4 / 22
Story 01 side.ANKO
4
しおりを挟む
次の日、早速私はチャコに呼び出された。
夕方のことだった。
『この前の公園 夜中の二時ね』
端的に示されたメッセージに、私の拒否権はない。
高校生になったタイミングで私の自室は離れに移っていたのだが、そのことに感謝する日が来るとは思わなかった。
軽い仮眠を取ったあと、私は彼女に会う準備を始めた。
穀雨の季節、深夜の時間はまだ少し肌寒いだろう。
「本当は綺麗なワンピースでも着て行きたかったんだけど……」
はぁと溜め息を吐いて、ロングパンツに手を伸ばす。
どちらにせよ、辺りは暗く、お洒落などしてもほとんど意味はないのだ。
そう納得する。
その代わり、と言うわけではないが、離れの簡易キッチンで琥珀糖を作ることにした。
琥珀糖はどこまでもカラフルでキラキラしていて、幻想的で、プレゼントにはぴったりだと思う。
深夜の郊外はとても静かで、平穏で、悲しいことなどこの世界には何もないみたいだ。
公園に着くと、チャコがブランコに揺られながら私を待っていた。
「遅い。寒かったんだけど」
むすっとしたチャコの鼻は少し赤い。
「ごめんなさい。少し道に迷ってしまって」
「まぁいいけど」
チャコは軽快にブランコを降りると、ん、と私が昨日渡したハンカチを突き出してきた。
「ほら、早く受け取ってよ」
ぶらぶらと揺らして急かす彼女の手から私はハンカチを貰う。
ふわり、と鼻をくすぐったのはいつもとは違う柔軟剤の香りだった。
薔薇の香りを纏わせたハンカチは、既にチャコのものになってしまったみたいだ。
ぼーっと手元に視線を落としながら、そんなことを考えていると、チャコが私の持っていた紙袋に気が付いた。
「それ、何?」
「あ、えっと。琥珀糖を作ってきたの。迷惑じゃなかったら、受け取って欲しい、です……」
そっと差し出すと、チャコは戸惑ったように瞼を瞬かせた。
「え? なんで?」
「そうだよね。こんなの貰っても嫌だよね。……ごめんね」
紙袋を後ろ手に隠そうとした私の手首をチャコが素早く掴む。
「そうじゃなくて。どっちかって言うとあたしの方がお礼しなくちゃいけない方でしょって話。甘いもんは好きだから、琥珀糖は貰う」
半ば強引に紙袋を奪っていったチャコを眺めた。
確かに、どうして私プレゼントを用意したんだろう。
……渡したかった、から?
首を傾げた私はチャコに手を引かれ、ブランコに腰を下ろす。
まるで昨日の再現だ。
私、実は鈍間な人間なのかもしれない。
ぎぃこぎぃこ。
ブランコの鎖の音がやけに耳につく。
チャコは紙袋から琥珀糖を取り出して、じっと見つめていた。
「ふぅん、綺麗じゃん。作ったの?」
「うん」
「はい、あたしだけ食べるのも違うし。どーぞ」
私の手のひらにも琥珀糖が一欠片落とされた。
さくり、とチャコの口元から音が鳴る。
続いて私も琥珀糖を口に入れた。
「甘いな」
「和菓子だもん」
「へぇ。こんな綺麗なのも和菓子認定されてんだ。じじばばが食べてるような渋いもんしかないと思ってた」
「金平糖も和菓子だよ」
「あぁ、あれもカラフルで可愛いよね。映えって感じ」
「そうだね。うちの店にも高校生とか、よく買いに来るよ」
「そう言えば餡子の家は和菓子屋だっけ」
「うん」
「じゃあ、跡取り娘だ。大変そうだねぇ」
揶揄うようにチャコの瞳が光る。
まるで別の世界線からの物言いみたいで、私はむっとした。
「そんなことない。普通。深夜に公園に来たでしょ」
「確かにね。門限とかないんだ」
「……あるけど、」
「あるんだ」
「バレなければいいでしょ?」
「なるほど、そりゃ立派な反抗期だ」
くつくつと笑う彼女が憎たらしくて、でも憎めなくて、ずるいって思う。
「ね、じゃあさ。これからラブホ行こうよ」
唐突な彼女の誘いに、私はごくりと生唾を飲み込んだ。
「反抗期の、続きだよ?」
こてりと首を傾げて無邪気に無害に無垢に彼女が問いかけるものだから、私はただ首を縦に振るほかなかった。
