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抱擁
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彼らがが居間で話し合っている間に、夕麿の部屋の物が全て武のいる部屋に移された。
「本当はあなたが来る前に移る予定でした」
ベッドに武を下ろして夕麿は部屋を見回して言った。武が来てから2ヶ月半……この広い場所で武は一人でいた。 二階の自分の部屋からずっと見ていた。
「あなたに謝らなければならない事がいくつかあります」
「何?」
「あなたの日記を…読ませていただきました」
「なっ…」
武の顔がたちまち朱に染まった。
「入院中…周さんにお願いして、日記のコピーを取ってもらったのが最初です。あなたの想いが私の支えになりました。戻って来てもこっそり、夜中に来て読ませてもらっていました。あのような状況でも私を愛してくださった事が、涙が止まらないほどに嬉しかったのです。だからあなたが愛しくて…触れられずにいられませんでした」
「俺が起きちゃったけど?」
囁くような声ならば喉に負担がかからない。
「最初に起こしてしまって…周さんに叱られました」
「でも懲りずに来た?」
武の笑い声に夕麿の笑い声が重なる。
「あなたを抱き締めずにはいられなかったのです」
「で、言い訳だったんだ、あの歌は」
「解釈は2つ出来た筈です」
「うん。どっちかなって迷った」
「あの状況なら仕方がないでしょう?」
「恨み言は日記に書いておいたけど?」
「あれ以後は読んでいません」
「ふうん…で、外は?」
「引き出しの中を…確認しました」
「そっか…」
引き出しの中に入っていたのは夕麿が武に、贈ったものやたくさんの思い出の品物。結婚指輪やスクールリング。 アルバム 、夕麿のピアノを録音したCD
そして……お揃いに造ってケースに入ったままのペンダント。
夕麿は武が周と共に近くの診療所へ検査に出掛けた時にそっと開けてみたのだ。武がどんな気持ちでそれらを引き出しに入れて封印したのか。何故、 鍵を夕麿に渡して処分を依頼したのだろうか。中を見た夕麿は武の悲しみをまざまざと見て、その場で号泣した程だった。策略にはめられたとは言え自分が武に、どんな残酷な事をしたのかを思い知った瞬間だった。
「武、私は…」
「ああ、もう良いよ、夕麿。俺はお前がこうして戻って来てくれたから…それで良い」
「武…ありがとうございます。ではお願いは訊いていただけますか?」
「お願い?」
「これをもう一度、お互いの指に」
夕麿が差し出したのは結婚指輪だった。それを互いに交わして誓いからやり直したい。それが夕麿の願いだった。
「もう一度、誓いをさせてください」
「良いよ、俺も誓う」
武は夕麿の指輪を手にした。
夕麿も武の指輪を手にした。
「私、六条 夕麿は紫霞宮 武王さまを生涯の伴侶と仰ぎ、いつ如何なる時も敬いお仕え致す事を誓います」
皇家の系譜には元々の出身姓が記される。つまり系譜では夕麿は元の六条姓なのである。
武の左手を恭しく取り薬指に指輪を嵌はめた。
「私、紫霞宮武王は六条 夕麿を妃とし、いつ如何なる時も愛しみ守る事を誓います」
夕麿の左手を取り薬指に指輪を嵌めた。
自然に互いの顔が近付き唇が重なる。
「武…愛しています」
「俺も…俺も夕麿を愛してる」
「抱いても良いですか、あなたが欲しい」
「うん。俺もして欲しい」
異国の地での二人だけの誓い。
「不思議だよな…二年前に結婚した時は俺が妻だったんだよな?」
「ええ、私が御園生に婿入りしました」
「うん。でも…今の誓いは、逆転してたよな?」
武が笑う。
「仕方ないでしょう?紫霞宮家では私の立場はあなたの妃なのですから」
夕麿も笑う。
「ま、どっちでも関係ないよな?俺たちは俺たちだから」
「そうですね。私たちの結び付きにそのような区別は必要ないと思います」
唇を重ねて貪り合う。やっと触れ合える。
「夕麿…ごめん…俺抱いても…つまらないかも…」
両脚が麻痺している状態で、ちゃんと出来るのだろうか?武はそれが心配だった。愛する人を満足させられるのか。もし出来なかったら…不安に泣きたくなる。
「そんな顔をしないでください。あなたの麻痺は精神的なものです。大丈夫だと高辻先生も言われていました。だからあなたは感じるままにいてください」
「夕麿…夕麿…」
愛する人の温もり。
匂い
息遣い
どんなに欲しただろう。
やっと、やっと…
「あッ…夕麿…」
乳首を甘噛みされて声をあげる。動かない下肢がもどかしい。
「ああッ…もう…触って…」
「もうこんなにして…」
夕麿の唇が欲望に蜜液を滴らせるモノを、ゆっくりと呑み込んで行く。
「ぁン…ヤぁ…それ…ダメ…」
身体全部が溶けてしまいそうな程、甘く強い快感だった。何ヶ月も誰も触れていない。自分でするというのも知らない。ましてや2ヶ月程前、夕麿を組み敷いて口淫して一方的にイかせて自分はそのままだった。
全身が渇望状態だった。心も渇望していた。
「ダメ…ヤぁ…イく…イくゥ…!!」
頭の中が真っ白になった。
「ああ…あ…あ…」
夕麿が喉を鳴らして武の精を飲み干している。それが刺激になり絶頂感が尾をひくように続いていた。夕麿は全部飲み干すと、未だ快感に打ち振るえる武を目を細めて見た。
両脚を抱えると指にたっぷりのジェルを垂らして、すっかり固く閉じてしまった蕾に塗りたくった。
「ン…」
綻んだのを確認してゆっくりと指を挿れる。武が息を詰めるのがわかった。
「辛いですか?」
武は首を振るが眉間にシワを寄せて、耐えているのがわかる。夕麿とて余裕があるわけではない。それでも辛い想いをさせてしまった。だから優しくしたい。 更にジェルを足して指を増やした。
「はぁン…あッ…ああッ…そこ…イヤ…」
「イヤじゃないでしょう? 武、ここがイイのでしょう?」
「ゃあ…そこ…ダメ…おかしく…なる」
「なってください。もっともっと感じて、武」
「ダメぇ…夕麿ァ…も…挿れて…欲しい…」
脚を動かせない分、熱が中に溜まって行くような気がした。
「ンあッあッあッ…」
久し振りの行為は十分に解され感じさせられたが故に痛みこそはなかったが、すっかり狭くなった中を押し広げられる圧迫感は凄まじかった。
「武…武…辛いですか?」
「大丈夫…ああ…夕麿が…中にいる…嬉しい…」
二度とこの熱を中で感じる事は出来ないと思っていた。恋焦がれてやっと着いた異国の地。だが待っていたのは無感情な眼差しと冷たい言葉だった。
永遠に失ったとも思った。どんなに求めても得られないなら、例え生命が奪われる運命でも、思い出深い場所へ戻りたいとも思った。
愛しい人の温もり。
体内を満たす熱情。
匂い立つ色香。
甘やかな吐息。
愛を囁く大好きな声。
どんなに欲しかっただろう。求めてはいけないと思えば思う程、狂おしい渇望が募っていった。
「夕麿…夕麿…愛してる…愛してる…」
もう我慢しなくても良い。好きなだけ《愛してる》と言えるから。
「武…私も愛しています、あなただけを」
抽挿を繰り返す夕麿の顎を伝って汗が滴り落ちる。
「武…あなたの中…熱くて…イイ…たまりません…」
「あッ…ああッ…イイ…夕麿…もっと…ああッ…」
両手で枕を握り締めて身悶える。
「イイ…イイ…夕麿ァ…も…イかせて…イきたい…」
「私も限界です…一緒に…」
「ん…一緒に…夕麿…一緒が良い…」
「武…武…」
夕麿の動きが激しくなった。体内で渦巻いていた熱が、出口を求めてかけ昇る。
「あッあッあッあッンぁ…ああああッ…イくゥ!」
「武…!」
先程、口淫で吐精したとは思えないくらい、武は全身を戦慄わななかせて吐精した。夕麿も間髪を入れずに武の中に熱を放出した。
「あぁ……夕麿……」
夕麿の精が体内を満たしていく。
息を乱した夕麿は武を抱き締めながらぐったりと覆い被さった。
口付けを繰り返す。
「武、痛い所はありませんか?すみません、自制が出来なくて…」
「ん~痛くはないけど…ちょっと…」
「どこです?」
顔色を変えた夕麿の首に両腕を絡めて囁いた。
「まだ奥が熱くて…ジンジンしてるんだ…何とかして」
その言葉を聞いた途端、夕麿は破顔した。
「どこでそんな言葉を覚えて来たのです?」
「ふふ、教えない」
「でしたら身体に訊いてみましょう。覚悟してください、武。白状するまで離しませんよ?」
「じゃあ、白状しない、絶対に」
互いに笑いながら唇を重ねる。
やっと戻って来た甘い時間に、二人は空が白み始めるまで抱き合っていた。
翌朝、ここに来て初めて明るい笑顔を向ける武に、誰もがホッと胸を撫で下ろした。朝食の席でも笑い声が溢れていた。
「そう言えばさ、結局昨日、夕麿が記憶戻ってるのに黙ってた理由を、俺、聞いてないんだけど?」
食後のお茶を飲みながら、武が真っ直ぐに夕麿を見て言った。
「それは…最初は、そのようなつもりではなかったのです。まだ記憶が曖昧で何を思い出して、何を思い出せていないのかがわからなくて不安定で……すぐに混乱してしまう状態でした。だから退院して来てもしばらくは、部屋から出られなかった程です。今も…まだ、不安なままです。大切な事を思い出していないのではないかと…」
