12 / 16
成長期のAらしい暗算の仕方
しおりを挟む★
権利と言えるだろう。
義務とも言えるだろう。
プライバシー保護法。A条の一。二〇二六年改正。
『なんぴとも理由の如何に関わらず、個人が自主的に守ろうとする秘密を暴いてはならず、また暴こうとしてはならない。ただし、成人もしくは成人と認定された未成年者のうちの、業務上透明性を欠かせない類いの秘密については、この限りではない』
(*注釈。宇宙領域での成人認定に要する手続きは、未成年者本人が希望を申告する場合のみ中立母星振興市の業務局にて個別審査を行う。同局は簡易裁判所と協議した上で成人認定の必要性の有無を決定する)
・・・
三年制の学習センターにはセンター生だけが使える投稿ボードを実装した学内アプリケーションがあり、利用者はそれぞれ任意のアカウントネームを持てる。そういうことはもちろん大人たちも知っている。
けれど、実際どの子がどんな別名を使っているかなんて、大人は知りようがない(いくつになっても学習センターを卒業できなくてみんなから子供扱いされ続けている、ミスターポールみたいな自他共に認められる永遠の少年だけは除くとして)。
個人にしろ企業にしろ国家にしろ、人が秘密にしておきたいと意識する情報は、その秘密に関わる者同士で守り合いましょう。それが現代のグローバルスタンダード的な考え方だ。
たとえば、ぼくの識別名称であるharuka.omとアカウントネームのアンバーは、ぼくが後者をセンターの外部へ公開するまで、飛車八号の情報検索機能をもってしてもまったく紐づかなかった(秘密情報と判別されるデータはウェブ上に解放しないプログラムが働く)。
識別名称とアカウントネームの組み合わせ、それ自体が学習センターの投稿アプリへログインするためのパスワードでもある。第三者の所有する端末からその手順でログインしようとすると、その時点で法令を破った証拠が残り、即座にブロックシステムや自動通報システムも起動する。
船内コロニーにいくつか存在するアプリケーションの中でも、学習センターが採用した情報防護システムは特別強靭だ。地球の暗号通貨であるビットコインの仕組みに少し似ていて、サトシ・ナカモトみたいな匿名の技術者が設計したと言われている。
さて、ちまたの話題はさておき、どんぐり問題だ。
ミスターポールの(連行される途中、わざと)落としたどんぐり型のカプセルには、しわくちゃの紙切れを何枚も重ねて作った団子のような物が入っていた。
複数枚の手書きのメモを、マトリョーシカみたいな入れ子構造にしていたというわけだ。
その一枚一枚に記載された情報はそれぞれ単体だと一見したところ何の意味もなさない、アルファベットや数字や記号のランダムな羅列だった。
しかし子供だけがわかる法則にしたがってそれらメモの並びを整えれば、希望的かつ様々なメッセージがこれでもかという程わかりやすく詰まっていたと気付く。
伝達用暗号の作成をする上でクローズドコミュニティのメンバーの固有名を応用するアイデアは、シンプルだが有効なセキュリティ対策だと言えそう。
センター生で大人たちから嫌われそうな投稿を披露しようなんて思う奇特な子はこれまでぼく以外いなかったから、複数の名称と固有名の照合で開くロックはセンター生だけに解析できる連鎖式暗号になる。
ミスターポールと同じかそれに近いタイプの暗号作成センスを持っていれば案外すぐ解けるのだ、と考えられる。
「ほんとかなあ」
それじゃ簡単すぎるかもしれない。それで浮かび上がる程度の情報はちょっと信用ならない。簡単すぎて希望的というには古典的すぎるし、これは迷彩でミスリードじゃないか? とぼくは思った。
どんぐりに唾液の匂いをつけた意味は、ここにないのか?
