遊部のおかしな日常

木乃十平

文字の大きさ
上 下
11 / 19

第十一話 温泉

しおりを挟む
「温泉に行きたーい」

 読んでいた漫画から目を離し、彼女の方を見る。
 部長はテーブルに置いていた、小さな黄色いひよこのおもちゃを握り潰し、ぷひゅうと鳴くその様を、無表情に眺めていた。
 何か怖い。生きたひよこでも同じ事しそうだなとか、一瞬頭に過る。やりかねない。

「……温泉ですか。良いですね」
「いいよな温泉。アタシ、結構温泉好きなんだよ」
「僕も好きです。特に真冬の露天風呂が格別で」
「ん分かるぅ! 分かるなぁ!」
「温泉については、僕達気が合いますね」
「そだなぁ」
「あっ、そうそう、ところで先輩。話は違うんですけど」
「んー? 何だ?」
「――海堂が昨日から欠席なんですけど、何か知りませんか」

 静寂が部室を支配する。
 夜の帳が落ちたかの様に、まるで暗闇に襲われているかの如く。僕達は暗澹あんたんたる気持ちになる。
 漫画のページを捲る音が、やけに大きく聴こえた。

「さあ……知らね」
「いやいやいや、もう間違いないですよね。アレですよね、アレの所為ですよね」
「アタシってばほら、おっちょこちょいだから」
「完全に故意でしたよ。確信犯ですよ」

 何を言い逃れようというのか。
 我が身可愛さに止めなかった僕も同罪なんだけど。

「お前だって分かってて止めなかったじゃん」
「その点に関しては認めます。正直、我が身可愛さに海堂を売りました。見捨てました。何が悪いって言うんですか?」
「お前、クズだ」
「部長ほどではないです」
「だな! 違いない!」

 あっはっはっ! と笑う僕ら。
 お互いにクズと認め合いながら、僕達は共犯として結託し、事態の隠蔽を図ることにした。

「証拠は?」
「勿論、物品は処分した。薬の精製を強力してくれた矢田も既に買収済みよ」
「成る程、それじゃあ後は……」
「ああ、後は――アタシ以外に全てを知る結希を始末するだけだ」

 僕はテーブルから飛び退き、顎を狙った右フックを避ける。
 それは読んでいた。超能力者たる僕に不意打ちは偶にしか効かない。
 不穏な流れになった時点でサイコメトリーで部長の思考は既にハックしているのだ。ぬかりはない。

「流石、このアタシがクズと認め合っただけのことはある。読んでいたな」
「勿論です。僕を相手にそんな手が通じると思わない方がいい」
「ふっ、普通の奴なら今ので終わってる筈なんだけどな。中々やるじゃないか。思考でも読んでないと出来ないような身のこなしだったぞ」
「あっ、ああ、そ、そうですね。まあ、気に入って頂けて何より……しかし、まあ」
「ああ、解ってる」

 僕達二人は大人しく着席し直した。

「ふざけるのも程々にして、割とマジでどうしますかね」
「先ずはあの海堂バカの安否確認だろ。生きてるなら元に戻る薬をやればどうにかなる筈だ」
「成る程……というか、本当に効果あるんですか。あの作った薬」
「矢田監修だぞ」
「その言葉にどれだけの説得力があるというのか」
「ああ、結希は学年一つ下だから知らなかったっけ。仕方ない、教えてやろう」
「何をですか」

 いつになく真剣な表情の部長を前に、僕は少し居住まいを直して、向き合う。

「アタシもちゃんと矢田の名前と顔が一致したのは、お前も知るあの時の事だ。が、名前はよく知っていた」
「部長が関わりのない他人の名前を、ちゃんと記憶しているなんて……」
「うん、お前失礼な。けどその通り、アタシはちゃんと覚えていた。何故ならそれだけ有名だったからだ。じゃあ、どうして有名だったか。それはある大きな事件が原因だ」
「大きな事件? 何ですかそれ」

 真剣な部長の雰囲気に、ゴクリと生唾を呑み込む。

「一年の頃。矢田が在籍していたクラスで起きたある異変……それが、矢田の作った薬によって引き起こされたと言われているからだ」
「異変、ですか。でも言われているって、根拠もない噂なんじゃ」
「いや、根拠ならある。本人の自白と、その薬の効能を身をもって明らかにしたからだ」
「……どんな薬だったんですか?」
「十歳をとる薬、だそうだ」

 目撃者は教師並びに生徒の半数だと、部長は続けた。
 因みに部長は見ていないという。

「それ本当なら世界的に話題になりますよね普通」
「それな。いつからこの世界はSFになったんだと、アタシも信じなかったっての」

 うん、まあ、僕みたいな超能力者がいますし。あながちそれは間違いでもないんですがね。

「だからぶっちゃけ、今回の薬もどうせビタミン剤か何かだと思ってたんだ。材料も特に変なのなかったし」

 え? 変なのしかなかったけど。この世のものとは思えないモノだったけど。この人にはどう見えていたんだろうか。

「けど……こうして海堂が学校に来てないってんだから、マジで何か起きたのかも」
「ファンタジーじゃなくてホラーですよ。ちょっと怖くなって来ちゃったじゃないですか」

 僕は背筋が寒くなって、身体を摩る。

「アタシもゾワッとしたぞ、ゾワッて。はぁ……まあ、こう寒いとアレだな」
「ええ、アレですね」

 僕と部長は声を揃えて、まるで双子のそれみたいに、言葉を発した。

「温泉に入りたくなりますね」
「温泉に入りたくなるよな」

 それから僕達は考えるのを辞めて、温泉トークに花を咲かせたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の日常はバイクと共に

木乃十平
キャラ文芸
父の形見であるバイクで旅をしていた綾乃は、その道中に出会った家出少女、千紗と出会う。母の再婚を機に変化した生活が息苦しくなり、家を出ることにした千紗。そんな二人の新しい日常は新鮮で楽しいものだった。綾乃は妹の様に千紗を想っていたが、ある事をきっかけに千紗へ抱く感情に変化が。そして千紗も、日々を過ごす中で気持ちにある変化が起きて……?

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...