夕麿はその言葉の通り不安げに目を伏せた。
「そのお気持ちはわかるような気がします。 私も記憶が戻って来たらきっと、夕麿さまのように不安で不安で…どうしたら良いのかわからなくなると思います」
雅久が夕麿を思い遣り、庇うように言葉を紡いだ。
「何を馬鹿な事を言ってる。一番大切な事がわかっていれば、それで良いんだよ、な、武?」
義勝が溜息混じりに言った。
「うん。俺が夕麿を愛してるって事を、ちゃんとわかってくれてたらそれで良い」
にこやかに答えた武に夕麿は花が咲いたような笑みを浮かべ、義勝はそこまで言うかと苦笑し、他の者は相変わらずの甘々ぶりに天を仰いだ。
雫は軽く咳払いをすると言った。
「武さまや夕麿さまに対する危険が去った訳ではありませんでしたので、相手方の様子を見るつもりで黙っていらっしゃるようにお願いしたのです」
「それに記憶が戻られたと仰る事によって、不安定さが悪化される可能性がありました。黙って観察されて安定の糸口をとおすすめした部分もあります」
「わかった。
で、今は大丈夫なの?」
「少し前から落ち着かれましたから大事ございませんでしょう。
御不快であらせられませんね?」
「ええ、落ち着いています。
時には開き直りも必要なのですね」
穏やかにおっとりと笑みを浮かべて夕麿が答えた。
「ではもう、ご心配には及びません」
「さて、今後の出方を考えようではありませんか」
雫の言葉に夕麿が武に向き直った。
「武、しばらくはまだ声が十分に出ないという事にしていただけませんか?」
「それは…別に構わないけど…」
「その上であなたを徹底して宮として扱います」
「俺が嫌な事を敢えてする意味は?」
「慈園院 保はかなりプライドが高い人間です。クリスマスの態度から判断して、庶民として育ったあなたを軽んじていると思われます。
六条出身の私とセットで身分差をあからさまにして対応すれば、彼のプライドは大いに傷付く事になります」
「それって逆に働かない?」
「働くでしょう。黒幕は誰にせよ、慈園院 保を煽ればどこかしら綻びが出て来ると思います」
夕麿の考えを的確に理解したのは貴之だった。
「慈園院 保は感情に走って、使い物にならなくなる。そうすれば黒幕まで行かなくても、他の協力者が何だかの接触か仕掛けをして来ると?」
「ええ。私の暗示が解けたのは、向こうにもわかってしまったでしょう」
「昨日の騒動は、お前の状態を確認する為か」
周がハッとした顔で言った。
「まあ1ヶ月も入院してたんだ」
「予想はついていたでしょう」
義勝と雅久も言葉を発した。こうなると生徒会執行部時代に培われたチームワークが強力な武器となる。
「わかりました。それで行きましょう。
ただし皆さま、必ず二人以上で動いてください。
慈園院 保を潰せば向こうも焦って来る可能性があります。そうなれば手段は選ばないでしょう。
残念ながら現時点では敵の全容が見えてはおりません。ですからそれを忘れずに皆さま、決して一人にはならないでください」
雫の言葉に全員がしっかりと頷いた。
「では武の身分をある程度明らかにして、慈園院 保の取り巻きの蓬莱皇国よりの留学生をこちらに付かせます。彼らは保の身分に惹かれているに過ぎません。身分差を顕著にすれば離れてしまうと思います」
夕麿のやり方はあくまでも正攻法だ。こちらのカードをある程度出して餌にする。だが偽りはひとつもなく、それを見て動くかどうかはそれぞれの判断だ。
「紫霄からの留学生もこれだけ、元生徒会執行部がいれば、幾らでも惹き付けられるだろう」
「そうですね。保さまはあくまでも亡くなられた司さまの兄君に過ぎません。如何に似ていらっしゃったとしても、紫霄のOBではあられないのですから」
雅久の記憶に慈園院 司の事はない。彼が記憶を失った時には既に司は星合 清治と心中した後だった。
「確かに紫霄に在籍していたかどうかは、OBたちには大きなものだと思います。今はただ司さまの面影を保さまに重ねているだけでしょう」
貴之も賛同の言葉を吐いた。
「ではこういう事だな?徹底的に武さまと夕麿を紫霞宮家のお二方として全員で接する」
「ええ。周さん、あなたにも徹底して宮家大夫としての振る舞いをお願いします。成瀬さんも武の警護の皇宮警護官として皇国の留学生には対峙してください」
「では僕は夕麿、お前を今から敬称付きで呼ぶ事にする」
「お願いいたします」
夕麿が周に頭を下げた。
「では義勝。私たちも紫霞宮家にお仕えする臣下に徹しましょう?」
「そうだな。どこに敵がいるかわからん。内と外、関係なく態度を切り替えるぞ?」
「了解」
黙って聞いていた武も了承した。
決意も新たに登校するが雫はFBIと大学側に交渉して、武と夕麿に護衛を付けてもらった。民間のボディガードは雇えない立場だ。
キャンパスでの物々しい生活が始まった。すぐに新入生である武が実は皇国に於いては非常に身分が高いのだという噂が広がり、学生たちもこの物々しさを納得するようになった。御園生を名乗っていたのは、身を守る為のカモフラージュだと。
プライド。夕麿が敢えて《誇り》ではなくそう言う時、そこにはその人間の劣等感から派生した感情を示していた。長い間紫霄で最も身分高き存在としての立場にいた夕麿の孤高の気構えがある。自らを厳しく律して来た夕麿の努力が存在する。 人間は誰しもが他者よりも抜きん出ていたく思うものである。だがそれを夕麿は律し続けて来た。彼は小等部からずっと周囲の模範である事を求められて生きて来た。わがままを言えば従う者たちに、時には取り返しのつかない迷惑を掛ける。
頂点にいる者は常に孤独である。
武は高等部で突然自分の出生の秘密を明かされ、有無を許されずに今の身分と立場に押し上げられたからこそ、夕麿の気持ちがわかる。そして幼い頃からずっとそうして孤高に生きて来た、夕麿を心から尊敬し憧れていた。大切な友達すらも時には身分という立場で一歩下がってしまう。武の立場だと母小夜子や異父弟の希、伴侶である夕麿さえも、武を高みに置いて礼をとる。その寂しさはそこに立たなければわからない。
自ら望んで首相になった男が、その地位を辞した際に「孤独だった」と述べているが、彼は地位を仰ぎ見る事しか知らなかったのであろう。元華族の出身でありながら王者の悲哀も貴族の義務も学ばすに育った、単なるお坊ちゃん首相に、国中が混乱させられ国民が振り回されたのは記憶に新しい。
生まれながらにそれを抱いて生きる人間もたくさんいると言うのに。
夕麿の孤独を武は理解した。そして孤高に追いやられた武の気持ちを夕麿は理解出来た。
それを踏まえた上で敢えて武器として全面に出す。今回の事が夕麿をどれだけ怒らせたのか。はっきりと物語る判断だった。
武を傷付ける為の道具にされた。武が一番傷付く方法だと十分に理解した上で行われた夕麿の暗示。ただ夕麿に忠義の一心だった絹子まで巻き込んで。その結果、武は心肺停止に陥り、危うく取り返しがつかなくなるところであった。武を執拗なまでに亡き者にして排除しようとする。無意味な悪意はとうとう本気の本気で夕麿を怒らせたのだ。
夕麿を守る為に何もかもを投げ出す武。彼を守る為に全力を尽くす。
それが夕麿の決意だった。暗示が解けず武の善意との板挟みになってしまい、未だにメディカルセンターに入院している絹子の為にも。
その日、周から夕麿の携帯にカフェテラスに慈園院 保が、取り巻きを連れて向かっているとメールが入った。彼は高辻とその後方をやはりカフェテラスに向かって歩いていると言う。
夕麿たちはすぐさま途中で武と雫に合流してカフェテラスへと向かった。護衛のFBIも連れて。彼らはゆっくりとカフェテラスに入った。護衛のFBIが周囲に注意を払う様子を、当たり前とした眼差しで見ながら。雫が押す武の車椅子に夕麿は寄り添うように歩く。
紫霄で夕麿たちと離れて過ごした一年間に武は夕麿とはまた違う、威圧感をまとう事が出来るようになっていた。それを夕麿と共に発しながら周と高辻が確保した場所へと進む。二人は立ち上がり左手を胸に当てて頭を下げて彼らを出迎える。
武の車椅子が近付くと周が進み出た。カフェテラスのテーブルに車椅子では着き難いと言うので、大学側と交渉して肘掛け付きの椅子を用意してある。雫が異常がないか念入りに調べた上で、周が武を抱き上げて移すのだ。
だがこの日は夕麿が周を手で制止して自ら武を抱き上げた。武は夕麿に甘えるように首に腕を回す。二人がそういう仲だというのも、周知の事実となっていた。
庶子に継承権を与えない欧州の王家とは違う。東洋の継承権のルールと尊い皇家の貴種でありながら、複雑な立場故に日陰の宮として存在を隠された武。それを快く思わない者たちがいて伴侶共々、生命を脅かされ続けていると。そういう噂を上手く流して英雄思考の強いアメリカ人の正義感を煽り、武と夕麿を守ろうとする眼差しを持たせた。上院議員の息子による拉致事件の前の直向きで懸命で愛らしい武を、目の当たりにしている彼らは今のような状態を武が望まないのをやはり噂として聞き及んでいた。
集まるのは同情の気持ち。王家や皇家がいないアメリカ人の憧れ。
周囲を味方に付ける。ある程度はそういった下地が出来て来た状態での慈園院 保の登場だった。
武が椅子に移り夕麿が着席したのを見計らって、慈園院 保が近付いて来た。
「おくつろぎのところを申し訳ございません。
慈園院 保でございます」
最上級の礼をする彼に夕麿が低く答えた。
「大儀です、慈園院。しかし今頃になって武さまにお目もじであらしゃりますか。武さまのご留学は昨年末に訊き知っていた筈。非礼にも程があるでしょう」
大衆の面前でしかもライバル六条家出身の夕麿に、高圧的な言葉をなげかけられて、保の顔が朱に染まった。武が夕麿の手に手を添えて首を振った。
「しかし…」
それに何かを言おうとする夕麿にもう一度首を振る。別に演技や打ち合わせがあるわけではない。武は武の気持ちで普通に行動する。過剰な刺激が夕麿を含む皆を傷付ける事にならないか。純粋に心配だったのだ。ある程度は覚悟の上だと言っても。
「保さん」
「はい」
「司さんの遺品は受け取られましたか?」
「はい。高等部の生徒会の方が届けてくださいました」
「そうですか。司さんとは短い期間しか交流がありませんでしたが、彼は自分を頼りにする人を絶対に見捨てない人だったと聞いています。俺と夕麿の仲を取り持ってくれたのも司さんでした。
保さん、あなたは声も姿も司さんにそっくりです。だから紫霄の卒業生があなたを慕う。どうか彼らを裏切るような真似だけはやめてください。それは亡くなった司さんを穢す行為だと理解して欲しい」
囁くような声を幾分掠らせながら、武は保に言葉を紡いだ。家同士の確執からの企てなどやめて欲しかった。それを嫌って夕麿と仲良くしようとした司の気持ちを、瓜二つな兄である保に蔑ろにしてもらいたくはなかった。
そこに死んだ彼の祈りが込められているような気がしたのだ。彼の残した詩には幾つも、夕麿に宛てたらしいものがあった。司は間違いなく、夕麿の幸せを願っていた。その彼の兄たちが夕麿の生命を脅かす。武は胸が痛かった。司の望みを彼らが阻害しようとしているのが。
「武さま。私は弟が紫霄学院で何を考え想い、皆さまに何を残して託したのか。それを知りません。如何に弟と私が似ていても、弟は弟。私は私でございます」
「それがあなたの答えですか、慈園院 保」
静かに穏やかにけれどもきっぱりとした口調で夕麿が問い返した。
「そうでございます」
「わかりました。では我々もそのように対処いたしましょう」
保ははっきりと武たち紫霄学院の卒業生とは、違う立場であると宣言した。司と自分は違うとも。紫霄の卒業生たちの表情が一変した。武たちの側を辞した時、保に従ってカフェテラスを去ったのは、彼の元々の側近たちだけだった。彼は少なくとも紫霄の卒業生を敵に回したのである。
日本語でのやり取りを日本人学生と皇国の学生以外は静観していたが、後日、関係のない日本人学生たちが内容を訳して伝えてしまった。
保にはもう後がなくなったのである。
「あれは彼の本心ではないと思います」
屋敷に戻って高辻がそう言った。
「何を根拠にそう思われるのですか?」
煽った側の夕麿には高辻の判断が今一つよくわからない。
「眼の動き、表情、手をどこにやったか。心理学ではそれらで人間の心の動きを読みます。慈園院 保は確かに夕麿さまの挑発に反応しました。しかし武さまが司の話を口にした途端、眼球が不安定に動きました。
明らかな動揺を示したという証拠です」
「確かに動揺を見せたが…すぐに立ち直った。その後は弟の事を口にされた、武さまを恨むような目をした」
流石は警察官である。雫も高辻に負けず劣らず保を観察していた。
「俺たちに近付いたのは、それなりの目的があったのは確かだ」
「義勝の言う通りです。慈園院の人間が六条家出身の私に、自ら近付いて来るのは有り得ません」
夕麿が義勝の言葉を受けて断言した。
「でも夕麿。司さんは夕麿と仲良くなろうとしたんだろう?」
「司は例外でしょう。彼は慈園院の中でも、かなり異端児に見られていたようですから」
「それは俺も聞いた事があります。元々慈園院家と六条家のライバル関係は、室町時代に遡ると伺っていますが…」
「ええ。最初は皇女の御降嫁だったと伝わっています」
「室町時代って…昔じゃないか!」
「最初は…です」
「はあ…で、どっちが勝ったの?」
「六条家です。その次にやはり室町時代に今度は双方の娘が生んだ親王のどちらを、高御座に上げるかで争いました」
「どちらがお勝ちになられたのですか?」
「その時は慈園院側の親王が東宮に立たれ、即位されました。しかしそのお方は数年で崩御されました。慈園院は六条家が呪詛したと言い立てました。無論、事実無根の言い掛かりでした」
「つまんないな~」
「その次が完全なロミオとジュリエット状態で、双方が相手方を非難しました」
「被害者まで出して収まらなかったの?」
武が呆れた。
「江戸時代に似たような事がもう一度あり、この時は引き裂かれたと言います。その二人がやがて犬猿になったとも」
「何で?わけわかんない」
引き裂かれたなら何故、二人がそれぞれに悲劇を終わらせようとしなかったのか。武にはわからない。
「人間とは複雑な生き物ですから」
そう言われても理解出来ないものは出来ない。
「近年にも争いは存在しましたね」
高辻が呟いた。それに夕麿がはっきりと驚いた顔をした。
「それをよくご存知ですね? ごく一部の方しかご存知ない筈ですが?」
「いや…確か、久我家で話題になったような……」
高辻が言葉を濁した。
「ああ、それならわかります」
「何?」
武が不思議そうに夕麿を見た。
「私の母の嫁ぎ先です。元々身体が極端に弱い人で、最初に縁談が持ち上がったのは16歳の時。その相手が慈園院 創、司たち兄弟の父親だったと聞いています」
「え?じゃあ司さんたちと夕麿は、立場が逆転してたかもしれないの?」
「母は5人も子供を成すのは無理だったと思いますが…そういう事になります」
「何でダメになったんだ?」
義勝が聞いた。
「一つには創氏と母の年齢が開いていた事。それと…祖母が早すぎると反対したとも聞いています。しかも創氏には別にもう一つ縁談があり、年齢的にはそちらの方が相応しいと考えられたとも」
「身体の弱い翠子さまをお血筋だけで、御正室に迎えるのを慈園院家は躊躇されたのかもしれませんね」
「それが一番大きかったのだと私も思います」
雅久の言葉に夕麿は頷きながら答えた。
「よりによってその翠子さまが嫁がれたのが六条家。争いと言えるかどうかは別にして因縁と言えば因縁だな」
周が溜息を吐いた。
「俺の時にそんな事にならなくて良かった…」
武がぐったりとして呟いた。
「それはどうでしょう?最終的に夕麿さまと私が候補になった訳ですが、選考段階では慈園院 司の名前があがっていても不思議ではありません。現に朽木は既に妻帯していて候補対象に、出来なかったのだとあっちの家では言っていたようですから。
慈園院 司が除外されたとしたら…夕麿さまご自身が、慈園院家から妬まれた可能性があります」
「ああ、もう!何だよそれ!人の気持ちも考えずに勝手に…」
複雑な感情が絡んで利害関係から結び付いて、武たちを狙っているのだとしたら迷惑この上ない。
「保さまも司さまと同じく元は両家の争いを、馬鹿馬鹿しく思っていらっしゃったのではないでしょうか?」
「だが俺たちと敵対する理由が出来た?」
「最初に私たちに挨拶に来られた時には確かに、そこまでの感じは発せられるお声の色には見られませんでした」
「司さまを追い詰めたご両親方を批判されてたし…」
「確かに顔繋ぎに来た…という感じだったな。俺たちの様子を伺うのを頼まれたのだろう」
「確かにそんな感じはありましたね。成瀬さんの事を口にしたのも一年過ぎた今から見れば、かなり作為的だったと私も思います」
夕麿も納得したように言う。
「誤算は清方さんの存在。まさか当時の事情を知っている人間がいるとは思ってもいなかったらしいな?」
「私の事は…当時、雫が上手く隠してくれていましたから」
「逆に雫さんを武さまがお信じになられる元になったと僕は思っていますが…」
「うん。何かの悪意が動いたって考えたよ、俺は。で、母さんに電話で訊いてみたんだ。すると成瀬さんには想う人がいるって、母さんは感じたって言ってた。もしも相手が高辻先生なら敵になったり、俺たちに悪意を向けたりは絶対にしない筈。
それに……夕麿に突っかかっていた時にも、呆れたけど…邪心はないと後で気がついた。高辻先生と一緒にいるのを見たら、それが素みたいだってわかったしね」
武が笑って高辻が苦笑し雫が破顔した。
「武さまの皇家の霊感は、外れたりいたしませんから」
雅久が鮮やかに笑う。彼の色聴能力と武の皇家の霊感。他者にはわからない感覚を持つ者同士、二人には不思議な共感があった。
