海辺の町で

高殿アカリ

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 ふと、隣にいる陽太のことが気になった。

 彼の顔を盗み見て、私は喉の奥の方、小さな一つの卵を生んだ。



 なぜなら、彼があまりにも優しい顔をしていたから。

 なぜなら、彼があまりにも甘い眼差しをしていたから。



 決して普段は見せないような。



 私はこの世に生まれた一つの卵を飲み込もうとして、止めた。

 もっと卵を味わってあげなくちゃ、やたらとそんな風に思った。



 訳のわからない、わかりたくもない悲しみが、まるで洪水のように一斉に押し寄せてきて、私は無性に鳴きたくなった。



 泣きそうになったのでも、泣きたくなったのでもない。

 「鳴き」たくなったのだ。



 真昼のあの蝉たちのように。

 五月蠅く、煩わしく、喧しく。



 精一杯に自分の存在をこの世界に主張したかったのだ。



 ……そうすれば、何かが変わるような気がしていたのかもしれない。

 そんなはず、ないのだけれども。



 それは、私が夕花と陽太の二人を大切に思いすぎていたからなのかもしれない。



 それは、陽太の夕花に対する思いが、私が二人に持つ思いとは全く違う、別の物だったからかもしれない。



 それは、その陽太の思いは、私たち三人の間にある何か、私が大切にしたいものを壊すものだったからなのかもしれなかった。



「早くおいでよー」



 夕花の声が遠い場所から聞こえている気がする。

 果たしてそこに、私の居場所はあるのだろうか。



 私の中から溢れ出しそうになった問いを卵の殻に擦り付ける。



 今、もしその問いを投げかけてしまったとして、その返事によっては、私は私のままでいられるのだろうか。

 誰かを、二人を、責めて傷付けるような真似だけはしたくなかった。



 例え、私が必要とされていなくとも。



 暫くの後、私は味わい尽した卵をようやっと手放した。



 ごくり。

 卵の死んだ音がした。
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