上 下
165 / 224
私を水の都へ連れてって

雨 その1

しおりを挟む
ーゴロ…ゴロゴロ…ゴロ…ー

両側を高い崖に囲まれた山脈の狭い間道。
間道と平行に細長く伸びる空。
故郷の田舎とは違う狭い空を、歩兵の少年兵は見上げる。

狭いこの間道を行軍して数時間。
大軍のため行軍は遅々として進まない。
ついさっきまでは雲一つない青空だった(まあ、ほとんど空は見えないのだが)。
だが、今は黒い雲が厚く垂れ込み、鉄の兜をじりじり焼いていた憎たらしいあの太陽も、
厚く黒い雲の向こうに姿を隠している。

「急に曇って来ましたね。」
歩兵の少年兵が、隣で並んで行軍する先輩兵士に話しかける。
先輩と言っても20は年の離れた大先輩だが。
「日差しがキツくて参ってたんだ、ちょうどイイさ。
オマエさんのような若者ならまだいいが、こっちは退役兵、体に堪えるよ。」
確かに男は辛そうだ。噴き出して流れる汗を拭く元気もないようだ。

「しかし…オマエさんのような若者や俺みたいな退役兵まで招集するとは…。
帝国の兵隊不足は深刻みたいだなぁ。」
先輩兵士は、故郷に残して来た自分の息子の年とそう変わらない、
少年兵の若者と言うのも無理がある、まだ幼さの残る可愛らしい顔を、
気の毒そうに見つめる。

先の王国への侵攻作戦で大軍を失った帝国は、軍を再編するため徴兵の年齢を引き下げた。
そのため、この少年兵のような、まだあどけなさすら残る、年端もいかない少年をも軍へと組み込んだ。

「でも、今回の戦争は包囲戦で、危険は少ないと聞きましたよ?
僕達みたいな新人兵士にはちょうどいいって。」
「…いいか少年、危険じゃない戦場なんてないんだ。
オマエさんも知ってるだろ、ダール平原の戦い。」
「ええ、学校で習いました。
凄い激戦で、帝国と王国の双方にたくさんの死者が出たって…。」

先輩兵士は周りの兵士達の様子をうかがう。
皆疲れで視線を足元に落としていて、こちらの会話には興味もなさそうだ。
それを確認してから、先輩兵士は少年兵を手招きし、耳打ちする。

「ありゃウソだ。」
「え?!」
少年兵は思わず大声を上げる。

「ば、馬鹿ッ!」
先輩兵士は慌てて回りを確認するが、やはり皆こちらへ興味を示さない。
少しこちらを見た兵士も、すぐに視線を自分の脚元へ戻す。

「声が大きいぞ。」
「すいません…。それよりウソってどういう…。」
「そのままの意味さ。俺も同期で入隊していたヤツに聞いたんだが、
侵攻した帝国軍は全滅、それに対して王国の被害は0って話だ。」
「ぜ、0?」
「ああ。王国が異世界から召喚した勇者の魔法で全滅だったらしい、
離れて観測してた部隊の話じゃな。」
「異世界召喚勇者…。」
「でな、その戦いも、進軍前は簡単で楽な戦いだって言われてたんだよ。
それが蓋を開ければ全滅だからな…。」
「ぜ、全滅ですか…。」
少年兵はゴクリとノドを鳴らし、唾を飲み込んだ。

「な、危険じゃない戦場なんてないってわかったか?」
「はい…。」
先輩兵士の話に少年兵は、自分が生きるか死ぬかの場所にいる事を再認識する。

「気を引き締めないと、ですね。」
「まあミュールまではまだあるからな。今から気ぃ張ってると持たないぞ。」
「えぇぇ、どっちなんですか?」
「ははは。まあ適度に緊張感を持ってだな…お?」
「あ、降ってきましたね。」

空を見上げると、垂れ込めたブ厚い雲から、
放射線状にパラパラと雨粒が降り注ぐ。

「恵みの雨だな、こりゃ。」
先輩兵士は慌てて兜を脱ぐと、そこに雨水を溜め始める。

「そんなに溜まるんですか?」
「馬鹿、こういうちょっとした事が生死を分けたりすんだよ。
おっと、勿体ない勿体ないっ。」
そう言うと、天を仰ぐと、大きく口を開いて雨水でノドを潤す。

少年兵は先輩兵士を少し冷めた目で見ていたが、周りの古参兵達も同じように兜を脱ぎ、
空に向かって大口を開けている。
少年兵はそれを見て、そそくさと自分も兜を脱ぎだした。
その仕草が可愛かったのだろう、少年兵を横目で見ていた先輩兵士はクスリと笑う。

「ん~…?」
少年兵は驚いていた。
思ったより兜に雨水が溜まるのだ。

「雨ってこんなに溜まるんですね。」
「いや…これは溜まりすぎだろ…。
ヤバいな、ちょっと降りすぎかもしれん…。」
「え、ココに雨水が押し寄せるとかですかっ?!」
「ははは、こんな短時間で流石にそれはないだろうっ。」
少年兵の不安を、先輩兵士は一笑に付す。

「それよりも雨で地面がぬかるんで、今より行軍速度が落ちるのが怖い。
ただでさえ良い的だからな、この大軍は。」
「じゃ、じゃあっ?!」
「まあ落ち着け。ミュールから軍が出る事はない。
出せないように事前に色々手を打ってたんだからな。」
「良かったぁ…。」
先輩兵士の話に少年兵は胸を撫で下ろす。

「安心しろ、何かあったら俺が守ってやるっ。」
「わっ?!」
先輩兵士は少年兵の首に腕を回し、自分の方へ引き寄せる。

「実はな、家にオマエと同じ位の息子がいてな…。」
オマエに重なって見える…とまでは恥ずかしくて言えない。
だが、少年兵は先輩兵士の言いたい事を察したのか、気恥ずかしくて赤面する。

「親父…どうしてるかな?」
「なんだ、離れて暮らしてるのか?」
「いえ、一緒に暮らしてますが…その…。」
「はは、オマエ位の年なら色々あるよなっ。
俺だって若い頃は親父と顔合わせても一言も話さなかった事もあったよっ。」
先輩兵士は自分の若かりし頃、今はもういない父親の姿を思い出す。

「孝行してやるんだぞ?」
「でも…何をしてやれば…?」
「まずは生きて帰る事だな、それが一番の孝行だっ。」
「っ!はいっ!」
降り続く雨が少年兵の頬を濡らす。
雨脚はますます強くなっていったー。

つづく
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...