夕方のことだった。
『この前の公園 夜中の二時ね』
端的に示されたメッセージに、私の拒否権はない。
高校生になったタイミングで私の自室は離れに移っていたのだが、そのことに感謝する日が来るとは思わなかった。
軽い仮眠を取ったあと、私は彼女に会う準備を始めた。
穀雨の季節、深夜の時間はまだ少し肌寒いだろう。
「本当は綺麗なワンピースでも着て行きたかったんだけど……」
はぁと溜め息を吐いて、ロングパンツに手を伸ばす。
どちらにせよ、辺りは暗く、お洒落などしてもほとんど意味はないのだ。
そう納得する。
その代わり、と言うわけではないが、離れの簡易キッチンで琥珀糖を作ることにした。
琥珀糖はどこまでもカラフルでキラキラしていて、幻想的で、プレゼントにはぴったりだと思う。
深夜の郊外はとても静かで、平穏で、悲しいことなどこの世界には何もないみたいだ。
公園に着くと、チャコがブランコに揺られながら私を待っていた。
「遅い。寒かったんだけど」
むすっとしたチャコの鼻は少し赤い。
「ごめんなさい。少し道に迷ってしまって」
「まぁいいけど」
チャコは軽快にブランコを降りると、ん、と私が昨日渡したハンカチを突き出してきた。
「ほら、早く受け取ってよ」
ぶらぶらと揺らして急かす彼女の手から私はハンカチを貰う。
ふわり、と鼻をくすぐったのはいつもとは違う柔軟剤の香りだった。
薔薇の香りを纏わせたハンカチは、既にチャコのものになってしまったみたいだ。
ぼーっと手元に視線を落としながら、そんなことを考えていると、チャコが私の持っていた紙袋に気が付いた。
「それ、何?」
「あ、えっと。琥珀糖を作ってきたの。迷惑じゃなかったら、受け取って欲しい、です……」
そっと差し出すと、チャコは戸惑ったように瞼を瞬かせた。
「え? なんで?」
「そうだよね。こんなの貰っても嫌だよね。……ごめんね」
紙袋を後ろ手に隠そうとした私の手首をチャコが素早く掴む。
「そうじゃなくて。どっちかって言うとあたしの方がお礼しなくちゃいけない方でしょって話。甘いもんは好きだから、琥珀糖は貰う」
半ば強引に紙袋を奪っていったチャコを眺めた。
確かに、どうして私プレゼントを用意したんだろう。
……渡したかった、から?
首を傾げた私はチャコに手を引かれ、ブランコに腰を下ろす。
まるで昨日の再現だ。
私、実は鈍間な人間なのかもしれない。
ぎぃこぎぃこ。
ブランコの鎖の音がやけに耳につく。
チャコは紙袋から琥珀糖を取り出して、じっと見つめていた。
「ふぅん、綺麗じゃん。作ったの?」
「うん」
「はい、あたしだけ食べるのも違うし。どーぞ」
私の手のひらにも琥珀糖が一欠片落とされた。
さくり、とチャコの口元から音が鳴る。
続いて私も琥珀糖を口に入れた。
「甘いな」
「和菓子だもん」
「へぇ。こんな綺麗なのも和菓子認定されてんだ。じじばばが食べてるような渋いもんしかないと思ってた」
「金平糖も和菓子だよ」
「あぁ、あれもカラフルで可愛いよね。映えって感じ」
「そうだね。うちの店にも高校生とか、よく買いに来るよ」
「そう言えば餡子の家は和菓子屋だっけ」
「うん」
「じゃあ、跡取り娘だ。大変そうだねぇ」
揶揄うようにチャコの瞳が光る。
まるで別の世界線からの物言いみたいで、私はむっとした。
「そんなことない。普通。深夜に公園に来たでしょ」
「確かにね。門限とかないんだ」
「……あるけど、」
「あるんだ」
「バレなければいいでしょ?」
「なるほど、そりゃ立派な反抗期だ」
くつくつと笑う彼女が憎たらしくて、でも憎めなくて、ずるいって思う。
「ね、じゃあさ。これからラブホ行こうよ」
唐突な彼女の誘いに、私はごくりと生唾を飲み込んだ。
「反抗期の、続きだよ?」
こてりと首を傾げて無邪気に無害に無垢に彼女が問いかけるものだから、私はただ首を縦に振るほかなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる