蓬莱皇国物語外伝〜黄泉路

翡翠

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「……や……て……も……して……」

 とうにかすれて出なくなった声で嘆願する。 縛られた両手首も、開かされ続けた両脚も、随分前から感覚がなくなっていた。 何時間も複数の男たちのモノを受け入れた蕾は、挿出と共に体内に出された大量の精液を溢れさせる。

 下びた笑いに包まれながら、折れそうに細い少年の青白い身体は、覆い被さり陵辱を続ける男の、浅黒い背中とはあまりにも対照的だった……


「……さま、 司……ま」

 闇の中で声がする。 慈園院 司はその声に向かって、手を伸ばした。 するとその手が力強く握られ、意識が浮上した。

「清治…か?」

「はい。酷くうなされていらっしゃいました」

「ああ…夢を見ていた…もう、4年も経つのに…私はまだ…」

 過去の記憶を悪夢に見て、未だにうなされる司に、清治は決して忘れろとは言わない。 安易に忘れてしまえるなら、どんなに楽になれるだろうか。

 出来ないからこそ、人は悩み苦しみ続ける。

 時には慰めも励ましも、逆効果になる。

「何かお飲みになられますか?」

 清治の言葉に、司は小さく首を振る。

「それよりも…私を抱け」

「はい、司さま」

 命令口調とは逆に差し出された司の手は冷えて震えていた。 その手を握り、愛しげにキスをする。 司は清治に微笑んで抱き寄せた。

「今宵はお前の望むままに…」

「ありがとうございます」

 それは強く激しく求めて欲しいという意味だ。 快楽の中で辛く忌まわしい記憶を。一時でも忘れてしまいたいから。

 司は体温が低い。 パジャマのボタンを外して、白蝋のように白く滑らかな肌に触れると、ヒンヤリとして心地良い。 シミひとつ、黒子ひとつ存在しない。千年以上に渡り洗練され,磨き上げて来た血筋ゆえの滑らかで美しい肌の輝き。 薄い色素ゆえに青みがかった瞳と筋の通った鼻。 やや厚みの低い唇は、既に紅に濡れ光って開き、欲望を求める舌先が覗く。

 悪夢の汗に濡れ乱れた黒髪は、甘い芳香を発している。 どのような高価な香も適わぬ程、高貴な薫りは甘く切ない欲望を駆り立てる。

 清治はそれを吸い込んで、クラクラする頭を振って、懸命に正気を保とうと試みる。

「清治…早く…」

 声音も欲望の艶と色を帯びる。

「司さま…!」

 朱に染まりぷっくりと勃ち上がった乳首を舌先で、ペロリと舐め上げる。

「あッ…!」

 不意を突かれて司が声を上げて仰け反る。 もう片方を爪で摘んで捻りながら、口に含んで甘噛みすると、司の口から途切れ途切れに甘い声が漏れる。 執拗に続けると、じれて腰が揺らめいた。

