遊部のおかしな日常

木乃十平

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第六話 髪型

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「髪を切りたい」

 部長は自身の毛先を弄びながらそんな事を言った。

「分かる、分かるなぁ。たまに急に切りたくなるんだよな」
「そうなんだよ。北原先生もそういう時あるのか?」
「まあな。伸ばそうと思ってたのに、美容院に着いていざ切ってもらうって時に、急に心変わりしたりな」
「分かるぅ」

 何やら僕にはよく分からない共感をし合う二人。
 部長と、この遊部という訳の分からない部活の顧問である北原先生は、妙に気が合うらしく、いつもこんな調子で会話している。
 因みに僕は何時も同じ髪型にしているので、共感し得ない話である。

「日野、キミはそろそろ髪を切った方がいいのではないか?」

 ああ、また飛び火して来た。

「そうだな、そろそろ切り時だろ」
「果物の収穫どきみたいな感じで言うのやめて下さい部長。先生も、何で急にハサミを取り出してんですかね。何処に隠し持ってたんですか。そして近づいて来るな、やめろ」

 何故か梳き鋏を持っている先生から逃げるべく、席を立ち壁際まで下がり距離を取る。
 ハサミの刃が届かない距離を維持しなければ。

「何、冗談だ。流石に生徒の髪を無理矢理切るなんてことしないよ」
「生徒の弁当無断で食べた人の台詞は信用できませんね」

 以前、僕が受けた被害を言ってやればその事は部長も知らなかった様で、非難の目を先生へ向けていた。
 マジかコイツ、みたいな意味を秘めてそうだ。

「それなぁ。いや、間違ったんだ」
「何をどう間違えたんですかね」
「いや、食べる時間をな。もう少し遅く食べれば良かった。量が少なくて直ぐ腹減ったよ」
「文句まで言って何様ですか?」

 なんなんだこの食いしん坊教師。

「北原先生は髪型変えないのか?」

 部長が割り込み、話題を修正する。
 僕の個人的な恨み辛みは心に留めておくとして、この食いしん坊教師の相手を交代し、僕はやや距離をとって座り直す。

「髪型はまあ、変えないだろうな。これが私にとってのベストだと気付いたんだよ」
「何故それがベストなんだ?」
「これが一番可愛いと言って貰えるから」

 意外にも女の子らしい理由で、その不意打ちに軽く僕は吹き出してしまう。

「何だ日野、何故笑う」
「な――んでもありません」
「何故堪える。何がおかしいんだ言ってみろ。先生怒らないから」
「もう怒ってるじゃないですか」
「私の鉄拳を喰らうがいい」
「暴力反対」

 腕を胸の前でクロスさせて言い、拒否の言動を取ってみたものの、先生は構えをとっている。
 仮にも教師がそれでいいのだろうか。いや、良くない。

「まあ、北原先生。確かに婚活するなら一番可愛い髪型がいいんだろうけど」
「遠慮なく言うじゃないか水篠」

 本当に遠慮ない部長の言葉は、先生の胸に鋭く突き刺さったようだ。ナイスゥ。

「アタシが髪切ってやろうか? アタシ、もっと可愛く出来る自信があるんだよね」
「その自信の根拠は何だ」
「勘」
「そんなもので禿げてたまるか! まだ未婚なんだぞ!」
「いやいや、試しに。大丈夫だって、先っちょ、先っちょだけだから」
「先だけで済む気がしないからやめろ!」

 いつもなら僕に襲い来る部長の破天荒さも、僕にプラスに働くと、こうも楽しく清々しい気分になるんだな。

「ちょっとだけ~先っちょだけ~」
「いや、待て、水篠。それは良くない、きっと取り返しがつかなくなるから、本当にやめ――」

 部長は気付くと、何処からか取り出した文具用のハサミを持って、先生に迫っていた。
 さっきの僕と先生の構図そのままで見ていて楽しいが、大体この後の展開が読めた僕は彼女を応援することにする。
 いいぞ、もっとやったれ部長。

「ああ、ちょっと動かな――」

 ーーーーヂョキンッ。

「あーぁ……」
「何⁉︎ 何が起きた⁉︎」

 ……これ以上かかわるともっと面倒なことになりそうだ。
 部室内がとても騒がしい。
 変な飛び火が来る前に、僕はそそくさと教室を出ることに。
 廊下に出て少し歩いた所で、部室から大人の独身女性の本気の泣き声が聴こえた気がして、僕は内心でほくそ笑みながら帰路に着いたのであった。
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