「僕はかなり焦らされましたけど。宮家大夫の任として、武さまをお守りする事が第一でしたので。問い合わせたら清方さんはちゃんと答えてはくれないし」
周がここぞとばかりに一年前の恨み言を言う。
「論点がズレまくってるように感じるが?」
義勝が高辻を庇うように言った。
「ね、何で保さんは敵になったのかな?俺と夕麿の事をバラしたのって、彼か彼の側にいる人だよね?」
「FBIからの報告によりますと、慈園院 保本人に聞いたと言っているそうです」
「彼が敵へと変わらざるを得なかった何かは、恐らくは年末の帰国時期にあったのではないでしょうか? 彼は我々とさほど変わらない時期に帰国して慈園院家に帰宅しています」
「実家に帰りたくない。一年前にはそう言ってたよな?」
「一番に考えられるのは、経済的な事でしょう」
「経済的って…お金?」
「慈園院家は六条家と同じように台所事情は火の車の筈です。司と清治は自分で稼いでいましたから、平然としていましたけれど。亡くなる前に二人が私に託してくれた額もかなりの金額でした。それは『暁の会』の資金にさせていただきました。
でも彼らの状態と慈園院家そのものの経済状態は別物の筈です」
夕麿は司と清治から多額の振り込みを受けていた。それを自分のと合わせて『暁の会』の基金とした。一時は夕麿の預金は株投資用以外は、完全になくなってしまったのだ。学院での生活は御園生が必要学費を、全て賄っていたので困らなかったという事もあった。今は再び株式運用や仕事の給料である程度回復した。生活費は必要がないので使い道が余りない程だ。一度、武に紫霞宮家としての生活費を自分も出す、と言ったのだがあっさりと却下されてしまった。
そこで数日前、実家六条家に関する費用を、自分で出したいと願い出て笑顔で許可が出た。武のそういう部分を夕麿は優しいと思ってしまう。
「そうですね。長男の遥は宮中に出仕してますが、さほど給料が高いわけではない筈です。次男 亘は会社役員。長女 紀久子は薬剤師で確か…清方先生と年齢は変わらない筈ですが、未婚だったと記憶しています。
そして三男が保な訳ですが、未だ学生。ロースクールにそのまま進むとして、その学費問題があるのは確かでしょう」
「彼は僕たちのように株投資はしない。普通は一般の学校ではやらない。資金もない…というなら実家頼みか」
周が貴之の情報に納得したように答えた。
「そうでしょうね」
「だがそれだけで普通、人命を脅かすような事に加担するか?」
「しかも武さまは皇家のお血筋。幾ら何でも……動機とは思えないですね?他に何か理由があるのではないでしょうか?」
義勝の言葉に雅久が首を捻った。
「その辺りを調べてみるか」
黙って聞いていた雫がそう言って頷いた。
「それが得策だと思います」
「貴之君、昨年末からの保の行動を追えるか?」
「多分、大丈夫だと思います」
「そっちは任せた。俺は遥や朽木側からその理由が見えないか探ってみる」
二人の調査を待つという事でその日はお開きになった。
「ねぇ、夕麿。司さんの残したお金を預かっていたって形で保さんにお金は渡せない?」
「無理でしょう。出所が何であれ私絡みのものは、今の状態では受け取りはしないでしょう」
バスルームでさり気なく訊いた言葉に無愛想な口調で夕麿が答えた。夕麿が部屋を移って来てから、当然ながら一緒に入浴する。動けない武は誰かの手を必要とする。
だが何故か入浴中はずっと夕麿の機嫌がすこぶる悪い。時には何かもっと機嫌を損ねる事を口にしたらしく、ベッドの中まで不機嫌で意地悪になる。何がそんなに気分を害するのかわからなくて、武は泣きたい気持ちになってしまう。かといって黙っているのも夕麿の気に障るらしい。身体を洗い流して夕麿に抱きかかえられてバスタブに入る。オレンジをスライスしたものが、入浴剤代わりに浮かべられていた。
「夕麿…」
「何です?」
やっぱり不機嫌な返事が返って来る。しかも今夜はいつになく機嫌が悪い。
「その…訊いても…良いかな?」
「何をです?」
「……」
泣きたくなって来た。身体を洗ってくれる時も今夜は荒っぽかった。話し掛けても不機嫌な声で、短く詰問するような返事しかくれない。謝ろうにも何をどう謝れば良いのかもわからない。耐え切れずに夕麿からそっと身を離した。だがすぐに乱暴な手付きで抱き寄せられる。
「何をしているのです、武。危ないでしょう?今のあなたは自分で身体を支えられないのを忘れたのですか?」
バスタブでバランスを失えばそのまま湯の中に沈んで溺れてしまう。それは十分わかってはいる。だが不機嫌な夕麿を煩わせている気がして悲しい。きっといつも不機嫌なのは自分では何も出来なくなった武を、入浴させるのが重荷と思っているに違いない。
「ごめんなさい…」
謝罪の言葉を口にして再び離れようと身を捩った。
「言葉と行動が逆になっていますよ、武。危ないと言っているでしょう?!」
苛立った声がバスルームに響いた。泣き出しそうになって指を噛み締めた。以前に噛み切って縫合した同じ指を。
夕麿にもう嫌われて背を向けられたくない。
ギリリと歯が指に食い込む。それに気付いた夕麿が慌てて顎を押さえて口を開けさせた。指にはしっかりと歯型がついていた。
「武、また、噛み切るつもりですか!?どうしたのです、さっきから?」
厳しい叱責の言葉にとうとう涙が溢れ出した。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「武…?」
泣きながら怯えた顔をする武に夕麿は、異常を感じて慌てて武を抱いてバスルームを出た。バスローブを武に着せ、自分も着てから高辻を呼んだ。
高辻は夕麿に席を外させて、武のカウンセリングを行い、睡眠導入剤を飲ませて眠らせた。
リビングで高辻と向き合って、夕麿は武に何が起こったのかを問い掛けた。
「ここのところの事がやはりストレスになっていらっしゃいます。ですが根本的な原因は夕麿さまが暗示にかかっておられた時期の経験が、トラウマになっていらっしゃるという事です」
「トラウマ?」
「あれは武さまの御心を一変いたしました。以前のように夕麿さまの為に、離れようと思われるお気持ちは持たれなくはなりました。しかし逆に今度はあなたを失われる恐怖を持ってしまわれたのです」
「そのような…しかし、高辻先生。武は全くそういう素振りは見せません」
「ええ。自覚は余りなされていらっしゃらなかったと思います。度重なるストレスが何かをきっかけにして、表面に引き出してしまったのではないでしょうか」
何があったのかと問われて、夕麿は心底戸惑い狼狽した。そしてある感情を武に向けてしまった事を吐露した。
「それはそれは……」
高辻がクスクスと笑う。夕麿は羞恥のあまりに真っ赤になって横を向いた。
「武さまに素直にそれを仰いなさいませ。落ち着かれますよ?」
「そのようなものでしょうか?」
「ええ。それはちゃんと愛情から出た独占欲ですから」
どんなに大人びて来ていても、19歳。初で可愛いものだと高辻は眩しげに夕麿を見つめた。真っ直ぐで一途な彼が逆の感情を持たされた。心への負担は相当なもので、完全な狂気の一歩手前まで病状が進んでしまう程だった。小夜子が来て彼を正気の側に繋ぎ止めなかったら、ここに彼はこうしていなかった可能性があった。
武を傷付けた罪の意識が封印していた、過去の意識と重なって夕麿を締め付け追い詰めた。病院における彼の記憶には心肺停止状態の武の姿しかなく、彼を死なせてしまったと思い込んでしまっていた。高辻や医師たちが幾ら言葉を紡いで武が蘇生した事を告げても、信じられずに心が絶望の断末魔をあげていたのだ。小夜子が来て彼を抱き締め、懸命に説得した結果、一時的ではあるが落ち着きを見せた。
逢わせるのが一番。
そう主張する小夜子に医師たちも折れ、ICUの中にいる武に面会させた。武の危篤状態が続いているのは生きる気力がなくなっているからだ、と聞かされた夕麿は意識のない彼に取り縋って言った。
『生きて』と繰り返し。
すると呼び掛けに答えるように武が目蓋を開けた。恐らくは夕麿を認識した訳ではなかっただろう。しかしそれは夕麿にも気力を与えた。だからここまで回復出来たのだ。
夕麿は自らの中に封じ込めていたものを取り戻した。これが起因となって様々な物事の本当の源に、自分で向き合えるようになって来ていた。病の峠は越えたと高辻は判断している。無論、人間の心は複雑である。真っ直ぐに思う通りには治療は進まない。それでも夕麿は確実に快方に向かっている。
今度は武の治療を進めなければならない。
大切な人を守る為には自分はいない方が良い。自分は不幸しか呼ばない。確かにその想いから今は解放されてはいる。だが夕麿を失う恐怖を覚えてしまった武はわずかな影に怯え始めた。相反する二つの想いがいずれ武を板挟みにしてしまう。生命を脅かされる恐怖と共に武の心を蝕んでいる。
武自身は既に限界に来ている。どこまで支えられるか。どう治療を進めて行くか。
武と夕麿。ひたすらに純粋に愛し合う二人を、心から守りたいと思っていた。今では高辻にとっても大切な家族なのだ。 あれほど請い求め続けて来て、やっと得られた家族だったから。
それぞれの想いを込めた祈りが異国の夜に静かに静かに抱いて夜は更けて行った。
「本当はあなたが来る前に移る予定でした」
ベッドに武を下ろして夕麿は部屋を見回して言った。武が来てから2ヶ月半……この広い場所で武は一人でいた。 二階の自分の部屋からずっと見ていた。
「あなたに謝らなければならない事がいくつかあります」
「何?」
「あなたの日記を…読ませていただきました」
「なっ…」
武の顔がたちまち朱に染まった。
「入院中…周さんにお願いして、日記のコピーを取ってもらったのが最初です。あなたの想いが私の支えになりました。戻って来てもこっそり、夜中に来て読ませてもらっていました。あのような状況でも私を愛してくださった事が、涙が止まらないほどに嬉しかったのです。だからあなたが愛しくて…触れられずにいられませんでした」
「俺が起きちゃったけど?」
囁くような声ならば喉に負担がかからない。
「最初に起こしてしまって…周さんに叱られました」
「でも懲りずに来た?」
武の笑い声に夕麿の笑い声が重なる。
「あなたを抱き締めずにはいられなかったのです」
「で、言い訳だったんだ、あの歌は」
「解釈は2つ出来た筈です」
「うん。どっちかなって迷った」
「あの状況なら仕方がないでしょう?」
「恨み言は日記に書いておいたけど?」
「あれ以後は読んでいません」
「ふうん…で、外は?」
「引き出しの中を…確認しました」
「そっか…」
引き出しの中に入っていたのは夕麿が武に、贈ったものやたくさんの思い出の品物。結婚指輪やスクールリング。 アルバム 、夕麿のピアノを録音したCD
そして……お揃いに造ってケースに入ったままのペンダント。
夕麿は武が周と共に近くの診療所へ検査に出掛けた時にそっと開けてみたのだ。武がどんな気持ちでそれらを引き出しに入れて封印したのか。何故、 鍵を夕麿に渡して処分を依頼したのだろうか。中を見た夕麿は武の悲しみをまざまざと見て、その場で号泣した程だった。策略にはめられたとは言え自分が武に、どんな残酷な事をしたのかを思い知った瞬間だった。
「武、私は…」
「ああ、もう良いよ、夕麿。俺はお前がこうして戻って来てくれたから…それで良い」
「武…ありがとうございます。ではお願いは訊いていただけますか?」
「お願い?」
「これをもう一度、お互いの指に」
夕麿が差し出したのは結婚指輪だった。それを互いに交わして誓いからやり直したい。それが夕麿の願いだった。
「もう一度、誓いをさせてください」
「良いよ、俺も誓う」
武は夕麿の指輪を手にした。
夕麿も武の指輪を手にした。
「私、六条 夕麿は紫霞宮 武王さまを生涯の伴侶と仰ぎ、いつ如何なる時も敬いお仕え致す事を誓います」
皇家の系譜には元々の出身姓が記される。つまり系譜では夕麿は元の六条姓なのである。
武の左手を恭しく取り薬指に指輪を嵌はめた。
「私、紫霞宮武王は六条 夕麿を妃とし、いつ如何なる時も愛しみ守る事を誓います」
夕麿の左手を取り薬指に指輪を嵌めた。
自然に互いの顔が近付き唇が重なる。
「武…愛しています」
「俺も…俺も夕麿を愛してる」
「抱いても良いですか、あなたが欲しい」
「うん。俺もして欲しい」
異国の地での二人だけの誓い。
「不思議だよな…二年前に結婚した時は俺が妻だったんだよな?」
「ええ、私が御園生に婿入りしました」
「うん。でも…今の誓いは、逆転してたよな?」
武が笑う。
「仕方ないでしょう?紫霞宮家では私の立場はあなたの妃なのですから」
夕麿も笑う。
「ま、どっちでも関係ないよな?俺たちは俺たちだから」
「そうですね。私たちの結び付きにそのような区別は必要ないと思います」
唇を重ねて貪り合う。やっと触れ合える。
「夕麿…ごめん…俺抱いても…つまらないかも…」
両脚が麻痺している状態で、ちゃんと出来るのだろうか?武はそれが心配だった。愛する人を満足させられるのか。もし出来なかったら…不安に泣きたくなる。
「そんな顔をしないでください。あなたの麻痺は精神的なものです。大丈夫だと高辻先生も言われていました。だからあなたは感じるままにいてください」
「夕麿…夕麿…」
愛する人の温もり。
匂い
息遣い
どんなに欲しただろう。
やっと、やっと…
「あッ…夕麿…」
乳首を甘噛みされて声をあげる。動かない下肢がもどかしい。
「ああッ…もう…触って…」
「もうこんなにして…」
夕麿の唇が欲望に蜜液を滴らせるモノを、ゆっくりと呑み込んで行く。
「ぁン…ヤぁ…それ…ダメ…」
身体全部が溶けてしまいそうな程、甘く強い快感だった。何ヶ月も誰も触れていない。自分でするというのも知らない。ましてや2ヶ月程前、夕麿を組み敷いて口淫して一方的にイかせて自分はそのままだった。
全身が渇望状態だった。心も渇望していた。
「ダメ…ヤぁ…イく…イくゥ…!!」
頭の中が真っ白になった。
「ああ…あ…あ…」
夕麿が喉を鳴らして武の精を飲み干している。それが刺激になり絶頂感が尾をひくように続いていた。夕麿は全部飲み干すと、未だ快感に打ち振るえる武を目を細めて見た。
両脚を抱えると指にたっぷりのジェルを垂らして、すっかり固く閉じてしまった蕾に塗りたくった。
「ン…」
綻んだのを確認してゆっくりと指を挿れる。武が息を詰めるのがわかった。
「辛いですか?」
武は首を振るが眉間にシワを寄せて、耐えているのがわかる。夕麿とて余裕があるわけではない。それでも辛い想いをさせてしまった。だから優しくしたい。 更にジェルを足して指を増やした。
「はぁン…あッ…ああッ…そこ…イヤ…」
「イヤじゃないでしょう? 武、ここがイイのでしょう?」
「ゃあ…そこ…ダメ…おかしく…なる」
「なってください。もっともっと感じて、武」
「ダメぇ…夕麿ァ…も…挿れて…欲しい…」
脚を動かせない分、熱が中に溜まって行くような気がした。
「ンあッあッあッ…」
久し振りの行為は十分に解され感じさせられたが故に痛みこそはなかったが、すっかり狭くなった中を押し広げられる圧迫感は凄まじかった。
「武…武…辛いですか?」
「大丈夫…ああ…夕麿が…中にいる…嬉しい…」
二度とこの熱を中で感じる事は出来ないと思っていた。恋焦がれてやっと着いた異国の地。だが待っていたのは無感情な眼差しと冷たい言葉だった。
永遠に失ったとも思った。どんなに求めても得られないなら、例え生命が奪われる運命でも、思い出深い場所へ戻りたいとも思った。
愛しい人の温もり。
体内を満たす熱情。
匂い立つ色香。
甘やかな吐息。
愛を囁く大好きな声。
どんなに欲しかっただろう。求めてはいけないと思えば思う程、狂おしい渇望が募っていった。
「夕麿…夕麿…愛してる…愛してる…」
もう我慢しなくても良い。好きなだけ《愛してる》と言えるから。
「武…私も愛しています、あなただけを」
抽挿を繰り返す夕麿の顎を伝って汗が滴り落ちる。
「武…あなたの中…熱くて…イイ…たまりません…」
「あッ…ああッ…イイ…夕麿…もっと…ああッ…」
両手で枕を握り締めて身悶える。
「イイ…イイ…夕麿ァ…も…イかせて…イきたい…」
「私も限界です…一緒に…」
「ん…一緒に…夕麿…一緒が良い…」
「武…武…」
夕麿の動きが激しくなった。体内で渦巻いていた熱が、出口を求めてかけ昇る。
「あッあッあッあッンぁ…ああああッ…イくゥ!」
「武…!」
先程、口淫で吐精したとは思えないくらい、武は全身を戦慄わななかせて吐精した。夕麿も間髪を入れずに武の中に熱を放出した。
「あぁ……夕麿……」
夕麿の精が体内を満たしていく。
息を乱した夕麿は武を抱き締めながらぐったりと覆い被さった。
口付けを繰り返す。
「武、痛い所はありませんか?すみません、自制が出来なくて…」
「ん~痛くはないけど…ちょっと…」
「どこです?」
顔色を変えた夕麿の首に両腕を絡めて囁いた。
「まだ奥が熱くて…ジンジンしてるんだ…何とかして」
その言葉を聞いた途端、夕麿は破顔した。
「どこでそんな言葉を覚えて来たのです?」
「ふふ、教えない」
「でしたら身体に訊いてみましょう。覚悟してください、武。白状するまで離しませんよ?」
「じゃあ、白状しない、絶対に」
互いに笑いながら唇を重ねる。
やっと戻って来た甘い時間に、二人は空が白み始めるまで抱き合っていた。
翌朝、ここに来て初めて明るい笑顔を向ける武に、誰もがホッと胸を撫で下ろした。朝食の席でも笑い声が溢れていた。
「そう言えばさ、結局昨日、夕麿が記憶戻ってるのに黙ってた理由を、俺、聞いてないんだけど?」
食後のお茶を飲みながら、武が真っ直ぐに夕麿を見て言った。
「それは…最初は、そのようなつもりではなかったのです。まだ記憶が曖昧で何を思い出して、何を思い出せていないのかがわからなくて不安定で……すぐに混乱してしまう状態でした。だから退院して来てもしばらくは、部屋から出られなかった程です。今も…まだ、不安なままです。大切な事を思い出していないのではないかと…」
夕麿はその言葉の通り不安げに目を伏せた。
「そのお気持ちはわかるような気がします。 私も記憶が戻って来たらきっと、夕麿さまのように不安で不安で…どうしたら良いのかわからなくなると思います」
雅久が夕麿を思い遣り、庇うように言葉を紡いだ。
「何を馬鹿な事を言ってる。一番大切な事がわかっていれば、それで良いんだよ、な、武?」
義勝が溜息混じりに言った。
「うん。俺が夕麿を愛してるって事を、ちゃんとわかってくれてたらそれで良い」
にこやかに答えた武に夕麿は花が咲いたような笑みを浮かべ、義勝はそこまで言うかと苦笑し、他の者は相変わらずの甘々ぶりに天を仰いだ。
雫は軽く咳払いをすると言った。
「武さまや夕麿さまに対する危険が去った訳ではありませんでしたので、相手方の様子を見るつもりで黙っていらっしゃるようにお願いしたのです」
「それに記憶が戻られたと仰る事によって、不安定さが悪化される可能性がありました。黙って観察されて安定の糸口をとおすすめした部分もあります」
「わかった。
で、今は大丈夫なの?」
「少し前から落ち着かれましたから大事ございませんでしょう。
御不快であらせられませんね?」
「ええ、落ち着いています。
時には開き直りも必要なのですね」
穏やかにおっとりと笑みを浮かべて夕麿が答えた。
「ではもう、ご心配には及びません」
「さて、今後の出方を考えようではありませんか」
雫の言葉に夕麿が武に向き直った。
「武、しばらくはまだ声が十分に出ないという事にしていただけませんか?」
「それは…別に構わないけど…」
「その上であなたを徹底して宮として扱います」
「俺が嫌な事を敢えてする意味は?」
「慈園院 保はかなりプライドが高い人間です。クリスマスの態度から判断して、庶民として育ったあなたを軽んじていると思われます。
六条出身の私とセットで身分差をあからさまにして対応すれば、彼のプライドは大いに傷付く事になります」
「それって逆に働かない?」
「働くでしょう。黒幕は誰にせよ、慈園院 保を煽ればどこかしら綻びが出て来ると思います」
夕麿の考えを的確に理解したのは貴之だった。
「慈園院 保は感情に走って、使い物にならなくなる。そうすれば黒幕まで行かなくても、他の協力者が何だかの接触か仕掛けをして来ると?」
「ええ。私の暗示が解けたのは、向こうにもわかってしまったでしょう」
「昨日の騒動は、お前の状態を確認する為か」
周がハッとした顔で言った。
「まあ1ヶ月も入院してたんだ」
「予想はついていたでしょう」
義勝と雅久も言葉を発した。こうなると生徒会執行部時代に培われたチームワークが強力な武器となる。
「わかりました。それで行きましょう。
ただし皆さま、必ず二人以上で動いてください。
慈園院 保を潰せば向こうも焦って来る可能性があります。そうなれば手段は選ばないでしょう。
残念ながら現時点では敵の全容が見えてはおりません。ですからそれを忘れずに皆さま、決して一人にはならないでください」
雫の言葉に全員がしっかりと頷いた。
「では武の身分をある程度明らかにして、慈園院 保の取り巻きの蓬莱皇国よりの留学生をこちらに付かせます。彼らは保の身分に惹かれているに過ぎません。身分差を顕著にすれば離れてしまうと思います」
夕麿のやり方はあくまでも正攻法だ。こちらのカードをある程度出して餌にする。だが偽りはひとつもなく、それを見て動くかどうかはそれぞれの判断だ。
「紫霄からの留学生もこれだけ、元生徒会執行部がいれば、幾らでも惹き付けられるだろう」
「そうですね。保さまはあくまでも亡くなられた司さまの兄君に過ぎません。如何に似ていらっしゃったとしても、紫霄のOBではあられないのですから」
雅久の記憶に慈園院 司の事はない。彼が記憶を失った時には既に司は星合 清治と心中した後だった。
「確かに紫霄に在籍していたかどうかは、OBたちには大きなものだと思います。今はただ司さまの面影を保さまに重ねているだけでしょう」
貴之も賛同の言葉を吐いた。
「ではこういう事だな?徹底的に武さまと夕麿を紫霞宮家のお二方として全員で接する」
「ええ。周さん、あなたにも徹底して宮家大夫としての振る舞いをお願いします。成瀬さんも武の警護の皇宮警護官として皇国の留学生には対峙してください」
「では僕は夕麿、お前を今から敬称付きで呼ぶ事にする」
「お願いいたします」
夕麿が周に頭を下げた。
「では義勝。私たちも紫霞宮家にお仕えする臣下に徹しましょう?」
「そうだな。どこに敵がいるかわからん。内と外、関係なく態度を切り替えるぞ?」
「了解」
黙って聞いていた武も了承した。
決意も新たに登校するが雫はFBIと大学側に交渉して、武と夕麿に護衛を付けてもらった。民間のボディガードは雇えない立場だ。
キャンパスでの物々しい生活が始まった。すぐに新入生である武が実は皇国に於いては非常に身分が高いのだという噂が広がり、学生たちもこの物々しさを納得するようになった。御園生を名乗っていたのは、身を守る為のカモフラージュだと。
プライド。夕麿が敢えて《誇り》ではなくそう言う時、そこにはその人間の劣等感から派生した感情を示していた。長い間紫霄で最も身分高き存在としての立場にいた夕麿の孤高の気構えがある。自らを厳しく律して来た夕麿の努力が存在する。 人間は誰しもが他者よりも抜きん出ていたく思うものである。だがそれを夕麿は律し続けて来た。彼は小等部からずっと周囲の模範である事を求められて生きて来た。わがままを言えば従う者たちに、時には取り返しのつかない迷惑を掛ける。
頂点にいる者は常に孤独である。
武は高等部で突然自分の出生の秘密を明かされ、有無を許されずに今の身分と立場に押し上げられたからこそ、夕麿の気持ちがわかる。そして幼い頃からずっとそうして孤高に生きて来た、夕麿を心から尊敬し憧れていた。大切な友達すらも時には身分という立場で一歩下がってしまう。武の立場だと母小夜子や異父弟の希、伴侶である夕麿さえも、武を高みに置いて礼をとる。その寂しさはそこに立たなければわからない。
自ら望んで首相になった男が、その地位を辞した際に「孤独だった」と述べているが、彼は地位を仰ぎ見る事しか知らなかったのであろう。元華族の出身でありながら王者の悲哀も貴族の義務も学ばすに育った、単なるお坊ちゃん首相に、国中が混乱させられ国民が振り回されたのは記憶に新しい。
生まれながらにそれを抱いて生きる人間もたくさんいると言うのに。
夕麿の孤独を武は理解した。そして孤高に追いやられた武の気持ちを夕麿は理解出来た。
それを踏まえた上で敢えて武器として全面に出す。今回の事が夕麿をどれだけ怒らせたのか。はっきりと物語る判断だった。
武を傷付ける為の道具にされた。武が一番傷付く方法だと十分に理解した上で行われた夕麿の暗示。ただ夕麿に忠義の一心だった絹子まで巻き込んで。その結果、武は心肺停止に陥り、危うく取り返しがつかなくなるところであった。武を執拗なまでに亡き者にして排除しようとする。無意味な悪意はとうとう本気の本気で夕麿を怒らせたのだ。
夕麿を守る為に何もかもを投げ出す武。彼を守る為に全力を尽くす。
それが夕麿の決意だった。暗示が解けず武の善意との板挟みになってしまい、未だにメディカルセンターに入院している絹子の為にも。
その日、周から夕麿の携帯にカフェテラスに慈園院 保が、取り巻きを連れて向かっているとメールが入った。彼は高辻とその後方をやはりカフェテラスに向かって歩いていると言う。
夕麿たちはすぐさま途中で武と雫に合流してカフェテラスへと向かった。護衛のFBIも連れて。彼らはゆっくりとカフェテラスに入った。護衛のFBIが周囲に注意を払う様子を、当たり前とした眼差しで見ながら。雫が押す武の車椅子に夕麿は寄り添うように歩く。
紫霄で夕麿たちと離れて過ごした一年間に武は夕麿とはまた違う、威圧感をまとう事が出来るようになっていた。それを夕麿と共に発しながら周と高辻が確保した場所へと進む。二人は立ち上がり左手を胸に当てて頭を下げて彼らを出迎える。
武の車椅子が近付くと周が進み出た。カフェテラスのテーブルに車椅子では着き難いと言うので、大学側と交渉して肘掛け付きの椅子を用意してある。雫が異常がないか念入りに調べた上で、周が武を抱き上げて移すのだ。
だがこの日は夕麿が周を手で制止して自ら武を抱き上げた。武は夕麿に甘えるように首に腕を回す。二人がそういう仲だというのも、周知の事実となっていた。
庶子に継承権を与えない欧州の王家とは違う。東洋の継承権のルールと尊い皇家の貴種でありながら、複雑な立場故に日陰の宮として存在を隠された武。それを快く思わない者たちがいて伴侶共々、生命を脅かされ続けていると。そういう噂を上手く流して英雄思考の強いアメリカ人の正義感を煽り、武と夕麿を守ろうとする眼差しを持たせた。上院議員の息子による拉致事件の前の直向きで懸命で愛らしい武を、目の当たりにしている彼らは今のような状態を武が望まないのをやはり噂として聞き及んでいた。
集まるのは同情の気持ち。王家や皇家がいないアメリカ人の憧れ。
周囲を味方に付ける。ある程度はそういった下地が出来て来た状態での慈園院 保の登場だった。
