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同日、深夜。
ブーンと重低音を鳴らしながら、配信部屋のPCが独りでに起動し始めた。
キーボードが虹色にきらきらと輝いて、電子世界へと誘う。
そこには二人のキャラクターが邂逅を果たしていた。
少年姿がトレードマークの鈴宮良は向かいにいる青年に声をかけた。
「よぉ」
青年姿のキャラクターにはまだ名前がなかった。
「は、初めまして」
幼い見た目をした鈴宮良が堂々としているのに対し、青年姿のキャラクターはどこかそわそわと落ち着かない様子だった。
そんな彼を見て、鈴宮良は声を上げて笑った。
「分かるよ、その感じ。僕も産まれる前はおどおどしてたから」
理解を示してくれる鈴宮良に青年は少し安心したようで僅かに笑みを見せながら口を開いた。
「私はこれからやって行けるだろうか」
「大丈夫、大丈夫。君の主は僕達ガワの気持ちを代弁するのが上手だからね」
そうなのか、とひとつ青年の懸念が解消されると今度は質問が飛び出してくる。
「あの、私は来月から世界に生まれるわけだけど、それはつまり貴方のファンを奪うことになるだろうか?」
「なるほど、君はかなり心配症な設定なんだね。気にしなくていいよ。僕と主だけのファンがいたように、君と主だけのファンもできる。キャラクターが変わっても同じように推してくれる人もいるかもしれないけれど、みんながそうって訳じゃない。この辺は先輩たちから聞いた受け売り話だけどね。他には?」
初対面にしてはそこまで遠慮なく質疑応答が続く訳だが、これも同じ主を持つ者特有の距離感なのだろうか。
「貴方の立場を奪うことになって申し訳ない、と思ってしまうのは間違いだろうか?」
「うん、完全に間違いだね。これからを生きる覚悟が足りてないんじゃない?」
「そんなことは!」
「ま、覚悟なんてあとから幾らでもついてくるんだけどね。あはは。……本当のことを言うとね。僕の立場なんてものはとうの昔に無くなってるんだよ。だから気に病まないで」
「どういうことか聞いてもいい?」
「高い声を出し続けた結果、数年前から主の喉は潰れ始めたんだ。その時から僕はほとんど死んだようなもんなんだよ。主に負担をかけ続けるガワほど残酷な存在はいないからね」
鈴宮良は悲しそうな、寂しそうな、苦しそうなその全部をぐちゃぐちゃに混ぜた表情を垣間見せたかと思うと、次の瞬間には愛らしい笑顔でくるくるとはしゃぎ出した。
「だから、さ!ここで君と主が新しいバーチャルキャラクターとして生まれるってこと、僕もとても嬉しく思ってるんだよ」
どこまでも続く真っ白な電子世界に両手を広げて、幼い彼は言った。
そんな無邪気さとは裏腹に、彼がモニター越しに見える現実世界に思い馳せていることを青年は手に取るように分かった。
「だって、主はガワのいない人生を選ぶこともできたんだ。自分だけの見た目と心を持った普通の人間として生きることも出来るんだ。無理してロールプレイングをすることも、視聴者のみんなにキャラクターとして消費されることもない、普遍的幸福な人生をね。……主はいつでも歩めるんだよ」
鈴宮良の言葉が聞こえたのか、何も無いこの空間に鈴宮良が鈴宮良として生きてきた十年間のデータがどこからともなく現れ始めた。
それらを鈴宮良は酷く愛おしそうに撫ぜる。
「それでも、彼は僕らガワとまた生きていきたいって思ってくれた。だから君が生まれたんだ……」
少年は満ち足りた笑顔で続ける。
「主は生命だから、僕達みたいに同じ姿で永遠に生きていくことは出来ない。そう知っていたから、お別れはいつも覚悟してたんだ。まさか君という新しいガワに出会ってから別れられるなんて、嬉しくないわけがないでしょう?」
言い終わると同時に彼の足元はホログラムみたいにキラキラして、崩れ始めた。
お別れは近いようだ。
青年は問う。
「貴方はこれからどこへ行くの?」
「さぁね。たぶん、画面の向こうで見てくれたみんなと主の記憶には残り続けるんじゃないかな。これからは星の数ほどいるただのキャラクターとして扱われて、僕だけ過去に取り残されるだろうね。そしてそれは限りなく死に近い存在になるってことだよ。……でもたったひとつだけ救われるのだとしたら、僕の一部が主を通して君へと受け継がれるってことかな」
「どういうこと?」
「だって僕らガワは主の一部であり、主もまたガワの一部だから。僕と主が二人でひとつだったように、君と主も二人でひとつになるから。それでも、僕は君になれないし、君は僕になれない。これは、永遠を担うガワと、どうしようもないほどに今を生きる主との決定的な違いだから」
鈴宮良の言葉に青年は疑問符を浮かべた。
彼の言っていることがあまり理解出来なかったようだ。
その青年の姿を見て、少年は微笑んだ。
「まぁ、まだ分からないよね。主が君に言葉を持たせて、その言葉を聴いたみんなが君を君のままに定義づけてくれる。そうしたらきっと分かるよ。本当だよ」
「そっか」
青年の返事を聞くやいなや、幼い彼はくるりとこれまでのデータから背中を向けて歩き始めた。
「じゃあ、いくね」
「……うん」
もう鈴宮良と会うことはないだろう。青年は既に理解していた。
同じ主を持つ彼らは、狂おしいほどにそれぞれに平行宇宙を生きる存在なのだと。
次第に霞んで見えなくなる鈴宮良に向かって青年は声を上げた。
「ありがとう!頑張るよ!!」
主の新しい転生先として青年に名が与えられる日はそう遠くないーーーー。
ブーンと重低音を鳴らしながら、配信部屋のPCが独りでに起動し始めた。
キーボードが虹色にきらきらと輝いて、電子世界へと誘う。
そこには二人のキャラクターが邂逅を果たしていた。
少年姿がトレードマークの鈴宮良は向かいにいる青年に声をかけた。
「よぉ」
青年姿のキャラクターにはまだ名前がなかった。
「は、初めまして」
幼い見た目をした鈴宮良が堂々としているのに対し、青年姿のキャラクターはどこかそわそわと落ち着かない様子だった。
そんな彼を見て、鈴宮良は声を上げて笑った。
「分かるよ、その感じ。僕も産まれる前はおどおどしてたから」
理解を示してくれる鈴宮良に青年は少し安心したようで僅かに笑みを見せながら口を開いた。
「私はこれからやって行けるだろうか」
「大丈夫、大丈夫。君の主は僕達ガワの気持ちを代弁するのが上手だからね」
そうなのか、とひとつ青年の懸念が解消されると今度は質問が飛び出してくる。
「あの、私は来月から世界に生まれるわけだけど、それはつまり貴方のファンを奪うことになるだろうか?」
「なるほど、君はかなり心配症な設定なんだね。気にしなくていいよ。僕と主だけのファンがいたように、君と主だけのファンもできる。キャラクターが変わっても同じように推してくれる人もいるかもしれないけれど、みんながそうって訳じゃない。この辺は先輩たちから聞いた受け売り話だけどね。他には?」
初対面にしてはそこまで遠慮なく質疑応答が続く訳だが、これも同じ主を持つ者特有の距離感なのだろうか。
「貴方の立場を奪うことになって申し訳ない、と思ってしまうのは間違いだろうか?」
「うん、完全に間違いだね。これからを生きる覚悟が足りてないんじゃない?」
「そんなことは!」
「ま、覚悟なんてあとから幾らでもついてくるんだけどね。あはは。……本当のことを言うとね。僕の立場なんてものはとうの昔に無くなってるんだよ。だから気に病まないで」
「どういうことか聞いてもいい?」
「高い声を出し続けた結果、数年前から主の喉は潰れ始めたんだ。その時から僕はほとんど死んだようなもんなんだよ。主に負担をかけ続けるガワほど残酷な存在はいないからね」
鈴宮良は悲しそうな、寂しそうな、苦しそうなその全部をぐちゃぐちゃに混ぜた表情を垣間見せたかと思うと、次の瞬間には愛らしい笑顔でくるくるとはしゃぎ出した。
「だから、さ!ここで君と主が新しいバーチャルキャラクターとして生まれるってこと、僕もとても嬉しく思ってるんだよ」
どこまでも続く真っ白な電子世界に両手を広げて、幼い彼は言った。
そんな無邪気さとは裏腹に、彼がモニター越しに見える現実世界に思い馳せていることを青年は手に取るように分かった。
「だって、主はガワのいない人生を選ぶこともできたんだ。自分だけの見た目と心を持った普通の人間として生きることも出来るんだ。無理してロールプレイングをすることも、視聴者のみんなにキャラクターとして消費されることもない、普遍的幸福な人生をね。……主はいつでも歩めるんだよ」
鈴宮良の言葉が聞こえたのか、何も無いこの空間に鈴宮良が鈴宮良として生きてきた十年間のデータがどこからともなく現れ始めた。
それらを鈴宮良は酷く愛おしそうに撫ぜる。
「それでも、彼は僕らガワとまた生きていきたいって思ってくれた。だから君が生まれたんだ……」
少年は満ち足りた笑顔で続ける。
「主は生命だから、僕達みたいに同じ姿で永遠に生きていくことは出来ない。そう知っていたから、お別れはいつも覚悟してたんだ。まさか君という新しいガワに出会ってから別れられるなんて、嬉しくないわけがないでしょう?」
言い終わると同時に彼の足元はホログラムみたいにキラキラして、崩れ始めた。
お別れは近いようだ。
青年は問う。
「貴方はこれからどこへ行くの?」
「さぁね。たぶん、画面の向こうで見てくれたみんなと主の記憶には残り続けるんじゃないかな。これからは星の数ほどいるただのキャラクターとして扱われて、僕だけ過去に取り残されるだろうね。そしてそれは限りなく死に近い存在になるってことだよ。……でもたったひとつだけ救われるのだとしたら、僕の一部が主を通して君へと受け継がれるってことかな」
「どういうこと?」
「だって僕らガワは主の一部であり、主もまたガワの一部だから。僕と主が二人でひとつだったように、君と主も二人でひとつになるから。それでも、僕は君になれないし、君は僕になれない。これは、永遠を担うガワと、どうしようもないほどに今を生きる主との決定的な違いだから」
鈴宮良の言葉に青年は疑問符を浮かべた。
彼の言っていることがあまり理解出来なかったようだ。
その青年の姿を見て、少年は微笑んだ。
「まぁ、まだ分からないよね。主が君に言葉を持たせて、その言葉を聴いたみんなが君を君のままに定義づけてくれる。そうしたらきっと分かるよ。本当だよ」
「そっか」
青年の返事を聞くやいなや、幼い彼はくるりとこれまでのデータから背中を向けて歩き始めた。
「じゃあ、いくね」
「……うん」
もう鈴宮良と会うことはないだろう。青年は既に理解していた。
同じ主を持つ彼らは、狂おしいほどにそれぞれに平行宇宙を生きる存在なのだと。
次第に霞んで見えなくなる鈴宮良に向かって青年は声を上げた。
「ありがとう!頑張るよ!!」
主の新しい転生先として青年に名が与えられる日はそう遠くないーーーー。
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