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交差する心と心
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「ごめんね、要......」
要の怒りはきっと彼女たちだけに向けられたものではない。樹との事を隠していたのも、そもそもそういう関係になってしまっていたのも、彼はきっと玲に裏切られたと感じたに違いない。仲の良い兄弟だ。要は兄を責める事はあまりしないだろう。そして......友人の一人だった自分をもハッキリと責めたりできないのかもしれない、要は優しいから。こう思うと先程、樹に求婚プロポーズされたのを歓びのあまり受けてしまったのを後悔する。樹の言葉に嘘はないだろう。指輪まで用意されていたのだ。
けれども要の気持ちはどうなのだろう。快くはないのでは?
「え?」
「心配とか......迷惑ばかりで、ごめんね」
謝る事しか出来ないのが悲しかった。今すぐにどこかへ消えてしまいたい。どうして生きてここにいるのだろう。あのまま絞め殺されていたらきっと、もう誰にも迷惑はかけずにいられたのに。
「玲?」
様子がおかしいのに気付いた要が声をかけても、玲には届いてはいない様子だった。
「秋月君?......まずい!」
貴之がナースコールに手を伸ばした。
「過呼吸を起こしかけてます!」
『絞め殺されていれば』という想いが、心の中の恐怖心を呼び起こす。玲自身に自覚はなくても、確かに恐怖は存在していたのだから。
駆け付けた医師が処置しているあいだ、要は何が起こっているのかわからなかったが、それでもこの状態を樹にメールで知らせた。
そこへ息を切らせた樹が戻って来た。
「玲!」
処置を終えてぐったりしている玲に慌てて駆け寄ると、玲は再びポロポロと涙を流し始めた。
「ごめんなさい......ごめんなさい」
「パニック状態ですが、処置はしましたので取り敢えずの心配はありません。ですが今後はカウンセリング等をを受けての治療をお勧めします」
「それは病院こちらで受診できますでしょうか?」
「はい。ですがお住まいのマンションにもクリニックがあります。当院の嘱託医でもありますので、紹介状をお出ししますが?」
樹と駆け付けて治療してくれた医師の会話をぼんやりと聞いている。投与された薬の効果なんだろうか?全身にうまく力が入らない。
「そうしていただけると有難いです。彼のアパートの荷物は移す手配しましたが......あの、良岑さま、残党の可能性も、考えられるのですよね?」
「そうです。それに......彼の身内がどの様な動きをするかもわかりません」
「ああ、そちらの心配もありますね。ではしばらくはマンションの部屋から出さない方向にしたいので、クリニックの方をご紹介いただけますか?」
「わかりました」
荷物を移す?漏れ聞こえた言葉に玲は驚いた。
「セキュリティが前のマンションよりも遥かに強いし、上の階には良岑さまの同僚の方々や上司がお住いだから、何も心配しなくていいよ、玲」
樹は優しく微笑んで玲髪を指先で撫でた。
「本当に何も心配しなくていいからね?君の異母兄さんが何を言って何をしようとも、君には何の責任もない事だ。このまましばらくは大学を休んで、ゆっくりとケアすればいい。私が忙しくても代わりに要にいてもらうから、寂しくはないと思うよ」
「俺、兄さんの新しいマンションがどこか知らないんだけど?」
「敢えて教えなかったからな」
「いいけどさ。遠いの?」
「いや、ここは新市街だからさほどは遠くない」
「新市街こっち側なの?」
「旧市街との境目辺りかな」
「モロに高級住宅街じゃん」
「広いぞ?前の場所の二倍近くはある。でも上層階はもっと広いらしいし、最上階とその下の階はワンフロアが一つになってる。将来はそこを譲ってもらう約束になってる」
「はあ!?なんだそれ!」
玲を置き去りにして兄弟の話が進んで行く。
「お前も越して来るか?」
「ええ~ヤダよ。何で新婚ラブラブカップルの部屋に同居しなきゃならないんだよ!それに彼女とイチャイチャできないだろーが!」
さすがに玲も要のこの言葉には噴き出した。
「あ、笑ったな、玲?」
「要......要」
「ん?」
「ボクは樹さんと結婚してもいいの?」
「え?そんなの気にしてたわけ?俺の大事な友だちに手を出した制裁はさせてもらったけど、玲が家族になるのは大歓迎だし......サイボーグか何かにしか思えなかった兄さんが、人間らしくデレデレなのは弟としては嬉しいし......面白いからな」
「面白いの?」
「こら、面白いとはなんだ?」
「二人で同時に言うなよ、まったく......ラブラブは二人の時にやってよ」
呆れた顔で要が言った瞬間、玲と樹は互いの顔を見合わせて赤くなった。
「だ~から~俺がいなくなってからにしてくれよな」
このやり取りに他の2人は必死て笑いを堪えている様子だった。
「んじゃ、お邪魔虫は消えるわ。玲、兄さんをよろしくな!」
「え......あ、うん」
反対されてはいない、むしろ喜ばれているという事実に玲の心は何か温かいものに包まれた気がした。
「では我々もこれで」
他の2人も要と共に出て行く用意を始めた。
「事情聴取は一応終わりますが、新たな何かが出てきた場合はお願いするかもしれません。その場合は医師の立会いも可能です」
「わかりました」
労るように玲の手を握りしめながら樹が答えた。
「ああ、そうだ」
先程処置をした医師が玲を振り返って思い出したように呟いた。
「自分を責めるのはやめような。あなたがこれまでいた環境の方がまともではなかったんだと考えられるようになろう。今の環境が普通なんだから。大切な人たちと幸せに楽しく過ごしていいんだ。それはあなたの人としての当然の事なのだからね」
その言葉に玲は思わず樹と要を見上げた。二人とも優しく微笑んで頷いた。
「ボクはここにいていいの......?」
「いないと困る人がいると思うけどね」
と言われて樹を見た。ギュッと手を握られて頷かれた。
「私には玲が必要だよ」
ここにいる人たちは玲を否定しない。初めて会った人たちも含めて。向けられるのは優しい笑みだけ。
もう......自分の居場所を探さなくていい。求めても得られないと諦めなくてもいい。
「ありがとう......ございます」
涙を堪えて呟くのがやっとだった。
要の怒りはきっと彼女たちだけに向けられたものではない。樹との事を隠していたのも、そもそもそういう関係になってしまっていたのも、彼はきっと玲に裏切られたと感じたに違いない。仲の良い兄弟だ。要は兄を責める事はあまりしないだろう。そして......友人の一人だった自分をもハッキリと責めたりできないのかもしれない、要は優しいから。こう思うと先程、樹に求婚プロポーズされたのを歓びのあまり受けてしまったのを後悔する。樹の言葉に嘘はないだろう。指輪まで用意されていたのだ。
けれども要の気持ちはどうなのだろう。快くはないのでは?
「え?」
「心配とか......迷惑ばかりで、ごめんね」
謝る事しか出来ないのが悲しかった。今すぐにどこかへ消えてしまいたい。どうして生きてここにいるのだろう。あのまま絞め殺されていたらきっと、もう誰にも迷惑はかけずにいられたのに。
「玲?」
様子がおかしいのに気付いた要が声をかけても、玲には届いてはいない様子だった。
「秋月君?......まずい!」
貴之がナースコールに手を伸ばした。
「過呼吸を起こしかけてます!」
『絞め殺されていれば』という想いが、心の中の恐怖心を呼び起こす。玲自身に自覚はなくても、確かに恐怖は存在していたのだから。
駆け付けた医師が処置しているあいだ、要は何が起こっているのかわからなかったが、それでもこの状態を樹にメールで知らせた。
そこへ息を切らせた樹が戻って来た。
「玲!」
処置を終えてぐったりしている玲に慌てて駆け寄ると、玲は再びポロポロと涙を流し始めた。
「ごめんなさい......ごめんなさい」
「パニック状態ですが、処置はしましたので取り敢えずの心配はありません。ですが今後はカウンセリング等をを受けての治療をお勧めします」
「それは病院こちらで受診できますでしょうか?」
「はい。ですがお住まいのマンションにもクリニックがあります。当院の嘱託医でもありますので、紹介状をお出ししますが?」