武が椅子に移り夕麿が着席したのを見計らって、慈園院 保が近付いて来た。
「おくつろぎのところを申し訳ございません。
慈園院 保でございます」
最上級の礼をする彼に夕麿が低く答えた。
「大儀です、慈園院。しかし今頃になって武さまにお目もじであらしゃりますか。武さまのご留学は昨年末に訊き知っていた筈。非礼にも程があるでしょう」
大衆の面前でしかもライバル六条家出身の夕麿に、高圧的な言葉をなげかけられて、保の顔が朱に染まった。武が夕麿の手に手を添えて首を振った。
「しかし…」
それに何かを言おうとする夕麿にもう一度首を振る。別に演技や打ち合わせがあるわけではない。武は武の気持ちで普通に行動する。過剰な刺激が夕麿を含む皆を傷付ける事にならないか。純粋に心配だったのだ。ある程度は覚悟の上だと言っても。
「保さん」
「はい」
「司さんの遺品は受け取られましたか?」
「はい。高等部の生徒会の方が届けてくださいました」
「そうですか。司さんとは短い期間しか交流がありませんでしたが、彼は自分を頼りにする人を絶対に見捨てない人だったと聞いています。俺と夕麿の仲を取り持ってくれたのも司さんでした。
保さん、あなたは声も姿も司さんにそっくりです。だから紫霄の卒業生があなたを慕う。どうか彼らを裏切るような真似だけはやめてください。それは亡くなった司さんを穢す行為だと理解して欲しい」
囁くような声を幾分掠らせながら、武は保に言葉を紡いだ。家同士の確執からの企てなどやめて欲しかった。それを嫌って夕麿と仲良くしようとした司の気持ちを、瓜二つな兄である保に蔑ろにしてもらいたくはなかった。
そこに死んだ彼の祈りが込められているような気がしたのだ。彼の残した詩には幾つも、夕麿に宛てたらしいものがあった。司は間違いなく、夕麿の幸せを願っていた。その彼の兄たちが夕麿の生命を脅かす。武は胸が痛かった。司の望みを彼らが阻害しようとしているのが。
「武さま。私は弟が紫霄学院で何を考え想い、皆さまに何を残して託したのか。それを知りません。如何に弟と私が似ていても、弟は弟。私は私でございます」
「それがあなたの答えですか、慈園院 保」
静かに穏やかにけれどもきっぱりとした口調で夕麿が問い返した。
「そうでございます」
「わかりました。では我々もそのように対処いたしましょう」
保ははっきりと武たち紫霄学院の卒業生とは、違う立場であると宣言した。司と自分は違うとも。紫霄の卒業生たちの表情が一変した。武たちの側を辞した時、保に従ってカフェテラスを去ったのは、彼の元々の側近たちだけだった。彼は少なくとも紫霄の卒業生を敵に回したのである。
日本語でのやり取りを日本人学生と皇国の学生以外は静観していたが、後日、関係のない日本人学生たちが内容を訳して伝えてしまった。
保にはもう後がなくなったのである。
「あれは彼の本心ではないと思います」
屋敷に戻って高辻がそう言った。
「何を根拠にそう思われるのですか?」
煽った側の夕麿には高辻の判断が今一つよくわからない。
「眼の動き、表情、手をどこにやったか。心理学ではそれらで人間の心の動きを読みます。慈園院 保は確かに夕麿さまの挑発に反応しました。しかし武さまが司の話を口にした途端、眼球が不安定に動きました。
明らかな動揺を示したという証拠です」
「確かに動揺を見せたが…すぐに立ち直った。その後は弟の事を口にされた、武さまを恨むような目をした」
流石は警察官である。雫も高辻に負けず劣らず保を観察していた。
「俺たちに近付いたのは、それなりの目的があったのは確かだ」
「義勝の言う通りです。慈園院の人間が六条家出身の私に、自ら近付いて来るのは有り得ません」
夕麿が義勝の言葉を受けて断言した。
「でも夕麿。司さんは夕麿と仲良くなろうとしたんだろう?」
「司は例外でしょう。彼は慈園院の中でも、かなり異端児に見られていたようですから」
「それは俺も聞いた事があります。元々慈園院家と六条家のライバル関係は、室町時代に遡ると伺っていますが…」
「ええ。最初は皇女の御降嫁だったと伝わっています」
「室町時代って…昔じゃないか!」
「最初は…です」
「はあ…で、どっちが勝ったの?」
「六条家です。その次にやはり室町時代に今度は双方の娘が生んだ親王のどちらを、高御座に上げるかで争いました」
「どちらがお勝ちになられたのですか?」
「その時は慈園院側の親王が東宮に立たれ、即位されました。しかしそのお方は数年で崩御されました。慈園院は六条家が呪詛したと言い立てました。無論、事実無根の言い掛かりでした」
「つまんないな~」
「その次が完全なロミオとジュリエット状態で、双方が相手方を非難しました」
「被害者まで出して収まらなかったの?」
武が呆れた。
「江戸時代に似たような事がもう一度あり、この時は引き裂かれたと言います。その二人がやがて犬猿になったとも」
「何で?わけわかんない」
引き裂かれたなら何故、二人がそれぞれに悲劇を終わらせようとしなかったのか。武にはわからない。
「人間とは複雑な生き物ですから」
そう言われても理解出来ないものは出来ない。
「近年にも争いは存在しましたね」
高辻が呟いた。それに夕麿がはっきりと驚いた顔をした。
「それをよくご存知ですね? ごく一部の方しかご存知ない筈ですが?」
「いや…確か、久我家で話題になったような……」
高辻が言葉を濁した。
「ああ、それならわかります」
「何?」
武が不思議そうに夕麿を見た。
「私の母の嫁ぎ先です。元々身体が極端に弱い人で、最初に縁談が持ち上がったのは16歳の時。その相手が慈園院 創、司たち兄弟の父親だったと聞いています」
「え?じゃあ司さんたちと夕麿は、立場が逆転してたかもしれないの?」
「母は5人も子供を成すのは無理だったと思いますが…そういう事になります」
「何でダメになったんだ?」
義勝が聞いた。
「一つには創氏と母の年齢が開いていた事。それと…祖母が早すぎると反対したとも聞いています。しかも創氏には別にもう一つ縁談があり、年齢的にはそちらの方が相応しいと考えられたとも」
「身体の弱い翠子さまをお血筋だけで、御正室に迎えるのを慈園院家は躊躇されたのかもしれませんね」
「それが一番大きかったのだと私も思います」
雅久の言葉に夕麿は頷きながら答えた。
「よりによってその翠子さまが嫁がれたのが六条家。争いと言えるかどうかは別にして因縁と言えば因縁だな」
周が溜息を吐いた。
「俺の時にそんな事にならなくて良かった…」
武がぐったりとして呟いた。
「それはどうでしょう?最終的に夕麿さまと私が候補になった訳ですが、選考段階では慈園院 司の名前があがっていても不思議ではありません。現に朽木は既に妻帯していて候補対象に、出来なかったのだとあっちの家では言っていたようですから。
慈園院 司が除外されたとしたら…夕麿さまご自身が、慈園院家から妬まれた可能性があります」
「ああ、もう!何だよそれ!人の気持ちも考えずに勝手に…」
複雑な感情が絡んで利害関係から結び付いて、武たちを狙っているのだとしたら迷惑この上ない。
「保さまも司さまと同じく元は両家の争いを、馬鹿馬鹿しく思っていらっしゃったのではないでしょうか?」
「だが俺たちと敵対する理由が出来た?」
「最初に私たちに挨拶に来られた時には確かに、そこまでの感じは発せられるお声の色には見られませんでした」
「司さまを追い詰めたご両親方を批判されてたし…」
「確かに顔繋ぎに来た…という感じだったな。俺たちの様子を伺うのを頼まれたのだろう」
「確かにそんな感じはありましたね。成瀬さんの事を口にしたのも一年過ぎた今から見れば、かなり作為的だったと私も思います」
夕麿も納得したように言う。
「誤算は清方さんの存在。まさか当時の事情を知っている人間がいるとは思ってもいなかったらしいな?」
「私の事は…当時、雫が上手く隠してくれていましたから」
「逆に雫さんを武さまがお信じになられる元になったと僕は思っていますが…」
「うん。何かの悪意が動いたって考えたよ、俺は。で、母さんに電話で訊いてみたんだ。すると成瀬さんには想う人がいるって、母さんは感じたって言ってた。もしも相手が高辻先生なら敵になったり、俺たちに悪意を向けたりは絶対にしない筈。
それに……夕麿に突っかかっていた時にも、呆れたけど…邪心はないと後で気がついた。高辻先生と一緒にいるのを見たら、それが素みたいだってわかったしね」
武が笑って高辻が苦笑し雫が破顔した。
「武さまの皇家の霊感は、外れたりいたしませんから」
雅久が鮮やかに笑う。彼の色聴能力と武の皇家の霊感。他者にはわからない感覚を持つ者同士、二人には不思議な共感があった。
「僕はかなり焦らされましたけど。宮家大夫の任として、武さまをお守りする事が第一でしたので。問い合わせたら清方さんはちゃんと答えてはくれないし」
周がここぞとばかりに一年前の恨み言を言う。
「論点がズレまくってるように感じるが?」
義勝が高辻を庇うように言った。
