一片の恋敵

翡翠

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転居

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 クリスマスも差し迫ったある日、和臣がどこかに呼ばれて席を外し、書類を手に戻って来た。

「弘夢、ちょっといいか?」

 肩越しに和臣が覗き込んで来た。

「ん?何?」

「やっと社宅が空いた、早々に引っ越すぞ」

「へ?あ......前に言ってたやつ?」

「ああ、ファミリー用を申し込んでおいたから、それなりの広さはある」

「うん、わかった。うちの両親には話をしてくれてるんだよね?」

「してある。だが、数日以内に正式に挨拶にいくから、伝えといてくれるかな?」

「わかった」
 
 正式に......って何!?と叫びたくなったが、部署内のみんながニヤニヤしてこちらを見てるので、弘夢は飛び出しそうになった言葉を無理やり飲み込んだ。

「お~日向、いよいよ同棲か?」

「そうですよ、羨ましいでしょう?」

 からかいに来た先輩社員に、和臣はこう言って切り返した。

「おまっ、悪かったな、どーせ俺はデートの相手もいないよ」

 彼は拗ねたように答えた。

「にしてもあの馬鹿がいなくなってからでよかったな」

 彼の言う『あの馬鹿』は先日解雇になった、牧村 佳純のことだ。彼はまだ試用期間だったためにあっさりと解雇になった。

「アイツさあ、都築にあんなことした理由に何と言ったと思うよ」

「さあ?」

「自分の方が日向と付き合い長いのに、あんなポッと出の奴にとられた、だと」

「はあ?」

 和臣は目を丸くしていたが、弘夢はそればかりを再三言われていたのでうんざりだった。和臣との間を説明しようにも、彼は言いたいだけ言って離れてしまうので完全に放置していたのだ。

「馬鹿だろ?で、言ってやったんだ。日向と都築はお隣さん同士で、幼馴染なんだって。都築がお母さんのお腹にいる時からの仲だぞ?ってさ」

 彼は得意げになおも言う。

「馬鹿が『聞いてない』って叫ぶから、そもそも人の話をきかないくせに、と全員が口を揃えて言ったよ。ホント馬鹿」

 何となく光景が目に浮かぶ気がして、和臣の横で苦笑する。

「ま、都築もアイツのことは忘れていいぞ?そもそも口ほどにもない奴だったからな。仕事ならお前の方ができる」

「本当に前の企業はブラックだったんだろうか?実際にはつまらん問題で、自主退職に追い込まれただけかもな」

 誰も佳純の味方をしない。ちまちまと嫌がらせをされていた弘夢だったが、彼はそれ以外にも何かやらかしていたのだろう。ここの人々は仕事には厳しいが、それ以外はとても優しい。

「そもそも我社うちの上層部はああいう輩を激しく嫌われる。ここの部署はお篭もりだから、他の部署のみんなみたいに多言語喋れたりは必要ないが......」

 多言語と聞いて弘夢は目を丸くした。英語ですらPCを扱うのに必要だからと言われて、何とかそれなりに読み書きができる様になるのにかなり苦労した。会話は試したことがないのでどれだけできるのかはわからない。

 御園生本社勤務は相当に優秀でないとできないらしい。多国籍に展開する企業ってそうなのか?と思った。

 弘夢は和臣仕込みの技術で、大学卒業したら入社するのを勧められてる。部署の社員全員から推薦をもらえるからと。佳純はそんなことまでは知らなかったとは思う。けれど和臣を独占して、ここの皆にかわいがられているのはおもしろくなかったのではないだろうか。

 弘夢にすれば和臣とは告白されて付き合い始めたのだし、部署の人々に良くしてもらえているのは学生だからだと思っている。

 それを佳純の口にしたようなことで非難されても、弘夢自身になんの責任があると言うのだろう?そもそも恋愛はそれぞれの『想い』があってのことだと弘夢は思っている。どんなに想い続けても、相手がこちらを向かなければどうすることもできはしない。『恋敵ライバル』を排除しても、想う相手がこちらを向く保証はないのだから。