樹と駆け付けて治療してくれた医師の会話をぼんやりと聞いている。投与された薬の効果なんだろうか?全身にうまく力が入らない。
「そうしていただけると有難いです。彼のアパートの荷物は移す手配しましたが......あの、良岑さま、残党の可能性も、考えられるのですよね?」
「そうです。それに......彼の身内がどの様な動きをするかもわかりません」
「ああ、そちらの心配もありますね。ではしばらくはマンションの部屋から出さない方向にしたいので、クリニックの方をご紹介いただけますか?」
「わかりました」
荷物を移す?漏れ聞こえた言葉に玲は驚いた。
「セキュリティが前のマンションよりも遥かに強いし、上の階には良岑さまの同僚の方々や上司がお住いだから、何も心配しなくていいよ、玲」
樹は優しく微笑んで玲髪を指先で撫でた。
「本当に何も心配しなくていいからね?君の異母兄さんが何を言って何をしようとも、君には何の責任もない事だ。このまましばらくは大学を休んで、ゆっくりとケアすればいい。私が忙しくても代わりに要にいてもらうから、寂しくはないと思うよ」
「俺、兄さんの新しいマンションがどこか知らないんだけど?」
「敢えて教えなかったからな」
「いいけどさ。遠いの?」
「いや、ここは新市街だからさほどは遠くない」
「新市街こっち側なの?」
「旧市街との境目辺りかな」
「モロに高級住宅街じゃん」
「広いぞ?前の場所の二倍近くはある。でも上層階はもっと広いらしいし、最上階とその下の階はワンフロアが一つになってる。将来はそこを譲ってもらう約束になってる」
「はあ!?なんだそれ!」
玲を置き去りにして兄弟の話が進んで行く。
「お前も越して来るか?」
「ええ~ヤダよ。何で新婚ラブラブカップルの部屋に同居しなきゃならないんだよ!それに彼女とイチャイチャできないだろーが!」
さすがに玲も要のこの言葉には噴き出した。
「あ、笑ったな、玲?」
「要......要」
「ん?」
「ボクは樹さんと結婚してもいいの?」
「え?そんなの気にしてたわけ?俺の大事な友だちに手を出した制裁はさせてもらったけど、玲が家族になるのは大歓迎だし......サイボーグか何かにしか思えなかった兄さんが、人間らしくデレデレなのは弟としては嬉しいし......面白いからな」
「面白いの?」
「こら、面白いとはなんだ?」
「二人で同時に言うなよ、まったく......ラブラブは二人の時にやってよ」
呆れた顔で要が言った瞬間、玲と樹は互いの顔を見合わせて赤くなった。
「だ~から~俺がいなくなってからにしてくれよな」
このやり取りに他の2人は必死て笑いを堪えている様子だった。
「んじゃ、お邪魔虫は消えるわ。玲、兄さんをよろしくな!」
「え......あ、うん」
反対されてはいない、むしろ喜ばれているという事実に玲の心は何か温かいものに包まれた気がした。
「では我々もこれで」
他の2人も要と共に出て行く用意を始めた。
「事情聴取は一応終わりますが、新たな何かが出てきた場合はお願いするかもしれません。その場合は医師の立会いも可能です」
「わかりました」
労るように玲の手を握りしめながら樹が答えた。
「ああ、そうだ」
先程処置をした医師が玲を振り返って思い出したように呟いた。
「自分を責めるのはやめような。あなたがこれまでいた環境の方がまともではなかったんだと考えられるようになろう。今の環境が普通なんだから。大切な人たちと幸せに楽しく過ごしていいんだ。それはあなたの人としての当然の事なのだからね」
その言葉に玲は思わず樹と要を見上げた。二人とも優しく微笑んで頷いた。
「ボクはここにいていいの......?」
「いないと困る人がいると思うけどね」
と言われて樹を見た。ギュッと手を握られて頷かれた。
「私には玲が必要だよ」
ここにいる人たちは玲を否定しない。初めて会った人たちも含めて。向けられるのは優しい笑みだけ。
もう......自分の居場所を探さなくていい。求めても得られないと諦めなくてもいい。
「ありがとう......ございます」
涙を堪えて呟くのがやっとだった。
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