「司さま…仰って下さい。 どうして欲しいですか?」

 だが司は首を振って答えない。 目許が紅く染まって、興奮と羞恥の間を揺れ動いているのがみて取れた。

「黙っていらっしゃると、酷くしますよ、司さま?」

 少し冷たく突き放すように言うと、司は視線を彷徨さまよわせた。

「黙っていらっしゃるのは、承諾の意味ですか?」

「……」

 微かに唇が動いたが、はっきりと言葉が聞き取れない。

「申し訳ありません。 もう一度仰って下さい。」

 畳み掛けるように言うと、頬の紅が増す。 司はちょっと清治を睨んで、ツイっと視線を逸らした。

「…滅茶苦茶に…して…」

 恥じらいと期待の入り混じった声が、かすれて呟かれる。

「承知致しました」

「早く…」

 手を差し出して清治の首に絡めた。 開いた唇の中で舌先が妖しく蠢いて誘う。 清治はそれに誘われるように唇を重ねながら司の衣類を剥いでいく。

 少しひんやりした司の肌が、官能に熱を帯び始めた。

「あッ……清治…あ…ああッ…」

 蜜液を滴らせるモノを扱われながら、紅に熟れて膨らむ乳首を、口に含まれて司は身悶える。

「ひッ…イヤ…噛むな…清治…清治…ああ…もう…もう…イきたい…イかせて…」

「良いですよ。 このまま、手でイかれますか? それとも口がよろしいですか?」

 言葉と共に、わざと強く握り締める。

「ひッ…痛ッ…清治…痛い…」

「お答え下さらなければ、イかせて差し上げられません、司さま」

「イヤ…イヤぁ…イきたい…」

「ではお選び下さい。」

「あ…ああ…口で…口でイかせて…」

 自らが口にした言葉への羞恥心で、身を捩りながら顔を覆う。 清治は構わず、司の脚を開かせ身を入れて、蕾を露わにする。 同時にサイドテーブルからジェルを取り、左手の指に絡ませた。 右手で司のモノを掴み、練っとり焦らすように舐め上げる。

「あ…あン…清治…もっと…」

 焦れったさに腰を揺らす。

「堪え性のない方ですね」

 クスリと笑って、蜜液を舐め啜り、根元まで深く咥わえ込む。 同時にジェルを蕾に塗りながら、音をたてて舐めしゃぶる。 蕾は刺激に素直に綻び、温度で溶けてローションに変化した潤滑剤の滑りで、易々と指を受け入れた。 焦らしながら指を増やすと、司の指が清治の髪を掻き回す。

「清治…清治…イかせて…」

 それを待っていた清治は、中をかき混ぜる指にジェルを足し、咥えたモノに舌を絡ませながら吸い上げる。

「あッあッあッあッ…イく…イくぅ!」

 四肢を震わせて昇りつめた司は、長い絶頂の痙攣の末、ぐったりと身体をベッドに沈み込ませた。

 だが、清治は司の要求通り容赦をしない。 司の吐精を音を立てて嚥下した後も、指は未だに体内でうごめいている。

「ヤ…ダメだ…清治…待て…」

 絶頂後の過敏な状態を刺激され、激しく首を振る。 清治はそれに婉然と笑い返し指を抜いた。 ……と、入れ替わりに自らのモノをあてがい、間髪を入れずに一気に貫いた。

「あッひィィィィィィィ…!!」

 予告なしの衝撃と圧迫感に、司は両手でシーツを握り締めて仰け反り絶叫した。 それは痛みと快感を同時にもたらす。 だが、清治は悲鳴にも怯む事なく、司の両脚を胸につく状態にまで折り曲げ、一層深い部分を抉る。

「ああッ!」

 圧迫感が増し、清治のまるで凶器のような巨大なモノを受け挿れた蕾は、有り得ない程に広げられ収縮すら出来ない。

 清治は身体を起こし、今一度、ジェルを蕾に垂らした。

「あッン…冷たい…」

 ピクリと身を震わす司の肌は、熱を帯びて薔薇色に染まって匂い立つ色香が凄まじい。

 清治はジェルを馴染ませる為に、緩い挿出を繰り返す。 ジェルは司の中の熱に溶けて、すぐにローションに変化し、淫猥な水音が室内に響き渡った。

 すると清治は腰を引き、抜ける寸前で再び、のしかかるようにして一気に深奥を貫いた。

「あうッ!」

 今度こそ容赦のなく、打ち付けるように腰を動かす。 司は激しく揺さぶられながら、喘ぎというよりも悲鳴を上げ続けた。 どれほど肌を重ねても、清治のモノの巨大さに身体がなれない。

 苦痛と快楽が入れ混じり、次第に朦朧とする意識の中で、いつの間にか快楽が全身を支配する。 その時には司のモノは吐精を続け、とめどない絶頂が全てを忘却の彼方へと運んでいく。 吐精し続ける司の蕾の懸命の収縮は最早痙攣に近く、貫く清治もまた眩暈を起こしそうな快感に、数え切れない程の精を司の体内に放出していた。