 しかも傍らにいた時間は関係ない。それが有効であるならば弘夢か美加が、悠貴を恋人にできていたはずだ。いや、正確に言うならば美加の方が三日誕生日が遅い。だから自分が付き合えたはずなのだ。

 出逢った瞬間に恋に堕ちる人もいる。ずっと見つめ続けても成就しない恋もある。だから弘夢は『恋敵』が怖くもある。

 佳純のことを見てもわかる。和臣はモテる。彼は中学あたりから彼女が途切れたのを見たことがない。高校も大学も、社会人になってからもずっとそうだった。

 けれども彼は今、弘夢と共に在りたいと言ってくれる。その言葉に嘘偽りがないのは、こうして実行に移してくれるのでもわかる。

 そして......あの告白の時に和臣が口にした言葉を、弘夢は信じることがしっかりできる。だからこそ自分の中に育った彼への確かな『想い』は、誰かに何かをされても揺るがない。

『ずっと好きだった』

 和臣のこの言葉がどれだけ嬉しかったか。悠貴に散々酷いことを言われて来た弘夢にとって、自分を見つめ続けて来てくれたことはとても特別なことだった。

 和臣が申し込んでいた社宅に空き室が出て、いよいよ引越しして同居になる。弘夢が同性愛者であるのを理解してくれてる両親は反対しないだろう。でも......和臣の両親、お隣の日向さんちのおじさんとおばさんの本当の気持ちはどうなのだろう?悠貴は黙って行かせてくれるのだろうか?

 不安が完全には払拭できないまま、クリスマス近くの日曜日に二人は、それぞれの生家を後にした。

 弘夢は衣類などはさほど多くはなかったが、書籍とPC機器の類が凄まじかった。アルバイトでもらう金額がかなりなものだったのもあり、それまで手が出なかったものまで買い揃えたので、部屋一つをほぼ占拠していたからだ。

 和臣の方は同じくPC機器もかなりだったが、そこは大企業で働くサラリーマンである。スーツの数も半端ではなかった。一応、社員は全員スーツ着用を義務付けられている。そこは身分が高い人々もいる企業らしかった。

 弘夢のようなアルバイトは義務付けされてはいないが、常識の範囲内で......と言われている。

 少なくとも本社ビルは防音断熱をしっかりされた上で、空調が温度と湿度で管理されているため、さほど寒暖を感じることはなかった。

 弘夢が働く部署はPC関連の機器に囲まれていることもあって、他の部屋よりはやや低めの気温設定になってはいる。機器自体が発する熱への対策もあるのか......とも感じていた。

 実は弘夢は夏場の空調について母親と口論したことがある。彼女はこまめに電源をON/OFFするのが省エネだと信じ、部屋の窓の向きからどんなに塞いでも暑くなる部屋に空調をずっと入れている弘夢の行為を『ムダ』と言ったのだ。PCが高温に弱いことを説明しても納得せず、不在の時に再々エアコンを切られてしまった経験があった。当然ながら室内はかなりの高温になっていて、慌ててエアコンをつけて室温を下げた経験が何度もあった。

. .....電気代は自分が払う。こう宣言してアルバイトを探した。そこへ和臣が手を差し伸べてくれたのだ。

 家の電気代全部を支払っていたが、転居した今はもう払うこともないだろう。PC機器は結構エネルギーを喰らうので、おそらくは半分は弘夢が消費した金額だとは思っている。

「うわっ、広っ!」

 荷物を運び入れたマンションの部屋は広かった。ファミリー用だと言うが4LDKでしかも一部屋一部屋が、弘夢が認識しているマンションの部屋より広い。リビングは20畳もある。

