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はじまり

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それは、夜明け近くの出来事だった。
朝の太陽が夜の闇を追いかけ、追いつき、空が真っ赤に染め上がっていく中、その家の戸は叩かれた。
元Sランク冒険者であるレオンは、そんな小さな物音にも飛び起きた。
例えどれほど僅かな人の気配と物音であったとしても、それらに常に敏感であることは有能な冒険者の必須能力なのである。
今現在、レオンが隠居生活の如く日々をのうのうと暮らしていたとしても、その敵策能力が衰えるにはまだまだ時間がかかるだろう。
ベッドから飛び起きたレオンは、視線を鋭く尖らせると、まずは自らの寝室内の安全を確保した。生憎、彼の眠りはいつだって浅いものであったし、物音に飛び起きる経験も豊富であった。
つまるところ、彼はベッドから飛び起きたその時点において、完全に目が覚めており、さらには俊敏に動く機敏さも、状況判断を行う冷静さも持ち合わせていたのだ。
故に、例え物音が階下の玄関口から聞こえてきたものであったとしても、そしてその音が戸を叩くものであったとしても、必ずしも寝室に危険が潜んでいない訳ではない、ということを過去の幾重もの経験から彼は知っていたのである。
レオンは枕元に忍ばせてあった小型のナイフを手に取り、そろりそろりと足音ひとつたてることなく、一階二階共に各部屋の無人を確認した。その後でようやく、音のした玄関口へと足を向けたのであった。
その間にも、幾度か戸を叩く音がしていたため、レオンは来訪者に何の悪意もないことを半ば確信はしていた。
そもそも、だ。
彼がここまで用心深くなる理由は幾つかあった。
第一に、音のした時間が夜明け早々であること。こんな時間に普通の人は他人の家の扉を叩いたりはしない。
次に、レオンが元々Sランクの冒険者であったことも関係している。元Sランク冒険者であるということは、冒険者の中でも最高ランクの者だということだ。
得てして、レオンは同じ冒険者仲間から羨まれることも、尊敬されることもあった。また、その一方で時には同業者の獲物を搔っ攫ってしまったこともあった。
つまり、元Sランク冒険者というものは、良くも悪くも誰かに狙われやすい存在なのである。
そして、最後に。これが一番大きな理由となるわけだが、レオンが今住んでいる場所に関係していた。
彼は今、没落した貴族の廃屋に住んでいたのだ。
それも周辺は森ばかりで、森の中に隠れるように屋敷は建っていた。聞くところによると、前の持ち主は自らの愛人をここに匿っていたのだとか。
王都から離れたところで、揉め事もなく平凡に隠居生活を満喫したいと言ったレオンの願いを聞き入れて、国王が自ら用意してくれたのだ。
レオンとしては、こじんまりとした小屋でもよかったのだが、王曰く、「元Sランク冒険者としてこの国に貢献してくれた君をぞんざいに扱うことなどできないだろう? ましてや、そんなことをしたら君を慕っている冒険者やギルド、ひいては君に救われた民たちが僕にどんな仕打ちをしてくることか……」
そう言われてしまえば、特に反乱を起こしたくないレオンとしては、厄介事になど引退してまで巻き込まれたくない、とおとなしく従う他なかったのである。とは言え、曲がりなりにも貴族の館である。
それも、田舎に半分野放しにされていたのだ。盗賊、山賊、盗人たちの犯罪の温床になっている可能性もあった。
幸いにして、前の持ち主が没落してから日が浅かったこともあり、レオンが来た時には特別何かが漁られていたり、誰かが住んでいたりした形跡はなかった。
しかし、高価な銀食器や家具、彫刻品、絵画など不届き者が狙いたいであろう高価な品がこの館には多く存在していた。
国王としては、この館の護衛、管理も見越しての采配だったであろうことに、レオンは肩をすくめた。
筋肉と力ばかりの自分には到底真似のできない、頭の回転力なのだから。
とにもかくにも、そういった様々な理由から、レオンは警戒を怠らなかった。扉の向こうにいるのは、自分のことを恨んだ元同業者か、金銀を狙った盗っ人か――――。
