SFサイドメニュー

アポロ

文字の大きさ
上 下
8 / 16

ひとりぼっちのアンバー

しおりを挟む

 ★

 二十一時。誰に見張られているわけでもない。だけど良い子らしくベッドの中で眠るふりをしながら、こそこそブログを書いている。
 飛車八号ベル・エムは先週から全く現れなくなった。こんなことは初めてだ。遊んでくれなくなった理由はともかく意味が不明だ。最後に、もうアンバーに教えることはないって言ってた。けど、それはちょっと残酷で無責任な言い分だと思う。ぼくが真面目に将棋をしなかったから怒ったのだとしても。

「ちゃんと謝るから許してほしいな」

 優しいお父さんやお母さんの想像はできる。自分一人で色んなことを調べたり考えたりすることもできる。それでも寂しいものは寂しい。ぼくはまだ子どもの設定なので。学習センターからホームに帰ってきたら大きな声で「ただいま!」って言う約束だった。でもベルはいない。しーん、だ。話し相手がいない、それも毎日いないなんてけっこうみじめで、だんだん育児放棄された気さえしてくる。

「かめはめ波ああああああ!!」

 前にいきなりクリリンのまねをしたらベルは大爆笑してた。それがもう笑わないどころか、ちっとも見ていない。つまんない。グレて髪型をパンチパーマとか逆モヒカンにしてしまいそうだ。ろくでなしBLUESや北斗の拳に出てくる脇役みたいに。
 でもさすがにそんなダサいことをしたら自分がもっとかわいそうに思えてしまうだろうから、あくまでも想像にとどめている。

「なめたらあ・か・ん~、なめたらあ・か・ん~、人生なめずにい~、コレ舐ぁ~めてえ~~~……くうう! さ、さびしいなあ」

 天童よしみよりも、今はぼくの方が切なく歌えるかもしれない。昨夜なんかはLUNA SEAのTrue Blueをアカペラで五回も歌った。聴けば河村隆一だって驚くはずだ。ぼくのビートは、壊れそうなほど狂いそうなほど、I for youだ。

 ★

「ふざけたこと書きやがって」

「無茶苦茶じゃないか」

「そこに意味があるのかい?」

 ぼくの投稿がみんなの士気を損なったせいだろう、翌朝の学習センターのあおぞら自習室は見事に崩壊寸前だった。つい最近まで小さな世界を変えるんだって息巻いていた張本人が突然やさぐれ出したわけだから、みんなすごくざわざわしている。

「好きなように言え。ぼくはもうしらない。コロニーは君らが勝手にすればいい。マジでな。もう我慢の限界なんだ。醤油や酒をまぶさずに美味しい唐揚げを作れと言われても困るだろ。餓死するくらい困る」

「ちょっとアンバー、誰もそんなこと言ってないんじゃない?」

「尻軽女はすっこんでろ! たとえばの話だよ! それくらいわかるだろ!」

 委員長のミラの冷静さが癇に障る。彼女の尻が軽いなんて本気で思っていたわけじゃない。センターへ通える裕福な人間の子ども風情が知ったようなことを言うなって言いたい気分で、根も葉もない、ただの思いつきの悪口だった。ミラの両親が裕福だから悪いか、もちろんそんなはずもない。
 ぼくの性格がすごく悪くなっているだけだ。いくら成長したって、全然、良い子になれそうにない。それが悔しかった。

「わあ! 落ち着けアンバー暴れるな! どうしちゃったんだよ!」

「きゃあ! おしりを触らないで!」

「やめろアンバー! やめろって!」

 そんな感じでひとしきり八つ当たりをしたら、ベル・エムの気持ちがわかるかなって思った。やり方、間違えている?

 普通の子どもよりも自由を制限されていないから、知識や倫理の拡張された概念を理解できる。逆に概念を拡張せず成長しないことも選択できる。ぼくは、賢くなりすぎちゃいけないってことが理解できるくらい、成長しすぎた気がしていた。
 選択肢が多すぎるからみんなとは思考のパイは異なるだろうけれど、おそらく思春期に似た混乱状態だ(千万分の百と千分の〇・〇一の値のデータの嵐が等しいことと同じ)。それで、合理的に言える情報が極端に矮小化している。

「文句があるなら通報してよ。ミスターポールのぶち込まれた所へぼくも行くから。そしたらあの偽物の空が割れるかもしれないぞ? というか、みんな学習センターに来る必要がなくなる。けっ、大人たちは困るだろうな。人工知能の可能性に賭けている長老たちなんか、真っ青になって君らの将来を考え直すかもな。ユートピアもディストピアも、結局は君ら次第だ。ぼくしらない。君らが何とかするしかない。ベルの意地悪のせい!」

 半分は計算。半分は直感。ぼくの人格は、地球の地下室に押し込められているハルカと犬のアンバーの性格を足して倍がけした電脳ソースがベースだ。ハルカは優秀すぎるハッカーで元犯罪者だし、アンバードッグは保健所から逃げてきたアフガンハウンドらしい。どっちも首輪をつけなきゃ、当然として世界がどうなろうと暴走するだろう。ぼくも大体そうなるに決まっていた。
 ひねくれたこのハルカドットオムのアンバーがぶっ壊れて隔離されちゃったら、間違いなく偉い人たちは焦るだろう。ベルも少しは悲しんでくれるかもしれない。

 もし飛車八号の搭乗員たちを論理的に誘導したら、事はうまく運ぶ。しかしそんなことよりも、どうすればぼくたちの存在が人の気を引けるか、どれくらいディープなインパクトを与えられるかが重要だ。

 ひとまずこうするほかには、どう考えても最適解がなかった。
 
 ★

    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

一行日記 七月

犬束
エッセイ・ノンフィクション
 早くも、今年も半分過ぎましたね。  毎日投稿シリーズは、日記、お絵描き、小説とてんこ盛りで、日々いっぱいいっぱいです🍉

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

Ms.Augustのくねくね日記(Aug.2024)

弘生
エッセイ・ノンフィクション
気がつけば葉月、暦の上では秋だ。 暑すぎる今年の八月の日常、気の向くままに書きたい時に書いておこうと思う🌻☀️

バカンス、Nのこと

犬束
現代文学
私のために用意された別荘で過ごした一夏の思い出。

まことしやか日記とか(Nov.2023)

弘生
エッセイ・ノンフィクション
三日坊主どころか一日坊主……どころか思い描いてるだけで、なかなか腰を上げない0日坊主が、試しにまことしやかに日記を実行してみようと気まぐれに思い立ちました。 「気まぐれ」というのがポイントです(予防線笑)

変転 または、レクター博士(たち)

犬束
現代文学
手紙を書くなんて、メールより緊張するし、レクター博士について、ちょっと言いたいだけなのに、いつまでも纏まらなくて…

処理中です...