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 部屋の中央には自立式の無影灯に診察台。モニター類の機器に、ステンレス製の器材や薬品戸棚。奥にはレントゲン室が見える。そしてそのすべてに不透明のカバーが掛けられていた。今は静かに息を潜めているが、直ぐに稼働してもおかしくない雰囲気だ。
「おい、後ろ」継人が芳田の背中の先を指差した。
「悪い冗談はよせって・・・。わあっ!」芳田は振り返ると、わなわなとたじろいだ。
 目の前の天井からは、何やら人間の手足のような物が沢山ぶら下がっている。
「義手と義足だ」
「だったら、そう言え!」
「すまん。でもこれで1つハッキリした」継人の頬が不意に紅潮した。「麻倉恵子はやっぱり生きていたんだ。盛大に告別式までやって、表向きは死んだことになってるが、誰にも知られることなく生を全うしたのかもしれない。ここはそのための装置だったんだ」
 芳田は20本以上もあるそれらの1つを指で弾いた。よく見ると、手足のどちらも左右の片側だけではなく対になっている。
「両手両足を失った不運の美女ってわけか」
「そういうこと・・・だな」継人は肩をすくめた。言葉の末尾に『美女』が付けば、なんでも耽美的に聞こえてしまうのが男の妄想の罪深さだ。
しかし現実はかなり壮絶なものだったに違いない。継人は麻倉恵子のその後の生活に想いを馳せた。書棚の部屋にあった低いマットレス。床まで伸びた吊り下げ式の照明の紐。消灯するたびに身体をよじって、咥えた口で引っ張る仕草が目に浮かぶ。突起のあるテーブルやイスの類が一切置かれていないのは、危険防止か、はたまた自殺防止のためか。
どう思いをめぐらせても、生きながらにして鬼籍扱いになった23歳の女性が、この閉ざされた空間で生への渇望を抱き続けたとは到底思えない。
ガタン。ガタン。
突然、入り口のほうで大きな音がして、2人はハッとなった。ついさっき耳にしたばかりの音。書棚が動く音だ。さっきは開く音だったが、今度は閉じる音だ。
「くそっ! 感づかれたか」
「駄目だ。ビクともしない」継人は入り口に駆け寄って強く押したが、簡単に動くはずの書棚は、その本来の自重を活かして強固な壁になっている。「閉じ込めるつもりなんだ」
芳田は堪らず叫んだ。
「おい、聞こえるか! オレ達は侵入者だ。否定はしない。警察に通報したければしてみろ!ただ、この屋敷の秘密もバレるぞ!」
「止めとけ。きっとそんな事は承知の上だ」継人は座り込んだ。おびただしい数の蔵書の山が脳裏を掠める。「少し相手を舐めてた」
「どうすればいい?」芳田は神経質そうに歩きながら、スマホをいろんな角度に翳して回った。「『圏外』じゃ、あの唐木って警官に助けも呼べん」
「すこし落ち着け」
「どうして落ち着いていられるんだ! 相手はすでに人を1人殺してるかもしれないんだぞ!」
「取り乱したら、それこそ相手の思う壺だ」そう言って、継人は立ち上がった。
「どうした?」
「ちょっとトイレに行ってくる」
「そりゃ、悪かった」芳田は拍子抜けしたように唇を歪めた。「もしどこかに『出口』って書いてあったら教えてくれ」
 継人は肩をすくめた。それほどもよおしていた訳ではなかった。一服置いてすこし頭を冷やしたかった。興奮状態でものを考えてもロクなことはない。
 部屋の奥にあるすりガラスのドアを開けたが、当然ながらその先に出口は無かった。3坪ほどの広いスペースに介助機能の付いた便器とバスタブがある。たった1人のためにしては過剰すぎるほどの装備だ。
 しかし、麻倉恵子が本当に四肢を失っていたのなら、どんな機能があろうが使いこなすのはムリだ。当然、誰かの介助が必要になる。でも、それは一体誰だ?
 ドンドン、ドンドン、ドンドン。
 すりガラスのドアを叩く拳の影が、振動とともに目に飛び込んできた。
 継人はノブを握ってガチャガチャと回すが、向こう側から押さえつけられて動かない。戸が小刻みに震えるものの、戸はビクともしなかった。
「どうした? 何がどうなってる?」
「開けるな! 何が・・あっても・・」芳田はガラスに頬をつけて、咳き込んだ。「ガスだ・・・。窒息・・させるつもりらしい。ゴホッゴホッ」
「喋るな! いま入れてやる」継人は肩に体重をかけてガラス戸を押しつけた。
「やめ・・と・・け。オ・・レ・・は、もう動けん。おまえ・・さんま・・で・・・」
 バタンッ!
 すりガラスから黒いシルエットが離れていく。
「芳田ぁ!」
 継人は警告を無視して、ドアを開け放った
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