どちらにせよ、律儀な客人であることには違いない。
レオンは息を殺して、扉を開けた。
するとそこには、一人の幼女と人の型をした巨大な土の塊(ゴーレム)が所在無さげに立っていた。
一瞬の沈黙の後、幼女が不安な瞳を揺らしながら、一通の手紙を差し出してきた。おもむろにレオンはその手紙を受け取った。
そして、レオンの手に紙が触れた途端、彼は全てを理解した。その紙が実の姉エレナによって書かれたものだということに。
彼女の魔力が直接手紙からレオンの中に流れ込んできたからだった。
禍々しい漆黒のオーラが渦巻いているにもかかわらず、はっとするほど清々しい魔力はエレナのものに違いなかった。
それは、彼女が平民の身でありながらも自ら忌み嫌われる魔女の道へと己が欲望のまま、突き進んだことにも関係しているのかもしれない。
手紙を受け取ったレオンの表情に何を思ったのか、幼女はびくびくと怯えを見せ、そんな彼女をゴーレムは自らの背に隠した。
レオンはそんな二人の様子を視界の隅に捉えた後、軽いため息とともに夜明けの澄み切った空気を吸いこんだ。
それから気持ちを切り替えて、エレナからの手紙に目を通した。手紙には、簡潔な文字で一言こう書かれていた。
『私の助手だ。訳あってそちらに送る。』
実にエレナらしい、こざっぱりとした手紙だった。
男勝りで大雑把、手の込んだことが大嫌いな姉の顔を思い浮かべながら、レオンは思考を巡らせた。
あの姉が短文とは言え、文字を自らの手で書いたということ、また宛名はないものの一応はその文章を手紙の形にしたという事実にレオンは心底驚いていた。
そして同時に、あの姉にここまでさせた目の前の幼女とゴーレムは一体何者であるのか、という疑問がちらついてはすぐに消えていった。
考えても仕方のないことや答えのないことは考えない。
それよりも身体を動かすことの方が大切だと、レオンは長きにわたる冒険者生活の中で学んでいたのだ。
この幼女とゴーレムが何者であったとしても、レオンは姉のエレナに逆らえない。それだけが確固たる事実なのだ。
ならば残された道は一つしかない。
「……入れ……」
レオンは低くもよく通る声で彼らを自らの屋敷へと招き入れたのである。一人と一体が屋敷に足を踏み入れると、彼は扉を閉めた。
その脳裏には、端正で蠱惑的な姉エレナが得意げに微笑む姿が浮かんでいた。
夜の闇が世界の向こう側に消え、鶏が朝を告げる頃、レオンは幼女とゴーレムを食堂へと案内していた。
真冬の季節ではないが、夜の間にエレナのところから旅をしてきたであろう彼らは身体が冷えているはずだ。
また、お腹も空いているだろう。
レオンは昨日の残り物であるスープを温め直し、彼らに差し出した。ゴーレムがスープを飲むかどうか甚だ疑問ではあったが。
「昨日のスープで悪いが冷めないうちに食べな」
レオンの言葉を聞くや否や、幼女は瞳を輝かせ、
「あ、ありがとうございます」
 余程、お腹が空いていたのだろう、そう言うやいなや、幼女はまるで飢えた獣のようにスープを勢いよく飲み始めた。
初めて聞いた幼女の声は澄んだ春の空の音色のようであった。
一方のゴーレムは、案の定、目の前に出されたスープに口をつけることなく、静かに座ったままであった。
そして、レオンは彼らの姿を改めてゆっくりと観察し始めたのであった。
幼女の姿は、ここらでは珍しい黒髪に黒の瞳をしていた。東の国に行けばそのような姿をした者もいるとか、いないとか。
年の頃は六歳といったところか。髪は首のあたりで切り揃えられ、前髪も眉毛の上ですぱっと切られている。
服装はフードの付いた黒っぽい旅用のポンチョ。姉の服を貰い受け、その裾を切って短くしたのであろうと思われる。
ポンチョの所々には草や泥が付着しており、通常、旅人がよく使う整備された街道ではなく、道なき道いわゆる獣道を通ってきたということが見て取れた。
ゴーレムなどという人型の魔具を供につけているほどであるから人前に出られなかったのも、仕方がなかったのかもしれないな。
そうやって無理矢理、自分を納得させることにした。
次に、天井にまで届きそうなほどの体躯をしたゴーレムに目を向けて観察を始めた。
レオンはこの家に住み始めてから初めて、自らの家が天井の高い貴族の館で良かったと心から思った。
ゴーレムは魔具の一種である。もともとは土の塊であり、そこに自らの魔力を注入することで土の塊が人型になるものだ。自らを護る盾にしたり、あるいは建築などの大掛かりな作業に使われたりするのが一般的だ。
ゴーレム自体の強さや耐久力は魔力を注いだ術者の魔力量や純度に対応すると言われている。純度が高ければ高いほどゴーレムの質は向上し、魔力量が多ければ多い分だけそのゴーレムは強くなる。
そして、ゴーレム自体に意思があるかどうかは術者の純度に左右されるという。
つまり質の高いゴーレムほど自我を持ち、自らの意志によって行動することができるのだ。
なお、術者の純度というものは術者が生まれた時にすでに決定している能力である。そのため、後天的に鍛錬や学習によって増やすことの出来る魔力量とは違い、純度は先天的に決められてしまうものなのだ。
いくら術者側が自らの純度を高くしたいと願っても、それは決して叶わぬ願いなのである。
『それがこの世界の常である』
術者の純度に対してそう述べたのは、姉のエレナであった。
つまり、いくら魔力量の多い術者がゴーレムを作ったところで、そのゴーレムはただの巨大な壁にしかならないのである。
固有の人型魔具が人に近い何かになるか、物となるかは、ひとえに術者の純度に寄与するのである。
ゴーレムの場合、そのゴーレムが自らの意志を持っているか否かを判断するのは至極簡単である。
ゴーレムの瞳を見るだけでよいのだ。
瞳がくすんでいればそのゴーレムはただの魔具であり、自らの意思を持たない。反対に澄んだ瞳をしていればそのゴーレムは人であると言えるだろう。
そして今レオンの目の前にいるゴーレムの瞳は、燦々たる陽光の如く澄み渡っていた。その人型魔具とは思えぬほどの綺麗な瞳に、レオンは思いがけず息を飲んだ。
薄い空色の瞳は、術者の魔力が空色であることを示しており、エレナの漆黒の魔力とは違っていた。
それはつまり、このゴーレムを作った術者がエレナではないということでもあった。
レオンはゴーレムの隣でスープを頬張る幼女に目を向けた。
……この子がゴーレムを作ったというのか。だとしたら国を揺るがすほどの純度を持った魔術者ということになるが。
……まさかな。
まぁ、例え純度が良かろうともやはり魔力量の多さもまた大切であると聞く。魔術者としての力を純度だけで測ることはできんか。
レオンの危惧をよそに幼女はぐぐっとスープの最後の一口を飲み込むと、満足げに宙を仰いだ。
「ぷはぁーっ」
その瞳は輝き、頬も赤らいでいた。
どうやら体が温まったようであった。
それを見計らい、レオンは口を開いた。
「――それで? 名はあるのか?」
レオンの問いに、幼女は緊張した面持ちで答えた。
「メグ、と言います。こっちはゴーレムのディックです」
ディックと呼ばれたゴーレムは静かに頷き返した。やはり、自らの意思はあると見て間違いないだろう。
ディックは頷いた際、埃を被ったシャンデリアにぶつかりそうになるなど、彼は実に人間味に溢れていた。
ディックから目を逸らし、今度は幼女を見てみると、彼女はもじもじと何かを言いたそうにしている。
問いかけるようにレオンが片眉をあげると、メグは頬を染めてこう言った。
「あ、スープごちそうさまでした。とっても美味しかったです。……それであの……」
それから幸せそうな表情から一転、今度は不安な表情で、またもや言い淀む。
メグの言いたいことに思い至ったレオンは幼女という弱者をいたぶる趣味もないため、先回りして答えることにした。
「この家に住むという話か。かまわん。部屋は腐るほど空いているからな。気に入った部屋に住むといい」
彼の言葉にメグは顔を明るくさせた。
ついでにとばかりにディックも諸手を挙げて喜んだ。その長い両手が天井にぶち当たったことは言うまでもないであろう。
その様子を見たレオンはため息をひとつ。それからびしっとメグとディックを見据えてこう言った。
「ただし! そのディックとやらをどうにかしたら、だ。ただえさえ大きいのにこれ以上その鈍臭そうな動きを見せられたらこっちがたまったもんじゃない‼」
かつてレオンが鬼教官と呼ばれていた時のような、それはそれは鋭い眼光であった。
「わ、分かりました!」
姿勢を正したメグの言葉にディックが高速で首を縦に振って同意を示す。
それから、メグがディックの腕に手を当てたかと思うと寒色ながらも柔い温かな空色の光が部屋を満たした。
やはりディックはメグの魔力によって構築されていたようだ。ギルドメンバーやパーティ仲間、もっと言えば姉エレナの魔術を見慣れているレオンは特別驚くこともなく静かにメグの魔法の成り行きを見守っていた。
普通ならば失神してしまうほどに純度の濃い高品質な魔力であったのだが、幸か不幸か元Sランク冒険者のレオンの周りにはメグと同等かそれ以上の力を持った魔法使いたちが数多く存在していたのだった。
故に彼はメグの魔力に当てられていても平然としていられるのである。メグも規格外であるというならば、レオンもまた規格外の存在であると言えるだろう。
そして、そのレオンの規格外さを見越した上でメグを送り込んだのだとしたら、エレナの慧眼はある意味で正しいものであるのかもしれなかった。
そんな規格外の純度を持った空色の魔力は、部屋を満たし切った後、再びディックの中へと戻っていった。
かと思った次の瞬間、ディックの姿がなくなり、型を失った大量の土が部屋の中に雨のように降り注いだ。
レオンもメグも誰ひとり口を開かなかった。
ただ黙って食卓の上にこんもりと盛られた土の山を見つめるだけだ。やがてその土の中から何かが動き始めた。
もぞもぞと動く土の中の何かはどうやら出口を探しているようであった。
それを目にしたメグはぱあっと顔を輝かせると、嬉々としてローブの袖をまくり上げ、人差し指で土の山をほじくっていく。
その途中で中のものから反応があったのか、メグは指の動きを止めるとレオンに向かってがばりと顔をあげた。それから得意げに瞳を煌めかせると、土の中から自らの人差し指を引き抜いた。
引き抜かれた指の先端には、手のひらサイズのゴーレムがしっかとしがみついている。
振り落とされまいと必死にメグにしがみつくゴーレム。
もとい、ディックの一部。そいつは土から全身が引き抜かれるや否や、よじよじとメグの手のひらに登った。
登り切ると今度は自分の身体の落ち着きのいい体勢を求め、もじもじと身体を動かす始末。
メグの小さな手のひらでは身体をはみ出さないように、落っこちないようにするのが精一杯で収まりの良い場所を探すなど到底出来そうもない。
そう思ったレオンは無意識にメグに向かって自らの手のひらを差し出していた。メグはよくわかっていないのかきょとんとした顔で首を傾げるだけであったが、安住の地を求めていた小さなディックは違った。
小さなメグの手から差し出されたレオンの手の上へと飛び移ったのである。何一つためらうことなく。
メグの手のひらより二倍ほど大きいレオンのそこはディックにとってとても心地よい環境であった。
また幼いぷにぷにとしたメグの手のひらとは対照的に、レオンの手のひらには幾年もの冒険によって出来た古傷や鍛錬の成果の末出来た剣だこ等が多くあり、ごつごつした滑りにくい場所であったことも、ディックにとっては好都合であったようだ。
まるで古傷をいたわるみたいに、ディックはレオンの傷跡に額を寄せた。
その様子をメグがちょっぴり羨ましそうに見ている。
それからかぶりを振った彼女は再び空色の光を辺りに満たした。
レオンが次に目にしたのは、レオンほどの体躯をしたゴーレム一体と彼の周りに群がる手のひらサイズのゴーレム達だった。
辺りを見渡すも塵一つ落ちていない。
どうやらメグは余った土を全てゴーレムに使い、ディックを再構築したらしい。今度こそ、得意げにメグは言う。
「これで大丈夫ですか? ディックをたくさん作ってみました」
にこにことそう言い切るメグにレオンは何も言い返すことができなかった。
ただ一言、
「そうか、良かったな」
その言葉をどう受け取ったのか、メグをはじめ多くのディックもまた嬉しそうに笑顔をより一層深めた。
「今日は長旅で疲れただろう。もう朝を迎えるが、空いている部屋で休むといい。俺ももう一休みするから」
あくび混じりにそう告げ、レオンは手のひらに乗っているディックをそっと机の上に戻すと、メグの隣を通り抜けようとした。
しかしすぐにツンと袖口を引っ張られ、レオンはメグへと向き直る事となった。