「いくらなんでも広すぎない?」

「う~ん、これでも狭い方らしいぞ?」

「え~何それ」

「社員には貴族が多く含まれてるから、そこいらのマンションと同じじゃダメなんだろ」

 大学にも貴族はいるらしいが、交流がないのでよくわからない。

「貴族か~付き合いないからわかんないや」

「うちの部署にもいるぞ?さほど身分としては高くないらしいが」

「そうなの?」

「ああ。貴族扱いはしなくていいと言われてるんで、みんな普通に接してるけれどな」

 御園生の上層部には高い身分の人がいる、とは聞いてはいる。弘夢たちが所属する部署では正面玄関を使用していないため、会うこと自体がない。

「部屋割りは二つずつでいいか?」

「え、あ、うん。和臣さんさえよかったら。PC置くとことそれ以外は分けたいし」

 二人とも実家から出て生活するのは初めてだが、ここには家具家電が全て揃っている。これは関連企業に扱う部署があり、希望すれば必要なものを揃えてくれる。

 一通り荷物をそれぞれの部屋に入れて、リビングでひと息吐いた。

「壁掛けのテレビ大きいな~しかも有線複数入ってるし......あんまりテレビ番組観ないんだけど」

「八方向にスピーカーを設置してあるらしいから、ネット繋いで映画観るのもいいと思うぞ?」

「あ、モニターより大きいからいいかも」

 二人ともかなり大きなモニターを複数設置して使用するが、ここの備え付けテレビはほぼ壁一面を占有している。聞けば最新の物でモニタリングを兼ねて設置されているらしい。有線にも映画等の番組があるのだが、基本がPCでネットの二人はそこは思いつかない。

「一応、お互いにそれぞれの寝室は持つが......お前の部屋のベッドの出番は少ないかもな」

「え......もうっ!和臣さんはそういうのばっかり!」

 一気に熱が上がってうろたえたのを誤魔化すように、軽く和臣に殴りかかった。

 今日からは触れ合った後に帰って行く彼を、寂しい気持ちで見送らなくてもいいのだ。同じベッドで眠り、目覚めることができる。同じ会社から出て、玄関でそれぞれの家に別れなくてもいい。

 短い別れでも恋する者には辛い瞬間だった想いをしなくてもいいのだ。

「えへへ」

 突然、喜びが込み上げてきて和臣に抱きついた。

「これで帰らなくて済むな」

「うん!あれ、凄く寂しかった」

「それは俺もだ」

 和臣も同じ気持ちでいてくれたのだとさらに喜びが増す。

「で、こんなタイミングでアレなんだが」

 そう言ってちょっと視線をそらせた和臣が、小さなケースを開いて差し出した。

「お前が卒業したら結婚したい......して欲しい」

「うん......ありがと。嬉しい」

 ありきたりの言葉しか言えない。あまりにも嬉しすぎで他の言葉が浮かんで来ない。

 和臣が弘夢の手を取って指輪をはめた。

「あ、これって......俺も返さないとダメかな?」

 異性間だと男が女に婚約指輪エンゲージリングを渡すだけだが、同性の場合はどうなるのかわからない。

「ん?別に構わないと思うが......弘夢がしたいなら、俺は喜んでもらうぞ?」

「なら同じの!これ、どこで買ったの?」

 貯金なら既に十分過ぎるほどある。欲しいPCや周辺機器を一通り買ってしまうと、後は両親に日頃のお礼として二人で旅行に行ってもらった。なのでもうそんなに使い道がなかったのだ。

 基本的には普通の庶民の当たり前の生活しか、弘夢は望んではいなかった。取り立てて贅沢を望まない。彼の一番の贅沢は和臣と過ごすことだったのだ。社宅とはいえこの広過ぎさも感じるマンションの一室で、二人での生活が始まるのは贅沢過ぎかもしれないとさえ考えた。

 料理は二人とも『一応』というレベルでつくれる。それ以外の家事は自分の部屋は自分で、共有スペースは平日はそこまで拘らない。休日に徹底する......と二人で決めた。でも和臣は忙しいから弘夢が頑張ることになりそうだが、最初にこう決めておくと疲れた時や試験前はできないこともあるから気が楽だ。

 あらかた片付いたのでとりあえずは買い物に出ることにした。

「指輪買ったとこって遠いの?」

「いや、それほどでもないが」

「じゃ、行こうよ」

「急がなくてもいいぞ?」

「何言ってんの、善は急げって言うでしょ」

 同じ日に渡したいのだ。指輪はこれからの二人の約束の証でもある。ここまで多少の邪魔は入っても、概ね順風満帆だと言える状態だった。だからこそこれからもそうあって欲しいと弘夢は願っている。

 クリスマス一色の街を和臣と歩く。去年までは行き交うカップルたちの笑顔が眩しかった。けっして自分は誰かとあの様に並んで、クリスマスソングが聴こえる場所を歩く日は来ないと感じていた。けれど今は和臣とこうして歩いている。真っ先に指輪を買いに行けば、和臣はその場で指に着けてくれた。お揃いの指輪をしているのが嬉しくて、弘夢の頬は緩みっぱなしだ。


 部屋へ戻って買ってきた惣菜を並べ、炊きたてのご飯で二人で暮らす初めての食事を摂った。今はどんな贅沢な食事よりも、和臣と共にこの部屋で食べる食事が美味しいと感じてしまう。

 食後、リビングで映画を観ているうちに自然に唇が重なり合った。そのまま柔らかな敷物の上に押し倒される。床は暖房が入っていて暖かだ。

「ダメだ......ベッドまで我慢ができん」

 和臣が苦笑しながら言った。弘夢は彼の頬に触れて熱く息を乱しながら答えた。

「俺も......同じだよ?今すぐ欲しい」

 家では階下の両親を気にしなければならなかった。夜毎にベランダ越しに和臣が来ていることなど、両親は気付いてはいただろう。だがあからさまな様子はさすがに無理だ。

 どこかに泊まるのも平日は難しかった。次の日の仕事や講義のことを考えなければならないからだ。さらに毎週の週末を泊まりがけで外出......も和臣からすれば、弘夢の両親への申し訳なさのようなものがあったらしい。

 しかもそれなりに費用がかかる。和臣は世間一般からすると高収入だし、弘夢のバイト代も高い。それでも限界はある。

 この社宅マンションは本社ビルから徒歩で十五分ほどの距離にあり、最寄り駅も10分足らずで行けるという立地にある。家賃は周辺の相場の五分の一で、独身者も家族持ちもここに入りたがる者は多い。

 貴族には楽器演奏を嗜む者が多いそうで、遮音・防音はかなり強く施されているらしい。

「ここなら叫んでも泣き喚いても大丈夫だそ?」

 弘夢の衣類を剥ぎ取りながら、和臣が楽しそうに言った。

「俺はそんなことしない」

 していないはずだと内心思うが、実はいつも途中で感覚に翻弄されてわからなくなってはいる。だからすべてを見ている和臣に言われてしまえば、正直言って真っ向から否定はできないのが恥ずかしい。

「ホンットにお前はかわいいな」

「かわいいって......言うなよ」

 髪を撫でられ耳許で囁かれて思わず息を詰める。和臣は既に弘夢の弱い部分を知り尽くしている。

「かわいいからかわいいって言うんだ。何が悪い?」

 また耳許で囁く。

 和臣には本当に弘夢がかわいいのだ。長年、ただ見つめ続けて手に入れた愛しい愛しい相手だ。しかも悠貴を想い続けていたために弘夢は、こういう行為はおろか誰かとデートすらしたことのない、まるっきりの手付かずでいたのだ。一人の男としてこれほどの幸運はあるだろうか。

 最初は彼が弟への感情を引きずらないか心配だった。だが本人が口にした『意地になってた』は事実らしく、ゆっくりとこちらに気持ちが動いて来るのが手に取るようにわかった。

 求め合ってからは真っ直ぐな眼差しで、ためらいもなくストレートな愛情を向けてくれるのが嬉しかった。

「あ......そこ、ヤダ」

 敏感な部分に触れれば、恥じらうように身をよじって声をあげる。そのありさまが和臣にはたまらなく愛しく、自分の中の情念と欲情を煽り立てる。際限なく求めたくなるが、同時に大切にしたいという想いもある。その制御コントロールが難しい。

 一方の弘夢はどこかで和臣が抑えているのを感じていた。彼の愛情を感じると共にやはりそこは、たまには手放しで触れ合いたいと思ってしまう。

 確かに抱かれる側の自分の方が身体的な負担は大きい。次の日に起き上がれなかったら、いろいろと面倒なのもわかる。

「和臣、さん......今日はたくさんして......明日、起きれなくなるくらいに、欲しい......」

 こちらから誘惑してみる。明日は二人とも仕事はない。夕方から会社の主催するクリスマス・パーティがあるが、社員ではない弘夢には出席の義務はない。和臣を見送って寝ていたとしても不都合はないはずだ。

「そんなこと言ってると後悔するぞ?」

 弘夢の頬を指で撫でながら苦笑する。

「だって......二人きりの暮らしの初めての夜じゃん」

 思いっきりイチャイチャしたいと笑ってみせた。

「じゃあ、ここで始めるのはやめた方が無難だな」

「何で?」

 和臣の手によって半ば裸にされている弘夢には意味がわからなかった。

「いくら床暖房やエアコンが心地よくても、さすがにリビングここで寝込むのはよくはないだろ」

「え……あ、そうだね」

「だろ?そういうことで場所移動だ」

 和臣はそう言うと弘夢を軽々と抱き上げた。

「ちょっ、自分で歩いて行くよ!」

「いいから、いいから」

 和臣は笑いながら弘夢を抱き上げた状態で、リビングの暖房や明かりを消して廊下に出た。

 廊下の一番奥がここの主寝室で、数人が寝転べそうなほどの大きなベッドがある。一応ここは和臣の寝室にして、隣の部屋を弘夢の寝室にしてはある。そちらにもセミダブルベッドがあるが、おそらくは使うことはないのではないかと思う。喧嘩でもしない限りは。


 ベッドに下ろされるとすぐに和臣が覆い被さって来た。弘夢も両手を伸ばして受け止める。視線を交わして微笑み合い、ついばむように軽い口付けを繰り返す。

 互いの唇から溢れる熱い吐息までも奪い合うように、口付けは次第に深く長くなって行く。

「ん、ぅ......ふぅ......」

 甘い口付けに全身がゾクゾクする。この半年近くで自分の何もかもが、和臣に塗り替えられてしまった。もう以前の自分とは別の存在になった気がする。

「あ......やぁ......和臣さん、そこ、ダメ」

「ダメじゃなくてイイだろ?」

 楽しそうに言うのが憎らしい。いつもいつも感じさせられ翻弄されて、ただただ溺れてしまう。和臣のその手馴れた様子が腹立たしいく思う。

 わかっている。彼にはずっと『彼女』がいた。こういうことだって普通だったのだろう。自分だって片想いだったとはいえ、ずっと悠貴が好きだった。それは彼の兄である和臣も良くわかっている。

 だから......嫉妬するのはお門違いだとはわかっている。

 でも......悔しい。いや、昔の物語にある『口惜しい』の方が近いかもしれない。

「和臣......さん、も、欲しい......!」

 両手を差し出して乞う。

「もうか?まだまだこれからなんだがな」

 和臣が楽しそうに笑う。二人きりの生活を強く望んでいたのは彼の方だ。

「お願い......一緒に、気持ちよくなりたい」

 一方的に感じさせられるのではなく、共に互いの感覚を高めて味わいたい。

「本当に可愛いやつだな......」

 和臣が目を細めて笑い、優しく髪を撫でる。この行為が彼の愛情を示している様で、弘夢も幸せそうな笑みを浮かべた。

「ね、和臣さん、来て......!」

 両手を差し出して誘えば嬉しげに和臣が笑って、ゆっくりと弘夢の中に沈めて来た。

「ぁ......ああ!来る、凄っ......和臣さん!」

 どこかにもう離れて帰らなくてよく、仕事や大学からここへ帰って来ればいい。隣同士に住んですぐに手が届くのに、一緒にいられない時間がもどかしくて辛かった。ずっと一緒にいたいと望んだ。

