真夜中三時の青椒肉絲

高殿アカリ

文字の大きさ
上 下
8 / 11

しおりを挟む
 彼女がそろそろと手を伸ばしてくる。
 俺にはもう振り払う気力すらなかった。
 傷つけたのだから、傷つけられるべきだ。
 反対に、傷つけられてもいいから傷つけたかった。
 何をしてもいい関係だと信じてみたかった。
 俺のちゃちな感傷の受け皿が欲しかった。たったそれだけの事がこんなにも難しい。一人で解決するものだと言われてしまうのだから。
 彼女の手はか細く震えていた。
 そっと俺の頬を撫ぜて言う。
「もうさ、こんな世界どうだっていい」
「はは、そりゃそうだ」
「私のクソ親父も要らないし、あんたを侮って見下す大人たちも要らない。全部要らない……なら、私が消えればいい。そうじゃない?」
「……なら、俺が消えても同じじゃねぇか?」
 俺の言葉に彼女は一瞬だけ逡巡したあと、きっぱりと言った。
「ううん、大ちゃんは生きるべき。死ぬなんて、勿体ないこと言わないで」
 晴れやかな笑顔で無神経な言葉を紡ぐ彼女に俺は何も言えなかった。
 彼女もまた、大人たちと同じことを言うんだ。君は君だよ、と手を離して境界線を引くのだ。
 これは呪いだ。
 俺にかけられた呪いだ。
 そして彼女はどこまでも狡い人だった。
 俺を言い訳の一部にして死にたがっていたんだから。
「ねぇ、大ちゃん」
 彼女に甘えた声で懇願される。
「……私を、沈めて」
 そう言い残して、彼女はプールに飛び込んだ。
 いつの間にか日は陰っていて、肌寒いくらいだった。
 どくどくと耳元で鼓動が聞こえる。
 現実世界じゃないみたいな心地がしていた。
 そんなに死にたいなら死なせてやるよ。投げやりな気持ちだけが俺を支配していく。
 それから、浮き上がってくる彼女の身体を押さえつけた。
 俺を踏み台にして、さっさと次に行けばいい。
 一人だけで、後のことなんてなんも考えずに、逃げればいい。自由になればいい。
 無自覚に人を呪って、それで自分は不幸だって信じていればいい。
 彼女は俺の押さえつけに抵抗さえしなかった。
 ごぽっと大きな空気だけを吐き出して、あとは時間が過ぎていった。
 いつの間にか彼女の身体は脱力していて、そのままプールの水面を揺蕩う。
 ぼんやりと命の灯火が消えてゆくのを待って、それで終わり。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

四季
恋愛
本を返すため婚約者の部屋へ向かったところ、女性を連れ込んでよく分からないことをしているところを目撃してしまいました。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

処理中です...