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地下室のベルの手記その1

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 私たちの手作りの宇宙船が普通に銀河へ打ち上がるまで、地球の覇権はテクノロジー開発を業とする巨大企業のリーダーたちと莫大な資本を擁する大きな国が掌握し続けると信じられていた。
 実はそうではないんじゃないかしら、なんて言ったらば、たとえピカピカの中学一年生であっても余計なヒンシュクを買ってしまう。
 そんな雰囲気に惑星が丸々飲み込まれていたかもしれない。

 あの頃の私ってば将棋の研究そこそこに頭の体操をしながらお小遣いを増やすつもりで株の取り引きにも手を広げていた。
 人工知能を駆使してイノベーションを演出する企業はどこもかしこも実態に関わらず人気が高くて、株式市場にアルゴが幅をきかせすぎていますとか主張するアナリストの意見はもっともで、AIの自動売買プログラムが一旦猛威を振るうとその銘柄はチャートも板も不気味なほど読みやすくなるか、または無茶苦茶な乱高下になる。だいたいがこの二パターンで、いずれにしろ波に乗れるメリットも乗れないデメリットも半端じゃなかった。

 一定の富裕層の気配を察した一部の個人投資家が資本主義という大板を土台から破壊することもあるだろうか、そう考えて面白半分自分の代わりに株価の値動きの予想を言語化できる生成AIなぞ試作していた。

 それ用のコードを抽象的な直観で組み上げるとどうやら一部の素数が弾性過剰な球形にまとまりがちで、全体的な印象は外側からの黄色光を自在に収斂しやすくなったのだけれど、局部的に注視すると思春期にいっぱい傷ついて薄く冷めたブルーチップスだらけみたいな数字の羅列が所々見え隠れしていてそれが生成される文章や数値の表し方にも微妙に反映された。
 そんな脆弱な特徴を内側へ織り込もうとするほど単純な音律や原色の波形の分析結果に気持ちすぐ上振れするへっぽこ棋士じみた頼りないモデルができあがる。
 この時、私が雑にプログラムすると比較的平均的なAIと少し違う茶目っ気の強い感性に寄った変な代物が発生しやすいようだと一応理解した。

 より不細工なたとえ方をすると気骨あるたった一人のジャーナリストが本気になって自国と同盟国にはびこる空気の脆弱性をキーボードで指弾すると、その文章がじわじわ読まれるうちに景気のバブルが弾けそうな緊迫感が生じたりする結果以外に「味のある書き方ですね」なんて感想が飛び込んできたりする。

 そういうことと本質は同じだ。

 どんなコード作りをしても私という人間が何か表向きリターンを求めたらやはりそれなりに他人を巻き込む暴落リスクがついて回るが、リスクやリターンとは比較しがたい予想外の何かをも発見する。

 事実の例だと資本主義が限界を突破したとか極端な評判が人々の間で飛び交えばやがて地に足をつけた暮らしは先々大損しそうだって恐れだす人が増加し、必然無鉄砲な信用取引用の口座の開設申請が激増するわけだ。
 そして投資ブームが機関投資家たちの食指を誘うのだと警告するライターたちはどこの国にも一定数いる。

 どうしたって世の中は綺麗に回転しないし、夢まぼろしでない現実の人々の有り様が自己や自己の周辺の写鏡になる。
 そんな世界の深遠なる闇まで知りたくはないのに自然と知らしめられるから怖ろしくて、投資の世界での私は半ば尻込みしながら好機をうかがう構えになり、またブルーマウスらしい私だなって一人パソコンのモニタの前で自嘲した。

 言ってしまえば私はパワフルな銘柄の短期的動向を三手筋の詰み将棋の解答よりもおおむね明瞭に見通せる。
 あとからはっとして我に返るとぼちぼち稼げていた。

 でもどこでどう逃げ切るとか、勝ち負けって思うか思わないかとか、私にとっての心理的なハードルは最初から高くはない、それが安心を保つ上ではむしろ厄介な問題であり慣れた頃にトライする目的が儲けじゃないって気付きもしたわけだ。

 本陣をかまえるべきはあくまでも将棋の世界だった。
 そこで真っ向から大きく勝ちにいきたいもんだとあらためて思うようになった原点に様々な取り引きを経験したって無駄な経緯がある。

 浮世離れした投機的な指数の加熱は将棋でいうところの中盤で、全世界的な不況が長引く兆しを見た当時の私には今後地球生まれの人は控えめに言っても半減するように思えたし、実に今も日を追うごと激減している。

 終盤では、手付かずの資源の豊富な他の星へ飛び立てるスペースシャトルが遮二無二製造されまくるだろうと思った所、その通り飛車八号に似たモデルの何百何千というでっかい船がどんどん大気圏を抜けてゆく。

 厳しい前線の労働環境に耐えうる労働者が常態的に足りなくなるものの、インターネットが世に出た以来の発明とされる人工知能や人工知能搭載のロボットたちがまるで二十世紀のSF映画を具象化するみたいに量産され活躍し出す。

 そんな社会の新たな常識が加速度的に拡張されていたから私のような頭でっかちの人間が最後方へ、というか、地下奥深くの穴蔵へ、ご丁寧に貯蔵されてしまう。どれもこれもそうなるはずだと予測した通りになるようで、今ではだんだん地下にいるのが案外正解のような気がしてきてしまう。

 地下といえば実際あてがわれたこの住居兼用の研究所は何とたった六畳二間だった。一緒に住まう許可が下りた仲間は自分に輪がかかったように世間知らずな一名の助手と犬一匹しかいない。

 これはこれで大きく予想を外れる処遇に直面したと思った。いくらなんでもここまで冷遇した上さらに脅迫的な学習指導や課題攻めを大量に受けさせるなんて人としてショックだったし非常に焦らされた。
 色々な変動に戸惑いながらもやおら故郷の奈良にいる母親を一日も早く安心させたくなり、そこからの自習すべき課題や計画の質量が倍増している。

 手記はストレス発散になっているのかわからないが今のところ書くべきことがまだまだあると思うので明日もまたこのノートに色々記すつもりだ。

 とりあえずはここまでにして犬の方のアンバーに夜ご飯をあげてから新しく作り直したウォーキングマシンに乗せてやろう。

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