 寄り添ってとりとめのない話に興じ、肌を重ね合ったことで、弘夢は和臣にどれくらい自分が想われて来たのかを感じ取った。全身全霊で受け止めて受け入れた。

 自分はまだまだだと弘夢は思う。和臣のことは嘘偽りなく本当に好きだ。けれども想う。想いの深さも濃さも広さも、まだまだ和臣が向けてくれる想いに比べたら、到底足りているとは思えない。

 どうすればもっともっと強く真っ直ぐに、和臣を想えるのだろう。彼の想いに応えられるのだろう。

 もっと愛したい。もっと大切にしたい。もっと相手がしてくれることや与えてくれるものに応えたい。

 それは恋する者ならば当たり前に感じるものかもしれないかった。けれど弘夢には決して応えてはもらえない片想いの経験しかない。想われて想い返す、そしまた想われる。気持ちのキャッチボールであるのがわからなかった。

 ましてや和臣は既に社会に出て久しいおとなである。大学に入ったばかりの弘夢とは、いろんなことへの眼差しの角度や深さが違う。

 弘夢は一方的に感じさせられて翻弄されるのを申し訳なく感じている。けれども和臣にすれば子供の頃から愛しく想っていた相手が、自分の手で官能に身悶えする姿は何よりもの悦びだった。

 弘夢は長く悠貴を想っていたために、口付けすら知らない無垢のままで和臣に応えた。それが彼にとってはどれくらいの喜びであったのかを、弘夢は未だに理解できていないだけだ。

 和臣が早急に同居を実行したのも、指輪を贈って未来 の約束を取り付けたのも、弘夢を絶対に手離したくないという強い意思である。それが弘夢にはわからないだけなのだ。

 彼の独占欲が今の弘夢には喜ばしい。独占欲をそうとは感じずに純粋に愛情として受け入れている。

 束縛すらそれとは感じず考えずにしなやかに受け入れ、懸命に応えようとする健気さこそ弘夢の最大の魅力であると本人は知らないままだ。

「あッ、ああッ......ダメ、も、もう......」

「イケよ、弘夢。今夜はたくさんするんだろ?」

 欲情に少しかすれた声が耳許で甘く囁く。

「う、ん......する......いっぱい、して」

 全身ですがりつきながら少し舌足らずな口調で、夢見心地な表情を浮かべて答える。

「可愛いな、弘夢。愛してるぞ」

 和臣はそう言うと弘夢をギュッと抱きしめた。

「お、俺も......あ、ぁああ......和臣さん、和臣さん......!」
 
 『愛してる』まで辿り着けずに昇りつめてしまう。大きく身を仰け反らせてひときは強く和臣を呼んだ。

 頭の中が真っ白になって何も考えられずに身を投げ出していると、和臣の指が頬を撫で髪を撫でる。その仕草ひとつにも愛情を感じる。

「まだへこたれるなよ?」

 クスクスと笑いながら和臣が言う。

 弘夢の体内のソレはまだそのままだ。

「うん」

 上気した顔が笑う。

「もっと、欲しい......和臣さん」

「今日の弘夢は甘えん坊だな?」

「ダメ?」

「まさか!ダメなわけがないだろう?大歓迎だ」

 もっともっと甘えたい。でももっともっと甘えて欲しい。このまま朝まで抱き合っていたい。

 始まりの日の夜は更けていった。











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