琥珀色のソロル

木乃十平

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六話

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「入って」
「おじゃまします……」

 肩に力が入ってしまうのを実感しながら、智絵は促されるまま、心白の自宅の戸を潜る。

「飾りっ気とかないから、面白味のない家だけど」
「そっ、そんな事!」
「事実だから。とりあえずリビングで待ってて」
「はい……」

 落ち着かない様子でリビングに通された智絵は、三人掛けのソファーに座る様に言われ、随分と座り心地の良い感触に驚嘆の声を漏らしそうになった。
 このソファーが本気で欲しいと智絵は思った。

「……凄い家だなあ」

 智絵の言う通りだ。
 心白の自宅は誇張せずとも、立派な外観とお洒落な内装で、一眼見て凄いと感嘆する他ない。とても洗練されたデザインの家だ。
 平家だが吹き抜けの高い天井が空間を広く感じさせ、剥き出しの木の温もりが随所から感じられた。まるで自然の中に居るかの様な温もりと、雰囲気を味わえる。
 智絵は気付けば緊張の糸が途切れ、気分が落ち着いていた。

「はい、ココア。甘いの大丈夫でしょ」
「ありがとうございます、大丈夫で――って、言いましたっけ?」
「買ってあったプロテインがココア味だったから」
「あーっ、成る程」

 よく見ているなあっと感心させられた智絵は、ブブッと鳴ったスマホに気付いて、ポケットから取り出す。
 メッセージの差出人は、母であった。

「親から?」

 智絵はそうみたいですと返事をしつつ、メッセージを開く。
 そこには、智絵の予想していた通りの文面があった。
 長ったらしい文章。
 色々と書かれているが要約すると、「余り迷惑を掛けないようにね。智絵の事だから心配ないと思うけど、ゆっくりして来なさい」という内容だった。

「何だって?」
「祖父母に迷惑掛けないように、ゆっくりして来なさいと」
「上手く言ったんだ」
「まあ、はい。とりあえず、行く筈だった祖父母には、もし母から連絡が行った時の為に、口裏合わせて貰えるそうなので、これで大丈夫そうです」
「お母さんにはなんて?」
「母には祖父母宅に遊びに行ってる事にして、祖父母には友人の家にお泊まりさせて貰うと言う事で伝えたので」
「そう。まあ、いいと思うけど、意外と強かなんだ」
「えっ……そうですかね」
「そうでしょ、嘘を吐く事に躊躇いがない。実の親に対して何の悪気もないんだから」
「なんか、そう言われると少しだけ、罪悪感が」
「そういう強かさも、時には必要だしいいんじゃない」

 心白は立ち上がって部屋から出て行く。

「あの、どこへ」
「お風呂。お湯入れて来るから、テレビでも観てて」

 リビングの戸が閉まって、部屋に一人になった智絵は、ガラスのテーブルに置いてあったリモコンを手にして電源をつけようとしたのだが……。

「ちょっとだけ、見るだけなら、いいよね」

 リモンコンを元の位置に戻して、部屋の一角、堅牢そうなガレージのシャッターがある場所へ向かう。
 そこには二台のバイクが置かれていた。
 部屋の内装に合ったソファーや棚が置かれた中心に、バイクは佇んでいる。

「なんか、かっこいいなぁ」

 こんなショールームみたいな場所が屋内にあるとなれば、自然と目を惹かれるのも仕方がない。
 智絵はガレージハウスである心白宅そのものに興味を惹かれていたが、その中でも特に、家のコンセプトの中心になっているであろうバイクが、気になってしまう。
 至近距離までバイクに近付いて、その大きさや重厚感に圧倒される。

「わあ、鉄ッ! って感じがするなぁ」
「そりゃ金属だから」
「おわっ!」

 突然の背後からの声に、屈んでバイクを見ていた智絵は尻餅をついた。
 
「やっぱり、いい反応をするよね」
「驚かさないで下さい……」
「ごめんごめん。お湯入れて来たから、もう少し待ってて」

 智絵に分からない程度の笑みを浮かべた心白は籠を持っていた。
 籠の中からはタオルやブラシ、掃除用具らしきものが飛び出ている。
 不思議そうに、智絵は何に使う物なのか尋ねた。

「それは?」
「これはバイク用のメンテナンス用品。旅の汚れを明日落とそうと思って、買ってあったものを持って来たの」
「旅の汚れ……そう言えば、心白さんも今日会った時、凄い大荷物でしたよね。何処へ行っていたんですか?」
「日本中、あちこちへ」
「日本中、あちこちって……まさか、日本一周して来たとか」
「そう」
「本当ですか!?」

 智絵の驚く様を見て、そんな驚く事じゃないと、淡々と心白は言う。
 だが、未だ高校生になったばかりの智絵からしてみれば、日本一周というのは果てしない旅だ。偉業とすら思う。
 それ程に、大人と子供の認知している世界の大きさは違うのだ。

「それで結構汚れてるから、明日洗車したりメンテしたりするんだけど、明日もまだ泊まるでしょ?」
「え、でもそんな、悪いし……」
「さっき親とかお婆ちゃんに対しての話し振りからして、一週間かそこら、行く当てないでしょ」
「……おっしゃる通りです」
「行き先の目処が経つまで居ていいから。その代わり、明日の洗車とか手伝って」
「いいんですか!?」
「別に良い。この家、私しか居ないし、特に問題ないから。だから洗車の手伝いお願い」
「張り切ってやらせて貰います!」
「うん」

 正直、明日以降の泊まる場所をどうするか心配していたが、心白からの思ってもいなかった申し出に心から感謝する。
 当面の心配はこれでもうないと、智絵は小躍りしそうになる程、気分が好転していた。

 それから智絵は心白と共に、リビングでバラエティ番組を鑑賞し時間を潰す。
 特に会話は無く、時たま聴こえる笑い声は、智絵と心白、どちらのものかよく分からなかった。

 ――ピピッ

 部屋に湯船のお湯を溜め終えたアラームが鳴る。
 それに気づいた心白が、軽く伸びをしてから立ち上がり言った。
 
「じゃあ、お風呂にしよう」
「はい、それじゃあ、お先にど――」
「ああ、一緒に入る? 背中流そうか?」
「はい? って……はい!?」
「いや、背中流して貰おうかな」
「いやいやいやいやっ、流石に会ったばかりでそんな!?」
「会ったばかりとか、何か問題あるの」
「ありま――えっ、いや、無いかもですけどっ」
「じゃあ、背中流してよ。これも泊めてあげる対価ってことで」
「ええ!?」
「よろしくー」

 心白に乗せられて、知り合って間もない相手と風呂に入ることになった。
 いきなり泊めて貰うばかりか、会ったその日に風呂を共にするなど、智絵の短い人生の中で初めての事である。
 全く気にしない変わり者の心白に、智絵は驚かれっぱなしだ。
 今もまだ、空いた口が塞がらない。

「お湯かけるよー」

 智絵は大胆な心白に流されるまま、共に背中を流し合うのであった。
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