「ね、何で保さんは敵になったのかな?俺と夕麿の事をバラしたのって、彼か彼の側にいる人だよね?」
「FBIからの報告によりますと、慈園院 保本人に聞いたと言っているそうです」
「彼が敵へと変わらざるを得なかった何かは、恐らくは年末の帰国時期にあったのではないでしょうか? 彼は我々とさほど変わらない時期に帰国して慈園院家に帰宅しています」
「実家に帰りたくない。一年前にはそう言ってたよな?」
「一番に考えられるのは、経済的な事でしょう」
「経済的って…お金?」
「慈園院家は六条家と同じように台所事情は火の車の筈です。司と清治は自分で稼いでいましたから、平然としていましたけれど。亡くなる前に二人が私に託してくれた額もかなりの金額でした。それは『暁の会』の資金にさせていただきました。
でも彼らの状態と慈園院家そのものの経済状態は別物の筈です」
夕麿は司と清治から多額の振り込みを受けていた。それを自分のと合わせて『暁の会』の基金とした。一時は夕麿の預金は株投資用以外は、完全になくなってしまったのだ。学院での生活は御園生が必要学費を、全て賄っていたので困らなかったという事もあった。今は再び株式運用や仕事の給料である程度回復した。生活費は必要がないので使い道が余りない程だ。一度、武に紫霞宮家としての生活費を自分も出す、と言ったのだがあっさりと却下されてしまった。
そこで数日前、実家六条家に関する費用を、自分で出したいと願い出て笑顔で許可が出た。武のそういう部分を夕麿は優しいと思ってしまう。
「そうですね。長男の遥は宮中に出仕してますが、さほど給料が高いわけではない筈です。次男 亘は会社役員。長女 紀久子は薬剤師で確か…清方先生と年齢は変わらない筈ですが、未婚だったと記憶しています。
そして三男が保な訳ですが、未だ学生。ロースクールにそのまま進むとして、その学費問題があるのは確かでしょう」
「彼は僕たちのように株投資はしない。普通は一般の学校ではやらない。資金もない…というなら実家頼みか」
周が貴之の情報に納得したように答えた。
「そうでしょうね」
「だがそれだけで普通、人命を脅かすような事に加担するか?」
「しかも武さまは皇家のお血筋。幾ら何でも……動機とは思えないですね?他に何か理由があるのではないでしょうか?」
義勝の言葉に雅久が首を捻った。
「その辺りを調べてみるか」
黙って聞いていた雫がそう言って頷いた。
「それが得策だと思います」
「貴之君、昨年末からの保の行動を追えるか?」
「多分、大丈夫だと思います」
「そっちは任せた。俺は遥や朽木側からその理由が見えないか探ってみる」
二人の調査を待つという事でその日はお開きになった。
「ねぇ、夕麿。司さんの残したお金を預かっていたって形で保さんにお金は渡せない?」
「無理でしょう。出所が何であれ私絡みのものは、今の状態では受け取りはしないでしょう」
バスルームでさり気なく訊いた言葉に無愛想な口調で夕麿が答えた。夕麿が部屋を移って来てから、当然ながら一緒に入浴する。動けない武は誰かの手を必要とする。
だが何故か入浴中はずっと夕麿の機嫌がすこぶる悪い。時には何かもっと機嫌を損ねる事を口にしたらしく、ベッドの中まで不機嫌で意地悪になる。何がそんなに気分を害するのかわからなくて、武は泣きたい気持ちになってしまう。かといって黙っているのも夕麿の気に障るらしい。身体を洗い流して夕麿に抱きかかえられてバスタブに入る。オレンジをスライスしたものが、入浴剤代わりに浮かべられていた。
「夕麿…」
「何です?」
やっぱり不機嫌な返事が返って来る。しかも今夜はいつになく機嫌が悪い。
「その…訊いても…良いかな?」
「何をです?」
「……」
泣きたくなって来た。身体を洗ってくれる時も今夜は荒っぽかった。話し掛けても不機嫌な声で、短く詰問するような返事しかくれない。謝ろうにも何をどう謝れば良いのかもわからない。耐え切れずに夕麿からそっと身を離した。だがすぐに乱暴な手付きで抱き寄せられる。
「何をしているのです、武。危ないでしょう?今のあなたは自分で身体を支えられないのを忘れたのですか?」
バスタブでバランスを失えばそのまま湯の中に沈んで溺れてしまう。それは十分わかってはいる。だが不機嫌な夕麿を煩わせている気がして悲しい。きっといつも不機嫌なのは自分では何も出来なくなった武を、入浴させるのが重荷と思っているに違いない。
「ごめんなさい…」
謝罪の言葉を口にして再び離れようと身を捩った。
「言葉と行動が逆になっていますよ、武。危ないと言っているでしょう?!」
苛立った声がバスルームに響いた。泣き出しそうになって指を噛み締めた。以前に噛み切って縫合した同じ指を。
夕麿にもう嫌われて背を向けられたくない。
ギリリと歯が指に食い込む。それに気付いた夕麿が慌てて顎を押さえて口を開けさせた。指にはしっかりと歯型がついていた。
「武、また、噛み切るつもりですか!?どうしたのです、さっきから?」
厳しい叱責の言葉にとうとう涙が溢れ出した。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「武…?」
泣きながら怯えた顔をする武に夕麿は、異常を感じて慌てて武を抱いてバスルームを出た。バスローブを武に着せ、自分も着てから高辻を呼んだ。
高辻は夕麿に席を外させて、武のカウンセリングを行い、睡眠導入剤を飲ませて眠らせた。
リビングで高辻と向き合って、夕麿は武に何が起こったのかを問い掛けた。
「ここのところの事がやはりストレスになっていらっしゃいます。ですが根本的な原因は夕麿さまが暗示にかかっておられた時期の経験が、トラウマになっていらっしゃるという事です」
「トラウマ?」
「あれは武さまの御心を一変いたしました。以前のように夕麿さまの為に、離れようと思われるお気持ちは持たれなくはなりました。しかし逆に今度はあなたを失われる恐怖を持ってしまわれたのです」
「そのような…しかし、高辻先生。武は全くそういう素振りは見せません」
「ええ。自覚は余りなされていらっしゃらなかったと思います。度重なるストレスが何かをきっかけにして、表面に引き出してしまったのではないでしょうか」
何があったのかと問われて、夕麿は心底戸惑い狼狽した。そしてある感情を武に向けてしまった事を吐露した。
「それはそれは……」
高辻がクスクスと笑う。夕麿は羞恥のあまりに真っ赤になって横を向いた。
「武さまに素直にそれを仰いなさいませ。落ち着かれますよ?」
「そのようなものでしょうか?」
「ええ。それはちゃんと愛情から出た独占欲ですから」
どんなに大人びて来ていても、19歳。初で可愛いものだと高辻は眩しげに夕麿を見つめた。真っ直ぐで一途な彼が逆の感情を持たされた。心への負担は相当なもので、完全な狂気の一歩手前まで病状が進んでしまう程だった。小夜子が来て彼を正気の側に繋ぎ止めなかったら、ここに彼はこうしていなかった可能性があった。
武を傷付けた罪の意識が封印していた、過去の意識と重なって夕麿を締め付け追い詰めた。病院における彼の記憶には心肺停止状態の武の姿しかなく、彼を死なせてしまったと思い込んでしまっていた。高辻や医師たちが幾ら言葉を紡いで武が蘇生した事を告げても、信じられずに心が絶望の断末魔をあげていたのだ。小夜子が来て彼を抱き締め、懸命に説得した結果、一時的ではあるが落ち着きを見せた。
逢わせるのが一番。
そう主張する小夜子に医師たちも折れ、ICUの中にいる武に面会させた。武の危篤状態が続いているのは生きる気力がなくなっているからだ、と聞かされた夕麿は意識のない彼に取り縋って言った。
『生きて』と繰り返し。
すると呼び掛けに答えるように武が目蓋を開けた。恐らくは夕麿を認識した訳ではなかっただろう。しかしそれは夕麿にも気力を与えた。だからここまで回復出来たのだ。
夕麿は自らの中に封じ込めていたものを取り戻した。これが起因となって様々な物事の本当の源に、自分で向き合えるようになって来ていた。病の峠は越えたと高辻は判断している。無論、人間の心は複雑である。真っ直ぐに思う通りには治療は進まない。それでも夕麿は確実に快方に向かっている。
今度は武の治療を進めなければならない。
大切な人を守る為には自分はいない方が良い。自分は不幸しか呼ばない。確かにその想いから今は解放されてはいる。だが夕麿を失う恐怖を覚えてしまった武はわずかな影に怯え始めた。相反する二つの想いがいずれ武を板挟みにしてしまう。生命を脅かされる恐怖と共に武の心を蝕んでいる。
武自身は既に限界に来ている。どこまで支えられるか。どう治療を進めて行くか。
武と夕麿。ひたすらに純粋に愛し合う二人を、心から守りたいと思っていた。今では高辻にとっても大切な家族なのだ。 あれほど請い求め続けて来て、やっと得られた家族だったから。
それぞれの想いを込めた祈りが異国の夜に静かに静かに抱いて夜は更けて行った。
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