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第2章

第1話

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無くした画像を送ってくれた奥川に、お礼を言わなければならない。

そう、これは決して口実などではなく、ましてや作戦なんかでもない。

当然の義務であり、礼儀なのだ。

彼女もそれは、きっと分かっている。

俺はその翌日、廊下で奥川を待った。

俺の方から声をかけてやらないと、なかなかあいつの方からは話しかけてこないから、仕方がない。

俺だって恥ずかしいけど、きっとそれ以上に、奥川にはもっと恥ずかしいだろうから、これは男の俺がやるべき仕事なのだ。

朝の靴箱で彼女を待つというのは、とても緊張する。

誰かに見られたいような、誰にも見られたくないような、うっかり見られて、冷やかされたりしたいような、したくないような……。

「あ、おはよ」

人混みの中から現れた彼女に、声をかける。

「おはよ」

奥川はそれを何ともないような顔で見上げて、俺の真横を素通りした。

「あ、あのさ、昨日の画像、ありがと」

「え? あぁ」

「やっぱお前、持ってたんだな。すぐに消去したかと思ってたけど」

返事はない。

歩く速度に全く気の迷いのない彼女の歩調に合わせて、俺も足を必死に動かす。

「助かったよ。あれがないと、新歓のイベントが失敗するところだった。学校のSNSで見たい奴とかもいただろうし」

無言で階段を上る彼女の後ろを、俺は追いかける。

「早速なんだけど、一人1年が見にきてくれてさ」

「へー、それはよかったね」

廊下の角を曲がる。

教室が目の前だ。

去年は同じクラスだったけど、今年は違うから、このまま中には入れない。

どうやって彼女を引き留めようかと考え始めた瞬間、くるりと奥川は振り返った。

「物好きもいるもんだね」

「お、お前も見に来いよ! ほら、廃部寸前だから、入部頼むって、ずっと俺、お願いしてるし。今年から俺が部長になったし、だからそんなヘンなこととか、ヤナこととかもさせたり、やったりとかしないからさ、これを機に……」

「いや、それはいい。じゃ」

シャンプーの香る短い髪に、スカートが翻る。

待ってくれと手を伸ばして引き留めないのは、俺の方だって、話すことはもう終わったからだ。

これ以上、彼女に言うべきことは何もない。

向こうにないなら、俺にもない。

伸ばそうとしたその手を、本当に伸ばさなくてよかった。

高鳴る胸の動悸がやかましい。

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