その女、女狐につき。

高殿アカリ

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10.愛ってなんだ

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 中学生の私と嬉しそうに映っていた、写真の彼だ。

 そして、市川が悪夢にうなされていたとき、囁いていた名前の彼だ。



 ……私の知らない人。



 いいえ、違うわ。

 私、たぶんこの人を知っている。



 でも、何かがあって私の中から消えている。

 綺麗さっぱりと。



 まるで初めからそんな人など存在していなかったかのように。



 どきどきと震える心臓。

 呼吸が荒くなってきて、私の視界は真っ白になった。



 あれ?

 今までどうやって呼吸してたんだっけ。



 息が、出来ない……。



 状況が把握できなくなって、けれどいつの間にか頭痛もし始めていて。



 心臓は早鐘を打ち、頭の奥で小人がハンマーを振りかぶっている。

 世界は遠くに消えていき、唯一機能していた聴覚だけが扉の開かれる音を捉えていた。



 あぁ、市川が来てくれたんだ。



 そう思ったとき、すぅっと全ての痛みが私の中から消えていった。



 どうしてかは分からない。



 安心したのかも。

 いやいや、まさか。



 やばいって思ったのかも。

 うん、きっとそう。



 だってほら、市川ったら慌てながら、うずくまる私の元に駆け寄ってきて。

 そのまま泣きそうな顔で私の身体を抱きしめるんだもの。



 あら?

 何がやばいのかしら。



 むしろそれってほっとする安心材料なんじゃないのかしら。



 いえいえ、いえ。

 違うわ。



 だからこそ怖いのよ。

 勝手にこそこそしてばれちゃって。



 しかも唯一の武器である体調不良もなくなっちゃったんだもの。



 優しい温もりだけが私の中の何かを溶かす。

 強張っていた身体が再び呼吸を取り戻した。



 それに気付いた市川が腕の力を緩め、私の顔を覗き込んだ。



 あ、やばい。

 私はへらりと笑ってみせた。
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