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 目が覚めると真横に人が寝ていて驚いた。さらさらの癖のない黒髪にすっきりとした鼻筋。寝ている顔までイケメンってどういうことだ。
 1時間くらいは寝てしまったのか。

 どうしたらいいんだこれ。

 さっきもそう思った気がすると考えると同時に、めくるめくアレやコレやが思い浮かんであたふたした。

 どうしたのかというと。

ーー逃げました。

 いや、だって、完全にキャパオーバー。
 ホテル代もアルファを買った代金ももう前払いしてるし。追加料金はないって言ってたし。
 あみだくじのメモに、チェックアウトのときにカードキーをフロントに返してほしいとだけ書いてぐっすり眠っているイケメンを置いて俺は去った。


 家に帰ると熱っぽくて。
 これはヒートの前兆だと思って会社に休暇申請の連絡をいれた。
 ヒート中は何回も相楽さんをオカズにしてしまって落ち込む。だって29年間で一番刺激的だったんだから。
 ちょっと心配していたが追加料金の請求はなかった。


 これで俺は30歳を迎える前に非処女になりました。
 めでたしめでたし。

ーーと、ならないんだな、現実は。

 仕事をしていても、食事をとっていても、家でぼんやりしている時なんか特に、相楽さんのことが忘れられないんだ。
 彼の声とか笑い方とかが思い出されて。
 手を繋いだらとか、キスできたらとか妄想ばっかりしてしまう。
 なんだこれ。


『体調崩して休んだって聞いたけど大丈夫? 無理じゃないなら一緒に飯食いに行かない?』

 同僚の山川から連絡が入った。部署は違うが男のオメガ同士ということもあって仲良くさせてもらっている。
 最近、番ができた彼に相談してみようか。山川は俺と違って非童貞非処女のリア充だ。
 会社近くの個室の居酒屋で集まることにした。


「この、バカ!!」
 俺の話を聞いた途端、山川が眦をつりあげて怒った。
「危なかったかもしれないんだぞ?!」
 犬っぽくて愛嬌があって誰からも好かれるこいつがこんなに怒るの初めて見た。
「ほいほいとよく知りもしないアルファについて行ったらいけないんだ」
 ふっと山川の眼差しが翳る。本気で俺のことを心配してくれている声音。
「ごめん」
 山川がはぁっとため息をついた。
「それで、そのアルファのことが忘れられないと」
「……うん」
「ああもう、バカ。体を近づけたら、心も近づくんだ。初めてなんてなおさらだ」
「そうなのか」
「ヒートもきたの?」
「うん。急に。バランス崩れたのかな」
「そう、かもな。気になるんなら医者いけよ」
 このあとも何度も酒が入った山川は俺に説教をした。俺は甘んじてそれを受け入れた。
 でも、さすがに、あみだくじで決めた勢いとは言えなかった。

「水族館?」
 山川が俺を飲みに誘った本当の目的はそれだった。番が行けなくなったらしい、水族館のペアチケット。
 友達の多い山川なら陰キャの俺を誘わなくてもいい気がするけどーーなんとなく、こいつはアルファやベータであっても体が大きい男と二人きりになるのを避けていると思う。俺が一緒に行くことを了承すると、ほっとしたように表情を緩めた。

「玄人の商売アルファなんて忘れて楽しもうぜ」

ーー商売。
 つきんと胸が痛んだ。
 偶然次の休みのお互い空いていて、さっそく水族館に行くことにした。

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