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1章
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「落ち着きましたか?」
ひとしきり泣いたセレナは、サーシャの差し出したハンカチを受け取り、鼻を啜った。
「はい。……取り乱したりしてすみませんでした」
肩を落としたセレナにサーシャは慰めの言葉をかける。
「ここではよくあることですから、大丈夫ですよ。それに今はほとんど学生もいませんし、噂になることもありませんわ」
彼女の気遣いにセレナはまたもや瞳を潤ませるが、今度は泣くまいと首を横に振った。
セレナとサーシャは食べ終わったトレーを返却口に返すと、そのまま食堂を出た。
「ハンコックさん、美味しかったです。ありがとうございました」
泣き腫らした瞳でハンコックに微笑みかけるセレナ。彼女のそのいじらしいまでの姿に、ハンコックも笑顔で返す。
「俺のミルク粥は元気が出ることで有名ですから。またいつでも食べに来てくだせえ」
目尻を下げてだらしない顔をしているハンコックであったが、彼が大男であることには変わりない。しかし、それでもセレナはハンコックに対して当初ほどの恐怖を感じなくなっていた。
大階段を降り、サーシャは光る魔法陣の一つにセレナを立たせた。
「この魔法陣の上に立ち、自分の名前を告げると自分の部屋に転移することが出来ます。ふふ、簡単でしょう?」
サーシャによる魔法陣の説明にセレナは一つだけ不安を覚えた。
というのも、セレナには下の名前はあっても、苗字となる名前がなかったからだ。
また下の名前も、正式に協会や病院などで付けられたものではなく、メンドラーおばさんが呼び始めたものであったからだ。
だから、セレナは自分の本当の名前を知らない。さらには自分に名前が存在するのかどうかさえ分からないのだ。
「……あの、名前というのは……」
恐る恐る尋ねたセレナにサーシャは柔らかい笑みで応えた。
「もちろん、下の名前や呼び名でも大丈夫ですよ。あなた一人を指し示す名前であり、あなた自身がそのことを理解しているのであれば」
サーシャの補足にほっと安心したセレナの様子を見届けた後、サーシャは再び言葉を紡いだ。
「明日は入学式です。ゆっくり眠ってくださいね。朝食は食堂で用意されていますので、遅れないようにだけお願いします」
「かしこまりました。……私の名前は、セレナです」
セレナがそう告げたと同時に魔法陣は強く輝き、彼女の視界を真っ白に染め上げた。
ちかちかと光の残像が踊る中、セレナは一つの部屋に姿を現した。
セレナは部屋の中を見渡す。
一人用のベッドが二つに洗面台、シャワールームが完備されていることから、二人部屋であることが分かる。
それから部屋の隅の方にセレナの持ってきた荷物がポツンと置かれていた。
「……そういえば、いつの間にか身軽になっていたっけ……」
恐らくはティラーあたりがこの部屋に運び込んでくれたのだろう。もちろん、魔法で。
セレナは自分の荷物が置かれている窓際の方のベッドに近付いた。セレナの持ち物以外の私物が部屋に見当たらないことから、同室の子はまだ到着していないのかもしれない。
あるいは、私の能力が警戒されているかのどちらかね。
セレナは心の中で自嘲気味に笑い、肩を竦めた。
それなら、勝手に好きな方を使っても良いだろう。
そう思ったセレナはそのまま窓際に行き、外の景色を眺めた。
どうやらセレナの部屋は塔の中でも高い位置にあるらしく、随分と遠くまで見渡すことが出来た。
「……あそこが、荒野……」
セレナは窓に手を添えて、少しだけ遠くに見える荒れ果てた地を誰にという訳でもなく指し示した。
ここから見える場所だけでも荒野には生命の気配が一つもしない。乾いた土地は罅割れ、ごつごつとした岩が所々に転がっているだけだ。
「まるで風さえもその息を止めているかのようなのね」
セレナはそう言うと、しばしその荒野に見惚れていた。何もないその景色に、それ故彼女の心は擽られた。
あそこへ行けば私は全てのしがらみから解放されるのかもしれない、と。
セレナの心はそんなことを思っていたのかもしれなかった。
ひとしきり泣いたセレナは、サーシャの差し出したハンカチを受け取り、鼻を啜った。
「はい。……取り乱したりしてすみませんでした」
肩を落としたセレナにサーシャは慰めの言葉をかける。
「ここではよくあることですから、大丈夫ですよ。それに今はほとんど学生もいませんし、噂になることもありませんわ」
彼女の気遣いにセレナはまたもや瞳を潤ませるが、今度は泣くまいと首を横に振った。
セレナとサーシャは食べ終わったトレーを返却口に返すと、そのまま食堂を出た。
「ハンコックさん、美味しかったです。ありがとうございました」
泣き腫らした瞳でハンコックに微笑みかけるセレナ。彼女のそのいじらしいまでの姿に、ハンコックも笑顔で返す。
「俺のミルク粥は元気が出ることで有名ですから。またいつでも食べに来てくだせえ」
目尻を下げてだらしない顔をしているハンコックであったが、彼が大男であることには変わりない。しかし、それでもセレナはハンコックに対して当初ほどの恐怖を感じなくなっていた。
大階段を降り、サーシャは光る魔法陣の一つにセレナを立たせた。
「この魔法陣の上に立ち、自分の名前を告げると自分の部屋に転移することが出来ます。ふふ、簡単でしょう?」
サーシャによる魔法陣の説明にセレナは一つだけ不安を覚えた。
というのも、セレナには下の名前はあっても、苗字となる名前がなかったからだ。
また下の名前も、正式に協会や病院などで付けられたものではなく、メンドラーおばさんが呼び始めたものであったからだ。
だから、セレナは自分の本当の名前を知らない。さらには自分に名前が存在するのかどうかさえ分からないのだ。
「……あの、名前というのは……」
恐る恐る尋ねたセレナにサーシャは柔らかい笑みで応えた。
「もちろん、下の名前や呼び名でも大丈夫ですよ。あなた一人を指し示す名前であり、あなた自身がそのことを理解しているのであれば」
サーシャの補足にほっと安心したセレナの様子を見届けた後、サーシャは再び言葉を紡いだ。
「明日は入学式です。ゆっくり眠ってくださいね。朝食は食堂で用意されていますので、遅れないようにだけお願いします」
「かしこまりました。……私の名前は、セレナです」
セレナがそう告げたと同時に魔法陣は強く輝き、彼女の視界を真っ白に染め上げた。
ちかちかと光の残像が踊る中、セレナは一つの部屋に姿を現した。
セレナは部屋の中を見渡す。
一人用のベッドが二つに洗面台、シャワールームが完備されていることから、二人部屋であることが分かる。
それから部屋の隅の方にセレナの持ってきた荷物がポツンと置かれていた。
「……そういえば、いつの間にか身軽になっていたっけ……」
恐らくはティラーあたりがこの部屋に運び込んでくれたのだろう。もちろん、魔法で。
セレナは自分の荷物が置かれている窓際の方のベッドに近付いた。セレナの持ち物以外の私物が部屋に見当たらないことから、同室の子はまだ到着していないのかもしれない。
あるいは、私の能力が警戒されているかのどちらかね。
セレナは心の中で自嘲気味に笑い、肩を竦めた。
それなら、勝手に好きな方を使っても良いだろう。
そう思ったセレナはそのまま窓際に行き、外の景色を眺めた。
どうやらセレナの部屋は塔の中でも高い位置にあるらしく、随分と遠くまで見渡すことが出来た。
「……あそこが、荒野……」
セレナは窓に手を添えて、少しだけ遠くに見える荒れ果てた地を誰にという訳でもなく指し示した。
ここから見える場所だけでも荒野には生命の気配が一つもしない。乾いた土地は罅割れ、ごつごつとした岩が所々に転がっているだけだ。
「まるで風さえもその息を止めているかのようなのね」
セレナはそう言うと、しばしその荒野に見惚れていた。何もないその景色に、それ故彼女の心は擽られた。
あそこへ行けば私は全てのしがらみから解放されるのかもしれない、と。
セレナの心はそんなことを思っていたのかもしれなかった。
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