 一対の獣の交わり。だが、本物の獣は同性間のスキンシップはしても、ここまでの激しい交合はしない。

「あひィィ…清治…も…許して…壊れて…しまう…」

 いつも司の失神で、激しい交わりは終了する。清治は司の身体を綺麗にしてパジャマを着せ、自分もシャワーを浴びる。室内の灯りを低くして、自分のベッドにもぐり込んだ。

 この春休み、二人は学院都市にとどまった。ここで過ごす最後の年…夏休みには海を渡る。司は慈園院家の四男、家も資産も継ぐ事は出来ない。つまり彼は自力で生計を立てれなければ、生きてはいけない立場なのである。

 摂関家の一族として貴族たちの上に君臨する慈園院家は、戦後を乗り切りそれなりの資産を保持してはいる。だが、現在の当主、つまり司の父は子沢山で、資産が散逸するのを防ぐ為にも、長男以外は自力の道を選択する必要があった。司の兄たちは既にそれぞれの道を選択し、司もまた海を渡り留学して道を模索しようとしている。

 星合 清治が初めて司に会ったのは、紫霄学院小等部入学の数ヶ月前だった。司の父に仕える祖父に手を引かれて、慈園院家の屋敷に連れられて行った。そこで司に引き合わされたのだ。

 それから10年余り…清治は常に司の傍らにいた。あの事件の時以外は…それが悔やまれて仕方がない。 司の純粋だった心を破壊した、あの教師が憎かった。本当なら自分の手で、八つ裂きにしてやりたかった。

 薬を盛られ、複数の男たちに陵辱された忌まわしい記憶が、今も司を苦しめ続けている。 優しい性格が、傲慢で冷酷なものへと変貌し、目を付けた少年たちを催淫剤で陥落させて楽しむ。

 司が選ぶのは皆、小柄で儚げな姿の孤独な少年。 彼らは安易に快楽に染まり、司の性奴隷となった。非難する者もいるが清治は知っていた。 思う様に従い淫らに調教された彼らが、本当に司を愛している事を。 そして司もそれを理解していて、決して見捨てる事もなく慈しんでいるのを。

 孤高の魂が孤独な魂を呼ぶ。 ただそれだけの事。

 司は優しい。 ただそれを不動にする強さまで、持ててはいないというだけ。

 清治は思う。

 司を独占出来ないのが恨めしいと。 けれど何もかも清治に頼る司は愛しい。 相反する感情の中で、清治にだけ許された抱擁。少年たちには出来ない事。 けれどその逆は、清治には許されていない。 司が望むなら、何だって差し出せる。人生も生命も。

 司に触れて良いのは、ずっと清治だけだった。 衣類の脱ぎ着、入浴時は共に入って全身を洗う。本来、貴族や皇家の人間は全てを仕える者に委ねる。 日々の着替えもトイレまで。

 六条 夕麿のように寄宿舎に入れられて、自分で何とかしなければならなくなったのでない限り、誰かが世話をする。彼もあの事件の被害者だった。穏やかで気品ある優しい少年だった。だが凍り付いた心は、冷酷で無慈悲に変化してしまっていた。司はそれを悲しんでいた。司が籠絡した少年たちの何人かが、夕麿に恋をして手酷く振られていた。 そのうちの一人は、夕麿に肌に触られたにも関わらず、冷めた目で彼の身体が反応していなかった事実を聞かされた。

 高等部に進んでも上級生にも同級生にも、夕麿と肉体関係を持った者は現れなかった。 その性格と優秀さで相も変わらず、衆目を集めていながらも、彼の心は鉄の鎧をまとい、冷淡な眼差しがどのような景色を映しているのだろうか。 それを痛々しく思いながら、司は自分の心に浮き上がる気持ちを説明出来なかった。いや、強いて説明するならば、夕麿と自分を表裏で捉えていたのだろう。

 あれはもう一人の自分。

 夕麿が思っていたように、司もそう感じていたのである。

 だからこそ、司には夕麿の頑なさが哀れだった。 継母の計略と心的外傷に疲れ果て、唯一の逃げ道としての冷酷さ。 快楽に外に、救いを求める司と真逆の、内へ内へと逃げ込む夕麿。好敵手ライバルと思う相手の失墜。 同じ闇に墜ちた故の苦悩。 だが、夕麿は未だ、その闇の中に一人でいる。

 司はお気に入りの温室で清治が淹れた紅茶を飲みながら、孤高に身を置いてしまった後輩を想った。

「清治。」

「はい、なんでしょう?」

「己を救えぬ私が、誰かを救ってやりたいと思うのは、傲慢だろうな」

「……六条さまの事ですね?

