。信じてないやつを変えちまうんだから大したものだよ」
「変われたのは道尾さん自身の力ですよ」
道尾さんを変えたはずの僕は自分を変えられないでいるんです。そんな言葉は飲み込んだ。
「ありがとな。でも、一番難しいのは止まっているところから動き出すところだと思うんだ。現実と一緒でそこが一番エネルギーが必要でさ。だから、背中を押してくれたことは本当に感謝してる」
そこまで言って道尾さんはまた照れくさそうに頭をかいた。
「仕事中に引き留めて悪いな。この前は照乃がいたから話しにくかったけど、いつかちゃんとお礼を言いたかったんだ」
じゃあ、と軽く手を振って道尾さんは再び走り出した。ゆっくり走ると言いながらあっという間に小さくなる道尾さんをしばらく見送って、僕もアクセルを握りしめる。
動き出すところが一番エネルギーがいる。本当にその通りだ。何かを先送りにするということはそれだけのエネルギーがないか、エネルギーをかけても徒労に終わることを恐れるってことなのかもしれない。
アクセルを回すと緩やかにバイクが走り出す。雪乃さんの言うことがその通りなら、兄からの提案は紛れもないきっかけだ。だけど、僕は走り出していいのか未だに怖がったままでいる。
思えば、いつもこうやって先送りにしてばかりだったのかもしれない。弁当屋が本格的に再会したらバイトをどうするかとか、家族とのこととか。無意識のうちにアクセルを強く握りしめていてバイクがググっと加速する。風を切る感覚はモヤモヤとしたものを後ろに置いていけるような気がするけど、それでは何も解決にはなっていない。
スピードが上がり過ぎそうになってアクセルを緩める。弁当屋と言の葉デリバリーの二つの看板を背負っておいて、事故とか交通違反を起こすわけにいかない。
深呼吸をする。先送りかどうかはともかく、今はバイトに集中しなければ。今日は秋江さんのところへの配達だった。
「ん、あれって……」
前方からウィンドブレーカーを着た人が走ってくる。その人は僕に気づくと片手をあげた。アクセルを緩めるとその人――道尾さんも近くで足を止める。
「よお、今から仕事か?」
「はい。道尾さんは練習中ですか?」
「まあな。今日はオフ日だから、LSDっていう長くゆっくり走る練習中」
「オフなのに走るんですか?」
「体を全く動かさないより、この方が疲労が抜けるんだよ」
道尾さんは得意げに笑いながら軽く足を振ってみせる。それから急にソワソワと視線を辺りに動かし始めた。つられて周囲を見渡してみるけど、田畑の広がる田舎道にはポツリポツリと車が走っているくらいで僕ら以外には誰もいない。
「あのさ。ちゃんと伝えられてなかったけど……ありがとな」
「えっと……?」
「冬の駅伝、選手に内定したんだ。夏頃にはこんなこと絶対に考えられなかった。お前の朗読を聞いてから、エースとかそういうのいったん全部隅っこに投げ捨てて、昔みたいに好きに走ってみようと思って、それがしっかりハマったんだと思う。きっと、お前がいなかったら、俺はまだ思うように走れないままだったはずだ」
右手で頭の後ろを書きながら道尾さんが笑う。そういえば、恭太も冬の駅伝を走れることになったと言っていた。夏の駅伝の時の二人の約束はきちんと果たされたようで、昨日からずっと不安定だった意識がじんわりと温かくなった。
「御礼なら僕じゃなくて木下さんに伝えてあげてください。僕たちは木下さんからの依頼を受けただけですから」
「あー、それなんだけどさ」
道尾さんは照れくさそうに頬をかく。またキョロキョロと誰もいない周囲を見回した。
「お前は気づいてるだろうから言うけど、冬の駅伝が終わったら、ちゃんと照乃に全部伝えようと思う。昔からずっと気になってたのに、幼馴染だからってぼやぼやしてる間にあいつに彼氏ができちまって」
自分自身に向けたような呆れ顔を浮かべる道尾さんに僕は一つ頷きを返す。
「色々悩んで、幼馴染兼チームメイトでいいやって思って一度は割り切って。でも、照乃が陸上部を辞めるってなって自分でも驚くくらいダメージ受けて。あいつがどんどん離れていく感じが嫌でたまらなくなって」
道尾さんがふっと一つ息をつく。
「照乃が彼氏を別れた時、ちゃんと自分の気持ちを自覚したんだ。手を伸ばせばいいんじゃねえかって思ったけど、チームに迷惑をかけてる状態でそんなこと許されないって思うと何もできなくなって、ますます調子が悪くなる悪循環で。今回はお前らのおかげで好きにやろうと思えたけど」
道尾さんはもう一回息をついて、力の抜けて落ち着いた笑みを浮かべる。
「いつかまたそんな風になっちまうくらいなら、今蹴りをつけちまおうと思って。駅伝終わった後ならチームにもそんなに迷惑かけないだろうし。って、突然こんな話しちまって悪いな。誰かに伝えて安心したかったのかも」
「いえ、応援してます」
傍目から見れば木下さんと道尾さんの相性は抜群のように見えるけど、恋愛とかそういう話になれば外側からだけでは見えないものもあるだろう。だけど、二人は一緒にいればお互いに必要とするものを補い合えるんじゃないかと思う。
「もしダメだったら、今度はちゃんと俺から慰めろって依頼するからよろしくな」
道尾さんは困ったように笑う。そんなことにはならないと思うけど、断言までは出来なくて同意でも否定でもない曖昧な頷きを返す。
「物語がこんなに何かを変える力をもってるなんて思ってなかった。信じてないやつを変えちまうんだから大したものだよ」
「変われたのは道尾さん自身の力ですよ」
道尾さんを変えたはずの僕は自分を変えられないでいるんです。そんな言葉は飲み込んだ。
「ありがとな。でも、一番難しいのは止まっているところから動き出すところだと思うんだ。現実と一緒でそこが一番エネルギーが必要でさ。だから、背中を押してくれたことは本当に感謝してる」
そこまで言って道尾さんはまた照れくさそうに頭をかいた。
「仕事中に引き留めて悪いな。この前は照乃がいたから話しにくかったけど、いつかちゃんとお礼を言いたかったんだ」
じゃあ、と軽く手を振って道尾さんは再び走り出した。ゆっくり走ると言いながらあっという間に小さくなる道尾さんをしばらく見送って、僕もアクセルを握りしめる。
動き出すところが一番エネルギーがいる。本当にその通りだ。何かを先送りにするということはそれだけのエネルギーがないか、エネルギーをかけても徒労に終わることを恐れるってことなのかもしれない。
アクセルを回すと緩やかにバイクが走り出す。雪乃さんの言うことがその通りなら、兄からの提案は紛れもないきっかけだ。だけど、僕は走り出していいのか未だに怖がったままでいる。
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