荒野の花

高殿アカリ

文字の大きさ
上 下
16 / 25
1章

15

しおりを挟む
 魔法学校ハザールへ行くには、王城の中を通らなくてはならない。
 王に認められた者だけが、ハザールへの入学資格を持つのだ。

 セレナの場合、ティラーという後見人がいるので何の問題もなくハザールに入れるというわけなのだ。

 しかし、もし彼女が何の力もないただの平民であり、かつ貴族や魔法使いから何の推薦もなかったとしたら、セレナはただ、王城の段階で門前払いを食らっていたことだろう。

 セレナとティラーは、王城の前に着くやいなや、護衛たちから歓迎を受けた。
 彼らはひとしきり熱烈な歓迎した後、とある場所に二人を連れていった。

 護衛たちに引き連れられた先には、王城内専用の馬車がセレナとティラーを待っていた。

 ティラーはいつものことだとばかりに、特に驚いた様子もない。

 一方、セレナは。
 城に入る前の長い真っ白な跳ね橋が降りてきた時もそうであったが、ここでもまた彼女の口は大きく開いており、閉じるという機能を忘れてしまったみたいであった。

 ティラーに導かれて馬車に乗り込んだ時に馬丁が、

「お嬢ちゃん、口はあまり開かない方が良いですぜ。王城内とは言え、ハザールまではちっとばかし距離があるのでね。飛ばせるところは飛ばします。すんません」

 と伝えたので、それからのセレナの口はきちんとその機能を思い出していたようだったが。

 王城は、白色を基にして作られている。ときどき、青や赤、黄色の模様や大きなステンドグラスの窓がある以外は、真っ白だ。

 セレナはハザールに着くまでの間、馬車の窓からそれらを眺めていた。

 庭園の横を通る時には、遠くの方に貴婦人たちが茶会を開いている姿が見えた。
 あるいは、庭師たちがせっせと薔薇の手入れをしていたり、メイドたちが洗濯物を干していたりもした。

 城にいる誰もが居場所を持っていた。そしてそこで、生活を営んでいた。

 それらの活気を馬車の窓からセレナは、ただひたすらに見つめていた。

 その静かな眼差しから、彼女が何を思っているのかは推し量れない。

 人を死なせてしまったこと。
 例えその人が悪人だったとしても、その事実はセレナの心に重くのしかかっている。

 華やかな貴婦人たちの笑い声。
 草木が色鮮やかに形作られていく。

 純粋無垢であるとばかりに主張する真白の城。
 陽の光を浴びて輝くのはステンドグラス。

 セレナは目を細めた。
 限りなく生命に満ち溢れたこの世界に。
 絶望や暗闇などとは程遠いであろうこの場所に。

「......私は相応しくないのかもしれないわ」

 彼女の心は疲弊し、彼女の命は淘汰される。

 穏やかな日常こそが奇跡であり、何気ないやり取りこそが希望なのだ。

 セレナの瞳は、何を写し取っていたのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...