 すっかりお心を閉ざして仕舞われた。 以前はあんなに明るくて可愛らしいお方であられたのに…」

「お前もそう思うか…」

「一番よろしいのは、僭越せんえつながらあの六条夫人 詠美さまが、消えてなくなられる事だとは思いますが」

「殺すわけにはいくまい、幾ら私でもそこまでは出来ぬ」

「ならば…良きお相手がお出来になれば…」

「それも難しいであろうな。 六条の意向に揺るがされない血筋と深い愛情が必要であろう。今現在、私の知る限りでは、高等部にも中等部にも該当する立場の人物はいない」

「確かに」

「天命を待つしか道はないのかもしれぬな」

 飲み干したロイヤルコペンハーゲンのカップを置いて、司はソファに深々と身を預けて瞑目した。決して自分も救われてはいない。 未だに悪夢にうなされ、快楽に苦悩を紛らわす。その姿を知っている清治には、司のその優しさが哀しかった。


 司と清治が天命の訪れを見たのは、始業式の前日だった。

 食堂の片隅で取り巻きと夕食をつついていると、夕麿が見覚えのない小柄な少年を伴って姿を現した。ちょっと伏せ目がちな少年に、微笑んで言葉をかける夕麿に、それまでにない光のようなものを感じた。

「清治、どう思う?」

「天命が訪れた…と、私は思いたいですね」

「あの少年を調べろ。恐らくは本年度ただ一人の編入生だろう。動くのはそれからだ」

「御意」

 清治が調べている間、司は目に入る限り、二人の様子を観察した。互いに視線を絡ませているのに、それを認めないでいる。不器用で、臆病な二人に苛立ちを感じながらも、その不安定さこそ変化だと。少年…その頃には御園生 武という名前を知っていたが…と夕麿が異母兄弟だと噂されていた。

「司さま、御園生 武の調査が終了いたしました」

「聞こう」

「昨年末、御園生財閥の若き総師有人氏が再婚しました」

「ああ、確か若い頃に結婚した女性とは、離別していた筈だな?」

「はい。

 その後、浮ついた噂も一切なく、今回の再婚も一族が驚く程の電撃であったとか。 彼はその再婚相手、葛岡 小夜子くずおかさよこさまの連れ子です」

「葛岡…小夜子…? はて、何処かで聞いたような……彼の実父は?」

「戸籍上は小夜子さまの私生児になっています」

「葛岡…葛岡…あの葛岡家か? 確か一人娘がいて……さきの皇太子の後宮に……母親は彼女か!?」

「そのようです。 彼女は17年前まで東宮の後宮におられました」

「17年前…? 確か、前の東宮はにわかな病で倒れられ、一時は誰かが毒を盛ったと噂された筈だったな?」
 
「はい、小夜子さまは恐らくは懐妊されておられて、御子のお生命いのちを守る為だと思われますが、後宮から姿を消されています。

 また、夕麿さまの亡き母君さまは小夜子さまのご学友であり、お父君 陽麿はるまさまは殿下のご学友であられました。六条さまが彼の世話をやかれる理由は、その辺りにあると思われます」

「……御園生 武と名乗っている彼は……」

「はい。前の東宮殿下の実の皇子さまで間違いないと思われます。証拠として宮内省が内々に動いている気配があります。

 如何なされますか、司さま? 彼が皇家の血筋となりますと、あれは差し障りがあるのではありませんか」

「構わぬ。もう私の先は決まっている。 最後の置き土産にちょうど良い。早々に彼に手紙を」

「御意」

 こうして武のもとにラブレターが届けられたのである。


 その夜、司は温室に先に着いていた。 進学の件で担当教諭に清治が呼び出されたのだ。

 温室では清治が丹精込めて手入れをしていた薔薇が、開花し始めて芳香を放っていた。 愛惜しげに手で触れて、甘い香りを楽しむ。薔薇の香りは男性に対して、弱いながらも催淫効果を持っている。 微弱過ぎてはいるが、世界中で香水の原材料に好まれる理由はそこにもあるのかもしれない。

 この温室は半ば放置状態で荒れ果てていたのを、司と清治が整え世話した結果、今では薔薇をはじめとした美しい花々が常に咲いていた。特に薔薇は司の好きな花で、わざわざ珍しい品種を取り寄せてまで植えたもので、清治が熱心に手入れをしている。

 薔薇は明治に日本の北海道産のハマナスを掛け合わせて、寒い冬季にも花を咲かせる品種が出来た。 それまでの薔薇は寒冷地で寒さに枯れる場合が多く、温室などの温度管理で苦労した。日本が開国して、外国人を受け入れた結果、極寒地知床で花開く野生の薔薇科植物、ハマナスの発見になった。それが世界中の薔薇愛好家を狂喜乱舞させたのである。

 司の今のお気に入りは、『緑光りょっこう』という日本人の造った品種である。 これは緑色を帯びた白い花びらで、気品がある清楚な薔薇である。蒼薔薇、黒薔薇と同じく、緑色の薔薇は薔薇愛好家の憧れの色である。

 司はその緑光の開きかけた蕾を、指先で優しく撫でた。

 その時、出入り口の扉が開閉する音がした。見ると清治が特待生の白い制服を着た生徒を肩に担いでいた。

「昇降口の傍らに倒れておられました」

「ふむ。そういえばここのところ食堂で姿を見なかったな」

「酷く発熱されています。 如何なされますか。六条さまにお知らせいたしますか?」

「いや、それをすれば二度と彼をここへ誘い込む事は出来なくなる」

「仰有ると思って武さまの荷物を残して参りました、新たな手紙を入れて」

 清治のこの機転の良さが司は好きだった。 司が求める以上の働きをする。

「明日からは試験休みだ。 ここは暖かい。裸にしても肺炎を起こすような事はなかろう」

「御意。

 では早々に準備を致します」

 血の気を失った顔は、まだまだ幼さを残してあどけない。 だが衣類を剥ぎ取って露わになった肌は、真珠の輝きを持つ透けるように白い。 痣も黒子もなく、身長のわりに長く細い手脚が、淫らな姿勢で戒められた。

