9 / 70
本編【『兄』のロイと『妹』のアリス】
早暁と血
しおりを挟む
早朝、まだ太陽も出ていない時間に、使用人の青年レオンはロイの部屋を訪れた。
まだ薄暗い廊下で立ち止まり、いざ扉をノックしようと手をかざした瞬間、ドアがひとりでに音をたて、開いた。
あまりにも完璧なタイミング。
まるで、ドアが生きているようだった。
薄暗さと相まって、『ただのドア』であるはずのドアが異様な雰囲気を醸し出している。
そして、半開きのドアの隙間から、ただでさえ怖がりなレオンに追い打ちをかけるように、無言のロイが青白い顔を覗かせた。
レオンの背筋を、ゾッと寒気が襲う。
悲鳴を上げないだけでも、レオンにしては上出来だった。
「お、おはようございますぅ! ロイさんっ」
できる限り調子を取り繕ったレオンだったが、声が上擦ってしまった。
『もはやこの人にノックは必要ない』
ロイの、不気味なほど優れたその聴力を目の当たりにして、レオンはそう改めて確信した。
足音を忍ばせていたつもりでも、ロイには筒抜けだった。
この調子なら、この家のどこにいても自分の行動は逐一把握されてしまうのではないだろうか?
持ち前の妄想力で不気味な妄想を膨らませてみたりもしたが、終いにはもう何も考えないことにした。
「あれぇ? もしかして、ロイさんも朝から貧血っすかぁ? へへへっ、実はオレもなんです~。昨日は調子よかったのに、なんでかなぁ?」
「あはは」と明るい作り笑いを浮かべるレオンの顔は、生来の貧血に加えて、すっかり血の気が引いてしまったことによって、色白のロイにも劣らず真っ白だ。
目元には、まだ寝癖が直りきっていない黒髪と同じくらいの黒ずんだクマが浮かんでいる。
「レオン、どうしたんですか? こんな朝早くに」
随分前に起きていたのか、ロイはきちんと着替えている上、何か作業をしているようだった。
ところが、レオンと同様に寝癖が直りきっておらず、細かい髪の毛がちらほら跳ねている。
その様子は、普段のきちんとしたロイと比べると、どこかチグハグである。
クスッと笑いそうになるのを堪えて、用件を伝えた。
「エリオットさんから伝言です。『人形が死んだ』って。オレには何のことかわかりませんけど、そう言ってました。きっと悪い知らせっすよねぇ? あのエリオットさんがショック受けてたみたいだし……」
レオンが言いづらそうに伝えると、ロイは何も言わずにレオンをそっと押しのけ、フラフラした足取りで廊下に出ていってしまった。
「ロイさん?! どこ行くんすか?」
「……アリスを起こします」
「えぇ?!」
レオンは思わず、すっとんきょうに叫んだ。
まだアリスの起床時刻よりも随分早い。
アリスの寝起きも、朝の機嫌も悪いことは周知の事実であるのに、今起こしたら二、三発(それで済めばいいが)は確実に殴られる。
「ちょ、ちょっと待ってっ!! ダメ! ダメですぅう! こっ、殺されちゃいまっすよぉ!!」
ロイの前に立ちはだかり、子どものように両手をブンブン振って通せんぼした。
「僕はどうせ死ねません」
「いや……そういう問題じゃないでしょお……!」
最近もアリスに『暗殺』されたばかりだというのに、レオンの忠告を気にも留めない様子である。
レオンは、頼りない細腕で懸命にロイの腕を掴んでもみたが、レオンと同じくらい細いのになぜかびくともしないロイに「通してください」とあしらわれてしまい、結局そのまま、その背中を見送るしかなかった。
「もうっ! どうなっても知らないですからねぇ?!」
まだ薄暗い廊下で立ち止まり、いざ扉をノックしようと手をかざした瞬間、ドアがひとりでに音をたて、開いた。
あまりにも完璧なタイミング。
まるで、ドアが生きているようだった。
薄暗さと相まって、『ただのドア』であるはずのドアが異様な雰囲気を醸し出している。
そして、半開きのドアの隙間から、ただでさえ怖がりなレオンに追い打ちをかけるように、無言のロイが青白い顔を覗かせた。
レオンの背筋を、ゾッと寒気が襲う。
悲鳴を上げないだけでも、レオンにしては上出来だった。
「お、おはようございますぅ! ロイさんっ」
できる限り調子を取り繕ったレオンだったが、声が上擦ってしまった。
『もはやこの人にノックは必要ない』
ロイの、不気味なほど優れたその聴力を目の当たりにして、レオンはそう改めて確信した。
足音を忍ばせていたつもりでも、ロイには筒抜けだった。
この調子なら、この家のどこにいても自分の行動は逐一把握されてしまうのではないだろうか?
持ち前の妄想力で不気味な妄想を膨らませてみたりもしたが、終いにはもう何も考えないことにした。
「あれぇ? もしかして、ロイさんも朝から貧血っすかぁ? へへへっ、実はオレもなんです~。昨日は調子よかったのに、なんでかなぁ?」
「あはは」と明るい作り笑いを浮かべるレオンの顔は、生来の貧血に加えて、すっかり血の気が引いてしまったことによって、色白のロイにも劣らず真っ白だ。
目元には、まだ寝癖が直りきっていない黒髪と同じくらいの黒ずんだクマが浮かんでいる。
「レオン、どうしたんですか? こんな朝早くに」
随分前に起きていたのか、ロイはきちんと着替えている上、何か作業をしているようだった。
ところが、レオンと同様に寝癖が直りきっておらず、細かい髪の毛がちらほら跳ねている。
その様子は、普段のきちんとしたロイと比べると、どこかチグハグである。
クスッと笑いそうになるのを堪えて、用件を伝えた。
「エリオットさんから伝言です。『人形が死んだ』って。オレには何のことかわかりませんけど、そう言ってました。きっと悪い知らせっすよねぇ? あのエリオットさんがショック受けてたみたいだし……」
レオンが言いづらそうに伝えると、ロイは何も言わずにレオンをそっと押しのけ、フラフラした足取りで廊下に出ていってしまった。
「ロイさん?! どこ行くんすか?」
「……アリスを起こします」
「えぇ?!」
レオンは思わず、すっとんきょうに叫んだ。
まだアリスの起床時刻よりも随分早い。
アリスの寝起きも、朝の機嫌も悪いことは周知の事実であるのに、今起こしたら二、三発(それで済めばいいが)は確実に殴られる。
「ちょ、ちょっと待ってっ!! ダメ! ダメですぅう! こっ、殺されちゃいまっすよぉ!!」
ロイの前に立ちはだかり、子どものように両手をブンブン振って通せんぼした。
「僕はどうせ死ねません」
「いや……そういう問題じゃないでしょお……!」
最近もアリスに『暗殺』されたばかりだというのに、レオンの忠告を気にも留めない様子である。
レオンは、頼りない細腕で懸命にロイの腕を掴んでもみたが、レオンと同じくらい細いのになぜかびくともしないロイに「通してください」とあしらわれてしまい、結局そのまま、その背中を見送るしかなかった。
「もうっ! どうなっても知らないですからねぇ?!」
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる