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第15章
第2話
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「おや珍しい。今日はまだ起きているのですか」
そんなことを言いながら横になる。
衝立の透かし彫りの向こうに見える横顔は、いつものように目を閉じた。
「起きていてはいけませんか?」
「いいえ。最近はなかなかお話する機会も少なかったので。何か気にかかるような事でもございましたか」
寝返りを打つ。
見慣れた彫りの向こうで、その人は目を閉じたまま動く様子もない。
「それでは、寝ているのか起きているのかも分かりません」
「起きていますよ、ちゃんと」
ごそごそと衣ずれをさせて、その人はこちらを向いた。
「これでよろしいですか」
「……衝立が邪魔で、よく見えません」
晩秋の静かな夜だ。
行燈の油皿に差した芯の、燃えてゆく音まで聞こえてくる。
「動かしますか?」
この衝立を必要としているのは、本当は私ではなく、晋太郎さんの方ではないのか。
だけどそんなことは言えない。
せめてもと床から浮いた隙間に手を伸ばす。
大きな手はすぐに重ねられた。
何か言わないといけない気はするけど、言葉が見つからない。
この人も何も言わない。
握られた手を、ほんのわずかでも動かしてしまったら、すぐに離されてしまうような気がした。
それでもこの手を離さないでいてくれるのなら、もうそれでもいい。
あなたの心に思う人が、私でなくても構わない。
握る手は緩んでも、ほどかれはしなかった。
またしっかりと私の手を握り直す。
自分の本当に好きな人は、自分だけが知っていれば、それでいい。
「眠るまで、離さないでいてください」
衝立の向こうから、小さなため息が聞こえた。
また何か間違えたんだ。
手を引っ込めたくても、今さらそれも出来ない。
こんなこと、やっぱりするんじゃなかった……。
朝になり目が覚めると、その人はもうそこにいなかった。
なんだ。結局やっぱり、そういうことなんじゃないか。
姿は見えなくても、手のぬくもりと後悔は肌に残っている。
もう迷うことはない。
これ以上嫌われることもない。
奥の部屋へ一番に駆け込んだ。
そんなことを言いながら横になる。
衝立の透かし彫りの向こうに見える横顔は、いつものように目を閉じた。
「起きていてはいけませんか?」
「いいえ。最近はなかなかお話する機会も少なかったので。何か気にかかるような事でもございましたか」
寝返りを打つ。
見慣れた彫りの向こうで、その人は目を閉じたまま動く様子もない。
「それでは、寝ているのか起きているのかも分かりません」
「起きていますよ、ちゃんと」
ごそごそと衣ずれをさせて、その人はこちらを向いた。
「これでよろしいですか」
「……衝立が邪魔で、よく見えません」
晩秋の静かな夜だ。
行燈の油皿に差した芯の、燃えてゆく音まで聞こえてくる。
「動かしますか?」
この衝立を必要としているのは、本当は私ではなく、晋太郎さんの方ではないのか。
だけどそんなことは言えない。
せめてもと床から浮いた隙間に手を伸ばす。
大きな手はすぐに重ねられた。
何か言わないといけない気はするけど、言葉が見つからない。
この人も何も言わない。
握られた手を、ほんのわずかでも動かしてしまったら、すぐに離されてしまうような気がした。
それでもこの手を離さないでいてくれるのなら、もうそれでもいい。
あなたの心に思う人が、私でなくても構わない。
握る手は緩んでも、ほどかれはしなかった。
またしっかりと私の手を握り直す。
自分の本当に好きな人は、自分だけが知っていれば、それでいい。
「眠るまで、離さないでいてください」
衝立の向こうから、小さなため息が聞こえた。
また何か間違えたんだ。
手を引っ込めたくても、今さらそれも出来ない。
こんなこと、やっぱりするんじゃなかった……。
朝になり目が覚めると、その人はもうそこにいなかった。
なんだ。結局やっぱり、そういうことなんじゃないか。
姿は見えなくても、手のぬくもりと後悔は肌に残っている。
もう迷うことはない。
これ以上嫌われることもない。
奥の部屋へ一番に駆け込んだ。
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