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第11章
第3話
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「そ、そこまでしていただかなくても、大丈夫です」
「何を言ってるの? これから辛くなるのは、あなたの方なのよ」
晋太郎さんがやってきた。
「一体何の騒ぎですか」
「まぁ晋太郎、よく来ました。心してお聞きなさい」
義母は晋太郎さんを座らせる。
「志乃さんに赤子が出来ました」
「……。は?」
「つわりです」
その人は私を見下ろす。
吐き気がして、またウッと嘔吐いた。
「食あたりか、なにかではないですか?」
「えぇ? そうなのですか、志乃さん」
「わ、分かりません……」
二人からじっと見下ろされても、気分の悪い私はどうしていいのか分からない。
晋太郎さんはため息をついた。
「そうですよ。喜ぶのはまだ早いですよ、母上。もう少し様子をみてからでもよろしいのでは?」
「うれしくはないのですか?」
義母の憤りに、晋太郎さんは困ったようにうつむく。
顔を赤らめた。
「う、うれしくはありますが、まだそうと決まったワケではありませんので……」
「まぁ、あなたはいつから、医者になったのです?」
「母上の心配をしているのです」
「私のことなんて、どうでもいいじゃありませんか!」
その人はもごもごと口ごもった。
「は、早とちりをして、傷つくのは……、志乃さんですよ」
脂汗がにじんできた。
キリキリと腹が痛む。
「す、すみません。厠へ行ってまいります……」
歩き辛いほど腹が痛い。
付き添われて用をすまし、部屋に戻ってきたころには義母は姿を消していた。
晋太郎さんは深くため息をつく。
「大丈夫ですか?」
「えぇ……」
「全く。付き添いは不用、食事はしばらく粥で。それでよろしいですか?」
気持ち悪くて、すぐに横になる。
「手を……つないでもらってもいいですか」
そう言って腕を伸ばしたら、晋太郎さんはその手をぎゅっと握ってくれた。
「私が付いていましょう。うちわで煽ぎますか?」
首を横に振ったら、その人は小さくうなずいた。
バタバタと奉公人たちが動くのに、何かと指示をだしている。
つないだ手のほんのりとしたあたたかさに、少しほっとした。
手をつないだまま目を閉じてしまったその人を、見上げながら遠い蝉の声を聞いている。
いつの間にか眠っていた。
夕餉は一人、部屋で済ませ、そのまま横になっていた。
襖や廊下の向こうで聞こえる音や話し声に、じっと耳を澄ましている。
高い塀の向こうに日も沈んで、辺りはすっかり暗くなった。
「何を言ってるの? これから辛くなるのは、あなたの方なのよ」
晋太郎さんがやってきた。
「一体何の騒ぎですか」
「まぁ晋太郎、よく来ました。心してお聞きなさい」
義母は晋太郎さんを座らせる。
「志乃さんに赤子が出来ました」
「……。は?」
「つわりです」
その人は私を見下ろす。
吐き気がして、またウッと嘔吐いた。
「食あたりか、なにかではないですか?」
「えぇ? そうなのですか、志乃さん」
「わ、分かりません……」
二人からじっと見下ろされても、気分の悪い私はどうしていいのか分からない。
晋太郎さんはため息をついた。
「そうですよ。喜ぶのはまだ早いですよ、母上。もう少し様子をみてからでもよろしいのでは?」
「うれしくはないのですか?」
義母の憤りに、晋太郎さんは困ったようにうつむく。
顔を赤らめた。
「う、うれしくはありますが、まだそうと決まったワケではありませんので……」
「まぁ、あなたはいつから、医者になったのです?」
「母上の心配をしているのです」
「私のことなんて、どうでもいいじゃありませんか!」
その人はもごもごと口ごもった。
「は、早とちりをして、傷つくのは……、志乃さんですよ」
脂汗がにじんできた。
キリキリと腹が痛む。
「す、すみません。厠へ行ってまいります……」
歩き辛いほど腹が痛い。
付き添われて用をすまし、部屋に戻ってきたころには義母は姿を消していた。
晋太郎さんは深くため息をつく。
「大丈夫ですか?」
「えぇ……」
「全く。付き添いは不用、食事はしばらく粥で。それでよろしいですか?」
気持ち悪くて、すぐに横になる。
「手を……つないでもらってもいいですか」
そう言って腕を伸ばしたら、晋太郎さんはその手をぎゅっと握ってくれた。
「私が付いていましょう。うちわで煽ぎますか?」
首を横に振ったら、その人は小さくうなずいた。
バタバタと奉公人たちが動くのに、何かと指示をだしている。
つないだ手のほんのりとしたあたたかさに、少しほっとした。
手をつないだまま目を閉じてしまったその人を、見上げながら遠い蝉の声を聞いている。
いつの間にか眠っていた。
夕餉は一人、部屋で済ませ、そのまま横になっていた。
襖や廊下の向こうで聞こえる音や話し声に、じっと耳を澄ましている。
高い塀の向こうに日も沈んで、辺りはすっかり暗くなった。
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