「美しいな。 どこもかも完全に手付かずの処女の輝きだ」

「外部ではそこまで乱れてはおりませんから… …恐らくはご自分で慰められた事もなさそうですね」

「六条にくれてやるのが、少し惜しくなった」

 司はそう言って笑う。久々に見た司の楽しそうな笑顔に、清治も微笑み返した。

「清治、注射の方は通常の半分の濃度に」

「御意」

 清治はそう答えると、司を見て少し迷う素振りを見せた。

「どうかしたのか、清治?」

「今更…今更ですが、大変不快な事実を入手しました」

「不快な事実?」

「4年前のあの一件で、六条さまだけが写真や映像の流出すらありませんでした。誰しもが…六条さまご自身も含めて、まだそういう関係の日が浅かったからと判断しました」

「違ったのか?」

「六条さまに関しては…六条 詠美えいみさまのご依頼だったと…」

「何!? あの女…どこまで摂関貴族の家名を汚すつもりだ…許せぬ。

 清治、その事実を知っていると思われるのは?」

良岑 貴之よしみねたかゆきは知っているでしょう。 葦名 義勝あしなよしかつはわかりません」

「知っている可能性はあるな」

「御意。

 ところで司さま、六条さまが彼に手を出せなかった場合、如何されますか」

「軟膏を使った場合、誰かが抱かなければならぬ。 もし六条が他の誰かに彼を委ねたなら、彼は傷付いて私のもとへ来る。 その時は私たちのものにすれば良い。

 彼の身分や立場は私の未来を変える力をも持つ」

 清治は目を見開いた。 六条家に影響を与えられる……という事は、同時に同格の慈園院家にも与えられるという意味でもある。

「清治、釘を刺して置く。 あくまでも彼が誰を選ぶのかは天に任せよ。要らぬ小細工はなしだ、良いな?」

「御意…」

「先程のは万が一の話だ」

「御心のままに」

 大切な主を救いたいと思う。 だが、本人はそれを望んではいない。全ては天命…それぞれの宿命さだめと、諦めではなく達観という面持ちで、司はサラリと語る。 もっと欲張れば良いのに…と思う反面、これが司らしさであるとも思う。

 揺れ動く心を試すかのように、武が身じろぎして目を開けた。 すぐに自分の状態に気付いてもがくが、戒めは締まっても緩むようにはしていない。

「司さま…御園生 武が気が付きました」

「清治、あれを」

「御意」

 鷹揚おうように命じる司の言葉を受けて、通常の半分の濃度の催淫剤を注射する。 注射液は即効性で半分でも確実に効く。 まして自慰の経験すらない様子の武には、初めての性的欲望である。

 みるみるうちに白い肌が朱を帯びて、じっとりと汗ばんで艶を放つ。それでも彼は懸命に健気に抗った。 瞳に涙を浮かべて、身体の奥に揺らめく懊悩に抗った。

「ほう…清治、まだ抗う気力があるようですよ」

「時間の問題ですが、追い討ちにアレを使いますか?」

「ふむ。 久しぶりに興のある奴ゆえ、それもまた面白かろう」

 普通ならばどこか芝居がかった会話に、疑問を持ったかもしれない。 だが、この時の武は何もかもがいっぱい一杯で、余裕など微塵もなかったところへ更に、2日間の試験休みに部屋に連れ込まれて、なぶりものにされる…という甘美な恐怖を与える。催淫効果が強い軟膏で、誰も触れた事のない蕾を解し、逃れられない官能の淵へと引きずり込む。

「面白のう。 清治、代われ。一度、口で気をやらせてやれ。 その方が効果が高まる」

「御意」

 中をかき混ぜられながら、口でイかされるという刺激に、泣いて抗いながらも、身体が貪り出した快楽に抗え切れずに、愛らしい声を上げて昇りつめた姿をウットリと見つめる。もしこれを見て、それでも夕麿が墜ちないとしたら…もう救う手立ては司たちにはみつからない。いっその事このまま、自分のものにしてしまおうか。 そんな気持ちのまま、甘い言葉を紡いで籠絡する清治の声を聞いていた。

 いつものやり方より、二人とも熱が入っていた。 心の鎧はほぼ破壊した。隷属の誓いに彼が唇を開きかけたその時、温室のドアが打ち破られそうな勢いで開けられた。

「そこまでです、慈園院 司!」

 凍れる心を持つ夕麿が、怒りに燃えていた。

 してやったり… …司は内心ほくそ笑んだ。その上で、彼が認めようとしない武への想いを煽る為、彼の知らない事実を並べ立てて非難する。 もっとも、絶句した彼を庇うように、風紀の良岑 貴之が口を出したのは腹立たしいが、仕掛けのスパイスと考えるならば多少の辛味は味わい深い。

 辛辣に日頃の夕麿をありのままに非難すると、怒りに燃える瞳が揺らぐのが見えた。

(ふん。 多少は自覚しているか)

