15cm先の君へ

高殿アカリ

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交際を始めると、僕が今まで知らなかった優希の新しい一面が幾つも見えてきた。



彼女は存外、子どもっぽい人だったのだ。




デートでは、必ず喫茶店に立ち寄ることになっていた。




そうしないと、彼女は拗ねてしまうのだ。



ほっぺたを子どもみたいに膨らませて、拗ねてしまうのだ。




その度に、僕は彼女のその柔らかそうな頬に手を伸ばしそうになるも、我慢する羽目になるのだ。




彼女は喫茶店で、甘味を注文する。



大学の食堂でも日替わりデザートセットを頼んでいるようだし、彼女はいつも何かしら甘いものを食べているような気がする。




どうやら優希は相当な甘党であるらしかった。




また、優希は泣き虫な女の子でもあった。




映画を見れば、クライマックス前に号泣するものだから、肝心の泣かせに来るシーンをあまり見ることが出来ないという、本末転倒な事態によく陥っている。




一度、僕は彼女に甘いもの断ちをさせようとしたことがある。



彼女の身体を思ってのことだ。




しかし、そのときの彼女の怒りようと言ったら。



彼女は怒って、約一週間も僕と口を聞いてくれなくなった。




というか、口を開こうとすれば泣いてしまうらしいのだ。



怒りと寂しさ故に。




最後は、泣きながらクッションを投げつけられた。




「悟の馬鹿!」



なんて言われて。




だから、僕はお詫びのプリンをプレゼントすることにした。




すると彼女は、うさぎみたいに真っ赤になった瞳を細めて、心底幸せそうに僕のあげたプリンを頬張ってくれた。



うん、可愛い。




それから、優希は写真や動画を撮られるのが嫌いなようだった。



カメラを向けられるとどうにも緊張してしまうのだとか。




「私、苦手なんだよね」




そう言って、苦笑いした彼女も僕は好きだった。



彼女の姿をどこにも記録することが出来ないのは、少し残念ではあったが。




けれど、その分僕たちの思い出は二人の記憶の中に、深く、そして鮮やかに、刻まれていったのだと思う。




交際してから一年が経った頃、僕たちは同棲を始めた。




すべてが順調だった。



すべてが幸福だった。




毎晩、僕の隣には優希が眠っていて。



毎朝、僕は優希の声で目が覚める。




ワンルームのアパートの。



狭っ苦しい部屋の中で。




僕たちは、二人っきり。



たったの二人っきり、だったんだ。




どれだけ部屋がボロくても、どれだけお金が無くても。



ただ、二人でいられることだけが全部だった。




この世の幸せをありったけ詰めたみたいな部屋で、僕たちはお互いを愛した。




そんな生活が一年も続くと、優希の卒業が目の前に迫ってきていた。
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