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センサリースペースの素描
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飛車八号の船内には居住区があり、商業区があり、農場区があり、工場区がある。全体的には、地球に現存する有名なテーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンと同じくらい広いらしい。通常人の立ち入れない自然保護区もあり、それは船内のスペースの約三割を占めている。土があり、遊歩道があり、草花があり、ちょっとした森と湖があり、モンシロチョウやヒキガエルやアユやカワセミやクロウサギなんかが棲まわされいる。
ぼくはロボットポリスのゴエモンとサノスケに挟まれ、それぞれに左右の手を引かれながら、歩きで欅や楓の群生する小道をくぐった。船尾の森の奥の奥は、学習センターの中庭のように小さく開けていて、外壁コンクリ打ちっぱなしのアパートみたいな隔離棟がある。そこでゴエモンが優しげに「きっとすぐ帰れるサ」と言った。サノスケは無言で二〇一号室のドアの鍵を開けた。どちらかがぼくの背中をそっと押し、どちらかが再び鍵をかけた。
「ワオ。スマートロックって感じ」
内装はほとんど説明不要なほど古典的な独房だった。建築デザイナーのやる気は微塵も伝わらない。ただ清潔感はある。もしかしたらまだ誰にも使われていない部屋。
「ふん。いくらアンドロイドで問題児だからといっても未成年をこんな風に閉じ込めるのは教育上よくないね。悲劇的に扱われるのは、期待される展開に好材料なのだけどさ」
連行される間に可愛い子ぶって、どんぐりを拾わせてもらった。わーい、おっきなどんぐりみっけ! あれ触りたい拾いたい、ねえ、一つくらい良いじゃんって。護送中の規則では許されないはずで、まあ普通のロボットポリスたちは大目に見てくれない。でも彼らにはレコーダーが付いていて、それが中立母星振興市の管轄であるポリスステーションとライブで繋がっている。ステーション経由で市長のアンジェリナにも映像が届いている可能性は極めて高い。飛車八号のためにあるこの次代の舵取り候補ハルカドットオムがおかしくなるのは彼らにとって深刻な不測の事態であるから、相当高位の権限を持つ誰かが見張っていたはず。ぼくが子供らしく振る舞うことは船内に増えつつある子供たちの情操に大きなメリットを与える、言わば一種の模範と考えられてきたようだし、単に一人の子供のリアルな在り方として(まあ、アンドロイドなんだけど)微笑ましく思われている。これ以上派手に反抗されたくはないとも思われ、ある意味恐れられてもいる。
ゴエモンとサノスケが「だめだ」と判断する前にOK信号は打たれたのだろう。ささやかなどんぐり一つ拾うだけだ。それでこのぼくちゃんの心が少し安定しそうならば希望を受け入れる方が利口だろうってわけで、ぬるくジャッジされると思われた。お互いの利害が一致する以上、無闇にぼくをしめつける意味はない。
一方、隔離棟の二〇一号室内は監視されていなかった。ロボット人権法には二十世紀の天才クリエイター手塚治虫の生み出した名作、アトムの理念が如実に反映されている。よほど危険なことをしなければ、たとえ拘束中の被疑者少年がアンドロイドであっても、ほぼ人間同様に最低限のプライバシーは守られる。まともな人々は基本的にテクノロジーの産物との共存を望んでいるし、なんかかわいそうな人工知能には同情するし、人間への反感を強化するような抑圧なんかできないのだ。
ところでその拾ったどんぐりには、ミスターポールの指紋とかすかな唾液の匂いが残っていた。森の中や湖の水底だと見過ごしただろうが、ここへ来る通り道のど真ん中に落ちていたので、それはさすがにぼくの視力と嗅覚の性能で気付く。ぼくはベルから飛車八号のアーカイブにアクセスする権限を与えられている。ミスターポールの生体データはアーカイブに保存されていて、ぼくのメモリーにもそのコピーデータをダウンロードしている。反射的に、これはただのどんぐりであろうはずがない、と思えた。だからお遊戯っぽい猿芝居をしてまで、駄々をこねてみたわけである。
便器に座って真っ白の天井を見上げるとちょっとチェ・ゲバラになった気がした。ぴちゃん、と水の漏れる音がした。
「初めて見るタイプのカプセルだ。電波反応なし。爆発の可能性はほぼゼロ。アナログってやつだな。かじって開けろってか。中身は……ぼくへのファンレターの可能性、小。作戦に関する暗号文書の可能性、大」
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