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第20章
第4話
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「俺は、『0』ポイントの設定は、しない派なんだよね。ワケが分かんなくなるからさ」
シリンダー自身が、エラーの時や自分の位置が分からなくなってしまった時、『0』の表示が画面に現れる。
谷さんは、シリンダーを制御しているプログラムをいじっていた。
そこで移動の終点を知らせる信号を消す。
「そこはね、コイツをちゃんと信じて、任せてやるんだよ。そうしておけば、手動で動かしてても、ポイントの切り替えが出来るからな。動きに制限とかロックをかけたきゃ、動作側でかけるんだ」
プログラムの書き方がメーカーによって様々だということは知っていたし、どれが正しいやり方かなんて、基本的には存在しないことも、知ってはいた。
自転車の乗り方や逆上がりの仕方に、それぞれの流儀があるように、シリンダーに同じことを伝えるにも、それぞれの言い回しがある。
とてもシンプルかつストレートなやり方もあれば、くどくどと回りくどいやり方だって、ある。
「ほら、上手く動くようになった」
谷先輩の手に委ねられたそれは、さっきまでとは、まるで別の物体であるかのように、素直に動き出した。
コイツらにも、意思があるかのようだ。
俺の言うことは素直に聞けなくても、聞ける人の言うことなら、ちゃんときく。
「学校新聞で見たんだ」
ふいに、谷先輩は言った。
「あんなの、真面目に見る人、いたんですか?」
「俺のこと、バカにしてる?」
慌てて首を横に振ったら、谷先輩は笑った。
「メータアウトは複動シリンダ、メータインは単道シリンダね。排気エアの方で制御をかけて、供給エアは放置でいい。分かった?」
なんとなく分からないけど、なんとなく首を縦に振っておく。
「供給エアは全開で、排気エアを絞る。内蔵のスプリングで勝手に戻ってくるから。シリンダー調整方の、コツね。これ」
「はい」
そう言ってうなずいたら、また谷先輩は笑った。
「じゃ、俺はもう行くね」
「え、もう行っちゃうんですか?」
「うん、ちょっと見にきただけだから」
俺は理科室を出て行く谷先輩の、大きな背中を見送って、山崎のことも、1年のことも、話題にならなかったことに気づく。
聞かれたくはなかった。
聞かれても、答えられなかった。
嘘をつくくらいなら、本当のことを話しただろうけど、本当のことを話したところで、なにがどう変わるわけでもないし、そもそも俺にとって、なにが本当のことなのかも、よく分かっていなかった。
1年とうまくいってない?
いえ、そんなことないですよ。
鹿島はほら、一緒にやろうって言ってくれてたんですけど、ここはお互いに切磋琢磨しよう、みたいな?
ヘンに俺みたいなのが口を突っ込んでも、あいつらもやりにくいだろうし、そこは気をつかってるんです。
これでも一応、ね。
え? 山崎?
山崎は、なんか相変わらず好き勝手やてますよ。
あはは、あはは……、はぁ。
シリンダー自身が、エラーの時や自分の位置が分からなくなってしまった時、『0』の表示が画面に現れる。
谷さんは、シリンダーを制御しているプログラムをいじっていた。
そこで移動の終点を知らせる信号を消す。
「そこはね、コイツをちゃんと信じて、任せてやるんだよ。そうしておけば、手動で動かしてても、ポイントの切り替えが出来るからな。動きに制限とかロックをかけたきゃ、動作側でかけるんだ」
プログラムの書き方がメーカーによって様々だということは知っていたし、どれが正しいやり方かなんて、基本的には存在しないことも、知ってはいた。
自転車の乗り方や逆上がりの仕方に、それぞれの流儀があるように、シリンダーに同じことを伝えるにも、それぞれの言い回しがある。
とてもシンプルかつストレートなやり方もあれば、くどくどと回りくどいやり方だって、ある。
「ほら、上手く動くようになった」
谷先輩の手に委ねられたそれは、さっきまでとは、まるで別の物体であるかのように、素直に動き出した。
コイツらにも、意思があるかのようだ。
俺の言うことは素直に聞けなくても、聞ける人の言うことなら、ちゃんときく。
「学校新聞で見たんだ」
ふいに、谷先輩は言った。
「あんなの、真面目に見る人、いたんですか?」
「俺のこと、バカにしてる?」
慌てて首を横に振ったら、谷先輩は笑った。
「メータアウトは複動シリンダ、メータインは単道シリンダね。排気エアの方で制御をかけて、供給エアは放置でいい。分かった?」
なんとなく分からないけど、なんとなく首を縦に振っておく。
「供給エアは全開で、排気エアを絞る。内蔵のスプリングで勝手に戻ってくるから。シリンダー調整方の、コツね。これ」
「はい」
そう言ってうなずいたら、また谷先輩は笑った。
「じゃ、俺はもう行くね」
「え、もう行っちゃうんですか?」
「うん、ちょっと見にきただけだから」
俺は理科室を出て行く谷先輩の、大きな背中を見送って、山崎のことも、1年のことも、話題にならなかったことに気づく。
聞かれたくはなかった。
聞かれても、答えられなかった。
嘘をつくくらいなら、本当のことを話しただろうけど、本当のことを話したところで、なにがどう変わるわけでもないし、そもそも俺にとって、なにが本当のことなのかも、よく分かっていなかった。
1年とうまくいってない?
いえ、そんなことないですよ。
鹿島はほら、一緒にやろうって言ってくれてたんですけど、ここはお互いに切磋琢磨しよう、みたいな?
ヘンに俺みたいなのが口を突っ込んでも、あいつらもやりにくいだろうし、そこは気をつかってるんです。
これでも一応、ね。
え? 山崎?
山崎は、なんか相変わらず好き勝手やてますよ。
あはは、あはは……、はぁ。
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