 それならばと温室から連れ出される武に、快楽への誘いの言葉を掛けてこの夜の茶番劇を終了させた。



 静けさの戻った温室で、入れ直したダージリンを飲む。

「見たか、清治? 六条のあんな顔は初めて見たぞ」

 笑いが止まらない。

「かなり慌てていらっしゃいましたね」

「良いか、メールでの誘いを続けろ」

 武の携帯のNO.とアドレスはきちんと把握している。

「上手く行けば苦労の甲斐があったと言えるが」

「六条さまですが…あのような事態にも関わらず、反応されていらしたように感じました」

「反応? 身体がか?」

「はい、 制服の上衣は長めですので、はっきりとは断言できませんが」

「クククク…」

「恐らくは、司さまのお望み通りかと」

「期待しよう!」

 笑いながらも、司の手は労うように清治に延ばされる。 清治はそれを恭しく取って、敬愛を込めて口付けした。その手が清治の頬に添えられる。

「今宵は存分に私を抱かせてやろう。 お前の働きに対する褒美だ」

「有り難き幸せにございます」

 美しく可憐な少年の痴態に、すっかり身体は反応していた。

「そのままではお辛くございましょう?」

 清治は跪いて、司の制服のスラックスを寛げて、蜜に濡れるモノを取り出した。

「こんなにされて…」

 外気に触れて溢れ落ちようとした蜜を舌で舐め啜り、咥え込んで吸う。

「清治…あッ…あッ…」

 快感を教えるように、司の長い指が清治の髪をかき混ぜる。 どうやらかなり興奮していたらしく、司はすぐに甘い声を上げて吐精した。

「清治…イく…ああ…」

 司が絶頂を極める時の顔は、妖艶…というよりもどこか儚げで愛しさが募る。 普段の強がりも天邪鬼も取り去った素のままの司の顔。それを見つめていると潤んだ瞳が見つめ返して来た。

「お前も限界だろう? 私にも味合わせてくれ」

「御意」

 清治は笑顔で自分のモノを取り出した。

「ああ…こんなになって…」

 熱い吐息混じりに司の唇が開いて、赤い舌先が巨大な清治のモノを這い回る。 余りにも大き過ぎて、口に含めないそれを、司は手で扱きながら舐めしゃぶる。与えられる快感よりも、気位の高い司の行為そのものが、清治に深い悦びを与える。

 壮絶なまでの妖艶さこそが最大の官能。

「司さま…司さま…」

 人生の全て、魂の全てを費やして仕える主が、一心不乱に自分のモノを舐めしゃぶる。 長く白い指が絡み、紅の唇から唾液が滴る。 そんな光景を目の当たりにしては一溜まりもなかった。

「司さま…お離し下さい…もう…」

「遠慮するな…ふン…」

 吐精が近い事を告げると、上目遣いに促す言葉が紡がれた。

「司さま…!」

 司の唇が鈴口を吸い上げ、堪えきれず吐精した。 喉を鳴らして嚥下する姿は、まさに匂い立つという言葉そのものの色気がある。

「悦かったか?」

「はい」

「ならば部屋へ戻ろう」

「御意」

 司の着衣を整え、自分のも整えてから、ほっそりとした身体を抱き上げた。 出入り口にある灯りのスイッチを、司が手を伸ばして切り、星明かりの中を寮へと歩き出した。

「清治」

「はい」

「私はあの二人の星明かり位にはなれただろうか?」

「はい。 きっと司さまのお望み通りになりましょう」

「そうか。せめて六条だけでも、外へ出て幸せになって欲しいのだ、私は。 自分の足で人生を歩いて欲しいと」

「はい」

 似たような立場だからこそ、この闇から抜け出して欲しいと願う。 好敵手と思うからこそ、折れた翼を癒やして、天空に羽ばたいて欲しい。

 それは自分が夢見て、見果てぬ夢と化した幻。もがれた翼は取り戻せない。傷付いた身で止まった宿り木さえ、間もなく奪われてしまう。失えば二度と、安らぎは得られないだろう。天空を夢見て、失った翼を呪い、闇の中を這い回って生きたくはない。誇り高く生きよと教えておいて、翼をもいで宿り木を奪って地べたを這い回れと命じる。その身勝手さに抗う術は持っていない。持てないように育てられた。それは清治もまた同じ。

 だが、夕麿ならまだ間に合う。まだ翼は折れて傷付いているだけ。傷を癒すことさえできればはばたける、司が焦がれてやまない大空へと。二人の想いと願いも共に…!

 それは滅びへの坂を墜ちようとしていた二人の、唯一の希望だった。



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須藤慎弥
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好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

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