そこで、はっとした。
「眉唾ものだ。一度疑えという」
ポールが何か伝えようとしているのは誰かというと、ぼくだった。ぼくにしか解析できないB面の解も仕込まれているはずで……いや、もう一人ありえた。ベル・エムもだ。
ポールはぼくたち二名のうちの、どちらかに伝われば成功だと思っている。学習センターのメンバーの名称とアカウント名の組み合わせ、それはとっかかりのヒントに過ぎず、本題に含まれない。
ハルカドットオムとベル・エム、それぞれの実名称、または実名が、どんぐり暗号を解くための第一キーであると仮定すると。第二、第三の鍵は、第一キーからマトリョーシカ的なマトリックス思考法から導き出されそうだ。
ベルは棋士時代から博士時代に至るまでメディアには本名を公開していなかった。ベルの本名を知る者なんて、船内中を探してもそうはいない(当の本人は地球にいるし)。
飛車八号搭乗以前にベルを取材しまくっていた元記者のミスターポールと、ベルとのダイレクトコミュニケーションをしてきたぼく、そのほかの人物は考えられない。
「ハルカドットオムはアンバー、ベル・エム・サトナカは里中すずみ、まずはこれがキーのコアになるかな」
たぶん通る気がする。勘だと、こっちだ。ポールはアンバーやベルが考えやすい方法で解けるキーを、構築していたはずだろうから。
「よし。ここから、ポールの唾液とどんぐりのDNA情報とをクロスするならば、こう、天に唾を吐くように、えーと、下から上だな、偉そうに、ペッて感じで……あ! 漢字は二つだけで、カタカナはいち、にい、さん、しい、中略、ひらがなは、三文字だから。中点はレゴの要領だ、純粋にブロックで遊ぶように。それでいよいよ取り出したります、この種も仕掛けもなさそうなどんぐり生まれのメモたちを、外側からじゃなくて包み込まれた時間軸に従って内側にあった順から重ねましょう、そうすると、お! そうしたら!? おおお!! わーい、解ける解けるー。なんかしらんけど解けてきたぜー、ふははは」
業務上の秘密ではないベルの秘密の実名を暗号に使ったポール。それを解析するぼく。どっちも、誰かにばれたら明らかにプライバシー保護法違反だった。でもどっちにしろ二人共すでに捕まっているんだから、そんなの大した問題じゃない状況だったんだ。
「しかしさすが、ぼくだ。コナン・ドイルより、ミスターチルドレンより、かっこいい。るんるん」
機嫌は平手の将棋で初めてベルに二連勝した時くらい上々だった。
そしてその後は、ちょっと辛い現実を伝えられそうな連想=予感。
解析には成功したが、それで読み取れるテキストの主題が、なんと「遺書」だ。
「遺書か……よいしょ! って気持ちで書いたのかい? 世のため、人のために」
★
20
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
法術省 特務公安課 ‐第0章‐『法術概論』
秋山武々
SF
ー2045年、誰でも魔法使いになれる日常が訪れるー
※この章は本編へ繋がる補完的物語です。
2020年、大気圏上での二つの隕石の衝突。人類は世界の終末を迎えようとしていたが、衝突した隕石は地球に衝突することなく散開。最小限の災害で事なきを得る。
それ以降、世界各地で火、水、風、地などの自然現象を意図的に発生させることが可能な人間、謂わゆる超常現象と呼ばれていた非科学的且つ説明不可能の現象を創造できる人間が増加していく。
国連は人間が発生させる、もしくはその事象に関連する行為・行動を「法術」と規定し、該当する人間を強制的に保護観察下に置いていくが、人権を求めた者や法術を悪用したテロリストは様々な法術事件を発生させ、国連への反発と批判は高まってしまったことで後に三大法術事件が起きてしまう。
人間の体内に法術に関連する細胞が存在することが発表され、全人類に遺伝子IDの発行と登録の義務化がされたことで各国での法術を利用した犯罪は抑止され鎮静化を迎えた。
2040年以降、世界は法術が日常となりつつあり、今や国の産業となっている。
先進国は法術利用に重点を置いた産業開発、資源開発、軍事開発に国の財を投資するようになっていた。
国内では官公庁に新たに法術省が新設され、以前までの官公庁の業務や事案にですら間接的に関与することが許可され、法術が国家に不可欠なものになっていた。
法術をデジタル化し、素質など関係なく適正さえあれば誰でもダウンロードができ、人生を豊かにできる。
世界では法術ダウンロード可決への賛否が騒がれていた。
人が魔法を使う。そんな話はもはや空想の話ではなくなっている。
しかし、法術犯罪も凶悪化の一途を辿るのだった。
法術省特務公安課の磐城は法術テロの被害者であり、弟を昏睡状態にさせたテロの重要参考人である「ブラックグローブ」を日々追い求めていた。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ヒト・カタ・ヒト・ヒラ
さんかいきょー
SF
悪堕ち女神と、物語を終えた主人公たちと、始末を忘れた厄介事たちのお話。
2~5メートル級非人型ロボット多目。ちょっぴり辛口ライトSF近現代伝奇。
アクセルというのは、踏むためにあるのです。
この小説、ダイナミッ〇プロの漫画のキャラみたいな目(◎◎)をした登場人物、多いわよ?
第一章:闇に染まった太陽の女神、少年と出会うのこと(vs悪堕ち少女)
第二章:戦闘機械竜vsワイバーンゴーレム、夜天燃ゆるティラノ・ファイナルウォーズのこと(vsメカ恐竜)
第三章:かつて物語の主人公だった元ヒーローと元ヒロイン、めぐりあいのこと(vsカブトムシ怪人&JK忍者)
第四章:70年で出来る!近代国家乗っ取り方法のこと/神様の作りかた、壊しかたのこと(vs国家権力)
第五章:三ヶ月でやれる!現代国家破壊のこと(vs国家権力&人造神)
シリーズ構成済。全五章+短編一章にて完結
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
父(とと)さん 母(かか)さん 求めたし
佐倉 蘭
歴史・時代
★第10回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
ある日、丑丸(うしまる)の父親が流行病でこの世を去った。
貧乏裏店(長屋)暮らしゆえ、家守(大家)のツケでなんとか弔いを終えたと思いきや……
脱藩浪人だった父親が江戸に出てきてから知り合い夫婦(めおと)となった母親が、裏店の連中がなけなしの金を叩いて出し合った線香代(香典)をすべて持って夜逃げした。
齢八つにして丑丸はたった一人、無一文で残された——
※「今宵は遣らずの雨」 「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる