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1章
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塔の下でセレナたちを待っていたのは、優しそうな女の人だった。
「こんにちは、イヴァンさん。初めまして、セレナさん。サーシャです」
サーシャは柔和な笑みを浮かべて、セレナを歓迎した。彼女の柔らかい空気に絆されたのか、セレナもまたいつになく穏やかな笑顔で返した。
「初めまして、サーシャさん」
イヴァンは二人の顔合わせに満足そうに頷くと、
「セレナ、彼女がここの寮母をやってくれているんだ。それから僕の同級生でもあってね、とても優秀な魔法学者なんだ」
「イヴァンさん、そんな大したものではないですよ。それに、私が研究していることは魔法生態学の領域ですし……」
どこか悲しそうに笑みを浮かべ、視線を下げるサーシャ。その彼女の様子にイヴァンは何も言えなかった。
けれど、イヴァンがサーシャへ向けた眼差しはとても優しいものだった。
彼らの会話に何かを感じ取ったセレナもまた、賢くその口を閉ざした。小さな頃から宿屋で働いてきた彼女は、場の空気を読むことにとても長けていたのだった。
大人には大人にしか分からない世界がある。何も知らない無知な私が口を出してはいけない世界が。
そして、そのような世界はいつか私を迎えに来る。だから何も焦ることはない。
知らないという自由を有り難く受け取ること、それが一番賢く生きていく方法なのだ。
……そう、メンドラーおばさんは口酸っぱく言っていたっけ。
賢いセレナの選択は間違ってはいなかったようだ。何も言わないセレナに気が付いた二人の大人は、微笑み合った。
「あぁセレナ、すまないな。いきなり分からない話をされても困っただろう。魔法学の話はこれもまた明日の入学式にでもしてくれるさ。だから今日は小難しい話は抜きにして、今からサーシャさんに寮の説明を受けなさい。それから明日に備えてゆっくり眠るんだよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
セレナはイヴァンに頭を下げると、サーシャに身体を向けた。
「案内、よろしくお願いします」
こうしてセレナはティラーからイヴァンへ、イヴァンからサーシャへと身元を引き渡され、新しい世界の足場を着実に固められていく。
けれども、セレナはとっくに気が付いていた。ここ魔法学校ハザールにおいて「魔法生態学」という言葉が禁句であるということに。
そして恐らくは、明日の入学式で魔法生態学の説明はなされないだろうことも。
だからここで「魔法生態学とはどんな学問なんですか?」とサーシャに聞いてはいけないのね。
セレナは疑問を心に押し留めた。賢く生きてゆく為に。そして何より、セレナはサーシャを傷付けたくなかったのだ。
「それじゃあ僕は行くよ。セレナをよろしくね、サーシャさん」
イヴァンはそう告げると、身を翻してその場を立ち去った。後に残されたのは、セレナとサーシャであった。
「こんにちは、イヴァンさん。初めまして、セレナさん。サーシャです」
サーシャは柔和な笑みを浮かべて、セレナを歓迎した。彼女の柔らかい空気に絆されたのか、セレナもまたいつになく穏やかな笑顔で返した。
「初めまして、サーシャさん」
イヴァンは二人の顔合わせに満足そうに頷くと、
「セレナ、彼女がここの寮母をやってくれているんだ。それから僕の同級生でもあってね、とても優秀な魔法学者なんだ」
「イヴァンさん、そんな大したものではないですよ。それに、私が研究していることは魔法生態学の領域ですし……」
どこか悲しそうに笑みを浮かべ、視線を下げるサーシャ。その彼女の様子にイヴァンは何も言えなかった。
けれど、イヴァンがサーシャへ向けた眼差しはとても優しいものだった。
彼らの会話に何かを感じ取ったセレナもまた、賢くその口を閉ざした。小さな頃から宿屋で働いてきた彼女は、場の空気を読むことにとても長けていたのだった。
大人には大人にしか分からない世界がある。何も知らない無知な私が口を出してはいけない世界が。
そして、そのような世界はいつか私を迎えに来る。だから何も焦ることはない。
知らないという自由を有り難く受け取ること、それが一番賢く生きていく方法なのだ。
……そう、メンドラーおばさんは口酸っぱく言っていたっけ。
賢いセレナの選択は間違ってはいなかったようだ。何も言わないセレナに気が付いた二人の大人は、微笑み合った。
「あぁセレナ、すまないな。いきなり分からない話をされても困っただろう。魔法学の話はこれもまた明日の入学式にでもしてくれるさ。だから今日は小難しい話は抜きにして、今からサーシャさんに寮の説明を受けなさい。それから明日に備えてゆっくり眠るんだよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
セレナはイヴァンに頭を下げると、サーシャに身体を向けた。
「案内、よろしくお願いします」
こうしてセレナはティラーからイヴァンへ、イヴァンからサーシャへと身元を引き渡され、新しい世界の足場を着実に固められていく。
けれども、セレナはとっくに気が付いていた。ここ魔法学校ハザールにおいて「魔法生態学」という言葉が禁句であるということに。
そして恐らくは、明日の入学式で魔法生態学の説明はなされないだろうことも。
だからここで「魔法生態学とはどんな学問なんですか?」とサーシャに聞いてはいけないのね。
セレナは疑問を心に押し留めた。賢く生きてゆく為に。そして何より、セレナはサーシャを傷付けたくなかったのだ。
「それじゃあ僕は行くよ。セレナをよろしくね、サーシャさん」
イヴァンはそう告げると、身を翻してその場を立ち去った。後に残されたのは、セレナとサーシャであった。
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