一段落しほっと安心したのか、メグの魔法に当てられた反動か、眠たい目をパシパシとさせてレオンは言った。
「ん? どうかしたのか?」
レオンの問いかけにメグは視線をドギマギさせながら、恐る恐る口を開いた。
「あの……お名前を……」
「あぁ、そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はレオンだ。元冒険者で今は引退している。そして、君の師でもある魔女エレナの弟だ」
「何とお呼びすればいいでしょうか?」
メグの質問にレオンはしばらく逡巡した後、睡魔に負けそうな頭を振って考えることを放棄した。
「好きに呼べばいい」
そうレオンが答えるやいなや、すかさずメグがぽつりと呟いた。
「……ぐてい……」
意味が分かっているのかいないのか、メグはキラキラとした瞳でレオンを見上げてきた。恐らくは姉の誘導だろう。
「愚弟と呼べば喜ぶ」とでも教えられたに違いない。
レオンは重い溜息の後、頭を抱えて言う。
「お願いだから、それだけはやめてくれ……」
メグもまた自分の期待していた反応と違っていたのか悲しそうな表情の後、肩を落として謝った。
「ごめんなさい」
その声がまるで捨てられた子犬のように震えていたものだから、レオンはやはり居たたまれず、
「それ以外なら何と呼んでもいいわけだから、な?」
頼むから泣かないでくれよ、というレオンの願いが通じたのか、メグは再び呼び名を考え始めた。
その様子を見てふと頬を緩めると、今度こそレオンは自分の寝室へと足を運んだ。
「うーん、うーん? ……うーん」
そう唸りながら、てくてくとレオンの後をついてくるメグ。その肩や頭には小さいディック達が群がり、一緒に顎に手を当てながら首を傾げている。
大きい方のディックは、前の見えていない彼らをオロオロと心配した様子で隊列の一番後ろから見守っていた。
「好きな部屋を使えと言ったはずだが……」
苦笑いのレオンにメグはキラキラとした笑顔で答えた。
「はい! 好きな部屋です。レオンさんのいるここがいいです!」
まっすぐに右手を突き上げ、自信満々に言い切ったメグにレオンはまたもや思考を放棄しそうになる。
が、いやいやと頭を振ってなんとか再び意識を持ち直した。
ここで思考停止した日には、レオンは幼女と就寝を共にすることになる。
それではただの変態ではないか‼
そうはさせまい。
ただその思いだけで、レオンはメグと向き直った。
「メグ、せめて隣の部屋で寝ろ。もしくは向かいの部屋だ。それ以外は認めない」
レオンは親指と人差し指を使い、該当の部屋を指し示す。メグは大きな漆黒の瞳をぱちくりと瞬かせた後、すんなりとレオンの提案を聞き入れた。
「分かりました。それでは隣の部屋を使わせてもらいますね」
まるで子供とは思えないその謙虚さに、レオンは一瞬だけ違和感を覚えるも、次にメグの起こした行動により、その小さな小さな引っ掛かりはどこかへと消えていった。
レオンはそのことを特別深く考えることなく、メグの行動に目を見開いていた。
「じゃあ、この子たちをよろしくお願いしますね!」
まるで自分の代わりだと言わんばかりに、メグは小さなディックたちを差し出してきたのである。
レオンの顔はひきつるも、ここで小さいディック達を受け取らなければ眠りにつくことができないとわかっていた。
今度こそレオンは自らの思考を放り出し、素直にミニディック達を受け取ったのであった。
わーとも、きゃーとも判別のつかない鳴き声をあげながら、ミニディック達がレオンに飛び掛かる。
ミニディック達が全員レオンの身体に張り付いていることを確認したメグは満足気に頷いた。
「良い子にしているんだよ? おやすみ」
メグはミニディック達一人一人におやすみの挨拶をし、ようやくディック本体と共にレオンの部屋を後にしたのであった。
それを見送った後、ほっとレオンはため息をつき、尚も構ってくれと群がるミニディック達を完全無視で寝台へと直行したのであった。
こうして幼女とゴーレム、そしておっさんのおかしな共同生活は始まりを告げた。

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